「高耶さん」
直江の声で目が覚めた。
腕時計を見るとまだ4時半すぎ。眠りだしてから30分てとこだ。
どうやら直江も釣りから帰ってきたらしい。
「まだ怒ってますか?」
「怒ってるよ。おまえ、社員旅行ってわかってる?会社と同じでバレたら大変なことになるんだって思わない?」
「……思います」
「だから、いつも以上に気をつけて行動しなきゃいけないってのもわかってるな?」
「はい……」
「だったらあんまりくっつくな」
ベッドから降りて温泉に行く支度を始めた。
武藤の部屋に行くのはまだ先だけど、直江と顔をつきあわせて話すのがイヤだった。
「ごめんなさい……」
「二人で来たわけじゃないんだしさぁ、しっかり課長としてやってもらわないと困る」
「はい……」
しょんぼりしてるのがよくわかったけど、ここで甘い顔したらまた社員旅行ってことを忘れられそうだ。
直江のことは大好きだけど、やっぱ家の中とは違うんだからな。
「た……」
何か直江が言い出そうとした時、部屋の中の電話が鳴った。
出たら武藤で、もう部屋にいるから温泉に行こうって言われた。タイミングいいな。
「じゃあ温泉行ってくるから。追ってくるなよ?」
「わかりました……」
んでオレと武藤は温泉に。大浴場で海を眺めながらのんびり浸かって、マッサージチェアに座ったり、ジュース買って飲んだりしてから、武藤の部屋に行った。
武藤と同部屋のヤツは一緒にスキューバやった女の子たちの部屋に行ってるらしくて、全然戻ってこなかったからそのまま夕飯までいさせてもらった。
直江がいる部屋に帰りたくなくて。
夕飯の時間になって大広間に行くとすでにほとんどが集まってた。
オレたち下っ端は適当に座っていいらしく、上座に部長と副部長が座れるように空けておくぶんにはどこだってOKだった。
千秋たちがいるところが空いてたからそっちに座って、みんなで今日のレジャーの話をしてるところに直江が入ってきた。
浴衣に羽織。相変わらずかっこよくて、しかも女の子が数人つきまとってた。
直江を狙ってる連中ばっかりだったのが気に入らないけど、いつものことなんだからどうでもいい。
宴会が始まって、メシ食って酒飲んで、有志の宴会芸を見たりしながら大笑いして。
そりゃオレだって楽しかったよ、それなりに。
でも直江のそばにはさっきからずっと一人の女が座ってる。直江を狙ってる女の中でも一番の美人が。
お酌させたり、二人で楽しく話して笑いあったり、なんかコソコソ内緒話したり。
何してんだよ。課長でいろとは言ったけど、浮気していいなんて言ってないぞ。
2時間で宴会は終わり。仲のいいグループで分かれて二次会に行ったり卓球場に行ったり部屋に戻ったり。
オレはみんなに誘われてカラオケに行くことになったんだけど……。
宴会場を出る時もあの女が直江と一緒だったのが気になった。
「なんか飲みすぎて頭痛くなってきたから、オレ戻るよ」
「そっか?頭痛薬持ってるか?」
「うん、ある。じゃあゴメンな。おやすみ」
「おやすみ〜」
もしこれで直江が部屋にいなかったらどうしよう。
いや、いないに決まってるんだ。どうせあの女とバーかどこかに行ってるんじゃないかな。
二人でいい雰囲気でさ……。
くそ、課長でいろなんて余計なこと言っちゃったな。
カードキーを使って部屋に入ると、やっぱり真っ暗だった。直江がいる気配はない。
「悔しい……」
社員旅行だから余計に用心しなきゃいけないとは思ってる。でもだからってあんなふうに女とベタベタすることないじゃんか。
冷たくしたから嫌われたかな。課長として社内恋愛するつもりなのかな。
ベランダに出て海を見て月を見て、このおかしな関係を後悔した。
こんなふうに考えるんなら会社辞めればいいのかな?
それとも同じ会社の上司と部下のまま、同居をやめればいいのかな?
