千秋が探偵になった日

5万ヒットリクエスト作品

あまね様からのリクエスト

景虎様の記憶がない高耶さん設定です

 
   

今日の景虎はどこか浮かれてる感じがした。
今朝、学校の昇降口で会った時、いつもだったらあいつから挨拶なんかしないくせに、今日に限っては「おはよー!千秋!」なんて言ってきた。

それから成田と会った景虎はカバンをブンブン振り回して成田の背中にぶつけてた。

「いったいなあ!なんだよ、高耶!」
「悪い、悪い!わざとじゃねーんだよ。偶然ぶつかっただけだって」
「まったくもう!」

そんな会話をして教室に入って行った。
自分の席に着いた景虎はカバンを開けて、いつもはギリギリまで出さない教科書とノートをウキウキと出し、ペンケースを開いてニヤニヤ笑う。

……キモイ……。

それは4時間目まで続いた。
3時間目の体育の時なんかは更衣室で着替えるととっとと校庭に出てったしな。普段だったら「フケよーぜ、千秋ぃ」とか誘ってくるくせに、今日だけはどの教科も精力的に参加した。

「おい、大将。昼飯食おうぜ。どうせ今日も学食のパンだろ?たぬきソバ、オゴってやっからよ」

景虎の態度がおかしいことを疑問に思った俺は食い物で釣ることにした。

「マジ?!ラッキー!」
「早くしろよ。混むから」

ニコニコの景虎を引き連れて学食に向かう。オゴりが嬉しいのか、それとも別のことで機嫌がいいのか知らんが、こうして機嫌のいい景虎ってのは400年間一緒にいても珍しいことだった。

景虎はたぬきソバの他にオニギリとコールスローサラダまで頼んで「ごちそーさまー!」なんて言いやがった。誰がソバ以外をオゴるって言ったんだよ!
だけどその機嫌の良さを知りたいと思った俺は耐えた。もしこれで景虎がおかしくなったんだったら直江なり晴家なりに相談しないと、最終的に苦労すんのは松本在住の俺様になっちまうからな。

遠慮なしにソバをすする景虎に、どうして今日は様子が違うのかを聞いてみた。何かおかしな霊に取り憑かれたかもしんねーぞって。

「え?そうか?別にそんなんじゃねーよ?」
「じゃあどうしたんだ?俺には妙に明るい幽霊に取り憑かれたとしか思えねーんだけど」
「マジでなんでもないって」
「そうか……もしこれでおまえがアホくさい霊に憑かれてたんだとしたらよ、晴家と直江に来てもらわねーとなって思ってたんだ」
「……な……」

どうしたことか、急に景虎がニヤ〜っと笑い出した。

「おい!」
「ん?!」
「だからそのツラだっての!いつものおまえらしくねーぞ!」
「う〜ん、ま、いいじゃん。ごちそーさまー!」

何が何だかサッパリわからない俺を置き去りにして、景虎は缶コーヒーを販売機で買ってから食堂を出た。
こうなったら今日はあいつの監視をするしかない!これ以上、迷惑をかけられたらたまんねーからな!

 

 

で、景虎を尾行した。
下校。あいつはまず自分ちに帰って着替えてから外へ出た。水色のタートルネックセーターに、グレーのフリース姿だ。
松本城の脇を通り、大名通りを歩き、千歳橋まで。そこからパルコ前の広場へやってきた。

買い物か?

と、思ったが景虎は広場の中央まで行ってキョロキョロし始めた。
誰かと待ち合わせでも……もしかしたら女か?!女が出来たのか?!いつのまに!俺を出し抜いて女と?!
どの女だ?!どこに?!どこだ〜〜〜!!

って、あっちから来るのは……直江じゃねーか!直江だ!!
間違いない!!あのスカした風貌、無駄にでかい背丈、そして定番の真っ黒いスーツ!直江でしかねえ!

