同棲したのに!


第九話  奏効の恢復
 
         
 

バイ●グラのせいで胃を壊してしまった私は不本意ながらイカルガカムイ医院を再度訪れた。
マンションの近所ではこの病院しかなかったのだ。

「あら、橘さん。どうだった?バイ●グラは。おっ立ってられた?」

先日も思ったが、この医院の女医であるイカルガ医師は何でもストレートに物事を言うから腹が立つ。

「それのおかげで胃が荒れたようなんです。胃薬を出してください」
「あんたね〜、ちゃんと説明書き見て服用したわけ?違うんでしょ?高耶さんに早く乗っかりたくて、夕飯も食わずに飲んだんじゃ
ないの〜?」

ええ、その通りです。でも早く乗っかりたかったわけではありません。高耶さんの期待に答えたかっただけです。
だがこの女医に言い訳をするのは無駄だとわかっているので黙っていた。

「じゃ、胃薬を処方しとくから。それとさあ、あんたのいーでぃーは根が深いかも知んないから、精神科へ行った方がいいかもよ?」
「せ、精神科ですか?!」
「精神科っつっても暗いイメージはないから。今はどこだって明るく健全なクリニックになってるから大丈夫」
「そうですか…」
「あたしの友達でクリニックやってるのがいるから紹介するわよ。そんじょそこらのカウンセラーとは違うからね。なんつっても精神科医だから。もうバッチリいーでぃーも治るってもんだ!」

この調子の良さは長秀なみだが、威勢の良さは晴家のようだ。
何か嫌な予感はするが、まったく知らない精神科の病院へ行くよりもいいだろう。

 

 

そうして紹介されたのはまたしても女医さんの病院だった。地図と紹介状を貰って帰宅した。

「そんで直江はそこに通うわけ?」
「通うかどうかはわかりませんけど…まあ、一度は行ってみようかと」
「でもよー、いーでぃーなんかバイ●グラで治るってわかったんだしさー」
「根本的に治したいんですよ。あんな薬に頼っていたらまたいつ胃を壊すか」
「ふーん、じゃ、治ったらやろーな?」

高耶さんはなぜそこまでシたいのだろうか?口を開けばエッチしろと言うようになってから2ヶ月。
こうなった(参考:覚悟の激闘)からには俺もしてあげたい気持ちはあるが、こちらから積極的にしたいわけではない。
やはり学業が優先だ。しかしいーでぃーのままでは男・直江信綱は納得できないのだ。

「また女医か〜。おまえ変に誘惑されても浮気は許さないからな」
「この状態で浮気なんかできるわけないでしょう。あなたって本当に…ボケてますね…」
「なんだと!」
「とにかく、私は浮気はしませんし、もうバイ●グラも飲みません。胃を治しながら、いーでぃーも治しますから」
「よし、しっかり治してエッチできるようにしとけよ!」
「…………はい」

 

翌日、外回りの時間を利用して紹介された『秋葉クリニック』を訪れてみた。外観は白い壁の洋風な一軒家だ。
中に入るとカントリー調の家具が設置されていて、暖かい家庭的なイメージを持っていた。
予約をして診察を受けるタイプのクリニックで、あまり待たされずに受診できた。

「こんにちは。はじめまして。私が院長の秋葉志歩です。これからよろしくお願いしますね」
「はい。よろしくお願いします」

院長の秋葉先生はスレンダーで優しい笑顔が魅力的な女性だった。毒舌のイカルガ先生とは正反対だった。

「症状を教えてもらえますか?」
「はい。あの、…いーでぃーになってしまいまして…」
「いーでぃー?ああ、インポ●ンツのことですね」

妙齢の女性の口からインポ●ンツなどとは!!医者とはいえなんて恥ずかしい!!

「最近はインポ●ンツの男性が増えてきたんですよ〜。主に家庭でのストレスでなるんですけどね、案外難しい病気なので時間と
気力が相当必要ですよ。でも大丈夫!橘さんだったらインポ●ンツなんか治せますから!」

連発しないでください、先生。インポ●ンツ、インポ●ンツって!!

