*〜*喫茶直江*〜*

番外編─2人の休日─

 

 

それは、久しぶりによく晴れた日曜日。
腕時計の針はam10時を少し回ったところ。
いつもは賑やかな店の軒先も、今日は人気がなく静かだ。

ここ最近ずっと慣れない仕事で疲れてるだろうと、直江に休日を勧めたのは自分だが、
こうしてひょっこりやってきたのは、実は内緒である。
そう、アポなしの突然訪問だ。

突然来た自分にどんな反応を見せるのか想像しながら、
期待と少し不安の入り混じった気持ちを抑えて、
裏口の玄関チャイムを鳴らした。

ピンポン♪

『…はい、どちら様でしょうか?』

すぐにインターフォン越しから、直江の低い声がした。

「直江、オレだけど」
『た、た…高耶さんっ!?』

いつもの冷静沈着な彼からは想像もつかないような応答が返ってきた。
あまりの驚きように少し怪訝に思いながらも、

「開けてくれ」

高耶が言うと、

『ちょ、ちょっと待って頂けませんか?』

中の直江はひどく慌てた様子だ。
なんかおかしい。

「なんですぐに開けられないんだ?」
『高耶さん、お願いです。少し私に時間を…』

ある疑いが脳裏をよぎった。

「さてはおまえ、女連れ込んでるだろう」
『ち、違います!』
「おまえっていうヤツは、オレというものがありながらよくも」
『高耶さん、違いますってば。落ち着いて下さい!』
「ええい、問答無用!!」

半ば強引に念でドアをこじ開けた。

「高耶さん」

現れた直江の姿を見て、思わず高耶が目を丸くした。

「直江…なの…か?」


普段からお洒落で、身だしなみにはいつもさり気なく気を使ってる彼はどこへやら。
今自分の目の前に立っている直江は、少しオヤジの入ったスエットの上下に身を包み、
髪は寝起きのままボサボサ、おまけにひげも剃ってないひどい有様だった。

「ぷ…」

たまらず吹き出した高耶に、

「どうして来るってひと言言ってくれなかったんですか」

やけにムキになって直江が言った。
すぐに出られなかったのは、その格好のせいだと知って安心したら、
余計おかしくなった。

必死に笑いを堪えながら、

「わ、悪い。だってそしたらこんな面白いもの見れないじゃん。
あははは、あー腹苦しい」
「笑いすぎですよ、ひどいです」

その時部屋の奥から、

ドオン

大きな物音がした。

「おい、なんだ今の音」

急に真顔になって、高耶が音のしたほうへ慌てて駆け込んだ。
冷たさを感じて下を見ると床が水浸しになっている。
脱衣場の洗濯機から服やらズボンが散乱していた。

「どうしたんだ、これ」
「ひどい有様ですね」

後から来た直江も驚く。

「いくら全自動だからって、入れすぎじゃないか」
「全部一度に洗おうとしたのがいけなかったんでしょうか?」
「はあ?当たり前だろう。なんでも加減ってもんがあんだろうが」
「初めて使ってみたので、いまいち要領が分からなくて」
「今まで洗濯したことなかったのかよ」
「はい。たいていクリーニングで済ませてたので。
でも、2人のマイホームの為に少しでも節約しようと思って」

思わず額に手を当てる高耶だった。
そうだ、こいつはお坊ちゃん育ちだったんだ。

今度は厨房のほうから、なんだか焦げ臭い匂いがしてきた。
キッチンは店の厨房を使っている直江だった。

「次はどうしたんだ?」

急いで向かうと、お鍋の中の物体が原形を留めることなく、
見るも無残に真っ黒焦げになっていた。

「…これ、元はなんだったんだ?」
「お店で残ったレトルトのカレーです。もう少し手を加えてみようとしてたんです。
そしたらあなたが来たので、すっかり忘れてました」
「あっそう」

ふう。

高耶がため息をついた。
ここまで非・家庭的な人間だったとは。
このままでは余計な仕事を増やすだけだ。

「もういい、ここはオレが片付ける。おまえは買い出しだ!」
「そんな高耶さん、私も手伝います」
「いいから、こんだけ今から買って来い」

そう言ってサラサラと何か書き始めた。

「これでよし。あ、その格好はなんとかしろよ、おまえのファンがみたら幻滅するぞ」
「高耶さん」

苦笑いしながら身支度を整えると、メモを持って直江は風のように出かけていった。


「さてやるか」

世界に2枚しかないというNAOEのロゴ入りエプロンを付け、
いざ、凄惨な脱衣場から手をつけた。

「こりゃあ、洗い直しだな」

水を含んで重くなったズボンを拾う。
思わず自分の足に当ててみた。
う…あいつ、足長いな。
Yシャツの肩幅もこんなに広い。

(あれ?これ…)

