ストーカー



11
最終話
 
         
 

千秋は朝から気が重くてたまらなかった。
昨夜は店長と話し込み、終電近くにひとりで電車に乗ったが、やはり清田に対してどう言い出していいものか悩んだ。
ストレートに聞き出しても「違う」と言われてしまうだろう。
だからと言って遠回しに聞いても同じことだ。
だとすると残っているのは「すでにもうわかっているんだよ」と思い込ませて話すしかない。
そのへんは口がうまい自信がある。できないことはない。

しかしやはり長年一緒に働いてきたバイトだ。
彼女をそんなに追い込む必要があるのかわからない。

だが直江の腕の傷や、高耶の憔悴しきった顔をみているだけに彼女を庇って高耶たちに不起訴にしてもらうことも出来ない。
それだけ彼女はやってはいけないことをしたのだ。
意を決して千秋は清田を呼んだ。

「作業中悪いけどさ、ちょっと来てくんねえ?」
「なんですか?」
「ちょーっと話があって」

できるだけ鷹揚に、下手に出ないように声をかけた。
何を話したいのかわかってるよな、と思わせるように。

すると彼女はギクリと体を強張らせた。目が左右に泳ぐ。額に脂汗をかき始めた。
決定だ。100%こいつがストーカーだ。

「ほら、行こうぜ」
「……イヤです……」
「店長が待ってる。俺たちも出来るだけ平和に済ませたいんだ。だから協力してくんねえかな?」
「け……警察には……」

決定打だった。自分から正体を明かしている。

「仰木もおまえだってことはまだ警察には言ってない。俺が止めたんだ。おまえが自首するようにしてくれって頼まれた」
「……そうしたら……私……」
「やっちまったんだろ?しょうがねえよ。とにかく来いって」

腕を取って歩くしかなかった。嫌がる清田を無理矢理に連れて行こうとする犯罪者のような気分を味わいながら、千秋は店長が待っている喫茶店へ向かう。3軒ほど隣りの喫茶店に入ると店長と千秋でテーブルまで清田を挟んで歩かせた。
テーブルに向かい合わせに座って清田のコーヒーを店長が注文してから本題に入った。

「君がやったんだね?」
「……はい……」

二人が思っていた「私ではない」という言葉は聞かれなかった。
清田はすぐに自分が高耶のストーカーだったことを認めた。あっけないほどに。
千秋が直江の本を読んだ時、ストーカーというものは行為が他人にバレてしまえば大人しくなるものだと書いてあった。
気弱なぶんだけ他人の問いかけに対しては粘りがなくなるらしい。

「それ、今から警察に行って正直に話せるかい?」
「…………」

どうしても警察には行きたくないという無言の訴えだった。

「俺が清田に自首を勧めるって仰木に言ってあるから、それで今こうして話してるんだ。もし午後になっても清田が自首しないんだったら俺と店長はこのままおまえを警察に連れて行く。仰木も警察に電話しておまえを逮捕してもらうつもりで話すって言ってる。だから頼むから自首してくれ。俺たちも仰木も、おまえを重い罪にはしたくないんだよ」
「僕からも仰木くんに軽い犯罪は出来るだけ不起訴にしてくれるように頼んでみるから」

顎を震わせていた清田がとうとう突っ伏して大声で泣き出した。
喫茶店の中の客がいっせいに千秋たちを見たが、今ここで取り繕っても意味はないと知っているから視線は気にしなかった。

「荷物を持ったら、一緒に警察に行こうか」
「……はい……」

千秋と店長の付き添いで、清田は警察署に向かった。
警察署では清田を店長と色部に任せて、千秋は高耶に電話をかけた。

「清田、自首したぞ」
『……そっか……』
「今から来るか?つっても会えるかどうかわかんねえけどさ」
『うん……直江と行く』

電話を切ってから20分ほどして高耶と直江が現れた。
直江が高耶を守るようにして歩いているのはいつものことだったが、高耶は以前とは違って怯えてはいない。

「今どこにいんの?」
「取調べ室だって」

店長が怪我をしている直江に気が付くと、すぐに頭を下げてきた。

「私どもの従業員がご迷惑をおかけいたしまして……」
「……ええ、まったくですね……ですがそちらも大変なご様子ですから……店長さんがそんなに謝らなくてもいいんですよ」
「あの、お願いがあるんですが」
「はい?」
「……できるだけ、軽い罪は不起訴にしてもらえませんか?図々しいとは思いますが、先のある彼女のためですから無理を承知でお願いします」

