同棲したのに!


第十話  減光の双肩
 
         
 

ある日、オレと直江が住むマンションに宅配便が届いた。クール便だった。
ダンボールには有名な「かまぼこ」の店の名前が入っていた。
差出人は言わずとも知れたあの人だ。

 

あの人はオレが直江とお付き合いを始めてすぐに現れた。オレが通う高校の校門前で気配を消して待っていた。
デートの迎えに来た直江のそばに駆け寄ったとき、あの人はこう言ってオレにタックルしてきた。

「さぶろおおおおぉぉぉぉ〜!!!」
「誰だ、てめえ!」
「おまえの兄じゃ!忘れたのか?!」
「知るか!離せ!直江、助けろ!!」

そう言ったらすぐにオレから引き離してくれた。

「氏照殿ですね。はじめまして。わたくし、上杉夜叉衆、直江信綱と申します。景虎様の後見人を仰せつかっておりますが、現在は闇戦国も終わったことですから、一介の僧侶です」
「…そうか、そなたが直江か。噂には聞いておったが三郎の面倒をよく見てくれておるそうじゃの。礼を言うぞ」
「いえ、めっそうもございません。ところで氏照殿、こちらの三郎景虎様は記憶がございません。残念ですが氏照殿のことも覚えていないのです。今の名前は仰木高耶さんと言って、普通の高校生なんです」
「…ほ、本当か、それは。三郎?本当に覚えとらんのか?」
「うじてるって誰、直江」

どうもこの人も戦国武将らしかった。詳しく話を聞いてみれば景虎の実の兄だそうじゃないか。
しかしオレの兄妹は美弥だけだ。こんなオッサンはしらん。

「とりあえず車に乗ってください。お兄様と一緒にどこかで食事でもしましょう」
「そうじゃな、直江氏。行こうかの。おっと待て。今日は供の者もおるのじゃ。小太郎!ここへ!」
「は!」

どこからともなく時代遅れの付け毛をつけたこれまたオッサンが現れた。

「誰、こいつ」
「風魔の小太郎と申してな、わしらの忍じゃ」
「ハットリ君みたいなもんか、ニンニンて言ってみな」
「…高耶さん…いじめては可哀想ですよ。小太郎さんもよろしければ一緒にどうですか?」
「それには及ばん。この者はわしらが乗ってきた車で後を追う。さあ、行こうぞ、直江氏」

で、オレはいつもどーり直江の助手席に乗ろうとしたんだ。そしたらオッサンが一緒に後部座席に乗ろうって抜かしやがる。
オレは直江とのデートを邪魔されて不機嫌だったのに、なんで知らないオッサンと後部座席に乗らなきゃいけないのかって思って、
振り切って助手席に乗った。

「なあ、直江。今日のデート、どこ行く予定だったんだ?」
「どこというわけではありませんが、少し遠出して上田へ行こうかと思ったんです」
「上田か〜」

上田は真田が城を構えた場所で、しっとりと落ち着いた感じが良くて好きだった。前に直江とその話をしたから上田に連れて行ってくれようとしんだろう。せっかくのチューありデートがオジャンだ。
車は松本近郊のファミレスに向かって走り出した。

「上田か!そこは兄上が辛酸を舐めさせられた真田の本拠!行ってはいかんぞ、三郎!」
「…うるせえな。黙ってろ。オレは機嫌が悪りーんだよ」
「どうしてじゃ?」
「…直江とのデートを邪魔しやがって。兄だかなんだか知らねーけどな、今のオレたちはラブラブのアッツアツなんだよ。馬に蹴られて死にてーのかってんだ」
「そうなのか?直江殿」
「…ええ。まあ…」
「そうか…それはすまなんだな。三郎も良き伴侶に恵まれたのだのう。兄は嬉しいぞ」

いきなり兄とか言われても、オレはまったく覚えてねーし、ウゼえ。
車がファミレスに着き、オレたちは3人でテーブルを囲んだ。そして直江が色々と説明して二人の関係をオッサンは理解した。
その日は結局最後までオッサンが着いてきたせいでチューもできなかったけど、直江がなぜかオッサンと仲良くなっていて逐一オレのことを報告するから安心して小田原で過ごしてください、と言っていた。

