景虎ちゃま。

 

 

明治某年、この直江信綱、怨霊との戦いで惜しくも命を落としてしまった。
お許しください、景虎様。すぐに換生しておそばに参ります。


直江がいなくなって数年が過ぎた。夜叉衆の全員がそれぞれ思念波を飛ばし、直江の捜索をしてみたが まるで暖簾に腕押しで、直江は見つからなかった。

「景虎、あたしが霊査しても駄目なんだから、あんたがいくらやったって無理よ」
「かもしれないな。あいつ、浄化したわけじゃないのにいったい何をやってるんだ」

直江が無事だということは謙信公からも聞いている。だがそれぐらしいしか教えてもらってない。

「じゃああたし、これから長秀と房総に行ってくるわ。色部さんが戻ってきたら軒猿からの報告を受けるようにって伝えてね」
「わかった」

景虎は留守番に回された。今回の房総半島での怨霊騒ぎと、川崎の宿場町での怨霊騒ぎに 関連がありそうだということで 東京市に本拠地を置いた。
天皇も遷都され、江戸からの賑わいがさらに高まった町だった。

主を暗示で追い出し、かまえた本拠の屋敷の縁側で小鳥に餌をやりながら景虎はいなくなった直江を 案じている。

あいつ、いったい何をしてるんだ。

小鳥の鳴き声に誘われて来たのか、そこへ小さな子供が入ってきた。

「おい、ここへ勝手に入ってくるな」
「わたくちでちゅ。景虎ちゃま」

…………………………景虎ちゃま?

「わたくち、直江のぶちゅなでちゅ。ごちんぱいをおかけいたちまちた」
「……………直江だと?!」

ザンギリ頭のこの幼児が直江だと!!

「わたくちはあなたのかんちょう(換生)ちた姿を間違えたことはござりまちぇなんだのに、あなたはわたくちがおわかりにならないのでちゅね。でもかまいまちぇん。これからはわたくち、あなたのおちょばに(おそばに)おりまちゅれば…」

どうやら本物の直江のようだ。胎児換生して3年、ようやく一人でここまで来られるようになったのだ。
直江が見つかって嬉しいような、気持ち悪いような。
景虎の心中は不安である。

「どーでもいいが、直江。その宿体の親御はどうしておるのだ。まさか家出をしたのではないだろうな」
「ちょのような親不孝はいたちまちぇん。ちゃいわいにも(幸いにも)我が家はここから歩いて半刻ほど。半日いないくなった程度ではちんぱい(心配)いたちまちぇん」
「だったらいいが…まあ、庭で立ち話も何だ。上がってこい」
「ちちゅれい(失礼)いたちまちゅ」

ヨチヨチと歩いて履物を脱ぎ、縁側によじ登ろうとするが、まだオムツが取れたばかりであろう宿体は うまく上がれずに汗をかいている。

「何をしておる…まったくしょうのない」

直江の両わきの下に両手を差し込み、縁側に上げてやった。近くに迫る景虎の顔にうっとりとしながら (幸せだな〜) と頬を緩ませた。

「なんだ、直江。そうやって笑うと本当に子供のようだな」
「子供でちゅよ」
「そうだった、そうだった。じゃあ茶菓子でも出そう。ここで待っておれ」
「いえ!景虎ちゃまにそのようなことをさせるわけにはいきまちぇん!わたくちがいたちまちゅ!」
「ああ、そうか?…じゃあ、まあやってみろ」

なんだかな、と思いながら景虎は縁側で心配そうに台所の方向を見つめている。
晴家と長秀にこの直江を見せたら、たぶんオモチャのように扱うだろう。それはちょっと見てみたいが直江も可哀想だ。

「景虎ちゃま〜〜〜〜〜ぁ!!!」

切羽詰まった直江の声が台所からした。もしや何事!!

「茶箪笥に手が届きまちぇん!」
「アホかー!!もういい!オレがやる!おまえは座っておれ!!」

直江の小脇に抱えて縁側へ戻り、座布団を出してそこへ座らせた。

「動くなよ!おまえが何かするたびにオレが尻拭いをせねばならんのだからな!」
「わかりまちた。この直江のぶちゅな、一歩たりとも動きまちぇぬ」
「偉そうに言うな!」

景虎は茶箪笥から饅頭を取り出し、火鉢にかけてあったヤカンから茶を注いだ。
どうしてオレがこんなことしてるんだ?

