私は直江。
江戸に住む浪人である。
主家がお取り潰しになり、士官できる藩がないかと江戸にて探し続けて3年が経った。
そして本日、快晴の江戸の下、金銭面で苦しくなった私は今まで住んでいた長屋から出て……追い出されたとも言うが……この貧乏長屋へ越してきた。
なんの因果でこのような貧乏長屋に越さねばいけないのか、まったくもって腹立たしい。
これも士官の口がないからで、士官さえできればすぐにでもこのような長屋から出て武家屋敷に一間頂いて住めるのだが。
「おい、死んだチヨばあさんの部屋におさむれえさんが越してきたってなぁ」
この長屋の住人だろうか。大声で近所じゅうに触れ回ってみっともない。
「どうせ食い詰め浪人だろう?内職やってせいぜいってとこだろうよ」
まったく、貧乏人には下衆な連中が多いものだ。こういう輩は無視するに限るな。
確かに内職の傘張りをやって生計を立ててはいるが、この直江信綱、誇りを失ったわけではない。刀剣だって竹光ではないのだ。
部屋の中を掃除するために井戸に水を汲みに行った。長屋に住む住人の好奇の目はたまらなく不快だ。
ヒソヒソと根も葉もない噂を喋くりあっている。男衆までいるではないか。なぜ真昼間に働かんのだ。
「おう、高耶。今日も何やら作ってるのか?」
井戸のそばにいた大工らしき男が歩いてきた青年に声をかけた。
子供たちがワイワイと騒ぎながら、青年に纏わり付いてこちらへやってきた。真ん中の青年は高耶というらしく、住人から気軽に声をかけてもらっている。
手には怪しげな木箱があり、蓋から針金が伸びている。あれが青年の作ったものなのだろう。
「また失敗みたいだな〜」
「高耶にーちゃん、また失敗だってさー」
子供たちに笑われながら難しい顔をして私の横を通り過ぎる。井戸の脇へやってきた時にふと私を見た。
「あんた、誰?」
「あ、の、今日越してきた直江と申す者です」
「直江、か。お侍さんか?」
「はい」
「ふうん……」
相当変わり者の青年なのか、それだけ言って子供たちと去って行った。
高耶と呼ばれた青年と話したおかげで、住人が私の元へ一人二人とやってきて話しかけられた。
「浪人さんなのかい?困ったことがあったらこのアタシに言うんだよ」
「はあ……」
「いっくらおさむれえだからっつってもよ、この長屋じゃ仲間みたいなもんだからな。オイラはでえく(大工)の吉之助ってんだ。修繕ならまかしてくんな」
「どうも……」
「おや、アンタいい男だねえ!惚れ惚れしちまうよ。中村勘三郎もまっつぁお(真っ青)だよ」
「そ、それはどうも」
どうやら貧乏人、下衆、お人好しは同列にあるようだ。汚い長屋だが人情味溢れる長屋らしい。
それから私は徐々にこの長屋に慣れていった。さすがに親密な関係になることはなかったが、挨拶をして立ち話をする程度には馴染んだ。
そしてあの青年のことも聞いた。
どうやら彼は同じ長屋に住んでいる発明家だそうで、平賀源内の弟子……の、従兄弟の妻の弟の親友の孫のところで働いていた女中の息子らしい。
どこか気品を漂わせているのは(どこが!)そのせいか。
その彼が突然、私の部屋にやってきた。
それは夜もふけたころ。満月が私を狂わせるように性欲をかきたてる夜だった。妻と離縁してから数年が経っている。
女でも買いたいところだが、今はそれも叶わぬ貧乏浪人。
「やっぱここだよな〜」
そう言って障子を叩きながら訪問してきたのだ。
「高耶さん?こんな夜更けに何があったんですか?」
「うーん、こいつがさ、ここに反応してんだよ」
手に持っているのは初めて彼を見た日に持っていた木箱だった。針金が先日とは違って先端が角に曲げられていた。
その角の先が私の方を向いている。
「寝ようとしたらさ、急にこいつが動き出してな……」
彼を見てみると湯上りなのか薄い浴衣一枚で、もう寝る寸前だったのがわかる。
「今日、この針金を曲げてみたんだ。んで、反応がないからほっといてたんだけど……なんか急に動き出して」
「はあ。それで?」
「動いてる方に歩いてきたらここだったってわけ」
「それは何ですか?」
「話してわかるかどうか…これはな、箱の中に水とミョウバンと硝石と石灰と……あとなんだっけな。アンコウの提灯だとか、イモリの黒焼きだとか、トリカブトのトリの部分(?)だとか、まあ、そうゆうものを混ぜて鉄器に入れてあって、その中に針金を刺したもんだ。鉄器に針金を巻いてな、磁石っつー石を周りに置いてあるわけ。そーすっと、こうして反応するようになってるんだけど……」
「なぜそれが私に?」
「さあ?アンタさ、エレキテルって知ってるか?」
「はい」
「そのエレキテルに反応するはずなんだ。雷だとか、冬なんかに起こるバチバチするやつにさ」
それは私がエレキテル人間だということか?