景虎は背後から近付く直江に気付かないで、ハッとなって正面にあるミスドの看板を眺めた。ポン・デ・リングとかゆードーナツを食いたさそーに見つめてる。景虎は甘いものには目がないからな……。

「高耶さん」

ようやく直江が声をかけた。景虎の背後1メートルぐらいからだ。

「おう、直江」
「お待たせしましたか?」
「いや、さっき来たばっか」

どう見てもこれは待ち合わせをしてた感じで、しかもどっちも楽しみにしてたような笑顔で、付け加えると景虎は直江と同じぐらい嬉しそうにしてて……。
もしかしてこれってデートなのか?!
直江はわかるぞ、400年間景虎に惚れまくってたんだから。
だけど景虎がか?!そりゃ記憶がないから直江に冷たくしないのはわかるけど、でもあんなに嬉しそうにするもんか?

「ドーナツ、食べたいんですか?」
「うん。あのポン・デ・リングってやつ食いたいな〜って思ってさ」
「じゃあ食べましょうか」
「やった!おまえのオゴりだろ?」
「ええ」

嬉しそうにしてたのはドーナツを食わせてもらえるからか……あー、ビックリした。

それから二人は連れ立ってミスドの中に。俺はあいつらがテーブルに着くまで待ってから入った。
二人から見えない位置に座って聞き耳を立てる。ミスドってのは仕切りが多いから助かるよ。

「今日はどこに泊まってんの?」
「ブエナビスタですよ。前に高耶さんとラウンジに行ったでしょう」
「あ、あそこか。じゃあこのあたりでメシ食ったりすりゃいいか」

何だ?怨霊退治の打ち合わせか?それにしても俺に何も言ってこないのは何でだ?怨霊がらみじゃないのか?

「オレさー、ちょっとだけ買い物もしたいんだけど付き合ってくんねえ?」
「いいですよ」
「美弥にマフラー買ってやる約束してんだよ。このまえ、テレビのクイズ番組で賭けやってさ、負けたからその支払ってわけ」
「そうですか。どんな問題だったんです?」
「風が吹いたら桶屋が儲かるのはなんでかってゆー問題。おまえ、答え知ってる?」
「知ってますよ」
「オレさ〜、風が吹くと外に置いてた桶が転がってなくなっちまうからだと思ってさ〜」

バカだな。景虎ってこんなにバカだったか?
俺が知ってる景虎はいっつも頭が良くて、いろんなこと出来て、心もでかくて、そのぶん態度もでかくて。
まあ、態度がでかいのは今も同じだけどな。
記憶がないってだけでここまで人格変わるもんかね〜?

「あー、うまかった!ごちそーさま!」
「どういたしまして」

たらふくドーナツを食った景虎は(4個食ってた)直江を従えて店を出た。俺は見つからないように店内から二人を観察。
店を出たとたん、寒かったのか少しだけ肩を竦めると、直江が着てたコートを脱いで景虎に着せようとした。
相変わらず景虎には優しいってゆーか、忠誠を誓ってるってゆーか。
だけど景虎は拒否したようだ。顔を赤くして「いらない」って言ってるみたいだった。
直江に突き返して先をスタスタと歩いて行った。

おっと、ヤバイ。見失っちまう前に俺も店を出ないとな!

景虎は直江を振り返らずにパルコに入って行った。その後を早足で追いかける直江。いつもの図だ。
やっぱ主従の関係はああだよな。
パルコの中を見つからないように慎重に尾行した。若い女向けの店に入ろうとして躊躇った景虎を、直江はクスリと笑ってから先に入った。
さすが、こうゆう店には入り慣れてんだな。女にプレゼントなんて一体何人に渡してきたことやら。

「美弥さんだったら白か赤かピンクじゃないですか?」
「白かな〜?この毛糸のだったら予算内だし、中学生っぽくて良くねえ?」
「ええ。もっと探してもいいですけど」
「いや、これでいいや。あんまり迷ってもしょうがねえしな」