それに関しては高耶が直江にすでに頼んでいた。
窓やドアを壊されたことと、携帯電話の明細書を盗まれたこと、アパートに入り込まれたことはこの際不起訴にしようと。
そして嘉田にもバーに来た脅迫状について頼んである。

「オレがどうしても許せないのは、直江に傷を負わせたことだけだから、他のことはもう不起訴でいい」
「ですがストーキングに関しては、これからもう二度とないように民事で起訴はしますよ」
「はい……。ありがとう、仰木」
「なんかさ、清田って本当はいいヤツじゃん?だから立ち直って欲しいからさ、それだけ」

結局清田には会えずじまいだったが、色部から話を聞くことはできた。

最初はただ単に好きになった高耶を知りたくてあとをつけて家の場所を探る程度で満足していた。
ところが高耶の郵便箱に携帯の明細書があったのを見つけて、それでつい出来心で盗んでしまった。
盗んでしまうともう箍が外れて、次から次へと高耶の物が欲しくなり、洗濯物を取り、玄関先にあったビニール傘を取り、本屋に置いてあった高耶の忘れ物のキーホルダーを取り。

次は高耶がどんな生活をしているのかが知りたくなる。新聞受けを開けて中を見て、そこからでは見えない場所を窓を壊してでも見たくなり、警戒されているとわかると高耶のいない時間を見計らって部屋に忍び込みたくなった。
高耶が仕事で手が離せない時を見計らって鍵を盗み、休憩時間に合鍵を作って元に戻しておく。
その合鍵を使って、血が頭に上った状態で部屋の中に入った。
そこに高耶が帰ってきたが、彼はすぐに異変を察知して出ていった。
もしも今すぐ高耶が部屋に乗り込んで格闘にでもなれば捕まると思い、殺虫剤を焚いて視野を奪ってから逃げようと玄関を出た。が、そこに高耶はいなかった。
一目散に逃げた時、高耶が直江と親しげにコンビニから出てきたところを見てしまった。

自分以外の人間が、高耶となぜ親しげにいるのか。
よく見ればあの男は本屋の客で、高耶と一緒に働いている自分よりも親しいのは許せない。
ただの客のくせに。

そう思って二人が入って行ったアパートの窓に石を投げ込んだ。

そこからは高耶に対する恋情よりも憎しみ、直江に対する嫉妬になった。
自分のものにならないのなら高耶を窮地に追い込み、そこに自分が出て行って同情を与え、振り向かせる。
そのための脅迫状だった。
高耶はその脅迫状のせいで店をクビになり、どうしようとなったところで近所に住む自分が出るつもりでいたのだがアパートは引き払われ、高耶は忽然と姿を消した。

しかし千秋の様子からするとまだ高耶は自分の家の近所にいるらしかった。
たまに千秋が高耶に電話をかけているのを聞いて、それがわかったということだ。
しばらくの間はどこへ行ったのか謎だったが、ある日、直江が店にやってきて千秋と高耶の話をしているのを見た。
そして確信した。高耶はこの男の家にいるのだ、と。

男が高耶に本を注文していたのを覚えていた。そして注文表を調べて直江の住所を割り出し、家の前で待った。
数週間それを繰り返して、ようやく直江が現れ、タクシーから下りたところを襲った。
数週間の間に男と高耶がどんな関係でいるのか妄想をし、自分の中だけでその妄想は真実として変換された。