「また失敗かな〜?おかしいな〜?」
性欲でムラムラしていた私は高耶さんがくる寸前までナニをいじくろうとしていたところだった。そんなくだらない発明品で私の抑えようもないムラムラを邪魔したとは。
しかしよく見てみたらこの高耶さんは男のくせに妙に色っぽい。はだけた浴衣がそそるではないか。
一目見た時から妙に色気のある彼に対して恋に似た気持ちをもっていた。
どうにか言いくるめて手篭めにしてしまっても良いかもしれない。
「あの、よければあがってください。酒が少しありますから」
「え?!酒?!ホントに?!」
「ええ、どうぞ」
高耶さんを部屋にあげて秘蔵の酒を出した。半升で売って貰った。今の私には贅沢な酒だ。
猪口に注いで出してやると高耶さんは一気に飲み干した。
「かー!うめえ!最近飲んでなかったからな〜」
「よければもっと召し上がってください」
2杯も飲むと顔やはだけた胸が赤くなった。酒にはあまり強くないらしい。それでも好きなようだ。
桃色に色づいた彼の肌はなまめかしく、少しだけ汗ばんでつややかに光り出した。
私はゴクリと喉を鳴らしてその素肌を食い入るように見つめた。
「ん?あれ〜?また動いてる」
さきほど動きをなくした針金がまた動いている。
「エレキテルを見つけてどうするんですか?」
「んーと、これはエレキテルを溜め込む機械でもあるんだ。まあ実験してねーから溜められるかわかんねーけど。でもエレキテルを溜められるようになったらいろんな実験ができるわけ。例えば明かりを作り出したり、何もしなくても勝手に動いてくれる団扇とかな。そうゆうのが出来たら世の中便利になると思わねえ?」
「はあ。そんなものができるんですか」
「ダメだな〜。お侍さんは頭が固くて」
ケタケタと笑う高耶さんは足を崩して座りなおし、白い、女よりも色っぽい太ももを見せた。私の股間がズキンとなる。
「おお、また動いた!もしかしてアンタ、本当にエレキテル人間かもな!」
「まさか」
その後、高耶さんは私の酒を飲み干してから眠り込んでしまった。布団に寝かせていざ餌食に。色っぽいあなたが悪いんですよ。
私に食べられるためにここへ来たのでしょう?
さて、いただきますか。浴衣を脱がせて可愛らしく色づいた乳首を指で触ったとき。
カタカタカタと例の箱から音がした。また針金が動いている。
……もしや。
さきほどから気になってはいたのだが、この針金が動くのと、私の股間がズキズキするのと同時に起きる。
この箱はエレキテルではなく、私の欲望に反応するのではないか。
試しに高耶さんから目を離し、士官できない自分の情けない状況を思い出してみた。すると針金は静かになる。
もう一度高耶さんを見て艶っぽい長い脚を見た。わずかに動き出した。
では、と、彼のイチモツを褌の上からさすってみた。針金は激しく動き出した。
やはりそうなのか!!これは男の欲望に反応するのだ!!
