驟雨

しゅうう


18
最終話
 
         
 

目覚めた高耶さんは少し落ち着いていて、お腹が減ったと言ってリビングに来た。
少し寝たことや、私がそばにいることで落ち着けているようだ。
準備してあったタラコクリームのスパゲティを作って出すと半分ぐらいは食べることができた。

「さっきお父さんが来てくれたんですよ」
「……呼んだの?」
「ええ、明日からしばらく高耶さんはここで暮らすんですからね。お父さんの許可が必要でしょう?」
「そっか……」
「すべてお父さんに任せて安心してていいって言ってくれましたよ。それまでここから学校に通いましょうね。朝は私が車で学校に送ります。帰りは駅前からタクシーで遠回りしながら毎日違うルートで帰るようにしてください」

これからの対策を説明し、2〜3日は学校を休んで様子を見ることを伝えた。
もちろん高耶さんの精神状態を見るためでもあることも。

「ごめん……たくさん迷惑かけてるよな……」
「いいえ。迷惑じゃないですよ。大事な人を危険な目に遭わせるわけにいきません」

弱気になっている高耶さんが愛しくてたまらない。
以前のような傲慢な高耶さんも虚勢を張っている風で可愛かったが、今の高耶さんの心から私を頼っている姿が
私の保護欲を満たしてくれる。

「直江、抱いてて」
「はい」

ソファに座って雛を包むようにして抱いた。時々小さく震えるのはまだ恐怖が甦ってくるからだろう。
夜も更け、二人でベッドに入った。
何度かキスをして胸に高耶さんの頭をつけるように抱き寄せた。

「セックスしたい……」
「……体は大丈夫なんですか?」
「もしかして、オレがやられたって思ってる?」
「されてないんですか?」
「されてない。やられる寸前で直江が助けてくれたから」

良かった。
犯されていたとしても私の気持ちは変わらないが、高耶さんの体が傷つかないで済んで本当に良かった。
自分で思っていたより不安だったらしく、なぜか涙が出てきた。

「泣いてる?」
「良かった……あなたが無事で……」
「直江……」

出会ってから初めて、私たちは優しいセックスをした。
猛り狂ったセックスではもう満足できないのを知ったかのように。

 

 

 

3日間の休みの間中、私と高耶さんは触れ合って過ごした。
家で出来る仕事をしている時も高耶さんが背中に抱きついていたり、高耶さんの勉強を見ている時も腰を抱いていたり、離れることは片時もなかった。
もちろん触れ合いはセックスにもつながり、流れに身を任せて場所を問わずにセックスした。
それが功を奏したのか、高耶さんの不安定な興奮状態は顔を覗かせることがなくなり、3日目の夜にはすっかり元通りになったように見えた。
しかし予断は許さない。元通りに見えるだけで、実際はまだ恐怖心がある。
私がそばにいる今はいいが、お互いに仕事と学校で離れればどうなるかわからない。

こんな時はどうしたらいいか考え、ひとつ思い当たった。
千秋だ。高耶さんが恐怖心に取り憑かれてしまったら、精神科医である千秋を頼ればいい。
すぐさま電話をして事情を話し、千秋から高耶さんのフォローの了承を得た。

「もし学校や一人でいる時に思い出して怖くなったら、千秋先生に電話をして病院に行ってください。話はしてありますから、絶対に一人で我慢したりしないで頼るんですよ?」
「千秋先生に?うん、そうする」
「……千秋先生のことは信頼できるようになりましたか?」
「なったよ。でも直江と比べるとやっぱ全然だけど」

それでも進歩はしている。家族と私以外は信用していないと言ったあの高耶さんが、今は千秋も信頼している。
カウンセリングの効果に嬉しくなり、高耶さんの髪を撫でた。高耶さんは赤くなって子供扱いはやめろと拗ねた。

「子供扱いしてませんよ」
「頭撫でるなんて子供にすることだ」
「……頭を撫でたんじゃないですよ。髪を、撫でたんです」

少し照れた彼にキスをした。

キスを続けて性欲がお互いを支配し始めた頃、私の携帯電話が鳴り響いた。

「……せっかく盛り上がってたのにな」
「続きは後でしましょう」

電話に出ると高耶さんのお父さんからだった。

「何か進展があったんですか?」
『さっきようやくあいつの居場所がわかったので行ってきました』

高耶さんのお父さんは興信所を使って調べたらしい。詳しくは教えてもらっていないが、あの男の関係者から居場所が聞き出せたらしく、会社を早退して職場に乗り込み、私が保管しているシャツとナイフの写真を見せて「警察に訴えられたくないなら今回は示談にして念書を書いてもらう」とはっきり言い渡したそうだ。

