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意味なし小説

   
 
幸せの基準

※原作パラレルみたいな感じの設定


 
         
 

普通、っていうのがどんなものかオレにはわからない。
誰を基準にしているか、何をもって平均としているか。
だからオレは自分の普通がわからない。これは少し問題なんじゃないかと思う。


その最たるものが直江とのセックスで。
映画やテレビは肝心なシーンは見られないから参考も何もない。マンガは想像の産物って感じで信用できない。
じゃあAVかって言うと、あれは相手が恋人じゃないから違う。

だったら何を参考にして何を基準にしたらいいんだろう。

「どうしたんですか?」

直江の胸を枕にして一人で考え込んでたら、様子を察知したこの男はオレの頭をサラサラ撫でてやけに優しい声で聞いてきた。
原因はこいつだっていうのに。

なんでオレがそんなことを考えたかというと、さっきまでしてたセックスを思い出したから。
直江とするセックスは愛し合う感じではあるんだけど、睦み合う感じではない。
与え合うよりは、奪い合うって言っていいと思う。
ただしそれはセックスだけに限る。

普段の直江は直江のままだ。
優しかったり厳しかったり、寛大だったり妬んだり、親切だったり嫌味だったり。
まあ普通の人間ぽい直江だ。
でもセックスするとなると意地の悪さが露呈する。オレより優位に立とうとするから力ずくになることもあれば、こっちの余裕のなさを逆手にとってもったいぶったりもする。
オレを淫乱だって決め付けて、自分はそれに従ってるだけだなんて言い方をすることもある。

「直江さ、本当はセックスしたくないんじゃないか?」
「え?」
「オレに合わせてしてるだけなんだって言ったじゃん」
「……言いましたか?」

すっとぼけてる。
つい数十分前に言ったぞ。

「したくないならしなくていい」
「したいですよ」
「てゆうか、もうしない。直江とはしない」
「高耶さん?」
「お互いによそでしてきた方がいいと思うんだけど」
「どうしてそんなこと」
「だって、直江とのセックスは楽しくない」

そう。楽しくないんだ。奪い合うだけで与えないから。
オレは与えられたいし、奪っても欲しい。でも直江は奪うだけ。だからオレも奪うだけになる。
与えたいのに、いらないと拒否されているようで、楽しくない。

「楽しくない?本当に?意地を張らなくても……」
「いや、マジで楽しくないから。おまえはオレを淫乱だって決め付けて、感じて出せばいいだけだと思ってるんだろ?オレ、そんなの好きじゃないから、おまえとしたって体が満足するだけで、心はちっとも満足しない」

だからこうして事が終わった後にそばにいるだけの方が好きだ。これだけでいいならセックスなんか必要ない。

「直江とは一緒に暮らして、まあなんつーか、人生の伴侶って形でいいんだけど。どうせ切れない縁があるんだし。今まで400年、これからもたぶん数百年、一緒にいるってことでさ」
「……本気で?」
「本気で言ってるんだ。ただやっぱり直江がよそでしてきたら嫉妬はするから、黙っててくれれば」
「高耶さんもよそでしてきて、私には黙っている、と、そういうことを望んでいるわけですか」
「金払えば出来るとこにしか行かないだろうけど」

出来れば直江もそうしてくれるなら一番いいが、こいつは金なんか払わなくてもすぐ相手がみつかるから、そこは我慢しておくしかないか。

「楽しくない、ですか。わかりました」
「OKってこと?」
「いいえ。死んでもOKなんかしませんよ。あなたが今までの400年、どこで誰としてきたかは敢えて考えないようにしていましたが、それでもずっと嫉妬はしていたんです。それを今、ようやく自分のものに出来たのにどうしてよそでセックスなんかさせると思ってるんですか」

頭に置かれてた手が乱暴に髪を掴んだ。

「あなたの心も体も、もう誰にも渡しません」
「だから!そういう乱暴なところが嫌だって言ってんだ!オレを物だとでも思ってんのか?痛いって言った時は痛いんだよ!嫌だって言った時は嫌なんだよ!それを勝手に淫乱だのマゾヒストだのって、オレの気持ちなんかどうだっていいってことだろ!だから楽しくないんだよ!そりゃおまえはある意味サディストだろうさ!オレが痛がったり嫌がったりするの見てりゃ楽しいだろ!けどオレはちっとも楽しくないし、愛されてセックスされてるとも思えない!」

