∞ infinity ∞

BY 秋葉志歩ちゃん


 

すっかり暮れてきた外は寒い。
容赦なく冷たい風が吹きつける。
空っぽの手にはホット缶コーヒーの1つも買えやしない。
上着を持ってくるのが精一杯だった。

怒りにまかせて家を飛び出してきたのはいいが、行く当てなんてない。
譲のウチ、…とも思ったがあいつ今日は塾だったな。
ゲーセンとかでうろついてみたが、結局は団地の公園に戻ってきた。
ブランコに座ると、ジーンズごしでもひんやりしていた。
あの時とちっとも変わらないな。
譲に出会う前の頃と。

──事の発端は今日の学校で起こった。

「仰木、正直に言いなさい。おまえが金を取ったんだろう?」

放課後、担任のセンコーに職員室に呼ばれるなり、
開口一番聞かれた。
明らかにオレを疑ってる目だ。
はじめはなんのことか分からなかったが、
確か昼休みに、クラスのヤツが財布がなくなったって騒いでいたのを思い出した。
…それでオレを呼び出したのか。

「どうなんだ、仰木」

バンっと強く机を叩く。
まるで事情聴取する刑事のようだ。

「オレは何も取ってねーよ」

ギロッと睨み付けてやると、一瞬ひるんだ様子だったが、

「おまえ以外に誰が盗むというんだ?」

そう言ってタバコをふうーっと顔に吐きかけられた。
頭ごなしに決めつける、その担任の言葉と態度に一気に怒りが爆発した。

「んだと、オレが盗んだってゆー証拠あんのかよ?」

気付けば相手の胸倉を掴んでいた。

「仰木君やめなさい」

慌てて他の教師が止めに入ったが、それでもオレの怒りは収まらなかった。

「理由もないのに、悪い生徒だからってだけで何でも悪いことは人のせいにして、いい加減にしとけよ」

さすがに手は出さなかったが、職員室は一時騒然となった。

 

 

結局財布は見つからず、学校は半ば犯人扱い同然のまま親父に報告したのだ。
案の定家に帰るなり、

「高耶、やっぱりおまえが取ったのか?どうなんだ?」

親父にしつこく問い詰められた。
あの担任と同じ目をしていた。
何を言っても無駄だと思った。

「高耶」
「あんたに甲斐性がないから疑われるんだよ」
「なんだと!」

殴りかかってきそうな親父をかわして玄関に向かった。

「お兄ちゃん」

美弥の心配そうな声を背中に聞きながら、家を飛び出した。

 

当然オレは財布なんか知らない。
学校の奴らならともかく、実の親にでさえ頭から疑われて。
誰もオレのいい分なんか聞こうとしない。

でも、一番腹が立つのはそういう奴らに対して無力な自分自身だ。
未成年のオレにはなんの力もない。
この世界で生きていく生活力も、居場所も。
寒さが余計に自分を惨めにする。
ポケットに手をつっ込んでも、冷たい手は少しも暖かくならない。

そんな時、フッと誰かの面影がよぎった。
その顔の輪郭が浮かび上がろうとする前に、

「高耶さん」

突然後ろから声を掛けられた。
驚いて振り返ると、黒いスーツ姿の男が静かに歩み寄ってきた。
──直江信綱という男だ。
すぐ側に愛車のセフィーロが止まっていた。

「ここは寒いでしょう?はい」

そう言いながら、そっと何か温かいものが渡された。
缶コーヒーだった。
直江も隣のブランコに座った。

「美弥さんからだいたいのお話は聞きましたよ」
「なんでおまえがここにいんだよ」
「今度の怨将事件の相談に、あなたの家に伺ったんです。
そしたらあなたが出て行ってしまった後だったので。でもすぐ見つけられて安心しましたよ」

直江のオレに向ける眼差しは優しい。
陽だまりのように微笑した。

(あ!)

さっき思い出そうとした輪郭と、ぴったり直江の顔が合わさった。

「高耶さん?」
「なんでもないっ。………………おれ、もっと強くなりたい」

缶コーヒーを持つ手に力が入る。

「え?」
「あんな奴らに傷つけられないで済むくらいの力が欲しい」

少しの沈黙の後、静かに直江が切り出した。

「高耶さんは、雪吊りってご存知ですか?」
「雪で木の枝が折れないように、紐みたいなやつで固定するあれか?」
「そうです。知ってますか、古くて硬い枝ほど折れやすいんですよ」
「え?なんで?」
「雪の重みを支えきれないんです。
それに比べて若い枝は雪を支える柔軟さがあるんですよ」
「へえ」
「あなたを枝に例えるのは失礼かもしれませんが、強くなろうと心を硬くして、
いつかポッキリ折れてしまうことがあったら…と思うと怖くなります」

直江の目が悲痛な色を浮かべた。

「直江…」
「私たちに力は必要です。でもそれ以上にあなたが強くあろうとしなくてもいいんですよ」
「でも」

オレが言おうとしたのを遮るように、

「それに」

というと、幾分表情を和らげて、でも真摯な瞳で高耶を見つめながら、

「あんまりあなたが強くなってしまったら、私の役目がなくなってしまいます」
「な…」
「それにね、高耶さん。あなたは少しも弱くないですよ」
「なぜそんな事が言えるんだ」
「あなたはちゃんと自分の弱い部分を知っている。
本当に強い人は、自分の弱さを知ってて強くなろうと努力できる人だと思いますよ」

不思議だ。
直江の言葉が、枯れてボロボロになったオレの心に染み込んでいくようだ。

「オレの事なんか、何も知らないくせに」

吐き捨てるようにいうと、

「知ってますよ、あなたのことは。他の誰よりも」

直江がまっすぐオレの目を覗き込む。
知り合ってまだ間もないのに、実際こいつとはずっと昔から一緒に居たような、
そんな錯覚さえすることがある。

それに何故か、この男には自分のことがなんでも分かってしまうらしい。
彼が自分が1番言って欲しかった言葉を告げた。

「世界中の誰もがあなたを疑っても、私は信じています。
あなたは人の財布を取るような人じゃないこともね」

(………)

不覚にも泣きそうになった。
彼の目があまりもまっすぐで、あったかかったから。
心が優しさに満たされていく。

「ここは寒い」

嬉しかった気持ちを認めたくなくて、話をそらした。

「そうですね、それでは行きましょうか」

彼はそれを本気にした。
確かに寒いのは事実だったけど。

「行くってどこへ」
「お家にはまだ帰りたくないでしょう?これから私が予約してるホテルへ行きましょう」
「一緒には泊まれないだろ」
「実は晴家も今日来る予定でいたのですが、急に怨霊の動きが活発になったので、
急遽そっちに向かってもらったんです。まだキャンセルしていませんでしたので、その部屋を使って下さい」
「いいのかよ」
「はい。あとでお家には私から連絡しておきます。さあ、何か温かいものでも食べに行きましょう」
「あ、おい」

強引に腕をひっぱられた。

あの時とは違う。
どこへも行き場所がなくて、1人で空を見上げていた時とは。
今はこいつが側にいるから。
こいつと一緒なら、自分の可能性が無限にあるように思えた。

空っぽだった冷たい手には、温かい缶コーヒーがある。

強くなる。
いつか本当に強くなって、大切なものを守れるように──

 

END



カムイからお礼

志歩ちゃんに何度泣かされたことか!
いつもありがとう。
infinityとは「無限」のことだそうです。