「高耶さん!起きてください!」
「ん〜。なんだよ、もう…」
「わかりました!この針金が動くわけが!」
「なんだ?」
「……ええと」
ここで本当のことを言ってしまうと、私が彼でムラムラモンモンしていたのをバラすことになる。思い留まって口を噤んだ。
だとしたら高耶さんを私の『いい人』にしてしまうのが先だ。
「あ、やっぱり違うみたいです」
「んだよ、ったく……。ん?なんでオレ、裸になってんだ?」
「さささささあ?なんででしょうね?」
「うわ、しかも立ってるし。さっき変な夢見たせいだ〜」
「どんなですか?」
「……アンタに触られた夢」
それは夢ではございません!
「なあ……アンタってさ、男はイケるくち?」
「は?」
「男色の気はないのかってこと」
「…なくはないですけど」
高耶さんに限るがな。他の男なんぞはダメだが、高耶さんなら。あなたの色気に降参してしまいました。愛かもしれない。
「そっか。わかった。帰る」
「え?!」
「お邪魔様」
彼は浴衣を直して出て行こうとした。いい展開になったと思ったのは勘違いだったのか!
「あの!」
「ん?」
「あの……」
「心配すんな。男色の話は誰にも言わないから」
そうではなくて……と、言いかけたとき、高耶さんが私に抱きついて耳に息を吹きかけた。
「そのうち、な?今夜はお預け。もうちょっとよく知り合ってから、抱かれてやる」
そう言って私の天を突き破りそうになっている股間をチョンとつついて帰っていった。
「たっ、高耶さ〜〜〜〜ん!!!」
もう私は高耶さんの虜だ。
「あ〜、いいヤツが引っ越してきたなあ」
発明家、高耶とはオレのこと。平賀源内なんて眼中にないね。
オレは発明したのだ。男の悶々をエレキテルに変換できる装置を。
うまい具合にあの浪人が引っ越してきた。一目見てあの端正な顔の裏は野獣だということに気付いたオレはあの男を利用して『悶々えねるぎい』を頂いちまおうと考えた。
浴衣一枚で直江んちへ行った時に確信した。こいつはオレで悶々できるって。
酒を飲んで酔ったフリをして寝てみたら、あいつはオレに色々といやらしいことをしてきたんで、それでさらに確信したんだ。
実験のためなら貞操だって捨ててやる。
でも『悶々えねるぎい』を貰うためにはアッサリと抱かれるわけにはいかないけど。
三軒先の直江んちから、いまだに『悶々えねるぎい』が放出されてるらしくて、針金は反応しっぱなし。これでエレキテルがどんどん溜まるぞ。もっと悶々してくれ、直江!
それからすぐに、木箱の中のエレキテルを溜める装置じゃ追いつかなくなって、新しい溜め箱を作らなきゃいけなくなった。
オレは毎日いろんな実験ができるようになったし、実験が成功したらしたで『エレキ行灯』も発明できた。
『エレキ行灯』は簡単に作れるから長屋じゅうに配り歩き、針金を屋根づたいに伸ばして『エレキ行灯』に繋いだおかげで長屋はろうそくや油を買わなくても毎夜明るい光が溢れる長屋になった。辛気臭さもなくなってきた。
これも直江が毎日悶々してくれてるおかげだ。本人には言ってないが。
「あ、悶々屋さん、毎日ありがとうね〜。おかげで夜でも針仕事ができるようになったよ」
「悶々屋さん、今日もよろしくたのむぜ!」
「助かってるわよ、あんたのおかげで!この色男!」
なぜか長屋の住人が私を「もんもん屋さん」と呼ぶ。
なぜだ。私はそんな『もんもん』なるものを売っているわけではないのに、だ。
「あの、高耶さん。今度はいつ来てくださるんですか?」
「え?ああ、また今度な」
「そのうち、そのうちって、いつになったら」
「いいじゃん。だってオレたち愛し合ってるんだから。な?」
う……可憐だ。
その可憐なあなたが私の股間を、その可憐な手で触ってからもう半年が経つ。その間に私たちは愛を確かめ合い、恋人になったというのに、なぜかいまだに体の関係を持たせてもらえない。
そして私は毎日を悶々と過ごしている…………ん?悶々と?
「もっ、もしかして!!!」
「なに?」
「うわああああああ!!!」
私はその後、士官するのを諦めて正式に『悶々屋さん』になった。高耶さんのために。うう……。
END
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