行間読み小説

   
 


※原作パラレルみたいな感じの設定


 
         
 

苛烈に生きることは難しいけど、普通に生きることも難しいとオレは思う。
学校行って、バイトして、家事をやって。
直江の場合は、仕事して、少しの家事ぐらいだけど、それでも毎日直江を見てると大変なんだろうなってゆうのが伝わってくる。

今日も直江はなんとなく顔色を悪くして遅くに帰ってきた。

「夕飯は?」
「食べます。忙しくて間食する暇もなくて腹ペコです」
「じゃああっためなおすから」

味噌汁を温めて、ハンバーグを電子レンジでチンして、テーブルに出すころに直江が着替えて戻ってきた。
最近は会社が何か大変みたいで、終電近くになるまで働いてるらしい。
一度、これならまだ昔の戦ってた時の方がマシかもしれない、って呟いたことがあった。そのぐらい大変みたいだ。

「まだしばらくはこんな感じ?」
「あと半月はこうでしょうね。高耶さんも待たずに寝てしまっていいですよ」
「眠い時は寝るよ」

疲れた顔をしてる直江はちょっと老けて見えるし、話しかけるのもなんとなく悪い気がするほどやつれてる。
出来るだけ負担にならないようにしてるんだけど、何をどうしたら負担にならずに済むのかわからない。

「風呂は沸いてるから。オレ、先に寝るけど……大丈夫か?」
「ええ、大丈夫です。少し落ち着いてから風呂入って寝ますから」
「ん、じゃあおやすみ」

メシを食いながら深夜のニュースを見てる直江を置いて寝た。
オレがいることで気を使うのはわかるから。

 

 

オレはオレで学校の勉強が大変だったりする。
元々頭が悪いせいかちょっと難しいレポートになると頭の中がゴチャゴチャしちゃって進まない。
図書館で資料をあさったり、必要な事例をネットで集めたり、その作業だけでも一苦労なのにレポートを書く作業まであって、まとめ方も整理できなくてさらにゴチャゴチャする。
直江に余裕のある時だったらどうしたらいいか聞けるんだけど、今はそんなこと言ってる場合じゃないし。

さらにバイトもある。バイトはいくつか掛け持ちで、一番楽しいのはガソリンスタンドなんだけど、体力も一番使う。
それからコンビニのバイト。ガソリンスタンドよりは体力的に楽だ。でも人間関係が厳しい。
店長は普通の人で、どっちかって言ったらいい人だと思う。二十歳を越えて普通だったら就職してる年齢のはずなのに、大学に通って資格を取ろうとしてる仰木くんは偉いよ、って言って、試験前は無理にシフトに入らなくていいって理解してくれる。

でも他のバイトはそうはいかなくて、年下のお気楽フリーターには「優遇されてていいですね」なんて嫌味を言われる。
ろくに動かない高校生バイトのせいでオレがそのぶん働かなきゃいけないことだってある。
こっちは自分で働いて学費を稼ぐ身だ。フリーターみたいに自分の生活費だけ稼いでいればいいってもんじゃない。
そりゃ直江に家賃を出してもらってはいるけど、生活費も学費も自分持ちだから高校生みたいに小遣いだけ欲しいわけでもない。

ガソリンスタンドではうまく人間関係を作れても、コンビニじゃまったくダメで、そのギャップに疲れたり悩んだり。
店長がいい人なだけにコンビニを辞めることもできない。

そのせいかたまに「オレって何してるんだろう?」って考えたりもするんだ。
このまま直江に甘えて一生楽して暮らすことだって出来るのに、学校行って勉強して就職するなんてって。
男だからこう考えるのかと思ったけど、学校の女の子に聞いてもやっぱり同じで、他人に甘えて生きると絶対に後悔するから、苦しくても頑張らないとって言われた。

だから頑張るしかない。

「高耶さん」
「ん〜?」
「どうかしたんですか?」
「……なんで?」

あれから半月、直江が久しぶりに早く帰ってきた。
これからは残業も減るだろうから、今までの生活に戻るらしい。
そしたらいきなりコレだ。勘が良すぎるだろ。

「元気がないから」
「そうか?元気だけどな」

いつもと同じことしかしてないのに元気に見えないのは、きっとオレの気持ちが弱ってるせいだ。
時期が来れば戻るんだと思うから、直江に心配をかけないようにしないと。

眠くなってきたから先に寝室に入ろうと思って直江に声をかけたらキスされた。
おやすみのキスだって。毎日してるんだけど、なんか……これはオレが欲しいものじゃない。

「……うーん」
「なんですか?」
「違うんだよな〜」
「何が?」
「さあ?なんとなく」

そう言ってから寝室のドアを閉めて、ひとりでベッドに入った。
どうも直江ともかみ合わなくなってきた。別に嫌いになるとか、会話がないとか、セックスしないとか、そういうものをどうにかするんじゃなくて、もっと簡単なもので解決できそうなんだけどな。

「はあ……オレ、なにしてんだろ……」

目を閉じて眠ろう。そしたら明日の朝にはきっと復活してる。

 

 

そんな感じで数日間過ごして、今日は久しぶりに直江と一緒の休日だ。
普通にのんびり過ごして、また来週からの学校とバイトに備えよう。

「おはようございます」
「ん〜、おはよ」

ベッドの中でキスをしてから起きて、二人で朝食の準備をした。
休日の朝食は直江がメインで作る。少し焦げた目玉焼きとか、不恰好なサラダとか。

「やっぱり顔色悪いですね。もう少し寝てたらどうですか?」
「顔色悪いか?普通だと思うんだけどな」
「……最近、何か……足りないものがありますよね?」
「え?」
「足りないもの」

卵を手に持ってそれを見つめながら直江が考えてる。直江本人も足りないものが何かわかってないのか。
オレもここ最近ずっとネガティブで、それが直江の言ってる「足りないもの」のせいなのかと考えた。
二人でそう思うんだから、たぶんそうなんだろう。

「私と高耶さんの間で愛情が冷めたとか、そういう類のものじゃないのはわかるんです。私はあなたを頭がおかしくなるぐらい愛していて、あなたも私を絶対に必要としているほど愛してる。それは傲慢でも自意識過剰でもなくわかるんです。でも……何かが足りない」
「うーん、そうなのかなー?」

直江の手の中にあった卵を取り上げて割った。黄色い玉がボウルの中で左右に揺らめく。もう1個卵を割ってまたボウルに。
黄身が二つ、寄り添うようにして止まった。

「とりあえず、私と高耶さんは……こんな感じですよね?」

黄身のことか?

「まあ……そうだよな」
「……足りないものが何であれ、私はあなたを愛していて、それが揺らぐことはありません。あなたが何に心を痛めているのか、今は聞きませんけど、辛かったら頼ってください」

なんでかわからないけど涙が出た。心がキューって締め付けられた。

「高耶さん」

ゆっくりと直江が手を伸ばして、オレをそっと抱き寄せた。

「泣きたい時は泣きましょう」
「うん……」

大きな手と、厚い胸板と、優しい声と、温かな気持ちと思いやり。
オレに足りなかったものがやっとわかった。欲しかったのはこれだ。

「もっと抱いてて」
「はい」

キスよりも、言葉よりも、直江の温かさが伝わるこの抱擁が欲しかった。他に欲しいものは、今はない。
直江だから。直江じゃないと。
この男に愛されていて良かった。

 

END

 
         
   

「月」の続きみたいな
感じで書いてみました。

   
   
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