*〜* 喫茶直江 *〜*
-聖夜の誓い-
「こんばんは、直江さん」
ドアからひょっこり成田譲が顔を出した。
学校帰りに寄ったらしく、制服姿のままだった。
そう広くない店内をきょろきょろ見回している。
「どうしたんだ?成田」
いつも高耶がいるはずの直江の隣には、千秋が立っていた。
「直江さん、高耶はこっちに来てないんですか?」
少し首をかしげて、
「譲さんにも何も言ってないんですか…。実は、突然しばらくお店にはこれないって言われたんです」
直江が眉間に皺をよせた。
「んで、オレがその助っ人。あいつ珍しく直に頼みに来たんだぜ。どうだ?直江。
オレが店にいるほうが、ずっと売り上げ倍増だろ?」
直江とは対照的に、得意げに千秋が2人の会話に割って入る。
「高耶が千秋なんかに代わりを頼むなんて…」
「おいおい成田、なんかとはなんだ」
「やっぱりおかしいでしょう?あの高耶さんが、よりにもよって長秀に頭を下げるなんて」
「2人とも言ってくれるじゃねーの。
これで景虎も、ようやくオレの偉大さに気付いたってことなんでない?」
「譲さん、学校で高耶さんに何か変わった様子はありませんか?」
「そうですねー」
すでに千秋は疎外されてしまっていた。
「こら、無視するな!」
「そういえば高耶、最近よく授業中に居眠りしてて先生に注意されることが多くて」
「いつものことじゃねーの」
「なんですって!高耶さんが居眠りを」
「はい。朝、顔を合わせてもなんだか眠そうで…寝てないのかな?あいつ」
「おい、直江」
「なんだ、長秀」
「おまえまさかっ」
「?」
「な、………なんでもねーよ」
何か言いたげな様子だったが、慌てて口をつぐんだ。
譲の前で、景虎をベッドで寝かせないでいるんじゃないか…とは、とても聞けない千秋であった。
「机に顔を伏せて無防備に転寝しているあなたは、どんな顔をしてるんでしょう。
さぞ麗しい寝顔なんでしょうね。ああ、そんなあなたを隣で眺めてみたい」
うっとりしながら直江が呟いた。
「おい、気にするところが違うだろう!」
「そうですよ、直江さん。どうして高耶が居眠りしてるか、です」
2人に睨まれた。
「そ、そうですね」
「分かった!」
突然千秋が大声を上げた。
そのせいで店内のお客に注目されてしまった。
「長秀、声をもう少し控えて。で?分かったというのは?」
「来週クリスマスじゃん。女でもできたんじゃねーの?」
「まさか、高耶さんに限って」
「あ、でも高耶ってああ見えて意外と女子にモテるんですよ。
武田の怨将事件で関わった、由比子さんもそうなんだって、前に森野さんが…」
「けっ、あんな奴のどこがいいんだか」
「………」
小娘如きに負けるつもりはない直江だが、すっかり無言で黙り込んでしまった。
あんまり難しい顔をしてるので、慌てて千秋がフォローした。
「ま、まあ直江。そんなに気にすんなって。あいつだって男なんだし、
たまには年増のおまえより、若くて可愛い女の子がいい時だってあるって」
ギロっと鋭く直江に睨まれた。
「千秋…」
譲も呆れて肩をすぼめる。
フォローのつもりが、いらぬ疑念を直江に持たせてしまったようである。
キーンコーンカーンコーン♪
終業のチャイムと同時に、高耶が慌ててカバンに荷物に詰め込みだした。
「なあ、高耶。今日も直江さんのお店には行かないのか?あんなに毎日熱心に手伝ってたのに」
譲がすかさず高耶の机の側にきた。
「ワリぃ、譲。急いでるんだ、今度ゆっくり話すからさ、またな」
「あ…おい、高耶!」
心配顔の譲を気にしつつ、そそくさと教室を出て行ってしまった。
校門から出てきた高耶を、電柱の影で待ち伏せしてる者がいた。
変装のつもりか、物々しくしっかりサングラスをかけ、久しぶりに黒のスーツを着込んだ、
一見怪しげな長身の男だった。
(高耶さん…)
──直江だった。
普段はバイクで登校してる筈の高耶だが、バス停のほうへ向かって歩いていった。
気付かれないよう、静かに後を追いかける。
そして、高耶は住んでる団地とは正反対の行き先へ向かうバスに乗り込んだ。
それを見届けて、自分も乗ってきていたウインダムで再び追跡した。
30分ほどして、高耶がバスから降りてきた。
高耶のいる歩道を隔てた道路の向かい側に、幸い車を停めるスペースがあったので、
直江も車から降りた。
辺りをみると、普段の高耶ならとても来ないような、お洒落なショッピング街だった。
ウインドウや街路樹には、クリスマスの装飾が施されていて、クリスマスムード一色である。
直江のすぐ脇を、若いカップルが楽しげに何組も通り過ぎていく。
高耶は何度か腕時計を見ては、人が通るたびに顔を上げている。
どうも誰かを待っている様子だ。
