絆
※専門用語・隠語などは各ページの最後に解説しています※ |
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赤坂から大久保の事務所まではタクシーで2、30分というところだ。 まだ太陽も出てこない時間に事務所に着き、松平が内部を色々と捜索している。 「はー、立派な闇金の証拠が残ってるなあ。こりゃ一網打尽だな」 松平が携帯で所轄の捜査課に電話をした。闇金事務所を『偶然』にも知ってしまったので証拠と犯人の確保のため今すぐ来い、と。 「松平さん一人のお手柄にしてください。白石、あなたは松平さんの言う通りにしていれば上杉からも最上からも狙われませんよ。ちょっとした休暇だと思って刑務所で休んでください」 さらに松平が部屋の中を物色していると、奥のドアから人の声らしきものが聞こえた。不審に思ってそのドアを開けると芋虫のように縛られている加藤がいた。 「おい、大丈夫か?」 口の中に詰められていたギャグボールを取り外してもらい、ようやく声を絞り出せた。 「なんとか大丈夫……」 足の拘束を解かれて部屋から出るとスーツ姿の高耶がいた。 「きみ、どうして監禁されてたんだ?」 ニヤリと松平が笑ったのを加藤は見逃さなかった。ただの警察官ではないことがわかる。 「あそこにいるの、俺の知り合いなんです」 松平はすべてあの二人の画策だと気付いたが、手柄も取れるし強請れる店も手に入れられるのだからこの画策に乗っておくのが一番だと考えて高耶たちのことは不問にした。 「監禁されていたようだから警察で保護しておきます。どうやら闇金だけじゃないらしいから色々聞かせてもらいますよ」 白石は加藤を監禁したまま外出した自分を恨んだ。これで闇金だけではなくスナッフも摘発される。 最近のトラブルといえば加藤の件だけで、由比子は惜しいことをしたが加藤はまだ手中にあった。 ふとドア付近で話している長身の2人を見た。元上杉、直江。もう片方の男はディーラーだ。なぜディーラーがここにいるんだ? そこまで気付いてやっとわかった。あれが景虎だと。博徒たちが崇めている景虎。 「か……」 視線に気が付いた高耶が白石を見た。その目は今までヤクザ社会で見てきた目とは違う。自分が丸裸にされたような、すべてを見ている目。 「俺はいつから躍らされてたんだ……」 呆然とこちらを見ている白石に高耶は親指を立てて下に向け、声を出さずに答えた。 『さいしょからだ』 どこからが景虎の思惑で、どうしてこうなったのか、白石には知る術がない。
加藤は被害者として警察官と一緒にパトカーに乗って警察署へ。それを少し遠くから見ていた高耶と直江。 「これで加藤も安全ですね」 このことを由比子に報告しようと二人はマンションへ帰った。 「加藤くんは?!」 加藤をここまで心配しているのだから本気で好きになった男なのだとわかった。 「無事だし、この先も安全だから。ちょっとぐらい休めよ。寝てないんだろ?」 由比子は少しだけ泣きそうな顔をしたが、それは自分と加藤がもう安心だという嬉しさからだろう。 「千秋も帰っているようですね」 それから直江の入浴で介助をしながら高耶もシャワーを浴びた。バスルームから出て寝室へ行き、直江にバスローブを着せた。 「高耶さん?」 ボーッと考えてしまったのを直江に悟られた。 「どうしたんですか?」 いきなりな言葉に高耶はどういう意味だと詰め寄った。最初に直江に負けたのは自分で、あれ以来すべてが変わってしまったのだから直江にそんな話をされたくない。 「あなたを愛しています。心の底から」 感情が昂ぶって涙が出てきた。いつから直江の前でしか泣けなくなったのかを思い起こし、あの時だと気付く。 「あなたが泣くなら私がすべて受け止めます。それが私に出来ることですから」 直江の首筋に頭を預けた。直江の右手が肩から後頭部にかけて抱いてくれる。その優しくて罪深い腕と、傷のある胸が自分の唯一の居場所なのだと思う。 「両腕で抱いてくれ……」 高耶が下に垂れ下がったままの直江の左腕を取って背中に当てた。直江が眉間に皺を寄せてながら動かない腕に力を注ぎ込むと、指先が少しだけ動いて高耶の背中をくすぐった。
