牡丹燈籠
 


 
             
 

悲鳴が上がった。
寝所の中にいた高耶と直江にも聞こえている。直江が膝を立て、見えない外の様子を伺うと静けさだけがあった。

「終わったのか…?」
「待って。あなたは動かないで」

高耶をゆっくり離し、障子まで行き耳を当て、目を眇め、気配を伺う。
その時であった。

「直江様ァァァ!!!」

直江の耳元で大音声が響いた。お船だった。同時に障子といい、畳といい、部屋中が激しく揺れ、直江は驚き、体を弾かせ引き下がる。

「直江!!」
「高耶さん、こちらへ!!」

部屋の片隅に高耶を抱いて蹲った。天井の梁から埃が落ちる。このまま天井も落ちてきてしまうのではないか。

「住職はどうしたんだ?!」
「…失敗、したのでしょう」

先の悲鳴は住職だったか。
二人は息を飲み込み、顔を青ざめさせ、お互いにしがみつくしかなかった。
お船の勢いは先程よりも増し、とうとう気配も察知されてしまったようだ。燈籠の明かりが髪を振り乱し、発狂し袖を振り回すお船を障子に映している。

「なぜ私に会ってくださらないのですか?!」

これ以上、高耶を恐怖に晒すわけにはいかぬと思った直江は、障子の外にいるお船に叫んだ。

「帰れ!二度と来るな!おまえには会わん!」
「直江様!!」
「私には心に決めた人がいる!おまえはもう死霊でしかないのだ!帰れ!!」
「なぜそのような…!私との契りは偽りだったのですか?!直江様!」
「偽りでしかない!」
「なんと恨めしい!」

直江があの亡霊と交わったとの会話が、今の高耶には悔しくてたまらなんだ。
思い切り、お船に向かって叫んだ。

「直江はおまえのものなんかじゃない!オレの直江だ!!」
「…そこにいるのは、景虎か…おのれ景虎、私の直江様を誑かしおって!呪ってやる!殺してやるぞ!」

もうこのまま高耶といれば、高耶が危険に晒される。
それだけはどうしても出来ぬと直江が立ち上がった。

「おまえが欲しいのは私だろう!景虎様には手を出すな!今からそちらへ行く!」

直江の決心は固かった。高耶を守るためであれば殺されてもかまわいない。
一緒にいようと言った高耶から離れるのは、直江にとって死にも等しいが、それよりも高耶に髪一筋でも傷が付く方が死以上だ。殺されてもまだ殺され足りぬ。

ところがそうは行くかと高耶が直江を引きとめた。その直江に高耶は妖艶な顔で接吻をした。

「高耶さん…、何を…」
「直江はオレのものだということを、あいつにわからせてやればいい」
「え…」

揺れる寝所の畳の上に、直江は組み敷かれて仰向けになった。高耶が直江の袴を脱がせ、緩めた褌の脇から手を差し込んだ。

「どうせ呪い殺されるなら、おまえを体内に入れながら殺されたい」
「…高耶さん…」
「怖くて摩羅も縮んだままか?オレの体に摩羅を入れて、官能のままに死ぬのは嫌か?」
「…怖くなんかありませんよ。亡霊よりも、あなたの色香に惑っている…」

高耶に扱かれながら、直江の男根は立ち上がる。

そうだった。札がいつ破れてお船が入ってこようが、もう迷わないと決めたのだ。
私はあなたの腕の中で死ぬのだと。

直江からも手を伸ばし、高耶の着物の裾を上げて、褌を外す。そこに見えたのはすでに大きく立ち上がった高耶の桃色の男根
だった。お互いに男根に手を添え、擦り上げ、湿った音を出す。

「ああ、直江…いいぞ…」

欲情に頬を染める高耶の顔を見上げながら、空いた片手を菊門へ滑らせた。すると高耶は直江に覆いかぶさるようにして顔を直江の胸につける。

「指を…入れろ…おまえの摩羅が入るように、掻き回せ…」

指を男根から出る汁で濡らし、高耶の菊門にゆっくり入れた。苦痛で顔が歪もうが、尻の肉が強張ろうが、二人にはもう係わることではない。
指が、高耶を蹂躙する。

「うう!は…もっとだ…おまえのが欲しい…」

高耶の喘ぎよりも大音声でお船の呪う声がするが、二人には聞こえていない。ただそこにあるだけだった。

「入れます…腰を、落として」

直江が高耶の細腰を両手で支えながら、我が摩羅めがけて落とす。きつい菊門が直江の男根の先を飲み込もうと押し開かされる。

「あああ!」

肉を引き裂く感触が、直江の男根にした。しかしそれでも腰を引き寄せ、根元まですべて収めた。

「動け…裂いていいから、オレの中で何度でも果てろ…」
「ええ…もう私も我慢はできません」

高耶の血が滑りを与え、繋がりをいっそう深くした。何が現で、何が夢か、直江にも高耶にもわからない。
わかるのは、お互いの体が繋がっているということだけ。
呪われようが、殺されようが、体を断ち切られようが、繋がって、官能の果てまで行くだけ。