「まず今日は何が原因でインポ●ンツになったかを聞かせてください。それから治療に入りましょうね」
「ええ…あの、実は今一緒に暮らしている恋人がいまして、それでかくかくしかじかで…」
「まあ、そうでしたか。簡単に説明しますとですね、今まで橘さんはしなくてもいいと思ってらした。でも実は心の深い奥底で
シたい、シたいと思ってたんです。なのに『シてはいけない』と思い込んだんです。それがストレスの発端です」
「そうでしょうか…」

俺は本当にシたくないと思ったんだがな。

「そんな中で恋人がシろ、シろ、と迫ってくる。それでさらに抑制が働き、さらに思い込みが激しくなった、と」
「それはそうかもしれません…」
「追い討ちをかけたのがお兄さんの訪問時ですね。不本意にも同性愛がバレてしまった。緊張が加わり立たなくなった。これが決定打で、本来なら立つはずが一度の不能で自信をなくし、インポ●ンツになってしまったんです」
「そうですか…」

やはりイカルガ先生の友人なだけあって、診断は間違っていない。さすがだ。

「そんなわけでインポ●ンツになったんですよ。おわかりですか?」

だからインポ●ンツって連発しないでくださいよ。
どうして他の言葉は濁して言えるのに、インポ●ンツだけはハッキリ言うんだ?

「紹介状によると向精神薬と漢方薬が出されてますね。この向精神薬はインポ●ンツには有効ではありませんから、変えましょう。
血行障害もありますから、それに対しての薬も出しますね。あとはノン・エレクト方法を取ります」
「なんですか、それ」
「欲望を抑える逆治療方法です。パートナーの方にも協力してもらいますよ」

た、高耶さんにも協力を求めるだと!!それだけは勘弁してくれ!!

「これは立たせたらいけない、と思い込み、それを逆に利用して血液を集中させる訓練を行います」
「はあ、そんなものなんですか…」

なんだ、そんなことか。高耶さんに協力、なんて、毎日裸エプロンが待っているのかと想像したものだから恐ろしくなったが、高耶さんが「させない!」と言うのだったら大丈夫かもしれない。

「ええ、では今日はこの訓練方法をお教えしますから、お家に帰ってから訓練をしてみてください」
「はい」

どうやらこの先生はイカルガ先生と違って信用できるみたいだな。
まあ、言葉にちょっと問題はあるが。
それに高耶さんの協力というのも、今までと同じようにしていればいいのだ。
だがあの高耶さんから嘘でも『直江とシたくない』なんてセリフが聞けるのかどうか…。不安だ…。

 

 

「はあ?!ノン・エレクト法?なんじゃ、そら」
「これがその方法を示した紙です。よく読んで実行してください」

秋葉クリニックで貰った説明書きを高耶さんに渡す。しばらくは興味深そうに見ていたが、みるみるうちに眉間のシワが深くなって
いく。

「オレは誘惑できないってことか?」
「そうです」
「うーん…」

さらにシワを寄せて考え込んだが、どういうわけか「いいよ」と言った。

「反対しないんですか?」
「だって治療の一環なんだろ?協力するっての。それにさー、オレの夢だったんだよなー…」
「何がです?」
「『高耶さん!俺はもうガマンできない!あなたが欲しい!』 『あ!ヤメロ、直江!そんなの出来ない!』」

高耶さんはソファの上に寝そべったり、四つんばいになったりしながらひとり芝居を始めた。どうやら四つんばいになっているのは
高耶さんを襲う私の役のようだ。

「『何が出来ないんです?あなただってしたいんじゃないですか?』 『違う!そんなんじゃ…!ああ!そんなとこ触ったら!』」

まだまだ続く高耶さんのひとり芝居を呆れ果てて見ていた。景虎様の面影もないこのバカバカしい芝居は一体何だ?

「『ほら、あなたの坊やは正直だ』 『だって…そんなに触ったら…直江のバカ…』」

あなたがバカなんじゃないですか!!!
ああ、くだらない!!