けどそしたらお母さんが悲しむだろうし、兄弟の縁を切るわけにはいかないし。
「高耶さん」
酒のせいもあって泣きそうになったところに、一番聞きたい声がした。
「ずっと夜風に当たってたら風邪引きますよ。部屋に入って」
振り向けずにいた。
あの女はどうしたんだ?
あんなにまとわりついてた課の女の子たちは?
どうして部屋に戻ってきたんだ?何か用でも思い出したのか?
そんなことも口に出来ずに黙って、自分の体を抱いて浴衣の生地をギュッと握ったままベランダにいた。
「高耶さん」
もう一回呼ばれたと思ったら、背中から抱きしめられた。
「すみません。今だけこうさせてください」
「……直江……」
「我慢してるのは性に合いません。好きで好きでしょうがない人が目の前にいるのに、抱きしめたらいけないなんて、私にはできません。今だけでいいから」
背中があったかくて、腕の締め付けが心地よくて、声が優しくて、やっぱりオレは直江が大好きだって思った。
でもそのぬくもりはすぐになくなった。
「ごめんなさい。もう、充分です。……部屋に入りましょう」
「直江っ」
部屋に入った直江の背中に抱きついた。今度はオレから。
「高耶さん?」
「もういい。部屋の中だけは家と同じでいい。もっとちゃんと抱きしめろ」
「……はい」
向き直って強く抱かれてキスされた。窓際でずっとキスして、抱き合って。
「……そうしなくてはいけないってわかってたんですが、高耶さんに冷たくされて、寂しかったんです」
「ごめん」
「私が悪かったんですから、謝らないで」
「けど」
「本当にあなたが好きなんです。家だって会社だって、いつもあなたのことばかり考えてる。誰であろうと高耶さんを奪われるのを黙って見ていられない。それが男友達だろうが、先輩社員だろうが」
「オレだって直江のことばっかり考えてるよ」
「……一緒に、寝ましょうか……」
「うん……」
時間はまだ10時にもなってない。みんなまだ部屋に戻らないで羽を伸ばしてる時間だ。
どっちにしてもオレたちの部屋の中でのことは、誰も見ないからわからないだろうけど。
ベッドに寝かされて開いた浴衣の襟から鎖骨にキスしてきた。
手は浴衣の裾をめくって太腿を撫でてる。
「高耶さん……私を愛してくれますか?」
「うん……ずっと愛してるから……直江もオレを愛してて……」
「一生かけて愛します。それに、あなたを一生守りますから」
「ん……」
はだけた浴衣から覗いた乳首にキスされると、もう頭がボーっとして社員旅行だろうが何だろうがどうでも良くなった。
そこばっかりいじられて細い声で喘いで、もっと別のところを触ってほしくて直江の顔を見たら、とんでもなくエロい顔してオレのこと見てた。
余裕をなくしてうっとり見とれてた、みたいな。
「見るな……」
「高耶さんが気持ちよさそうだと思ったら、つい」
「バカッ」
普段はエリート課長、家だと暢気なお兄さん、でもエッチの時はビックリするほどエロ親父だ。
さんざんいろんなとこを舐められて、手でいやらしく触られて、もう我慢できなくなって直江に欲しいって言ったんだ。
そしたら直江のカバンからコンドームも潤滑剤も出てきた。しっかり持ってきてやがる。
だから少し意地悪したくなった。
「それ、あの女に使うつもりだったんだろ」
「…………まさか」
一瞬だけ驚いた顔してたけど、ただの意地悪だってわかったら笑ってキスしてくれた。
「高耶さんとのために持ってきたんですよ。せっかくの同室なんですからね」
「ホントに?」
「あなただけしか抱きません」
直江に抱かれるのは気分も体も気持ち良くて、つい声が漏れる。
家でエッチしてる時みたいに声を我慢しなきゃいけないのに。
もしかしたら隣りの部屋の同僚が聞いてるかもしれないのに。
「んん!」
「気持ちいい?もっと声出して大丈夫ですよ」
「でもっ……」
