異教の詩
イキョウノウタ


14
最終話
 
         
 

明け方に直江を起こしてキスをして家に帰った。
なかなか手を離してくれなくて、何度も何度も確認する。
もう離れないんですよね、また会えるんですよね、私を愛してくれてるんですよね、と言いながら。
そのすべてに頷いて答えて、柔らかい髪を撫でてから部屋を出た。

家に着いてから直江に汚されたスーツを脱いでシャワーを浴びてダイニングへ行った。爺さんも親父も昨夜は戻らなかったらしい。
美弥と母さんと食事をしてから自室で出社の準備をしていると、美弥が直江とはどうなったのかと聞いてきた。

「なんで美弥が知ってるんだ?」
「だって料亭の予約したの美弥だもん」

そうだった。美弥は新入社員の時期だけ総務部で働いてる。オレが予約の申請をした料亭はそれ相当のコネがないと無理なところで、今回のようなゴリ押しの予約は美弥ぐらい顔が利く人間がやっている。新入社員とはいえ美弥は社長の娘で、本人もそういう特権を有意義に使ってるからだ。オレにはない柔軟さを持ってる。

「仕事の話をしてから飲みに出て、今後の話をしただけだ」
「……やり直さないの?」
「そういうこと、よく平気で聞けるな」

女ってのはどうして恋愛のタブーを無視できるんだろう?こっちは隠したくて仕方ないのに。

「だって〜……お兄ちゃんの大事な人だって聞いてるからさ〜。やっぱりうまくいって欲しいもん」
「そうか……まあ、そうゆうことにはなったけど、まだまだだ。解決するまでは個人的に会うつもりはない」
「男の人ってバカだよね」
「なんだと?」
「弱ってる時に好きな人に頼るのは当然じゃん。なのに変なプライドとか持ってて、会いたいのに会わないとか、バカみたい」

それは美弥が女だからわからないだけだ。

「男ってのはな、自分の足で立つもんなんだよ。オレもそうだ。解決できない間は足元がフラつくだろ。そんな所に大事なやつを一緒に立たせるわけにはいかないんだよ」
「そういうもの?」
「そうだ」

出社準備が出来てから、美弥も一緒に車に乗って行った。普段だったら美弥もオレも電車で通勤しなきゃいけないんだけど、今はちょっと状況が状況だからってことで、こっそりと車で出社することになってる。他の社員にも見つからないように社屋の地下駐車場から入らないといけない。

「お兄ちゃん」
「ん?」
「やっぱ無理しないで会ったりした方がいいよ」

かもな。

 

 

親父にまず直江が寄付の話を承諾したってのを伝えてから自分の部署に行った。そこで部長にも話した。この部長は今のところ何も知らない。寄付をして、ミツバのサイトに広告を出してもらえるならそれで満足してくれる。

それからオレは直江に指定された材料の400系ステンレスを1トン手配した。すべて3ミリプレート加工してもらって、1週間以内にシルバースターを作ってる鉄工所に送る。中間に入る卸会社にはマージンが入るようになってるから問題はない。

ステンレスは6日間の間を置いて鉄工所に入荷された。オレはそれを見届けてからようやく直江に連絡を取って、ホテルで密会だ。

「鉄工所から連絡あったか?」
「ええ。すでにシルバースターの製造に入ったそうです。気前良く1トンも貰えるなんてね。そのぶんこちらも寄付に回します」
「これで既成事実ができたわけだ。幸い、米軍はこっちが軍事開発をさせられるってことに気付いてるなんて思ってないからな。徹底的にとぼけて会社ぐるみで反戦やっちまえば手出しはできないよな」

直江にも親父にも、そう簡単なものじゃないって言われたけど、オレは信じてる。複雑になっている組織ほど簡単な計画には負けることがある。まずは一歩進めばいい。

「そういえば」
「ん?」
「美弥さんから言われましたよ。私たちはロミオとジュリエットだって」
「ああ……かもな。だけど違うよ。おまえはロミオじゃない。ジュリエットが死んだと思い込んで、勝手に自殺するようなバカじゃないもんな」
「自殺、とは違いますが、死に掛けてたことは本当ですよ」