「いつもそんなふうに妄想してたんですか…それがあなたの夢なんですね…」

小さい!小さすぎる夢だ!しかもアホらしい!目の前のテーブルをひっくり返したい!

「まあ、夢っちゅーか、そうなったらいいな〜、なんて♪」
「ああ、ああ、そうですか。もう今日は疲れましたから寝ますね」
「ダメだよ!今日から実践するんだってば!」
「はい?!」
「ノン・エレクト法!」
「ええええ―――――!!!!」

そんなわけで、高耶さんに押し切られる形で寝室に直行だ。これを治療と言うのか?ただの高耶さんの夢を叶えるシミュレーション
じゃないか。
高耶さんが全裸になってベッドに横たわり、その上に四つんばいになった俺が乗る。

「ほら、セリフ、セリフ!」
「セリフ…とは…?」
「さっきのだよ!『もうガマンできない!』だよ!」

く…くだらない…。こんなのでいーでぃーが治るわけなかろう。

「なおえ〜」
「高耶さん。もうガマンできません」
「なんで棒読みなんだよ…ま、いっか。ああ!やめろ、直江!」

どうしてこんなくだらないことにこの人は真剣になれるのだろうか?愛しているのは揺らがないが、これではいーでぃーは一生治らないかもしれない。

「あの…やめませんか、コレ」
「治すんだろ。やめたら治療にならないじゃん」
「それはそうなんですが、逆に萎える気がします」
「いいから続けろって!」

しかたなく続けていた。しかしまったく何の解決にもならなかったため、そのうち高耶さんが飽きてしまって1時間で終了になった。

「なんでこんなにオイシイ状況なのにおまえの精神注入棒は役立たずなんだよ!ちょー使えねえ!」
「そりゃ役立たずにもなりますよ…ハァ…」
「ああ?なんだって?」

これではただのコントだ。自分が思い描いていた高耶さんとの初夜はもっと厳粛でムーディーでなくてはならないのに。
いや、それを高耶さんに求めるのは私が間違っていたということか。

「とにかくこれは訓練なんだからな!明日もやるぞ!立つまでやるぞ!」
「本気ですか?!」
「あたりきしゃりきのコンコンチキよ!」

その気合を勉学へ向けてくれたら良かったのに…。
それから毎日のようにくだらなくて反吐が出そうな芝居に付き合わされた。高耶さんの裸はとても魅力的ではあるが、芝居がヘタクソでムードもへったくれもないから俺のいーでぃーは治らないままだった。

「もーやめよっか…直江…」

良かった!やっと弱音を吐いてくれた!!これでこの拷問から逃げ出せる!

「オレ、わかったよ。直江とエッチできなくても、毎日愛されてるのはわかったから」
「そうですか…あなたが卒業するまでには治しますから、今まで通りの関係でいましょうね」
「うん…」

しおらしい高耶さんは可愛らしくて素敵だ。毎日こうだったらいいのに。

「あ」
「ん?」

俺の精神注入棒がしおらしい高耶さんに反応した。

「直江!おまえ!治ったんじゃないのか?!」
「治ったみたいですね…これは…いい調子です」
「だったらしようぜ!」
「あれ?…萎えた…」
「えー!!」

どうもコレは『しおらしい高耶さん』にしか反応しないらしい。なるほど、そういうことだったのか。

「治ったってことで今日は良しとしませんか?ね、そうしましょう!」
「そんなあ…せっかくなのに〜!」
「ではおやすみなさい」
「なんでこうなるんだよー!」

 

 

いーでぃーは秋葉先生のおかげで回復した。
高耶さんはなぜ私の精神注入棒が萎えるのかを理解していないため、相変わらず積極的に誘ってくるが、それが却って仇となっていることがわからないらしい。
だとしたら丁度いいではないか。

「頑張って早く卒業してくださいね♪」
「どーなってんだ、チクショウ!直江のバカー!!」

 

 

END

 

 
   

あとがき

前回に続き、診察などのシーンは
想像ですから実際とは異なります。
直江はいーでぃーが治ったけど
高耶さんの不満はさらに倍層。
てか、こんなSS書いてた日にゃ
高耶さんファンにコロサレル…