行間読み小説

   
 


※原作パラレルみたいな感じの設定


 
         
 

最近高耶さんの様子がおかしい。イライラしたり妙にテンションが高かったり。
毎日聞く「今日の出来事」はいつもと同じく学校の友達の面白い話や、バイト先の楽しかったこととか愚痴なのだが。
いつもと同じなのだが高耶さん自身が「いつも」と違う。
何か原因のようなものがあるのだろうと観察してみたが、私にはわからずじまいだった。

「高耶さん」
「ん〜?」

リビングで寝そべってマンガを読んでいた高耶さんから何か聞けないかと思って話しかけてみた。

「最近、何か困ってることはないんですか?」
「なんで?別にないけど?」

少しだけイラついた声を出して私を見た。なんでそんなことを聞くんだ、というような。
こういう時の高耶さんの目は私を拒否していた頃に戻ったかと思ってしまうほどきつい。できるのなら見たくはない視線だ。

「私に隠し事をしてるでしょう?」
「してねえよ」
「どうして教えてくれないんですか?」
「だから隠し事なんかしてないって!」

怒鳴られて確信した。何か隠しているのだろうと。
しかし今それを無理矢理聞いてしまえば高耶さんの怒りが爆発して、何日間も無視されるか、長秀のアパートなり譲さんのマンションなりに家出されてしまう。

「そうですか。だったらいいんですけど。何かあったら力になりますよ」
「ないよ」

吐き捨てるように一言だけ出た。
私が力になれることもない、イライラの原因もない、隠し事もない。
そんなの嘘だと見抜けやしないとでも思っているのか。まったく。

マンガを閉じてリビングのテーブルに置いて、高耶さんは先に寝室へ行ってしまった。
寝る時間にはまだ少しあるのに。
強情なところは何年経っても変わらないようだ。

 

 

翌日の朝は高耶さんは普通だった。きつい視線もないし、言葉も優しい。

「今日はガソリンスタンドでバイトだから、夜は少し遅くなる」
「私が先に帰ってくると思いますから、バイト先までクルマで迎えに行きましょうか?」
「あ、うん。そうしてくれると助かる。ついでに夕飯の材料も買っておいて」
「はい」

普通だ。いや、いつもよりは少し機嫌がいい。
機嫌がいいのに不安になる私がおかしくて神経質なのだろうか。
それともこれは高耶さんに何かが起きている予感として不安になっているのだろうか。

「じゃあ7時にスタンドの近くに来てて。終わったらすぐ着替えて帰るから」
「7時ですね。わかりました」

そしてその日の夜7時。高耶さんを迎えに行った。ついでにガソリンも入れておこうとしてスタンドに入った。
威勢のいい「いらっしゃいませ!」を聞いて誘導されるままクルマを停車した。

「あれ?直江?」
「高耶さんの誘導なんて嬉しいですね」
「バカか。ハイオク?レギュラー?」
「ハイオクで」

ガソリンを入れている間、高耶さんがフロントガラスを拭いたり、灰皿を掃除してくれたりしていた。
一応お客さんだからな、と照れ笑いをして。

「あそこのコンビニ前に停めておきますから」
「うん。じゃああとで」

また高耶さんの誘導でスタンドを出た。スタンドから20メートルぐらい離れた所に駐車場付きのコンビニがある。
今日はうまい具合に1台だけ駐車スペースがあったので、そこへクルマを入れてコンビニに入った。
何かデザートのようなものを買って帰って高耶さんと食べよう。

コンビニで高耶さんが好きなコーヒーゼリーと、プリンと、チーズケーキを買った。そしてクルマに戻ると高耶さんが口を尖らせてボンネットに寄りかかっていた。

「お待たせしました」
「待ってないからいい」

口を尖らせている時はそれほど機嫌が悪くない。逆に機嫌がいいときもある。今がそうだ。

「食材買っておきましたけど、帰ってすぐ夕飯の支度ですか?」
「うん。なんで?」
「疲れているのに夕飯なんて申し訳なくて」
「簡単なのしか作らないからいいよ」

今日は朝から晩まで少しだけ機嫌が良かったようだ。でも私が「いつも」見ていた高耶さんと少し違う。
取り越し苦労ならいいのだが。

 

 

 

それから毎日高耶さんの観察をじっくりしてみた。私の仕事が終わってからなるべく多く高耶さんと一緒に過ごす時間を捻出して。
そしてとうとう機嫌の悪い朝がやってきた。昨夜からなんとなく覇気がなかったから「今日」という日に問題があるのだろう。

「今日もバイトあるんですか?」
「うん」
「スタンド?」
「コンビニ」

高耶さんは大学近くのコンビニでも働いている。そこは店長さんが高耶さんを気に入って優遇してもらっている。
優遇と言っても大学生なのだから試験休みを貰えたり、働きぶりに応じて時給が少し上がったりするだけで、特に高耶さんだけが、というわけではない。

「また迎えに行きましょうか?」
「あー……今日は夜10時までなんだ。高校生のバイトが急に辞めたからその代わりで。だから直江はどっかでメシ食って、先に寝ていいから」
「10時までなら迎えに行きますよ。電車の本数も少ないですしね。一緒にファミレスあたりで夕飯にしましょう」