「出てこい、景虎ァ!」

外からはこの世のものではない女の、地の底から響く声がしているが、二人には聞こえない。

「あっ…ああ、なお…え…」
「すぐにでも…達してしまいそうだ…う…高耶さん…愛しています…」
「ああ、ん…摩羅を、扱いてくれ…ああ!そこ…なんだ?…いい…」
「ここですか…?」
「う、あ!」

菊の花の奥に、湧き上がる源泉があった。そこをめがけて直江が腰を突き出す。

「はあ!」
「ああ!高耶さん!」
「おまえは、オレのものだ!!」

最初の精が放たれ、高耶の菊の奥と、直江の胸に散った。

「おのれら許さん!景虎!直江様を返せ!!」

お船が二人の情事に気が付いたのだろう。燈籠の火が燃え上がり亡者の姿をより大きく浮かび上がらせた。
寝所は歪まんとばかりに揺れている。

「もっとだ…直江のを、もっと」
「あなたを離すつもりは、毛頭ない」

高耶の眦から涙が一筋零れ落ちる。頬の涙を直江は唇で吸い、瞼まで這わせて睫を下唇で撫でる。
そして男根を抜かないまま、もう一度浅く、深く、繋がりあう。
内からは二人の嬌声。外からは地獄の怒声。延々と続く声の攻勢は、障子の外が白く明るくなるまで拮抗していた。

精と唾液と汗にまみれ、二人が現へ戻ってきたのはまばゆいばかりの光のせいだった。
夜が明け、真白い光が障子を通し寝所を照らした。お船の声はもうしない。部屋の揺れもなくなった。

「ああ…夜が、明けた」
「ん…なおえ…」
「お船は去りました…今日中に菩提寺へ行って、霊を払ってもらいます」
「オレも行く…直江と一緒に…」
「そうですね。一緒に行きましょう。…立てますか?」

直江に半身を支えられ、大刀を杖代わりにして立ち上がった。静寂だけが残っている庭先へ出ようと、二人で札を剥がし
障子を開けた。
そこに待っているものは朝日。

の、はずだった。

しかし朝日かと思った光は満月。障子を通して朝日だと思っていたものは、恨めしいほど明るい満月の光だった。
白い光は高耶と直江の顔を照らし、静かに、しかし煌々と佇んでいる。

「景虎ァ――――!!!」

絶望の淵に目を凝らしていた高耶のその双眸に、襤褸の錦を纏った骸骨が空中から襲い掛かってきた。
直江に突き飛ばされながら身を翻し一撃目を避けたが、もう二度と避けられるものではない。体は直江との交わりで疲れ切って
いた。

「おのれらもろとも殺してくれようぞ!」

襲撃を失敗した髑髏の眼孔が禍々しい光を放ち、もう一度高耶に襲い掛かろうとした刹那。

高耶が大刀を、抜いた。

「うおおおおお!!」

渾身の力を込めて、大刀で髑髏のお船に斬りかかる。骨をぶつ斬る瞬間に、閃光が迸り、お船の断末魔とともに視界が、空間が歪んだ。
すべてが閃光の中に吸い込まれるように消えて行った。あとには清浄と静寂だけ。

「高耶さん!」
「…消えた…」

刀にはまだ小さな青い炎がちろちろと燃えている。

「悪霊を、斬った…」

恨みの残骸のようなその炎が消え、直江が高耶をきつく抱きすくめる。

「あなたが、守ってくださった…」
「直江…」
「愛しています…」
「うん…」

抱擁する二人の耳に、長秀とお晴の声が届いた。走ってこちらへやってくる。

「大丈夫か?!」
「今の、何だったの?!もしかして斬ったの?!」
「そうだ…この大刀で、確かに斬った。父上がオレを守るためにと下さった大刀が…」

高耶の体じゅうから力が抜け、直江に抱きとめられて、安堵の表情を浮かべる。
手にした大刀の刀身が縁側の先に向く。

まだ信じられぬていの長秀とお晴が刀身を追い、目にしたものは。
刀身切っ先の、そのまた先の、土の上。残っていたのは見るも無残な濃桃の錦をまとった動かぬ骸骨と、
朽ちて果てたひとつの、

牡丹燈籠。

 




 
     
おわり
     
             
     

 

     
             
   

あとがき

長々とお付き合い頂きましてありがとうございました!
本物の牡丹燈籠と比べたらマジで邪道なお話になりましたが・・・
お船さんは本当は「お露さん」と言います。可愛い名前だ〜。
だいぶ変えましたが、本来もエロな怪談ですから興味を持った方は
是非原作も読んでくださいね。

   
             
     
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