今日も直江攻略のために作戦を練っていたところ、いつもの時間にピンポンが鳴って直江が帰ってきた。
「おかえり〜v」
「はい、ただいま帰りました。はーあ」
とりあえずお帰りのチューは基本だから盛大な溜息をつこうが何だろうがするったらする。
ちゅー。
「どうしたんだ?また風邪でも引いたのか?」
「とにかく中で話しましょう。玄関先でする話ではありませんから」
直江は着替えもせずにスーツのままソファに座った。オレはその横にピッタリくっついて座る。
いやあ、くたびれたスーツ姿の直江もなかなか渋くていいんじゃないか?色っぽいねえ。
「で?何があったって?」
「兄が…兄がどうしてもあなたを見たいと言い出して…」
「え?え?何ソレ!もしかして『おまえの嫁を見せろ』とか?!マジ〜?照れちゃうなあ!」
「違いますよ。ただの同居人ですから、あなたは。兄があなたを見たい、というのはですね、要は弟の同居人がどんな人なのかを知っておかないと、もし弟に何かあったら大変だ、ということで」
「あ?どーゆーこった?オレが不良少年だとでも言いたいのか?」
「不良少年だったんでしょう?」
反論は出来ないけど、今は更生して大学生までやってるんだぞ。しかも兼業主婦まで!
「それで兄が明日の土曜、あなたに会いにこのマンションに来ます。ついでに同居の様子も見ます」
「別にいいじゃねーか。困ることないだろ?」
「…あなた、私との同居を同棲だって言いそうじゃないですか」
「同棲だもん」
「同居です。わかりましたね?あなたは私の恩人の息子さんということになっています。それなりに振舞ってください」
確かに恩人の息子さんではあるよな。仰木じゃなくて、上杉だけど。
けどこれってチャンスなんじゃねーの?お兄さんに好印象を与えとけば、直江の嫁にオレがなった場合でも味方になってくれるし?
それにお兄さんから攻略してってもいいんだし?
うっひっひーっ!こりゃたまらん!
「よっしゃー!やったるぜー!」
「は〜ぁ…」
「いらっしゃいませ、お兄さん。はじめまして、仰木高耶と申します。いつも義明さんにはお世話になっております」
(お、直江の兄貴だけあって渋くていい男だな〜。似てるな〜)
「あ、ああ。はじめまして。橘照弘です。こちらこそ弟がお世話になってしまって…」
(なんだ、普通の男の子じゃないか。なんで義明はあんなに会わせたがらなかったんだ?)
「高耶さんも兄さんも、そんな玄関で頭の下げあいなんかしてないで中で話してください」
(高耶さんがこの調子で大人しくしてくれればいいんだが…)
お兄さんにスリッパを出してリビングに入ってもらった。オレの自慢の紅茶を淹れて、自作のビタークッキーを出した。
「お口に合うかわかりませんけど、オレが作ったんです♪」
(家庭的な部分を見せておけば、オレが嫁になるのは嬉しいに違いない!)
「ほー、すごいねえ。クッキーなんか焼けるんだ」
(なんでクッキーなんか焼いてもてなしてくれるのだろうか?まあ美味いからいいが)
「ところでキミは家賃をいくら入れてるんだね?」
(もしこれで義明が払い過ぎてたら大変だ。いくら恩人の息子さんだからって金銭で揉めるなんてことになったら!)
「7万です」
(本当は払ってないけど、直江に7万て言えって言われてっからな)
「そうか。義明、ここは毎月のローンはいくら支払ってるんだったかな?」
「兄さんが言い出したんですよ。20万です」
「そうだったか…それを考えると高耶くんの7万は安くないか?3LDKで風呂トイレ別。リビングは20畳もあってウォークインクロー
ゼットも完備だ。しかも新築。そう思わないか、高耶くん」
「え…でも、その…」
(助けろ、直江〜!)
