*〜*喫茶直江*〜*
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「なーんだ、ワリと様になってるじゃないの。お客さんもいい具合に入ってるし」
店をOPENしてから3日目。
心配で様子を見に来た綾子。
予想以上に店内はほぼ満席。
やはり店長さんが美形なせいか(?)若い女性客が多いようである。
「あ!NAOEのロゴ入りエプロンだ」
カウンター席に座るなり、目ざとく綾子が見つける。
丁度コーヒーを淹れていた直江は途端に得意げになって、
「そう、これは高耶さんとお揃いのもの。
なんったってオーダーメイドだから、この世にたった2枚しかないものなんだ」
一瞬仕事も忘れてのあまりのはしゃぎように、
「…あっそ。よかったわね」
綾子も呆れて相槌する。
しばらくしてふっと肩をすぼめて、
「男2人どんな顔してやってるかと思ったけど、
これなら大学の友達や後輩連れてこなくても大丈夫そうね」
そう安堵したのも束の間。
「あのお兄ちゃん顔こわーい」
「なあに、あのバイトのコ感じワルーイ」
高耶のほうをチラチラ見ながら、テーブルのあちこちでボソボソそんな声が聞こえてくる。
どうも高耶が噂の源になってるようである。
「あらら、あんたの事言われてるわよ」
視線を不快に感じた高耶が、
「オレはあいにく生まれた時からこんな顔なんでね」
余計に不機嫌な顔になる。
「ホラホラ、ウソでも笑って。こういう仕事は笑顔が一番なんだから」
「ふんっ」
すっかりへそを曲げてしまった様子である。
これには直江も苦笑い。
その時背後で、
「所詮礼儀を知らないウチの大将には、向いてないんじゃねーの接客業」
不敵な笑みを浮かべて入ってきた青年が、割って入るかのように口出ししてきた。
「千秋てめー」
高耶の目が急に敵意むき出しになる。
「長秀、あんたも来たの?」
「思った通り、客受けが悪いようだな」
「なっ…」
図星をさされて、高耶が言葉に詰まる。
「長秀、高耶さんを傷つけるようなら許さないぞ」
すかさず直江が口を出す。
「そうやっておまえがこいつを甘やかすから、つけあがるんじゃねーか」
「言わせておけば」
怒りに顔を赤らめながら、高耶の拳がぷるぷる震える。
そこへ丁度、OLの2人連れが入ってきた。
千秋は高耶にわざと見せ付けるように軽い身のこなしで、
「いらっしゃいませ、どうぞ奥のお席が空いております」
手馴れた様子で2人をエスコートする。
「どうぞこちらへ」
椅子までひいて、さながら高級レストランにでも来ているかのようである。
「ご注文がお決まりでしたら、お気軽にお申し付け下さいませ」
千秋の営業用スマイルにも関わらず、
「きゃー素敵な人」
「来てよかったねーvv」
黄色い歓声があがる。
千秋が高耶にニヤリと笑いかけてくる。
そんな様子に、もう耐えられないとばかりに、
勢いよくエプロンを外すと、
「帰る!」
怒りにまかせて飛び出して行こうとした。
「高耶さん、待って下さい。あ! 高耶さん前!!」
直江の声に正面を向くと、
ドンっ☆
思いっきり何かとぶつかった。
「痛っ」
ぶつかった弾みで、床に何かが割れて落ちた。
「僕のホットケーキ〜」
さっき高耶の顔を怖いといっていた、小学生くらいの男の子である。
今にも泣き出しそうに床を見ている。
これには高耶も罪悪感を感じて、男の子の前にかがみこんで、
「悪かったな、ボウズ。今もう一度作り直してやるからな」
不器用ながらくしゃっと頭を撫でてやる。
「ホント?」
「ちょっと待ってろよ」
すばやく床に散らばった皿とケーキを拾うと、
外したエプロンを再びひったくるように取って、調理場に戻った。
「高耶さん…」
心配げな直江の目をよそに、黙々と新しいケーキを焼いて、
さっきの男の子のテーブルに持っていった。
「どうだ、今度はチョコチップ入りだぞ」
「わあーおいしそう」
「ホラ、出来たてのうちに食えよ」
「うん。あ、おいしいよお兄ちゃん」
「そうか」
ざわざわ…
店内が急にざわつきだしたので、直江が店内に目を向けると、
「!!!!」
慌てて高耶の元に駆け寄った。
「高耶さんっ!」
急に肩を掴まれて驚く高耶。
「な…なんだよ、びっくりするじゃねーか」
「あなたは無愛想なままでいいですから。
お願いだから、そんな眩しい笑顔を私以外の人には見せないで」
「???」
高耶の飾らない笑顔が、来ていた客たちを惹きつけてしまったようである。
そんな様子をはたから見ていた綾子と千秋。
「直江もいろいろ大変だわね」
「景虎なんかにゃ負けねーぞ、絶対」
「あんたもいい加減にしなさい」
「ふん、やなこった」
まだまだ前途多難な喫茶直江である。
続く