男も職場でそれをやられたので念書にサインをするしかなかったようだ。
内容は高耶さんに近づかないこと。
二度と接触しないこと。
接触をしたら例えそれが話しかけただけであっても警察に被害届を出すこと。
そしてこの念書は公正証書にして法的に有効なものにすること。
以上を盛り込んでサインをさせたらしい。

「じゃあもう安全なんですね」
『人間のすることだから絶対に安全、とは言えませんが、高耶に付き纏いをする可能性は極限まで低くなったと思います』
「そうですか……」
『それで……あのアパートは知られてしまっているので、一応付き纏いはなくなったとはいえ心配ですから引き払います』
「その方がいいですね」
『もう少し高耶を預かってもらえませんか?当然生活費などは負担しますし、御礼もしますので』

私は大歓迎だし、むしろ二人で暮らせるのならこちらからお願いしたい。
が。

「お父さんは構わないんですか?」
『……あなたが高耶の恋人だってことは理解しているつもりですよ。だからお願いしているんです』
「あ……そ、そうでしたか……」

いつかははっきりさせなくてはいけないと思っていたが、逆にお父さんから言われてしまうとは。

「高耶さんを傷つけるような真似はしませんから、ご安心ください」
『よろしくお願いします』

電話を切ってソファでキスの続きを待っていた高耶さんの体を抱き寄せた。

「父さん、なんて?」
「あの男が高耶さんに近づかないようにしました、って」
「ホント?」
「ええ、お父さんが一生懸命高耶さんのためにやってくれたんですよ。誓約書に高耶さんには近づかない、次は警察に訴えるって書いてサインさせたそうです。でも用心に越したことはないので、高耶さんはもうしばらくここで暮らしてください。アパートを引き払って新しいところを借りられるまでは」
「うん!」

やっと高耶さんに明るい笑顔が戻った。この笑顔を見られるなら私は何だってするだろう。
今回は肝心なところをお父さんに任せてしまったが、いつかは私がすべての危機から高耶さんを守れるようになる。
絶対に不幸にしない。

「直江、続きしよう。キスの続き」
「はい」

キスの続きだけは済まないことは高耶さんもわかっている。
幸せになるんだ、二人で。

 

 

それから。
高耶さんには結局襲われた際の刃物に対してのPTSDが残ってしまったが、概ね順調に回復を遂げた。
カウンセリングにレイプ未遂のことを追加したのが良かったのかもしれない。
お母さんも高耶さんと離れたことで高耶さんへ介入する機会を失い、そのぶん別の趣味を見つけたり、美弥さんと時間を過ごしたりして高耶さんとの距離をうまく取れるようになったらしい。

高耶さんは学校で補習を受けて遅れている勉強を取り戻すと、次は受験勉強を始めた。
大学野球を目指すんだそうだ。私たちの草野球のレベルでは高耶さんの腕をなまらせるような気がするが、野球に関しては自信家なので大学の野球部に入りさえすれば取り戻せるからと毎週練習に参加している。
おかげでチームの練習レベルがぐんぐん上がっていて、練習試合はほぼ負けなし、チームに入りたいという新人も増えて私のレギュラーの座も危ういほどだ。

そして今、高耶さんは私の隣りで笑っている。

「高耶さん、新しい部屋なかなか見つかりませんね。お父さん本気で探してるんですか?」
「探してないんじゃねえの?」
「どうして?」
「オレが直江んちでずっと一緒に暮らしたいって言ってるから」
「そういうことですか」

冗談だよと笑っているが、たぶん本当にそう言っているのだろう。
酔っ払った千秋から聞き出したところ、高耶さんの精神不安はたまに学校や私のいない所で起きているそうだ。
私の前で一度もそれが出ないのは、それだけ私が高耶さんの安定剤になっているからだと言っていた。
そんな理由もあってお父さんが新しい住まいを探すのを高耶さんが邪魔しているに違いない。

「でもずっとここに住んだら離れられなくなりますよ?」
「離れないからいいんだよ」
「それもそうですね」

笑いながらキスをして、二人きりで過ごせる時間に感謝した。
これからどうなるかわからないが、私と高耶さんが離れることはないだろう。
こんなに心が寄り添う感じは高耶さんとでないと無理だ。
高耶さんを愛して良かった。
彼を通じて私は私の心を知ることが出来た。激しい夕立のような劣情も、静かな雪のような怒りも、暖かい日差しのような愛しさも。
彼と共に自分も成長していけるのだと感じた日々はいつまでも忘れないだろう。彼もそう思っていてくれたら嬉しい。

「ずっと一緒にいてください」
「直江のそばにいるよ。ずっと」

愛している。あなたを。ずっと。

 

つづく

 
   

長々お付き合い頂き
ありがとうございました。
なんか…直高でやる必要
なかったような…
とりあえず終わりです!
あとがきは「過去の更新」に
書きます。

   
   

 

   
         
   
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