「いいんですよ。高耶さんの部屋は西向きの6畳で、私は書斎と寝室を使っています。家具はほとんど私が買ったものですが、高耶さんの部屋の物とキッチン用品は全部高耶さんの自前です。家事も高耶さんがやってくれていますから、そう考えたら7万は貰いすぎだとも言えますが」
(本当は家賃なんか貰ってませんけどね。家具もキッチン用品も。この人から貰ったら謙信公に雷で打たれてしまう)
「そうゆうことか。だったら義明、5万でいいんじゃないか?」
「いくらだっていいんですよ」
(一銭も貰ってないんですから)
「じゃあ来月から5万にしなさい。いや、義明もそろそろ結婚を考えなきゃいけない年齢だからな。いつまでも高耶くんに家事をやってもらうこともなくなるだろう。高耶くんも貯金をしたいだろう?」
(悪い子じゃないが、義明の結婚の邪魔になったら困るしな)
「結婚…そんな、お兄さん!いや、実質上はそうだとオレも思ってるんだけど!」
「高耶さん!」
「あ、いえ、なんでもありませーん」
(いっけねー!同棲だってバラしちまうとこだったぜ)
「まあ、キミがどこぞの不良じゃないってことに安心したよ。もしかしたら世間知らずの義明がタチの悪い輩に騙されて安い家賃で同居を強制されてるんじゃないかと心配もしたんだ」
(しかし高耶くんはなぜ義明にベッタリしてるんだ?そんなにくっついて座らなくとも…)
「そんなことはありません。高耶さんはとても素直で、素直すぎて困ることもありますけど、そんな心配するような人ではありません
よ」
(素直すぎて毎晩エッチしろと迫られていますけど。これは困ってます)
「そんな、なお…いやいや、義明さんたら〜」
(そんなにオレのこと愛しちゃってんのかよ〜。参ったなあ♪)
「…えーとだな、その、義明?」
(もしかして、この高耶くんの態度は…義明のことを好き、なのか?)
「はい、なんですか?」
(まずい。兄さんはこれでも勘のいい人なんだ。何か気付いた様子だな…)
「あー、おまえ、付き合ってる女性とかは…」
(神様!頼む!義明の恋人が男だなんて真似だけは勘弁してくれ!)
「いませんよ。今は、いません」
(神様仏様謙信公!兄が疑っています!助けてください!)
「そうか…その、まあ、なんだ。そのうち出来たら紹介しろ」
(確定だな…義明はホモだ)
「はい…」
(もう誰も信じない…)
「心配することないっすよ!義明さんならいいお嫁さんを見つけますから!」
(オレのことだけど♪)
「そ、そうか?高耶くんはそう思うのか?」
(本気でそう言ってるのか、それとも自分がその嫁だって言うのか…?)
「はい♪」
(だってもう見つけてるし〜ぃ。な?直江?)
「…ええ、たぶん」
(ああ、もうお終いだ。兄さん、弟の不孝をお許しください)
「そうか、義明…母さんには俺から話しておこうか?」
(母さんも父さんも卒倒するけどな…)
「いえ、その必要はありません…」
(さようなら、お父さん、お母さん。義明は悪い息子でした…)
「じゃあ、帰るが…幸せになりなさい、義明」
(その少年とな…)
「ありがとうございます」
(無理しないでいいですよ…)
「じゃ、お兄さん、また来てくださいね!」
(まず第一歩成功だ!)
「ああ、また来るよ…」
(二度と来ないよ。こんな家)
「じゃあ、兄さん…」
「ああ…」
((これでこの話は一生しないで暮らしていくのか…))
「なんかさー、そんなに心配しなくても良かったみたいじゃん?」
「…本当にあなたは素直ですね…もう少し疑ってかかった方がいいですよ、色々と」
「そっかー?」
直江の機嫌はとことん悪くなった。
いつもはオレが仔猫ちゃんのように甘えると機嫌が直るんだけど、今日はそれじゃダメみたいだ。
「直江?何かオレ…悪いことしたか?」
そんな時は瞳ウルウル攻撃で。
「あ、いえ、いいんです。どうせいつかわかることでしたし」
「何が?」
「…エッチしますか?今から」
(こうなったらもうガマンしててもしょうがないしな…既成事実を作って自分を納得させるしかないか…)
ええええ?!
直江、今、エッチしますか?って聞いたよな!!なんで?!急に?!
「な、直江?」
「先に風呂に入ってきますから。寝室で待ってます」
「ええー!!」
やったやったやったー!どうゆう心境の変化か知らないけど、直江はとうとうやる気になったんだな!
ヒャッホー!
そしてオレがホカホカのピンク色になって寝室に入って行き、直江がいるベッドに潜り込んでモゾモゾしたけど直江はまったく反応しなかった。
「どしたの?」
「…いーでぃーみたいですね…」
「ペレ?」
「ペレです」
ペレか…………………………………。
「じゃ、オレ、あっちで寝るわ」
「おやすみなさい…ッ」
直江の寝室からこんな叫びが聞こえてきた。
「お父さんお母さんお兄さんお姉さん謙信公!ごめんなさい!」
オレに謝れ、このペレ!
END |