 

 

そういうわけで、オレと直江が同棲するにあたって兄上(直江がこう呼べと言ったから呼んでるだけだ)にも報告が入った。
するとたまに電話が掛かってきたり、こうして宅配便が送られてくる。小田原名物だらけだ。

「お兄さんからですか?」
「そう。カマボコだってさ」

三つ葉とカマボコをわさび醤油で和えて、板わさにしたものが食卓に出る。

「お礼の電話は入れました?」
「入れるかよ。面倒くせえ」
「…あなたのお兄さんなんですよ?少しぐらい親切になさいな。きっと寂しがってますから」
「いいの。勝手に送って来たんだから。兄って言ってもオレには記憶がないし、全然慕えないんだから」
「仕方ありませんね。私から電話しておきます」

夜も更けて、直江とエッチしようと今日も作戦を実行だ。
今夜の作戦は濡れた髪のまま風呂を出て、せくすぃ〜なうなじを見せ付けながら拭いて貰い、それをきっかけにエッチする作戦!
その名もなんと、『ねえ、直江。オレのうなじはキレイでしょ作戦』だ!!

「なおえ〜」
「ああ、またちゃんと髪を拭かなかったんですか。こっちへいらっしゃい」
「うん!」

そして直江の元へ…と、思ったら、

「さぶろおおおぉぉぉぉ!!」

玄関からデカイ声が聞こえてきた。兄上だ。
あの野郎!!邪魔しやがって!!

「お兄さんですね。待っててくださいね」

そう言って直江は玄関に行き、兄上を招き入れてしまった。何やってんだよ!入れなくていいよ!そんなヤツ!

「おお!三郎!元気にしていたか!荷物は届いたんだろうな?ちゃんと送られたか心配で来てしまったぞ」
「来たよ。だから安心して帰ってください、兄上殿」
「そう冷たいことを申すな。良いではないか。今日はここに泊まるぞ」
「ダメー!!!」
「なんでじゃ?」

そこで直江が「どうぞ、お泊りください」と言い出した。こっちを向いてニヤリと笑って。作戦を阻止したつもりだな。
くそー。またいつものパターンかよ。

「今日は三郎と眠るぞ。いいかな、直江氏」
「ええ、どーぞ、どーぞ。私は高耶さんの部屋のベッドを使いますから」
「ヤダー!こんなオッサンと同じベッドでなんか寝られるか!」
「良いではないか。三郎、寂しいことを言わんでくれ」
「高耶さん。お兄さんと寝てあげてください。そうしたら明日は一日中一緒にいてあげますから」

一日中一緒?直江はいつも忙しくて、オレと一日中一緒にいてくれることなんかほとんどない。
そうゆうことなら、一晩くらいオッサンと寝てやってもいいかな。

 

 

「のう、三郎」
「んだよ」

直江のキングサイズのベッドでオッサンと二人、背中を向けて寝ていた。

「このベッドは二人で使っておるのか?」
「ううん。直江だけ」
「…おまえたちは夫婦なのだろう?なのに別々なのか?もしやそなた、まだ直江氏とまぐわっておらぬ、のか?」
「…うん…あいつガードが固くて…」
「そうか…それが心配でのう。直江氏はあの通り、堅物だからな。そなたが寂しい思いをしておらぬかと心配していたがやはりそうだったか」

なんでこんなこと、こいつに心配されなきゃなんねーんだ?オレは知らないが兄なんだろう?逆にオレの貞操を心配すべきなんじゃないのかよ。

「よし、三郎。可愛い弟のためじゃ。そなたに秘技を伝授してしんぜよう」
「何?!」
「これで直江氏もイチコロじゃ。イッヒッヒ」
「マジかよ!いや〜、さすが兄上!大人だねえ。オレはいい兄上を持ったなあ!」
「そうじゃろ、そうじゃろ」

そうしてベッドの中で作戦会議が行われた。
兄上の作戦はそりゃもう大胆な発想で、これで直江も落ちたも同然な作戦だった。

「よっしゃー!やったるぞー!」
「三郎!兄はおまえの成功と幸せを祈っておるぞ!!」
「兄上!」
「三郎!!」

認めてやる!おまえを兄と認めてやる!オッサンから兄上に昇格だ!