オレと別れてすぐに直江は極度のうつ状態になった。かろうじて仕事が山積みだったからそれのために気力を振り絞ることは出来たが、食欲もなくなって、胃を壊して、何も食べられない日が続いたそうだ。それで一度点滴の世話になったりもしてた。
あの状態が続いたら本当に死ぬところだったかも。

「私はあなたのために生きることを望みました。あなたさえいれば生きていけます」
「うん……たぶん、オレもだ」
「たぶん?」
「いや、絶対」

解決まであと少しだ。ミツバではすでに広告の準備が出来てて、来週から飛雀鉄鋼の広告と、ステンレスの寄付のニュースがサイトで出る。そしてCBSの取材も済んでいて、あとはテレビで流れるだけだという。
それだけじゃ心もとないからって直江は独自のコネを使って、影響力のある人たちに頼み込んで、そのさらに友人という形で大々的にシルバースターの宣伝を計画してるそうだ。

「だからって戦争が終わるわけじゃありませんけど、あなたを救うことが出来たら、それがはじめの一歩です」
「ありがとう」

ホテルの部屋で夕飯を食べて、ワインを飲んで、久しぶりに直江とのんびりした時間を過ごした。
もう何ヶ月こうしてなかったんだろう。
当たり前みたいに隣にいた直江。
いなかった間にオレは呼吸を忘れていたような気がする。味もなかった。色もなくしてた。
だけど今は全部、戻ってきてる。

「もし失敗しても、諦めないから」
「そうですね。あなたは強いから」
「強くはないよ。いつだって弱気で、情けない。直江の方がずっと強い」

影から支える人間は本当に強いと思う。表立って出てこないと決めてるだけだって強いんだ。
直江はそれをやろうとした。

「強くはないんですよ。……支えっていう字を思い浮かべて。腰を落として足を踏ん張って、両腕を広げてる人間に見えるでしょう?その格好でいたのはあなたです。苦しいのをガマンして、汗をかきながら、血の滲んだ手で、力強く、黙って立っていたのはあなたです。そうして会社全部を支えてた。強くなきゃ出来ません」
「じゃあ、少しは成長したってことかな」
「そういうのは素質です。あなたの」
「でもさ」
「はい?」
「直江もそうしてオレを支えたんだ。何もおまえにしてやろうとしないオレを、黙って、支えて……いや、抱き上げてた」

いつもいつも、直江に抱かれてたんだ。この強い腕で。

「だから、オレがダメになったり、間違えたりしたら直江がまた抱き上げろ。そんで救い出せ」
「はい、わかりました」

テーブル越しに手を取って、直江は甲にキスをした。

「私だって、もう何も諦めませんよ」
「うん」

自分たちの気持ちをお互いに確認し合って、以前とは違う、本物の優しさのある直江にベッドで抱かれた。

「なあ……どうしてオレなんか好きになったんだ?」
「どうしてって……どうしてでしょうね。いつのまにか誰にも渡したくないって思うようになったんですよ。初めてそう思ったのはあの合コンでした。あなたが浅岡さんや綾子と話してるのを見て独占欲が湧いたんです。合コン会場に着くまでは私としか話してなかったのに、どうしておまえたちが高耶さんに話しかけてるんだって。おかしいでしょう?」
「おかしいな」
「……だから本当ならJRで帰るつもりだったのを、言い訳を作ってあなたを追いかけて、代行運転なんか頼んで一緒に帰ろうって誘ったんでしょうね。あの時はそんな意識はなかったんですけど、今だったらハッキリわかりますよ。二人組みを作ろうっていうのも、あなたを独占したかったからですね」