昼過ぎに起きた千秋が直江の寝室のドアを叩いた。 「直江!白石が逮捕されたってニュースでやってる!」 その声で起きて高耶も直江もバスローブ姿のままリビングへ出た。 『現在、白石容疑者の事務所で監禁されていた被害者の男性が警察で事情を聞かれているもようです』 明け方からずっと加藤は警察にいるらしく、まだ解放されていない。しかし加藤は金を借りただけの人間なので、罪には問われないだろう。 「由比子ももう家に戻ってもいいんじゃないか?」 荷物をまとめた由比子が加藤がいる警察署へタクシーで向かった。以前とは違う明るい笑顔だった。 「おい」 千秋が鼻で溜息をついて、斜に高耶を見た。 「巻き込んでじゃないだろ。俺を利用して悪かったって言ってもらわないとな」 高耶がその言葉にはにかんで見せると千秋は笑って頭を小突いた。 「白石のことは怒らないのか?」 自分の言った言葉が恥ずかしかったのか、千秋は高耶に背を向けて自分の部屋へと歩き出した。 「寝不足だ〜、俺もう夕方まで寝るからな」 リビングに残された高耶と直江で軽く食事をして、由比子が使っていた自分の部屋を掃除すると言って高耶がいなくなった。 心配になった直江が高耶の部屋を覗くと、ベッドに座って肩を落としている高耶がいた。なんとなく悲しそうだった。 「どうしたんですか?」 直江の声に気付いて袖で顔を拭いた。泣いていたようだ。 「どうして泣いてるんですか?」 それにしては背中を丸めて悲しそうな声を出している。 「本当は?」 高耶をこうしてしまったのは直江だ。どんなに愛していようが手放せなかろうが、高耶を悲しませているのは直江だ。 「じゃあ……もう景虎にならなくて済むようにしましょうか?私があなたをそうさせたんですから、責任は取ります」 それは高耶の消息を上杉が追えなくするということで、そうしてしまえば高耶は直江のそばにいることが出来ないということだ。 「だから……前に言っただろ……オレはもうおまえがいないと生きていけないって。オレを殺す気か?」 その背中が痛々しくて直江は思わず腕を伸ばして高耶を抱き寄せた。 「あなたのすべてを私が受け止めます。悲しいことも、辛いことも、全部、何もかも。あなたが私のすべてです。お願いですから、一人では泣かないでください。ずっと私を責めていいから、一人で抱え込まないでください」 小さく息を詰まらせてから、振り向いて直江の背中を強く抱きながら大きな声で泣いた。 「いつかあなたを両腕で抱きますから、一人にならないでください……」 熱い涙が胸に沁みて疼き、もう二度とこんなに愛せる人はいないと痛感した。それがどんなに重い罪を孕んでいようが、一生消えることのない血で汚れた腕だろうと、高耶も、直江も、もう手放せない。 「愛してるから……直江……」 叫びだしそうな衝動を堪えて直江が高耶のすべてを受け止めようとする。後悔と罪悪感と愛が混ざり合って爆発しそうな感情が、高耶を抱く腕に注ぎ込まれる。 「すみませんでした……あなたをこんな目に遭わせてしまって……ッ」 直江の言葉を心に染み渡らせて、高耶が顔を上げた。 「愛してるよ……」 泣きながらキスをして、罪も後悔も飲み込んで、高耶と直江は二人で生きる決心をした。
その後、加藤から高耶に連絡が入り、無事に警察を出ることができたと言ってきた。由比子から高耶の警告も伝えられたのか、もうギャンブルも借金もしないと真剣な声で宣言した。 「次は助けられないからな。もうオレたちにも関わらないでくれ。その方がお互いにいいだろ?」 高耶の言葉に含まれた意味を加藤は考えた。素人の自分が裏側にいる高耶と関われば面倒ごとに巻き込まれる。 『わかった。真面目に働くよ』 もう一度、ありがとうと言い掛けた加藤の言葉は最後まで聞かずに切った。これ以上は何も言われたくない。 「高耶さん、そろそろ出ますよ」 今から仕事だ。高耶は気持ちを切り替えて直江の声のする玄関に向かい歩き出した。 玄関で待っていた直江が高耶に向かって右手を差し出した。その手を取って高耶が小さく呟いた。 「早く両腕で抱けよな」 とても小さな声だったが直江は聞き逃さなかった。 「絶対に抱きます」 下を向いたまま高耶がクスッと笑うと、取った手を引っ張られてキスをされた。
どうしても必要な悪があるように、どうしても拭えない後悔がある。
おわり |
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長々とお付き合い頂きありがとうございました! |
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