バイトで遅くなる時は、いつもなら私は高耶さんの帰りを待たずに何か食べているか、簡単な料理を作って待っているか、どちらかだ。
でも今の高耶さんを「いつも」のように扱ってはいけないと思った。

「じゃあそうしようかな……」
「10時に行きますから」



そして先日のガソリンスタンドの時のように、一度店に入り、近くの駐車スペースで待っているから、と伝えて出た。
コンビニには店長と高耶さんしかおらず、店長がレジで高耶さんが品出しをしていた。夜10時前というのは高耶さんのコンビニでは惣菜系のものが配達されてくる時間だそうで、忙しいようだった。

車道に設置された駐車スペースで待つこと20分。少しだけ遅れてやってきた。

「悪い」
「そんなに待ってませんよ。じゃあ夕飯に行きましょうか」

夕飯と言うには少し遅いが、10時に空腹の人間なら「夕飯」だろう。
ファミレスに行く間、高耶さんは一言も喋らず窓の外を見ていた。「いつも」なら何を食べようか声にだして悩んでいるところなのに。

なんとなく、気が付いた。
最近の高耶さんはコンビニでバイトの日は大抵こうだ。
バイト先の話だって楽しいのはスタンドの話だけで、コンビニの方は店長しか話題に上らない。
でも私からコンビニで何かあったかを聞ける雰囲気ではない。

いつまでかわからないが、高耶さんから話してくれるのを待つしかない。

 

 

ファミレスでもあまり元気はなく、食欲も少し減っているようだった。
たくさん食べる人なのだが、残したりして。デザートも食べる気がないようだ。

「そろそろ帰ろうぜ」
「明日は学校もバイトも休みでしょう?もう少し話しませんか?」
「……帰ろう」

高耶さんを口説くのは諦めて家に帰った。帰りの車内でもやっぱり何も話さずに外ばかり見ていた。
これはもう時間が解決するしかないのか。
マンションの駐車場にクルマを停め、高耶さんの後をついてマンション内を歩いた。

そして部屋に着くやいなや。

「泣いていい?」
「え?ええ……」

いったい何が。
玄関で高耶さんがポロポロと涙を零した。
そっと抱き寄せて泣かせた。
理由はわからないが泣きたくなったんだろう。

少し落ち着くまで玄関にいたが、立ったままでいるより少し休ませた方がいいと思い、リビングに連れて行きそのまま泣かせておいた。
30分か40分ぐらいだろうか。ようやく高耶さんは泣きやんだ。
そして何も言わずに抱いていた私に小さく言った。

「コンビニのバイト、やめる」
「……高耶さんがそう思うなら」
「直江に、オレがコンビニで長続きしなかったって眼で見られるのが怖くてイヤだったんだ」
「そんな眼で見ません」
「でも」

どうやらコンビニでの人間関係がうまくいかず、高校生のバイトが辞めた件を他のバイトが高耶さんのせいにしたらしい。
高耶さんとは関わりの少ない高校生だったのだが、相性というものがあってそれが悪かったそうだ。
お互いに何をされたわけでもないが、なんとなく。

それがストレスになっていて、辞めた件をバイトたちが高耶さんのせいにし、店長がそれを庇った。
高校生が働いていた時間帯に高耶さんが入ることで自分なりの穴埋めをしたつもりでいたが、やっぱりバイト時間が多くなるのも、他のバイトとうまくいかないことも、さらにストレスがたまった原因、らしい。

「辞めたらいいんじゃないですか?」
「そうする……」
「もうちょっと泣きますか?」
「うん」

それ以来、高耶さんのイライラも、妙なハイテンションもなくなった。
私ですら人間関係で悩むのだから、高耶さんのような他人の悪意に晒されてきた人には相当きつかったのだろう。
先日、店長に丁寧に謝ってコンビニを辞めた。

「またバイト探すかな〜」
「そんなに頑張らなくていいですよ。頑張りすぎたから空回りしてプレッシャーを感じてたんでしょう?」
「……おまえは何も言わなくても知ってるんだな」
「そりゃあ付き合いが長いですから」

バイトはスタンドだけにして、しばらくは私の援助で生活してもらうことにした。
いくら頑張っても報われない時だってあるのだ。
だから少しぐらい休んでもバチは当たらない。

「やっぱりもう少し高耶さんを観察しないといけませんね」
「なんで?」
「あんなふうにいきなり泣かれて驚いたから」

高耶さんは頬と耳を赤くして睨みつけてきた。こういう時は甘えたいサインのはずだ。

「よかったら、どうぞ」

腕を広げて待っていたらそこに入ってきた。

「観察する必要ないんじゃねえの?」
「全部知りたいから観察は続けます」

安心したように溜息をついて、高耶さんは目を閉じた。
私が全部理解できるようになりますから、いつでも私に帰ってきてください。

 

 

 

END

 
   

「 包 」の続きでした。
頑張りすぎは良くないです。

   
   
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