次に掴んだものの正体に気付いて、高耶の顔が心なしか赤くなった。
…あいつ、こういうのはいてんだ(注:ご想像にお任せします)

全部まとめてみて、やはり軽く容量をオーバーしていた。

「見事に溜め込んだもんだな」

量を減らして洗濯物をセットし直した。
乾燥機まで付いてんじゃん。
宝の持ち腐れだな、これじゃ。
洗い終わるのを待つ間、今度は厨房の片付けを始めた。

「落ちるかな、これ」

黒くこびりついたカレーは強力で、とりあえずしばらく水で付けておくことにした。
ついでだからと、甲斐甲斐しくあちこち掃除し始めた。
意外とこういう事が嫌いじゃない高耶である。


「ただいま、高耶さん」

30分ほどして、直江が帰ってきた。

「あ、おかえり」

さっきの散らかりようがウソのように、見違えるほどキレイに片付いていた。

「もう、片付いたんですか?」
「洗濯と、寝室の掃除がまだだけどな。
リビングはおまえが休めるようにって思って、先済ませてあるから」

自分の為に一生懸命やってくれている姿が微笑ましかった。

「なんだよ、じろじろ見て」
「いいえ、なんでもありません。ところで、これってもしかしてお昼の材料ですか?」
「そうそう。こっち片付いたらすぐ取りかかるから、そこに置いといてくれ。
おまえはTVでも見てろ」

テキパキ手際よく家事をこなしていく高耶に、今までの苦労が感じられて、
直江の胸が少し痛んだ。

「さあ、今から昼の準備始めるぞ」

ようやく厨房に入る高耶。
野菜をリズミカルに切っていく音が聞こえてきた。
直江が羨望の眼差しで見守る。

「何を作って下さるんですか?」
「ん? 今の季節に美味しいもんだ」 
「ひょっとして、…お鍋ですか?」
「当ったりー。ちゃんとコンブとカツオでダシ取るからな」
「せっかく作って下さるのは、ありがたいのですが」

直江の言わんとしてることはすぐに分かった。

「どうせ、君主と同じ鍋を家臣がつつく訳にはいかないとでも言いたいんだろ」

図星をさされて、

「はい」

素直に返事をする。

「そういうのはもうなしだ」

突然包丁の音がやんだ。

「高耶さん」
「だって、おまえはゆくゆくはオレの家族になるんだろう?
家族がそういうの、おかしいだろ」

高耶の眼差しはとても真剣だった。

「高耶さん…」
「さあ、準備準備」

わざと明るく言って、再びまな板に向かった。
背中が照れを必死に隠してるようだった。

 

──家族になる。
それは恋人を超えた、もっと深い絆のように感じて、
彼がそう言ってくれたことが、直江にはとても嬉しかった。

「さあ、食べるぞ」

土鍋がなかったので、普通のお鍋を使う事になってしまったが、
湯気からはダシのいい匂いがした。
グツグツ煮える温かい音。

「美味しそうですね」
「当たり前だろ、ホラ食おうぜ」
「はい」

さすがに高耶が食べだしてから直江も箸をつけた。

「こら、野菜ばっかり取るんじゃない」

高耶が目ざとく見つけて、無理やり直江の取り皿をぶん取った。
魚やお肉がどっさり入れられた。

「このつみれうまいだろ?」
「はい、これも高耶さんが?」
「そ。すり鉢で魚をすりつぶしてさ、隠し味に梅肉を入れてみたんだ」
「すごいですね」
「こういうのっていいよな。1人じゃおんなじ鍋でも美味しくないんだぜ、絶対」
「高耶さんの手づくりならなんでも美味しいですよ」
「ばーか、気持ちの問題だ」
「お鍋って本当に久しぶりに食べます」
「そっか。そうだ!せっかくだからあとでおじやもしような」
「はい」

高耶の笑顔につられて、直江も微笑んだ。


「高耶さん、どこですか?」

お昼の片付けを一緒にした後、姿が急に見えなくなったので、
直江が部屋のあちこちを探していると、
リビングのソファーで、エプロンを付けたまますっかり眠ってしまった高耶がいた。

「高耶さん…」

いろいろやって疲れてしまったのだろう。
気持ちよさそうな寝息が聞こえる。
高耶が起きないように、そっと毛布をかけた。

「今日は素敵な休日をありがとうございます」

安らかな寝顔を見つめながら、額にかかる髪を梳いた。

「早く私のところへお嫁に来て下さいね」

END