しばらくして、彼女…というには幾分年上の女性がなにやら高耶に話しかけてきた。
「景虎の奴、女でも年上が好みなんだな」
傍らでボソッと囁かれ、ギョッとして振り向くと、いつの間にか不敵な笑みを浮かべて千秋が立っていた。
「長秀、いつの間に…」
実は直江が高耶に気を取られてる隙に、ちゃっかり後部座席に乗り込んでいたのだ。
「あいつ人妻と付き合ってんじゃねーだろうな」
随分親しそうに話してる様子だ。
彼女には彼が見せる、他人を突き放すような冷たさが感じられなかった。
「まさかホントに女だったとはねー。なかなか美人じゃん」
「…帰るぞ、長秀」
「え、おい。いいのかよ、景虎あのままにして」
「会ってどうしろというんだ。連れ戻すとでもいうのか」
「直江、千秋」
2人が驚いて振り向くと、怖い顔をした高耶が立っていた。
勘の鋭い彼に見つかってしまったのだ。
「高耶さん…」
「さてはオレの後をつけてきたんだな。直江、店はどうしたんだ」
「今日は休みました。お店なんかより、あなたの事が心配だったんです」
「こんな事してる暇があったら、店に戻れ。千秋、おまえもだ」
「へ〜店番をオレに頼んで、自分はちゃっかりデートですか?…いいご身分だな」
嫌味たっぷりに千秋が言った。
「な…」
高耶があっけに取られている。
そんな彼を冷ややかに見守りながら、
「お店に戻ります」
それ以上直江は何も言わなかった。
「ま、せいぜい楽しんでくれ。店はオレがサポートするから、行こうぜ直江」
目も合わさず直江はそのままウインダムに乗り込んだ。
吹き抜けていく木枯らしのように、高耶を残してそのまま冷たく走り去っていってしまった。
「高耶くん、今の彼が話していた人?」
いつの間にか、高耶の側に来ていた女性が口を開いた。
高耶は答えず、ウインダムが去っていった方向をずっと見ていた。
「………直江のバカ」
23日、クリスマス・イブの前日。
客足も途絶えて、そろそろ閉店しようとした頃。
「直江」
息を切らせて高耶が思い切りドアを開けた。
店には直江だけだった。
「高耶さん」
手には白い箱を持っていた。
「こんな時間にどうしたんですか?お店なら心配ありませんよ」
「そうじゃなくて。……………これ、おまえに」
「え?」
照れた顔を見られたくないのか、顔を合わせようとしない。
静かに中身を取り出すと、黒いケーキが入っていた。
「これ、高耶さんが?」
「クリスマスケーキ。“シュヴァルツ・モーンド”っていうんだ」
「シュヴァルツ・モーンド?」
「黒い月っていう意味。先生に付けてもらったんだ」
「先生?」
「この間一緒にいた人。美弥の友達のお母さんなんだ。料理学校の先生してんだけど、
教室があそこにあってさ。ホラ、うちオーブンなんて気の利いたもんないだろ」
直江が目を見開く。
「ケーキなんて初めて作るから、全然うまくいかなくてさ。
美弥の紹介なんだけど、教室のない日を貸してくれるっていってくれてさ。
ついでにアドバイスもしてくれて」
「そうだったんですか」
「チョコレートケーキだけど、お前あんまり甘いの好きじゃないだろ?
だからビターにして、ブランデーをたっぷり入れて大人な感じにしたんだ」
高耶の手を見ると、火傷の跡が見られた。
話は本当のようだ。
「…お前をイメージして作ったんだぜ」
ボソッと俯いたまま呟く。
「食べてみていいですか?」
こくんと小さく頷く。
一口口に入れると、上品な甘さでブランデーがよくきいてて美味しかった。
食べてみてよく分かる。
高耶が自分の事をどれだけ想ってくれているかを──
「すみません、高耶さん。変な誤解をしてしまったみたいで」
「オレのほうこそ、悪かったな。うまく出来るまで内緒にしときたかったんだ」
「これならお店に出しても充分いけますね」
「それならさ、明日限定で作れる分メニューに加えよう」
「そうですね」
「オレ…さ」
少し間を置いて高耶が続ける。
「なんです?」
「もっと料理の勉強して、お前の淹れるコーヒーと、
手づくりの美味しいメニューがたくさんあるお店にしたいんだ」
「高耶さん」
「この店は、オレとお前の大事な家だからさ。ここだけは絶対守りたいんだ。だから…」
不意に直江に優しく抱きすくめられた。
「直江…」
「ありがとう、高耶さん。そうですね、2人でこれからも守っていきましょう」
「ああ」
それは、2人だけのひと足早い聖夜の誓い。
強く願えば、願いはいつかきっと叶うから。
それが、特別な夜ならなおさら…ね。
END
お礼
実は志歩ちゃんに無理矢理お願いして
作ってもらったSSです。
ありがちょう!
“シュヴァルツ・モーンド” …
まさかこんなとこに入れるとは、
おぬしやるな。