*〜* 喫茶直江 *〜*
2005 ホワイトデー
(やっべー、すっかり遅くなっちまった)
外はもうだいぶ暮れかかっていた。
バイクのアクセルをさらに強く踏み込む。
今日は掃除当番サボって、直江の待つ店に直行するはずだったが、
森野のヤツに見つかっちまったのが運のツキだよな。
余計な仕事までぼんぼん押し付けるは、小言を散々聞かされるは、
…ったくついてねーよな。
今頃あいつ、1人でキリキリしてんだろうな。
信号につかまる度、何度も腕時計を見る。
夕方の帰省ラッシュの合間をぬって、ようやく店に辿り着くと、
ドアの前にはCLOSEの看板が掛っていた。
それを見て、高耶の拳がぷるぷる震え出した。
またあいつは、勝手に店閉めやがって。
「こらっ、直江!おまえ店を勝手に休んで何やってんだ!」
通行人の人目もはばからず、ドンドンドアを叩きながら怒鳴りつけると、
「ああ、高耶さん。おかえりなさい」
拍子抜けするほど呑気な声が、店の奥から返ってきた。
「外は寒かったでしょう、さあ入って」
あまりの能天気な笑顔に、今までの怒りもどこかへいってしまった。
「あなたが帰ってくるのをずっと待ってたんですよ」
「それは、今日店を休んだのと関係があるのか?」
「高耶さん、今日は何の日か知っていますか?」
「今日? なんだおまえ誕生日なのか?」
「いえいえそうではなくて、3月14日といえば?」
「3月14日…って?」
「ホワイトデーですよ、高耶さん。バレンタインデーで気持ちを伝えられた、
そのお返事をする大切な日です」
「げ…今日だったのかよ。でもオレはおまえになんも渡してねーぞ。おまえには貰ったけど」
「何を言ってるんですか。チョコレートなんかよりずっと甘美で、
素敵なものをあなたから頂いたじゃありませんか?」
「へ?」
思わず高耶が目を丸くする。
甘美で素敵なものって…
あの日の朝の光景が頭に蘇る。
そういえばあの時、オレから直江にキス…
ぼぼッ
思い出して、一気に高耶の顔が赤くなった。
湯気が出そうな勢いだ。
「あの時のお礼をしなければなりません。高耶さん、何がいいですか?それともあなたと同じものを」
そう言いながら直江が顔を近づけてきたので、
「ちょっと待て」
慌てて高耶がそれを制した。
「あの時にも言ったが、オレ達にはそんなもんは必要ないだろ」
「高耶さん」
直江が少し真顔になって、
「確かにあなたがおっしゃることも正論ですが、
どんなにお互いの気持ちが通じ合っていても、やはり相手の心は目には見えないもの。
だからこそ、何か形にして伝えることも時には必要だと思うんです」
真摯な瞳で高耶を見つめた。
「直江…」
「さあ、あなたから受け取った気持ちをわたしにも返させて欲しいんです」
「………分かった」
高耶も直江を見つめかえすと、
「欲しいものがあるんだ。付いてきてくれるか?」
少し照れくさそうに高耶が言った。
「はい」
にっこり直江が頷いた。
外はすっかり薄暗くなっていた。
街灯が灯りだして、会社帰りのサラリーマンやOLの姿が目立ちだした。
幸いこの街には、直江とオレが一緒に喫茶店で仕事してることを知ってる人が多い。
だからこうやって肩を並べて歩いていても、全然自然でいられる。
さすがにあからさまに手とかは繋げらんねーけどっ…て、オレ。
直江と手を繋いで歩くなんて。
チラ。
こっそり隣の直江を盗み見ると、すぐにオレに気付いてにこっと微笑んでくれた。
「寒くないですか?」
そういうと、スルっと自分のしていたマフラーを外して、
優しくオレの首に巻いてくれた。
そして、オレの手を握って自分のコートのポケットに入れた。
「直江」
「風邪ひかないで下さいね」
ポケットの中にはタバコが入っていた。
バカ、これじゃあ通り過ぎる人に絶対ヘンに思われるって。
そう思いながらも、あんまり直江の手があったかくて離せなかった。
しばらくそうやって2人で歩いて、高耶は通り沿いの小さな本屋へ直江を連れて行った。
店内はわりと立ち読みしてる客でいっぱいだった。
「本屋さんに欲しいものがあるんですか?」
「うん。あ、あった。これこれ」
高耶が手に取ったのは、厚さのある図鑑のような本だった。
お料理大百科
表紙にそう書かれてあった。
「オレさ、ホラ、独学で自己流なもんが多いだろ。
野菜の切り方とか味付けとかさ、そういう基本的なこと」
「それでも充分立派だと思いますが」
「でも、おまえの店に出すからには、やっぱ一から勉強してちゃんとしたもんを客に出したいんだ」
「それでその本が必要なんですね」
「本当にいいのか?」
「もちろんです。それではレジに行ってくる間、少しだけ待っていて下さいね」
「ああ」
高耶の手には、さっき直江のポケットに入っていたタバコの箱が握られてた。
「高耶さん、お待たせしました。さあ帰りましょう」
「早速帰ったら何か作ってみようかな」
「ええ、本当ですか?」
「おまえ何か食いたいモンあるか?」
「そうですね、パエリアなんてどうでしょう?」
「パエリアか。うーん、うまく作れっかな。よし、じゃあこのままスーパーへ行こう」
「そうですね。あ、高耶さんついでにタバコも買いに行っていいですか?いつの間にか切らしたみたいで」
「それならホラ、これ」
「え?」
高耶に渡されると、箱になぜか不自然な感触がした。
そっと中を開けると、中に色とりどりの包みが入っていた。
(?)
少し怪訝に思って掌にのせると、それはキャンディーだった。
「高耶さん、これ」
「時には気持ちを形にすることも必要なんだろ」
「それじゃあ」
「オレそういうの返したことないから、スッゲー貴重なんだかんな」
ぶっきらぼうな口調は、彼の照れ隠しだっていうことを知っているから、
それがあまりにも彼らしくて、
「ぷぷっ」
思わず吹き出してしまった。
「何がおかしい」
「わたしのタバコがグチャグチャですね」
「あ…ワリぃ」
「いいんです。大切にしますね」
「バーカ」
END
お礼
うわー!ありがとう!
でもタバコの箱は志歩ちゃんが思ってるほど
キレイなもんじゃないのよ…
そんなの食わされる直江って…
でも嬉しいかもしれん!
私もタバコの箱に高耶さんからの
キャンディーが入ってたら食う!