異教の詩 イキョウノウタ 14 最終話 |
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明け方に直江を起こしてキスをして家に帰った。 家に着いてから直江に汚されたスーツを脱いでシャワーを浴びてダイニングへ行った。爺さんも親父も昨夜は戻らなかったらしい。 「なんで美弥が知ってるんだ?」 そうだった。美弥は新入社員の時期だけ総務部で働いてる。オレが予約の申請をした料亭はそれ相当のコネがないと無理なところで、今回のようなゴリ押しの予約は美弥ぐらい顔が利く人間がやっている。新入社員とはいえ美弥は社長の娘で、本人もそういう特権を有意義に使ってるからだ。オレにはない柔軟さを持ってる。 「仕事の話をしてから飲みに出て、今後の話をしただけだ」 女ってのはどうして恋愛のタブーを無視できるんだろう?こっちは隠したくて仕方ないのに。 「だって〜……お兄ちゃんの大事な人だって聞いてるからさ〜。やっぱりうまくいって欲しいもん」 それは美弥が女だからわからないだけだ。 「男ってのはな、自分の足で立つもんなんだよ。オレもそうだ。解決できない間は足元がフラつくだろ。そんな所に大事なやつを一緒に立たせるわけにはいかないんだよ」 出社準備が出来てから、美弥も一緒に車に乗って行った。普段だったら美弥もオレも電車で通勤しなきゃいけないんだけど、今はちょっと状況が状況だからってことで、こっそりと車で出社することになってる。他の社員にも見つからないように社屋の地下駐車場から入らないといけない。 「お兄ちゃん」 かもな。
親父にまず直江が寄付の話を承諾したってのを伝えてから自分の部署に行った。そこで部長にも話した。この部長は今のところ何も知らない。寄付をして、ミツバのサイトに広告を出してもらえるならそれで満足してくれる。 それからオレは直江に指定された材料の400系ステンレスを1トン手配した。すべて3ミリプレート加工してもらって、1週間以内にシルバースターを作ってる鉄工所に送る。中間に入る卸会社にはマージンが入るようになってるから問題はない。 ステンレスは6日間の間を置いて鉄工所に入荷された。オレはそれを見届けてからようやく直江に連絡を取って、ホテルで密会だ。 「鉄工所から連絡あったか?」 直江にも親父にも、そう簡単なものじゃないって言われたけど、オレは信じてる。複雑になっている組織ほど簡単な計画には負けることがある。まずは一歩進めばいい。 「そういえば」 オレと別れてすぐに直江は極度のうつ状態になった。かろうじて仕事が山積みだったからそれのために気力を振り絞ることは出来たが、食欲もなくなって、胃を壊して、何も食べられない日が続いたそうだ。それで一度点滴の世話になったりもしてた。 「私はあなたのために生きることを望みました。あなたさえいれば生きていけます」 解決まであと少しだ。ミツバではすでに広告の準備が出来てて、来週から飛雀鉄鋼の広告と、ステンレスの寄付のニュースがサイトで出る。そしてCBSの取材も済んでいて、あとはテレビで流れるだけだという。 「だからって戦争が終わるわけじゃありませんけど、あなたを救うことが出来たら、それがはじめの一歩です」 ホテルの部屋で夕飯を食べて、ワインを飲んで、久しぶりに直江とのんびりした時間を過ごした。 「もし失敗しても、諦めないから」 影から支える人間は本当に強いと思う。表立って出てこないと決めてるだけだって強いんだ。 「強くはないんですよ。……支えっていう字を思い浮かべて。腰を落として足を踏ん張って、両腕を広げてる人間に見えるでしょう?その格好でいたのはあなたです。苦しいのをガマンして、汗をかきながら、血の滲んだ手で、力強く、黙って立っていたのはあなたです。そうして会社全部を支えてた。強くなきゃ出来ません」 いつもいつも、直江に抱かれてたんだ。この強い腕で。 「だから、オレがダメになったり、間違えたりしたら直江がまた抱き上げろ。そんで救い出せ」 テーブル越しに手を取って、直江は甲にキスをした。 「私だって、もう何も諦めませんよ」 自分たちの気持ちをお互いに確認し合って、以前とは違う、本物の優しさのある直江にベッドで抱かれた。 「なあ……どうしてオレなんか好きになったんだ?」 友情が独占欲になっただけなのか?って聞いたら、そうじゃないって言われた。 「あなたが独占されるのを望んでいるように見えたから」 オレが?そうかもな。あの時、オレは直江とたくさん話せるかもしれないって思って合コンに出たんだし。じゃあ……。 「最初からオレがおまえを誘ってたってことか」 わかって、直江。 「これからもずっと独占させてくれますか?」 オレだっておまえを誰にも渡さないから。
爺さんが契約破棄の報告を持ってきたのは飛雀鉄鋼の広告がミツバネットのサイトに出てから3日目だった。 オレと直江の関係は元に戻った。 この前、直江がうちの会社にやってきた。広告の件だとか、オレたちの裏工作の件で、親父に挨拶をしておきたいって。 「そんな話になってたんですか?」 直江のマンションのベッドで笑いながら話した。今日は早朝から直江とゴルフをして帰ってきた。夕方に戻って商店街の食堂で夕飯を食べて、ベッドで少しだけ運動してからまったりした時間を、直江の胸の上で過ごしている。 「高耶さんを下さいって言ったら、無理ですよね」 直江はオレを抱えてゴロリと寝返りを打った。そうしてオレを組み敷いて言った。 「守ってもらってます。あなたには、いつも、私の心を守ってもらってますから。これ以上、強くならなくてもいいですよ。いや、強くなることはいいんです。無理して自分を押し殺すようなことをしない強さなら」 オレたちはもう異教じゃない。おまえも、オレも、同じ人間で。国境もなければ差別も宗教も戦争もなくて。 やっと始まったオレたちの平和を、世界中にも伝染できたらいいのに。
手の届かない場所にあるもの。
おわり |
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長々とお付き合い頂き |
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