マフラーを購入後、やつらはパルコの地下にある本屋に行った。そこで景虎が若者向けの情報誌を買って、直江が長野の地元雑誌を買った。ちなみに景虎の雑誌も直江が金を払ってた。
景虎はあいつにたかれるからいいよな〜。俺なんぞ直江にたかってみても「自分で払え」って言われるんだぜ。

「高耶さん、松本土産に何か買って来いって言われてるんですけど、美味しいものってありますか?」
「松本だったら〜……野沢菜の漬物か、ソバじゃねーの?あ、女鳥羽まんじゅうも美味いぞ」
「付き合ってもらっていいでしょうか?」
「うん、ここからすぐに蔵とかある通りがあるから、そこ行こう」

そうして大名通りを引き返して、中町まで行った。
そこは土産物がたくさん売ってるところで、俺が好きな蕎麦屋があったりする。飲み屋もある。

直江は景虎が言った土産物を全部買い求めたらしい。野沢菜と蕎麦を老舗の惣菜屋みたいなとこで買って、女鳥羽まんじゅうを買って、何がしたいのか中町通りを2往復して、それから千歳橋を渡って縄手通りを回った。
まったく景虎に観光案内させてどうすんだよ。

で、縄手通りにある赤い橋の真ん中でやつらは立ち止まった。

「ここで直江がオレを発見したんだっけな」
「ええ。信玄のときですね」
「オレが直江に初めて会ったのは譲んちの近所だったけど」

そうだったのか。ここは直江の思い出の橋ってわけか。俺が知らないこともあるんだな〜。

「明日は?明日、帰るのか?」
「ええ。明日は父も兄も出かけてしまうらしくて、私が留守番をしないといけないんですよ」
「坊さんも大変だな。もし明日もいるんだったら行きたい喫茶店があったんだけど」
「また来ますよ」
「ん」

喫茶店で直江に何かゴチしてもらうつもりなんだな。ったく、食欲だけは人一倍ありやがる。

「そろそろ夕飯にしませんか?あ、でも高耶さんはまだお腹減ってないですよね。ドーナツ4個も食べたから」
「食えるよ!食える!」
「はいはい、わかりました」

今度は駅前まで戻って何が食いたいかを話しながら店を物色してるみたいだ。
きっと直江は馬刺しを食いたいとか、お酒はダメですよとか言って、景虎は少しぐらいいいじゃんかとか言ってるんだろうな〜。
二人が入った店はオムレツが有名な洋食屋だった。酒も飲めて、景虎がたらふく食える店になったんだな。
助かったぜ。もしこれで居酒屋だったら制服のままの俺は入れないもんよ。
で、またあいつらの近くの席に座った。うまくいかなかったら催眠暗示を使おうと思ってたけど、運よくやつらと隣りで、かつ衝立がある見つからない席になった。

「明日は土曜だから学校休みなのにな〜」
「午前9時には出ないといけないんです。すいません」
「仕方ないか。あ、オムレツ来た!食おうぜ!」

じっくり話を聞いてると、どうやら景虎は直江に明日も松本案内をするつもりらしかった。だけど直江は急な用件で出かける父親と兄の代わりに昼すぎには寺にいて坊さんをやらなきゃいけないそうだ。
本当だったら明日は直江と景虎で川中島だとかにも行くつもりだったらしい。

「あの」
「ん?」
「今夜は、どうするんですか?」
「どうするって、おまえ、ツインの部屋取ったんだろ?泊まるよ。たまには家から解放されたいっての」
「じゃあまたラウンジにも行きましょうか」
「やった!」
「でもお酒はダメですからね」

しょぼくれつつも反論するが直江は頑として酒はダメだと言い張った。景虎にはお堅いね、相変わらず。
俺は19歳の体なのに直江は酒を飲んでも何にも言わない。景虎にはダメだって言うあたりが後見人て感じか?

