*〜*喫茶直江*〜*
2005高耶さんバースデー
-ひまわりの誓い-
「直江ー、これ見てくれよ」
高耶の声がしたので慌ててドアを開けると、
鮮やかな黄色と高耶の笑顔が目に飛び込んできた。
高耶は両手にたくさんのひまわりを抱えていた。
「どうしたんですか、その花束は」
高耶が大変そうにしてるので、花束を引き受けた。
「ここに来る途中でさ、花屋の店先にあったのがあんまりキレイでさ、
値段もそんなに高くなかったし、ついいっぱい買っちった」
「本当ですね。お店の中が急に夏らしくなりました」
「だろう?こいつら見てるとさ、なんか元気になってくる気しない?」
「高耶さんはひまわりが好きなんですか?」
早速大きな花瓶に水を入れながら直江が聞くと、
「そうだな、嫌いじゃないな。夏の暑い日差しを真っ直ぐ受け止めてさ、
太陽に向かって必死に伸びていく姿とか、なんかいいよな」
花瓶に入れられたひまわりは、迷った挙句カウンターの一角に置かれた。
カントリー調にまとめられた店内によく映えた。
「ひまわりの種って食えんだぜ、知ってた?」
「そうなんですか?」
「カラ取ってさ、油で炒めるとピーナツみたいな味がすんだぜ」
「知らなかったです」
「うちもおふくろがいた頃はさ、庭にいろんな花を植えてて、夏はひまわりも咲いてた」
「それじゃあお母さんが?」
「まあな」
そういう高耶の瞳がどこか淋しげに見えた。
イスに腰掛けて花びらをそっと触っている高耶に、
「高耶さんはクリュティエの伝説を知ってますか?」
直江が切り出した。
「クリュティエ?」
「ギリシャ神話に出てくる水の精の名です。太陽の神アポロに恋をするのですが、
受け入れてもらえず地面に立ってアポロを仰ぎ見続け、ついに体が地に根付いて、
ひまわりになったという話です。そう思ったら可哀想な花ですね」
活発な色合いの花からは想像もつかない切ない話に、高耶は黙り込んだ。
「ちなみに“あなたを見つめる”っていう花言葉を持っているんです。
きっとそこから生まれたんでしょうね」
話してる直江の表情もどこか翳っている。
太陽の神に恋をしたクリュティエ。
あなたという太陽を愛してしまった愚かな男──
あなたにこの想いを受け入れられることができなかったら、
わたしもこの花のように、ただあなたを仰ぎ見続けるしかないのか?
地に体が根付いてしまうほど。
暫くの沈黙を破って、
「でも…さ、こいつら太陽の光を一身に受け入れようと必死じゃん。
そんな健気な姿が勇気をくれるとかって思わねー?」
いつのまにかひまわりに自分を重ねていた直江が、
高耶の言葉に目を見開いた。
「アポロには受け入れられなかったかも知れないけど、おれはそういうとこ好きだぜ」
はにかんだ高耶の黒い瞳がキラキラ輝く。
それは太陽の日差しにも似た、眩しい光。
思わず直江が目を細めた。
ああそうだ。
今更ながら気付いた。
あなたという太陽があるから、わたしはまっすぐ前を向いて歩いてこれたんだと。
「そういえば高耶さん、ひまわりは確か7月の誕生花だったはずですよ。
高耶さんの誕生日ももうすぐですね」
「そうなんだ、誕生日なんかすっかり忘れてた」
「今度ここでお祝いしましょうね」
「お前ってさ、そういう雑学をワリとよく知ってるよな」
「そうですか」
「女口説く時に使おうとかって思って、覚えたんじゃねーの?」
「違いますってば」
苦笑いして直江が答えた。
「……まあ、これからもヨロシクな」
ぼそっと高耶が告げる。
「はい?」
「おれはどんなおまえも受け止めるから」
「ええ」
「そうだ、来年はここにもひまわりを植えようか」
「それはいいですね」
「それじゃあ庭の一番太陽の光が当たる場所に花壇作ろうな」
「はい」
あなたがわたしに笑顔をくれる。
この笑顔の側にいつまでもいたいと心から願った。
あなたがずっとわたしに笑顔を向けていてくれるなら。
わたしもあなたの笑顔を守りたい。
一途に想い続けたこの花のように──
END