*〜*喫茶直江*〜*
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ここは、長野県松本市。
賑やかな駅前通りから少し離れた、比較的落ち着いた場所に、
近日OPENする、喫茶店がある。
外観はいたってシンプルな木造の建物。
木の優しさと、小さいながら季節の草花やハーブなどが植えられた庭が、
訪れる人を静かに癒してくれそうだ。
その庭のすぐ側にはテラスが設けられており、
自然を愛でながらお茶を楽しむ趣向も凝らしてある。
「高耶さん、いよいよお店をOPENできますね」
「…ったく、まさか本当に店出すとはな」
店内を満足げに見回しながら、しみじみ語る直江とは対照的に、
やや呆れ顔の高耶。
「目玉焼き1つロクに作れなかったおまえが、調理師免許まで取ってくるなんて」
「ええ、そりゃあもう毎日の修行の賜物です。
特にあなたにはいろいろご指導頂きましたからね」
「よくおまえの親、了解したな。坊さんの本業はどうすんだよ」
「喫茶店の話を切り出したら、当然両親に猛反対されました。
今ではすっかり絶縁寸前の身ですよ」
少しも懲りた様子もなく、平然と言ってのける。
「でも、最愛の人と店を出すって言ったら、照弘兄だけは賛成してくれて…
今回も資金源を大幅に協力してくれましたから」
「最愛のって、おまえ…」
ぷるぷる拳を震わせて、顔を真っ赤にしながら高耶が睨む。
そんな高耶にはてんでお構いなしで、
「当分は開いた部屋で生活するつもりでいますが、ゆくゆくは増築して2人で住める
よう、がんばって稼ぎましょうね」
直江はいたって楽しげである。
「もう、おまえの好きなようにやってくれ」
「はい」
「…ところで高耶さん」
「なんだ」
「このお店の名前なんですけど、なにかいい名前はないでしょうか?」
幾分真面目な顔になり、さすがの高耶も真顔になる。
「そうだな、いざ言われるとな…」
少しの沈黙の後、
「喫茶タイガースってどうでしょう?」
真顔のワリにえらく的外れなネーミングに、
「そんな喫茶店あるかっ」
思わず高耶が吼える。
「それじゃあ、喫茶景虎とか?」
「おまえねー、どうしてもオレに関連したものにしたいのか」
「いけませんか」
「そんなふざけた喫茶店、すぐ閉店しちまうぞ」
「私はいいと思うんですけど」
「ちっともよくない、絶対却下っ」
「困りましたねー」
「喫茶直江だ!」
「はい?」
突然言われて、直江が思わず目を丸くする。
「これならまだ喫茶らしいじゃんか。それにオレも忘れないし」
「そういう問題じゃ…」
「いいの。もうこれで決めたんだからな!
店長はおまえなんだし、このほうが愛着がある」
「はあ…」
「さあ、これから忙しくなるぞ直江。メニューもまだ中途半端だし、
いろいろ必要なもんあんだろ。近くに安いホームセンターあるから行こうぜ」
「今からですか!?」
「あったりまえだろ。今日はトイレットペーパーが安いんだ」
「トイレットペーパーはあんまり関係ないんじゃ」
「つべこべ言わず、すぐ支度しろ。…ゆくゆくは2人で住むんだろ」
最後のほうはボソボソっと呟いた高耶だが、直江は聞き逃さなかった。
高耶の手をしっかり取って、
「さあ、行きましょう高耶さん。2人のマイホームの為に!」
「お、おい、そっちじゃねーぞ。バカ」
続く