「ぷは〜、食った食った〜」
「よく食べますねえ……」
「若いからな!」

ははは!そりゃ違うよ!景虎は食いすぎだっての。若いからとかじゃねえっての。

「出ますか?」
「うん。いったん休んでからラウンジな!」
「はい」

どうやら直江は松本観光に来ただけみたいだ。一回もゆっくり来たことねえって言ってたから、そんで景虎に観光案内を頼んだわけか。
なーんだ、つまんねーの。
景虎の浮かれ具合は直江にメシおごってもらえるからなだけで、直江は観光目的で、ってか。
俺も帰るか。帰ってエロビデオでも見て寝よーっと。

 

 

翌日朝、腹が減ったんで優雅に喫茶店のモーニングセットでも食うか、と思って、昨日景虎が行きたいって言ってた喫茶店へ。
文庫本なんかを読みながら店自慢のコーヒーを大人っぽく飲んでたら景虎が入って来た。

「あれ?千秋じゃん」
「おう、ひとりか?」
「ああ。ここ座ってもいいか?」
「いいぜ」

景虎は昨日の服装のままだった。ブエナビスタに宿泊したんだから当たり前か。
俺と同じモーニングセットを頼んで、コーヒーに大量の砂糖とミルクを入れて飲んでた。ふん、お子様め。

「珍しいな。こんなとこ、おまえが来るなんてよ」
「ああ、ちょっと外泊したからさ、その帰り。家に帰っても朝飯なんかねえし、ついでに食って帰ろうと思ってさ」
「ふ〜ん」

ふと見た景虎のタートルネックに隠れて首筋に赤いものが。昨日あったっけな、こんなの。体育の時間には見なかったけど。

「それ、なんつー本?面白いのか?」
「ああ、面白いぜ。つってもおまえにゃ理解できねーほど難しいけどな」
「なんだと!」

俺が持ってた文庫を取り上げようとした景虎から、よく知った匂いがした。
直江の香水だ。セーターから香ってくる。

「……あ」

もしかして、これって、移り香ってやつじゃねえのか?
だとしたら?移り香がつくほど直江のそばに寄ったってことか?移り香って、そばに寄った程度でこんなに匂うか?

そこで俺はわかってしまった。景虎は直江に抱きしめられてたんだ。
こいつが昨日浮かれてたのは、メシをおごってもらえるからじゃなくて、直江に会えるからだったのか?
じゃあ首の赤い痣は直江の…………キスマーク?!マジかよ?!

「景虎っ!」
「ん?」

その満面の笑みは………………。

「そうか!そうだったのか!直江にもようやく春が来たか!」
「…………なんでわかったんだ、千秋〜〜〜!!言うなよ!誰にも言うなよ!!」
「言っちゃお〜かな〜!晴家に〜〜!美弥ちゃんに〜〜!」
「黙っててくれ〜〜〜!!」
「いつからだ?ん〜?オジサンに話してごら〜ん」
「うるせえ!!」

景虎は赤くなって、コーヒーを飲んで誤魔化そうとしたけど、相当焦ったのか器官に入れてしまってむせた。
その景虎の背中をバンバン叩きながら(むせたから助けてやってんだ!)ユデダコみたいに顔も耳も、手さえ真っ赤になるまで冷やかしてやった。

こいつらがどうなっても俺には関係ないけど、やっぱ景虎をからかうのは面白い。
いいネタ仕入れたぜ〜!!今度は直江をからかわなきゃな!!

「言うなよ!黙ってろよ!」
「さあね?」
「千秋〜〜〜!!」

けど良かったじゃねえか、幸せそうでさ。
な、大将!

 

 

END

 

あとがき

あまね様より5万ヒットのリクです!
千秋視点で甘いのを、とゆーことで、
自由にやらせていただきました。
イマイチ甘くないような気が
しないでもないですが、千秋視点は
ギャグになりがちってことで
逃げさせてもらいます!

リクエストありがとうございました!