行間読み小説

   
 


※原作パラレルみたいな感じの設定


 
         
 

直江の部屋の掃除をしてたらA4サイズの紙が机の上に置いてあったのを見つけた。
無造作に置いてあったから意識もしないで読んでみた。

 

「来月の土日で社員旅行なんだって?」
「どうして知ってるんですか?」

夕飯の時にちょっと聞いてみた。

「どうしてって、机の上にお知らせの紙があったから」
「ああ、置きっぱなしにしてたんでしたっけ」
「なんか用意しとくものある?」

そう言ったら直江は不思議そうな顔をしてオレを見た。

「行きませんけど?」
「え?なんで?」

当然のように行かないって言った。まるで高耶さんなら知っていて当然でしょう、って感じの。
だからオレの「なんで?」はそっちに向けられたものだった。

「行き先は見ましたか?」
「あ、うん。どっかの温泉て書いてあった」
「私が会社の人たちと温泉なんかに入れるわけがないでしょう」
「……あ、そっか」

そうだった。
直江の体には傷がたくさんある。それをみんなに見られると面倒なんだろう。
特に胸と背中のは銃創だ。あんなの普通の人に見られるわけに行かないよな。

「もう欠席って言ってあります。一日欠勤扱いになりますけど、傷を見られるよりいいですから」

なんか申し訳なくなって黙ってしまった。だってどの傷だって全部、オレを庇ったせいでついたやつだ。
そんなことを考えたのが悪かったんだと思う。
なんだか毎日が不安に思えるようになってしまった。

 

 

 

その日は何をやっても冴えなくて、溜息をつきながら家に帰った。
そういえば今朝、直江のスーツに思いっきりコーヒーぶっかけて軽くヤケドさせちゃったけど、病院には行ったのかな?
直江のことだから面倒がって行かないんだろうな。

夕飯を作る気にもなれなくて、リビングでダラダラ過ごしてたらいつのまにか外が真っ暗になってた。
部屋の明かりをつけてカーテンを閉めようと窓に寄った時、満月が南天に見えた。

赤くて暗い光の月。赤い月が出ると悪いことが起きるって誰かに聞いたことがある。
嫌な予感がする。
直江に何かあったんじゃないかと心配になる。だって直江は月だから。

いてもたってもいられなくて携帯にメールを送った。返事は来ない。
電話をかけてみたけどそっちにも出ない。
いつもだったらすぐに返事が来るし、電話だってすぐかかってくるのに。

不安な時は結局動かないと落ち着かなくて、マンションを出て駅に向かった。駅に着く前に改札で待ってるからってメールも留守番電話も入れた。
それでオレはひとりで赤い月を見ながら直江を待った。

自動改札から直江が出て来たのはそれから30分後。オレがいるのに驚いて駆け寄ってきた。

「どうしたんですか?何かあったんですか?」
「ないけど……携帯見た?」
「いえ、電車の中だったので見てませんが」

慌てて携帯を内ポケットから出して開けた。メールを見て「改札で待ってる」ってのを読んで、直江はすごく不思議そうな顔をした。

「何もないのに30分以上も待ってたんですか?」
「だって」

駅を出たところから見える赤い月を指差した。

「直江に何かあったのかと思ったんだ」
「……月が赤いから?」
「そう」

ゆっくり歩き出して直江はニヤニヤ笑いながらありがとうって言った。まるで幼稚園児を見る先生みたいに。

「なんだよ」
「いいえ。ところで夕飯は何ですか?」
「支度してない。買って帰るか、食って帰るかしないと」
「じゃあ近所のラーメン屋さんにでも行きましょう」

歩きながら直江は赤い月の話をした。

「月が赤くなるのは光の反射なんですよ。悪い予感は迷信です」
「反射?」
「中国大陸に黄砂という現象があるんです。簡単に言うと砂漠の砂が舞い上がって地上に降ることです」

それがいったいどうして赤い月に関係あるんだ。

「空に舞い上がった砂がフィルターの役目をして、月に色をつけるんですよ。だから赤くなるんです」
「……じゃあただの自然現象ってだけの話?」
「ええ、だから怖がる必要はないし、むしろロマンティックだと言えますよね」

ロマンティック?どこが?声には出さなかったけど、そんな顔をしてみせた。

「遠く遥かな土地の砂が、風に乗って日本までやって来ているんですよ。砂に人生があるとしたら一生を左右する大きな旅です。誰に踏まれたかわからない砂が日本に来る。もしかしたらチンギスハンが踏んだかも、三国志の英雄が踏んだかも、そう考えるとなんだか月が赤くなるのが楽しみになりませんか?」

オレにはチンギスハンも三国志もわからないけど、そんなものかもしれない。
あの海岸線が今も小田原にあることや、義父上の書状が博物館に残っていることや、そんなことと同じで時間が続いて、地球が丸くて、色んなことが繋がってるんだと思えばそれも楽しい。

「おまえってたまにいい事言うな」
「たまに……ですか」
「ああ、たまに」

嫌な予感もそう悪いもんじゃない。ザワザワした気分はきっとウキウキするためにあるんだ。
そういうのをたまに教えてくれる直江はけっこうかっこいい。

「ラーメン食ったらファミレスでコーヒー飲もう。ビールでもいいぞ。んで夜中まで話そう」
「……いいですね」

西に傾きかけた赤い月を追いかけながら、オレたちは黙って歩く。
話すのは後の楽しみにとっておいて、今はあの赤い月を生きている証拠として眺める。

さっきまで怖かった色だって、本当のことを知れば好きになる。
直江がどんな色をしてたってきっとオレは好きになる。
そういうことだ。

 

 

END

 
   

「春」の続きみたいな
感じで書いてみました。
いっそシリーズ化するか?
いや、やめておこう。

   
   
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