「ほれ、直江。茶も入れてやったからな。冷ましてから飲めよ」
「はい。ごちちょうに(ご馳走に)なりまちゅ」
「ところで、直江。なぜ今まで思念波を使わなかったのだ?」
「りょうちんが(両親が)霊感たいちちゅ(体質)で、思念波を飛ばちょうとちゅると、感知ちてしまいまちて。なかなか手強いりょうちんなんでちゅ」
「なるほどな。だが、その体でどうやって働けると言うのだ?」
「そりゃもういちゅもの如くはできまちゅよ。わたくちの琥珀色のオーラは宿体が幼くても変わりまちぇんしね」

そうかもしれないが、この直江を連れて怨霊退治をするのか?
子連れ狼みたいではないか。
ではオレは拝一刀か。ちゃーん!とか呼ばれるのか?直江に?

「ゲホゲホゲホ!!」
「なっ、直江!」

喉にまんじゅうを詰まらせて直江が悶絶している。子供用に割ってやるのを忘れていた。

「直江!何をしておるのだ!」

背中を叩いてやると喉に詰まったまんじゅうが咳と一緒に出てきた。

「ちぬ(死ぬ)かと思いまちた…」
「おまえはしばらく夜叉衆から外す…もう少し大人になってから来い」
「どうちてでちゅ!」
「まんじゅうもロクに食えないヤツがいても迷惑だ。そうは思わんか?」
「…でちゅが…」
「たまに遊びに来るフリをして情報をまとめる役ぐらいしか出来んな。念で相手を吹き飛ばしたってその体じゃ敵の攻撃には耐えられんだろう」
「ちょんな!」
「ちょんなも、こんなもない。…言葉が伝染ったじゃないか。とにかくおまえは成長することだけを考えておれ」

納得しない直江をどうにか説き伏せ、家まで送って帰ることにした。
直江を迷子に仕立てて、家まで送り恩を売り(景虎様も腹黒いな…)直江との繋ぎを保つことにした。

「お待ちくだちゃい、景虎ちゃま!大人のあち(足)と子供では違うのでちゅから!」

直江がどうしても遅れて歩く。これが大人の直江であれば放って行くのであるが、どうも子供の姿をしていると甘くしてしまう。
いつも自分の斜め後ろに付いて来てくれた直江。
今も斜め後ろにいるにはいるが…。

小さすぎる!!役に立たん!!

「お待ちくだちゃい〜!」

だが直江だと思わなければ可愛い男児である。両親の容貌を選んで胎児換生したに違いない。
直江は毎回色男にしか換生しないのだ。

「ったく、しょうがないな。手を出せ」
「手、でちゅか?」
「そうだ。手を繋いでおれば歩幅も合わせられる。子供と手を繋いでおった方が不審がられるようなこともない」
「良いのでちゅか?」
「オレが良いと言っておる。はようせんか」
「…はいv」

語尾にハートマークが付いているような気がしたが、景虎は気のせいということにして手を繋ぎ直江と半刻ばかり歩いた。

「ここでちゅ」
「商家か。羽振りは良さそうだな」
「ええ。牛鍋屋でちぇいこう(成功)ちまちた。景虎ちゃま、わたくち泣きながらのちばい(芝居)をいたちまちゅから、りょうちん(両親)に恩をお売りくだちゃい」
「わかった」

大泣きをしながら手を繋ぐ直江の演技に呆れたが、景虎は両親に「迷子を届けに来た」と告げた。
両親は心配していたようで直江を抱いた後、景虎にたいそうな礼をした。

「お兄ちゃんにありがとうしなさい、慎之介」

どうやら直江は慎之介という名前らしい。
直江はわざとらしくありがとうと言って、

「お兄ちゃん、また遊んでね」

何がお兄ちゃんだ、虫酸が走るわ!!直江のくせに!

「あ、ああ。またな。な…慎之介と遊びに来てやるから、いい子にしてるんだぞ」
「いい子にちてまちゅ」

一発ぶん殴りたい気持ちを抑えて、景虎は家路についた。
さて、夜叉衆の仲間にはどう話すか。




数日後、景虎の屋敷に来ていた子供直江をからかって遊んでいた長秀と晴家は、直江のお漏らし攻撃に合い、勝長はその後始末をし、景虎は直江にお尻ペンペン10回のお仕置きをした。

「許ちてくだちゃい、景虎ちゃま〜!!」
「シモの躾は今のうちだ!」

直江のシモの躾は義明と高耶になっても効果はなかったとさ。


END

 

 

 

あとがき

眠りに落ちる間際に思いつきました。
オチがなんだかな…
換生した後ってこんな感じで出会うのかしら?が
コンセプトです。(嘘)

 

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