「こういうリゾートホテルは防音もしっかりしてるから大丈夫。それに両隣りは誰もいませんよ」
「なんで……?」
「さっき主任と居酒屋に入って行ってましたから。主任との酒は朝までコースですからね」
「……計算ずくだな……?」
「はい」
きっと部屋割りも直江が裏で手を回したんだ。こうなることを見越して。
まったく……。出来る課長のくせに、オレとのこととなると見境なく私情を挟むんだから。
でも嬉しい。いつもオレのこと考えてくれてるんだもん。
「直江、大好き」
「愛してます」
少しだけ自分を解放して、声をいつもより少しだけ大きくして直江に聞かせてやった。
オレの喘ぎ声を聞いてる直江はいつもより真剣な顔つきで、一言も漏らすまいとしてた気がする。
「あっ!」
「もっと聞かせて」
「変態……!バカッ……んんっ、あ、ああ!」
「いきそう?」
「も、いく……!」
エッチな課長に犯されて、社員旅行の夜はふけてった。
目が覚めたのは、直江の腕にふんわり抱かれてキスされたからだ。
「……朝?」
「おはよう、高耶さん。よく眠ってましたね」
「ん……おはよう」
「そろそろ朝ご飯の時間ですけど、どうします?このままもう一回しますか?」
実はそれも悪くないって思ったんだけど、課長と二人揃って朝食に行かないなんて、疑われたら大変だ。
それに腹ペコだしな。
「着替えてメシ食いに行こう?」
「残念ですねぇ」
「どうせちょっと観光して帰るんだろ?家に着いたらまたすればいいじゃん」
それじゃ声が聞けないって直江が不満を漏らしたけど、オレ知ってるもん。
今日は親父とお母さんは夕方からデートで、夕飯も外食だ。だから家に帰っても誰もいない。
ゆっくりと、声も出してエッチできるんだ。
ま、直江には帰るまで教えてやらないけどな。
「行こうぜ、課長さん」
「はあ」
服を着て部屋を出る。
おっと、その前に。
「なあ、キスしてくんない?橘課長?」
「はいっ」
朝のエッチが出来なかったぶん、課長はエロいキスをしてオレを真っ赤にさせてから部屋を出た。
朝食バイキングで、昨夜直江にべったりだった女どもを軽くかわして、オレの隣りの席に座って食べ始める。
しばらくしたら千秋たちが来たから合流して一緒に雑談しながら食べて、みんなで直江の昨夜のモテ加減をからかったりして笑った。
「でも課長、マジで社内恋愛する気ないんですか?」
武藤がのほほんとそんな話を振った。
「ああ……その……私にはもう恋人がいますから」
「え?!いたんですか?!やっぱり!!」
「マジかよ!もしかして会社の人間?!」
「まあ、そんなところです」
「誰?!」
「内緒です。仕事に差支えが出たらまずいですからね」
とはいえオレたちの会社は各地に支店や支社があったりして、直江は今まで転勤族だったから千秋たちが予想したところで誰かを特定することは無理。
つーかオレなんだけどさ。さらにわかるはずもないか。
「どんな人?」
「可愛い人です」
アホか!!そんな形容詞、オレの何に当てはまるってんだよ!!
「ごちそーさまっ。オレ、荷物の整理してないからもう戻る」
「おう、また後でな」
「あ、仰木くん。私も戻ります」
「課長もまた後で〜」
「はい」
荷物の整理はとっくにしてある。つーかそんなに荷物ないし。
部屋に戻ってからまたキスして、少しだけエッチなことしてチェックアウトまで過ごした。
あとは帰るだけ。
帰りも行きと同じくオレは千秋たちと座ったけど、もう直江はうるさくかまってくることもなかった。
どうせ帰ったら同じ家なんだもん。余裕も出るってもんだ。
相変わらずモテモテで女が回りにたくさんいたけど、それも気にしない。
だって課長と付き合ってるのはオレだし?
昨夜もエッチしたし?
帰ってからもするんだし?
直江に愛されてるのはオレだけだし。
一緒に住んでるし。
一生このまま直江を独り占めにするんだ。
END |