あの男が高耶を奪った。あの男が高耶を監禁している。高耶は自分に救いを求めているはずだ。

高耶を救うにはあの男を殺さなければいけない。体当たりして、手の中にあるナイフを心臓に突き刺さなければ救い出せない。
走って、男にナイフを突き立てたつもりだった。しかし思いのほか男は俊敏で、腕を切っただけで終わった。
その時に吹き出た血が、自分を正気に戻した。
ボタボタと音をさせて落ちた血は、人間が生きている証拠だった。
逃げた。
逃げてこれ以上は高耶を追わないつもりでいた。

しかしあの男がどうなったのかが気になってまたつけた。
近所で見かけると腕を確認したくて隠れて直江を見ていた。
そして、今こうして警察にいる。

それが清田の話したすべてだと色部は言った。

 

 

 

直江の腕についた傷を見て、高耶はどうしてもこれだけは許せないと思う。
自分のせいで直江が巻き込まれた。高耶が許せないのは清田ではく、自分だ。

「ごめんな」
「……あなたが謝ることないでしょう?」
「でもオレのせいだし。オレがもうちょっと清田に気を配ってやれてれば、あいつだってストーカーすることもなかったんだ。そしたら直江だって怪我なんかしなくて済んだ」

清田が高耶を好きだという素振りは見られなかったが、それでもいつも一人でいる清田をもっとみんなの輪に加えてやれていれば、清田も友達間でのバランスが取れていたはずなのだ。
それについては千秋も反省していた。

結局清田はバイトをクビになり、今は直江への傷害で裁判中だ。
直江が襲われた際に「腹を刺されそうになった」と言った調書が効いていて、殺人未遂か傷害かで論争中だ。
検察官は殺人未遂だと言うし、清田の弁護士は傷害だと言う。
証人として出た直江も法廷で嘘はつけないので、確かに腹を刺そうとしたとしか言えなかった。

この裁判が終わる前に、民事裁判で清田は高耶の半径200メートル以内に近付いてはいけないと決まった。
200メートルという基準だと清田が借りていたアパートから直江のマンションがその圏内に入ってしまうが、清田はすでに両親の手でアパートを引き払われているので問題ない。

刑事裁判もたぶん執行猶予になるはずだ。直江が清田に対して温情のある判決を、と頼んである。
清田の気持ちもわからなくもないからだ、と高耶に言っていた。

「この怪我はあなたを愛した証拠ってことにしましょう。一生消えなくてかまわない。私だって清田さんの気持ちはわかるんです。あなたを好きになって、名札で名前を覚えて、どうやったら怪しまれずにあなたに近付くことができるのか……それを考えていたんですからね。常軌を逸した行動をしていないだけで、気持ちは彼女と同じなんです。私が行動学を研究しているってことだけが、私をストーカーにせずに済んだだけなんですよ」
「……そうゆうもんだよな……いつのまにか好きな人を待ってるだけでストーカーなんて呼ばれるようになって、ただ学校帰りや会社帰りに待ってるだけなのに、警察に通報するとかすぐ言われるようになってさ……だから清田も待ってたり出来なくて、オレと話す機会もどんどんなくなって……可哀想なんだよな」
「そうですね……」

高耶が直江の傷付いた腕の中に入って抱かれる。
きっと直江はこの傷をいつも胸の中で大事にしていくに違いない。

「偶然が重なって私たちはこうしていられるのだから、偶然を手に入れられなかった人を責めてはいけませんね」
「うん……直江?」
「はい?」
「オレ、たぶんこれからずっと、直江のそばにいる。きっと別れてくれって言われても納得しない。その時にストーカーになるかもしれない。……その覚悟、しといてくれ」
「……その言葉、そっくりお返しします。私もストーカーになりますよ。絶対に」

さらにきつく抱きついて、直江の鼓動を確かめた。

「心臓が止まるまで、そばにいる」
「……いてください……」

願うように囁いた。

 

おわり

 
         
   

あとがき

ながながお付き合いいただき
ありがとうございました。
なんだか半端な感じが
しますが、これが限界です。
皆さんもストーカーには
気をつけましょう。

   
         
   

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