友情が独占欲になっただけなのか?って聞いたら、そうじゃないって言われた。

「あなたが独占されるのを望んでいるように見えたから」

オレが?そうかもな。あの時、オレは直江とたくさん話せるかもしれないって思って合コンに出たんだし。じゃあ……。

「最初からオレがおまえを誘ってたってことか」
「そうでしょうね。無意識にお互い惹かれあってたのは確かですよね」
「ん」

わかって、直江。
知って、直江。
オレは最初から直江にそうやって目で訴えてたんだろうな。

「これからもずっと独占させてくれますか?」
「いいよ。ずっとしててくれ」

オレだっておまえを誰にも渡さないから。

 

 

爺さんが契約破棄の報告を持ってきたのは飛雀鉄鋼の広告がミツバネットのサイトに出てから3日目だった。
さすがにネットの中は情報が早い。それを見た米軍が早々に破棄を申し込んできたようだ。実際の破棄理由は名簿に載っていた人間の生年月日が間違っていたことだけ。普通はそんなことで破棄なんかしないんだけど、向こうさんはどうにかして理由をつけて破棄したがったんだろうな。世論の勝ちだ。
直江とオレの計画は成功を収めたってわけだ。飛雀鉄鋼もまったくひとつも傷なしで守れた。
見込んでた収益は入らなくなったけど、それでも戦争に加担しなくて済んだんだからいい。

オレと直江の関係は元に戻った。
IT企業の社長さんと、鉄鋼会社の平社員。御曹司とはいえども、まだまだ平社員だ。ただふたりは恋人同士だけど。

この前、直江がうちの会社にやってきた。広告の件だとか、オレたちの裏工作の件で、親父に挨拶をしておきたいって。
残念ながらオレは同席しなかったが、入社二年目になった美弥は秘書課に転任してて、お茶を出すって名目で直江に会ったらしい。
美弥に挨拶をした直江に親父は驚いて、おかしな勘繰りをしたそうだ。美弥と直江が付き合ってるのかって。
その話が食卓で出たから、そうじゃないって言ったら「いい結婚相手だと思ったんだが」と残念そうに言ってた。
直江の相手はオレだ。

「そんな話になってたんですか?」
「うん、そう」

直江のマンションのベッドで笑いながら話した。今日は早朝から直江とゴルフをして帰ってきた。夕方に戻って商店街の食堂で夕飯を食べて、ベッドで少しだけ運動してからまったりした時間を、直江の胸の上で過ごしている。

「高耶さんを下さいって言ったら、無理ですよね」
「飛雀鉄鋼の次期社長をか?」
「無理ですねえ」
「じゃあ直江が来る?IT部門作ってやるから」
「まさか。私は私の足でちゃんと立っていたいんです。その方があなたを守れるって、今回のことで証明されたしね」
「オレも、いつか本当に直江を守れるようになるからな。待ってろよ?」

直江はオレを抱えてゴロリと寝返りを打った。そうしてオレを組み敷いて言った。

「守ってもらってます。あなたには、いつも、私の心を守ってもらってますから。これ以上、強くならなくてもいいですよ。いや、強くなることはいいんです。無理して自分を押し殺すようなことをしない強さなら」
「……うん」
「あなたはあなたのままでいいから。高耶というあなたのままで」
「うん」

オレたちはもう異教じゃない。おまえも、オレも、同じ人間で。国境もなければ差別も宗教も戦争もなくて。
異教徒の詩を聞きながら泣くことはもうない。同化しよう。ずっとしていよう。

やっと始まったオレたちの平和を、世界中にも伝染できたらいいのに。
争わなくて済むようになればいいのに。
すべては心から始まって、それを育てていく過程で間違いも起こるけど、一歩を踏み出しさえすればどうにでもなる。

 

 

手の届かない場所にあるもの。
雲上の星。
だけどそれに手は届く。
小さな小さな一歩からでもそれに届こうと思えば届く。
踏み出しさえすれば。

 

 

おわり

 
         
   

長々とお付き合い頂き
ありがとうございます。
色々と矛盾点もございますが
見なかったことにして下さい。

直高版ロミオとジュリエット
みたいな感じになりましたが
ハッピーエンドです!
お粗末さまでした!