 

 

 

「あなた、何をバカなことしてるんですか」
「え?」

兄上の作戦を実行中だ。
夕飯を直江に作ってやって、デザートがあるからって言ってひとまずキッチンへ引っ込んだ。
そのデザートとはオレだ!『オレを食べて♪』なデザートだ。

「そんなもの、食べられるわけがないでしょう」

全裸になって、針と糸で作っておいたフルーツネックレスをしての登場に、直江は眉間にシワを寄せてジト目で見た。

「そんなものして、部屋がベタベタになりますよ。しかも体温で生ぬるくなってるんじゃないですか?そんなの、どうして私が喜んで食べると思ったんですか?今までで最悪のお誘いですね」
「ええー!!だって兄上はこれでバッチリじゃ!って言ったぞ!」
「…わかりました。あなたのその悪趣味はお兄さん譲りだったんですね。ようやくあなたの根源を見た気がします。先にお風呂に入ってください。部屋が汚れる前に。もし汚したらあなたが掃除してくださいよ」

あの野郎〜!!
二度と兄上なんて呼んでやるもんか!今までどーりオッサンだ!オッサンに格下げだ!!
力んで足を踏み出したら、ステンと派手に転んでしまった。直江の心配していたとーり、部屋中ベタベタになってしまった。

「布についた果汁は落ちないんですからね…お金を預けますから、明日は掃除と新しいファブリックを購入しておいてください。もし
明日、私が帰ってきて汚れたままだったら…同居は解消します!!」
「なおえ〜…」
「甘えても無駄です。わかりましたね!」
「は〜い…」

 

 

RRRRR…RRRRR…

『はい、北条でござ…』
「てめえ!今から来い!!可愛い弟なんだろ、オレは!!すぐ来い、今来い、とっとと来い!小田急線でもロマンスカーでも
東海道本線でも何でもいいから今からソッコーで来い!あのプーマの付け毛に車ぶっ飛ばさせて来い!わかったな!!」
『ど、どうしたのじゃ、三郎』
「聞く暇があるんだったら今から出ろ!言い訳は聞かん!マッハで来い!」
『う…わかった!今から行くぞ!待っておるのだぞ!』
「早くしろ!オッサン!!」

そしてオレは一日中、オッサンとプーマと3人でマンションの掃除をした。プーマに運転させてIDC大塚家具でファブリックも購入した。
掃除を終わらせてぐったりした3人が床に座り込んで放心状態でいたら、直江が帰ってきた。

「おかえり…掃除、しといた」
「当たり前です。氏照殿もいらしてたんですね。お疲れ様でした」
「のう、直江氏。なんだったのだ、この掃除は」
「あなたの悪趣味の後片付けですよ。兄弟揃ってまったく良いご趣味でらっしゃる」

直江はオレたちを尻目に寝室に入って着替えだした。

「三郎…?」
「帰れ。二度と来るな。わかったな!」
「ヒイイ!三郎?!」
「今すぐ帰らねーと調伏すっぞ!!」
「かっ、帰るぞ、小太郎!!」
「は!」

オッサンとプーマは逃げるようにして帰って行った。残されたオレは寝室の直江に向かって謝った。

「もういいですよ。新しいファブリックも揃ったことだし。あとはあなたが変な気を持たないことですね」
「…なあ、マジでエッチなしの生活すんの?」
「同居を解消したいんですか…?え?高耶さん?」
「いや!解消したくない!」
「だったら今まで通りにしましょうね」
「…うわーん!!!」

 

全部あいつのせいだ!オッサンめ!!

 

 

END

 

 
   

あとがき

氏照殿が登場です。
小太郎は「は!」しかセリフありませんね。
たまには高耶さんと氏照殿が
仲良しじゃないSSも
よろしいかと思いまして
作らせて頂きポンチ。