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行間読み小説

   
 


※原作パラレルみたいな感じの設定


 
         
 

たまには夜のドライブでもしよう、と高耶さんが言うのでその日は仕事を終えてから二人で出かけた。

「どこに行きたいですか?」
「湘南がいいな。海岸線が長いところ」

七里ガ浜から茅ヶ崎にかけての海岸あたりへ行けば深夜でも洒落たレストランが開いているはずだ。
金曜の夜のドライブは睡魔に襲われる可能性が高い。コーヒーが飲める店を自分のために確保しておいたって罰は当たらないだろう。

車が横浜を過ぎたあたりで高耶さんのお腹が限界を迎えたようだった。

「腹減った」
「ああ、そうですね。もう8時半ですか。このへんで何か食べましょう」
「ん」

八景島付近に知っている店があったのを思い出し、そこの駐車場に車を入れた。
高耶さんを連れて来るのは初めてのアジアンレストランだった。
チェーン店らしく広々しているのだが、内装に凝っていて東南アジアの雰囲気が漂う。
元々は倉庫だったのを改造して使っているので天井の高さが開放感を演出していた。

「へ~、こういうの好きかも」
「気に入りました?」
「うん。おまえ、よく女連れて来てたんだろ?」
「ご想像にお任せします」

からかうように私を覗き込んでニヤニヤ笑っている。高耶さんの意地悪は小学生の男子のようで可愛い。
好きな子ほどいじめたい、というあれだ。

「たくさん食うぞ~」
「満腹になりすぎて帰るなんて言わないでくださいよ」
「言わねーよ」

案内された席はホールの真ん中あたり。洒落てはいるが敷居が高い店ではないので若者からお年寄りまでいる。
そんな気軽なところも高耶さんは気に入ったようだった。

「肩肘張らなくて済むからいいよな」
「ドライブで寄るにはちょうどいいでしょう?」

1時間ほど料理を楽しんでからドライブを続けた。
高耶さんはその間トロピカルフルーツのジュースを2杯飲み、エビや貝などの甲殻類がメインのアジア料理をたくさん食べ、デザートにライチを頼んで始終嬉しそうにしていた。
美味しいものを食べている時の高耶さんは本当に幸せそうだった。

 

 

ドライブは続いた。赤い電車を横目に見ながら逗子を通り、鎌倉へ。そして七里ガ浜に出た。

「海岸だ~!」
「もう少し先へ行きましょう。湘南海岸まで。茅ヶ崎の海岸でいいところがあるんです」
「……また女か?」
「いいえ。一人で来たことがあるんですよ。その時に行って見たい場所を見つけたんですけど、一人だと行きにくかったので一緒に行ってください」
「しょうがねえな」
「ありがとうございます」

本当はどんなところか行きたいくせに、しょうがないふりを装って子供っぽく笑う。
おまえが行きたいって言うからだぞ、と付け加えて。

茅ヶ崎の海岸は昼間はサーファーで年中賑わっているが、夜ともなれば散歩をするカップルや友達同士のグループがまばらにいる程度だ。
運が悪ければ暴走族に出くわしてしまうが、時間的にまだ早いので大丈夫だろう。
いざとなったら催眠暗示でもかけてしまえばいいことだ。

「足元が暗いので気をつけて」
「うん」

国道134号線沿いの駐車場に車を停めて、海岸へ向かう細い道を入っていった。
電灯はあるが都会の街中ほどの明るさはない。
足元がアスファルトから砂まじりになり、足首まで埋まってしまいそうな砂地になった。

「おお~、マジで海だ」

ザザと波の音がする。空気も一気に潮っぽくなる。

「波打ち際まで行こう」
「走ると危ないですよ」
「大丈夫だって」

砂に足を取られそうになりながらも高耶さんは走って波打ち際へ行ってしまった。私を置いて。
その後をゆっくり追いかけて、追いついたころにはすでに足元をびしょ濡れにして波打ち際に立っていた。

「冷たいな~」
「まだ春ですからね」
「見てるだけだと水温てわからないから、ちょっとナメてたかもしんない」
「風邪引きますよ」
「大丈夫。引いたって誰かさんが毎晩あっためてくれるし」

当然のように私が看病すると思っている。甘えられているのか、それとも弄ばれているのか。
どちらにしても高耶さんに頼られるのはいい気分だ。

「直江が行きたい場所ってどこ?」
「あそこです」

指差した先は防波堤。コンクリートで出来た大きな岩が積み上げられて、海を分断しているかのように見える。

「上りませんか?」
「行こう!」

もうどうでもいいのか足元など気にせずに砂を蹴り上げて走って行ってしまった。
月明かりが彼の足跡を照らす。窪んだ靴跡の中に海水がたまってキラキラと、黒々と輝いている。

「早く来いよ!」
「はいはい」

防波堤の下まで行くと暗さで上れないのではないかと思ってしまった。しかし高耶さんはそんなことを気にせずにどんどん上がって行ってしまう。
目が慣れるまで待って上ると、頂上に海を眺める高耶さんがいた。

「おっせーな。だからオッサンて言われんだよ」
「年は関係ありません」

防波堤の先端へ向かって岩を渡って歩いていくと、遠くに江ノ島が見えた。

「あれが江ノ島?じゃああの明かりは葉山?」
「そうですね。そしてこちらが小田原」
「小田原か……」

ふと寂しそうな表情をした。故郷は小田原なのだったと、大昔のことを思い出す。

「なんとなくこの風景、感じたことがある」
「でしょうね。小田原が近いなら茅ヶ崎だって風景は似てますから」
「うん」

突然、甘えるように寄りかかってきた。
背中にはいつもおまえがいろ、とばかりに。

「今日の直江はぼやけてる」
「は?」
「だけど柔らかくて温かい感じ」
「なんのことです?」
「闇が侵食しようとして果たせなかった墨絵みたいだ」
「高耶さん?」

彼はまたいたずら小僧のように笑って、体に巻きついていた私の腕からすり抜けた。

「教えない」
「なんですか、もう」
「オレの目の前を真っ暗にできたら教えてやるよ」

ニヤリと意地悪く笑ったのが小癪で愛しくて、気が付いたことをやってみることにした。
間違っていて引っ叩かれてもいい覚悟で。

「……真っ暗に?こうですか?」

月明かりが照らす高耶さんの顔を、自分の顔で影を作って真っ暗にした。
唇を吸って髪を撫でて。

「……正解?」
「正解……」
「じゃあ教えてください。なんのことだか」
「後ろ、見てみろ」

え?

振り向いて見上げたそこには水平線の上に佇む朧月。
ぼやけて柔らかく、温かな光の、闇が侵食しきれなかった春の月。

「まったくあなたは」
「行こう、直江」
「待って、もう少し」

あなたが月だと言ってくれるなら。
もう少しこの光の中でキスをしましょう。

 

 

END

 
         
   

「月」の続きみたいな
感じで書いてみました。

   
         
   
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