直江の手を振り払って、起き上がって怒鳴った。
愛されてるのはよく知ってる。直江にとってオレは自分自身よりも大切だっていうのも知ってる。
でもセックスだけは違う。

「おまえ、何か勘違いしてるだろ!男同士だからとか、今までのことがあったからとか、そういうのに甘えてないか?!愛されてるって実感できるセックスをオレが望まないとでも思ってんのか?!勃起して出してそれだけでいいとでも?!」
「つまり、甘やかされたい、そういうことですか?」

端的に言ってしまえばそうだ。甘やかされたい。優しく包んでもらいたい。直江から与えられるものを素直に受け取りたい。痛みや激しさなんかじゃなくて。

「おまえは……普段は普通の人間なのに、なんでセックスになると乱暴で怖くてケダモノみたいになるんだよ。違うんだよ、オレが望んでるのとは」
「あなたが望んでいるもの?」
「セックスの時も、普通の直江でいて欲しいんだ」

セックスの時に勝ち負けを持ち出してくるような、そんな男はごめんだ。

「オレだって普通のセックスってのがどんなのかわかんねえよ。でも普通の直江でいることは出来るだろ?それがいいんだ」
「普通の私ですか?」
「それが無理なら二度とおまえとはしない」

毛布を引っ張って、それを引きずってリビングに行った。今夜は寝室じゃ眠りたくない。

「高耶さんっ」
「寝る」

ドアを閉めたら直江は追って来なかった。

 

 

 

「高耶さん」

髪を撫でる手で目が覚めた。背中が痛い。

「寝過ごしたようですよ」
「え?」

時計を見たら午前9時。もう学校に間に合わない。
午後からの授業にはどうにか出られるとは思うけど。

「あ!直江も遅刻じゃんか!」
「もうとっくに電話してあります」
「そっか……」

昨夜はケンカみたいになってオレだけソファで寝たんだった。だから背中が痛いのか。
今朝の直江は普通だ。昨夜のケンカも覚えてないみたいな顔をしてる。

「……じゃあ早く出勤しろよ」
「いえ、風邪を引いたって言って有休にしてもらいました」
「は?今なら急げば1時間の遅刻で済むのに」
「昨日のことがあるのに、のんびり仕事なんかしていられないでしょう?」

覚えてたか。やっぱり。
昨夜オレが怒ったのは本当で、あの提案も本気だ。今更撤回する気もない。

「反省しました。一晩じっくり考えて、高耶さんの気持ちを理解しようとしました」
「……それで結論は?」
「普通の私がどんなものか、よくわかりません。他人に見せる自分もあれば、あなたにしか見せない自分もいる。セックスの時の自分が本当は普通の私なのかもしれない。どれもこれも私で、どれもこれも普通なんです」

だとしたら結局はオレの望むセックスは無理だってことになるのか。

「でもひとつだけ、わかりました」
「何が?」
「あなたに浮気を薦められるなんて、なんて自分は情けないんだろうって」

泣きそうな顔をしながら隣りに座って同じ毛布にくるまった。

「どうしたらあなたが楽しくて、幸せで、喜んでくれるか考えたら、あなたの純粋な笑顔を思い出しました。あなたがそういう顔をする時の自分はどういった自分だったか。それがきっと普通の私なんですよね」
「……そうかもな」
「だから試してみたいんです。あなたが楽しいセックスを出来るかどうかを」

そんなことのために有休を取ったのか。オレにも学校休めっていうのか。
やっぱ直江って普通じゃない。でも優しい。

「だから私も、いつものようにじゃなく、あなたといて幸せな自分でいながらセックスしてみようと思うんです」
「……やってみろ」

その場でキスしてみた。いつもだったらその気でキスするとすぐに舌が入ってくる。
でも今日は舌は入ってこない。
何度も食むようなキスをしてるうちに、直江の手がオレの背中に回った。昨日のままだからオレは裸で、じかに触れられるくすぐったさと、直江の手の動きや温度を感じていた。
いやらしく動く様子はない。

「寝室、行きましょうか」

誘うというよりも、お伺いを立てるという感じだ。
オレがしたいようにさせてくれるつもりなんだろうか?

無言で頷いて、ソファから立ち上がった。毛布が落ちそうになったのを直江が直してくれて、その手が掬うようにしてオレを抱き上げた。
強引なやり方だと思ってちょっとムッとしたけど、直江はすぐに大事そうに引き寄せて抱えて、その場で止まった。

「どうした?」

目を閉じて口角を上げて笑って、さらに自分の体に密着させて強めに抱く。

「わかりましたよ」
「なにがだ?」
「普通の時の私、です」

オレにはよくわからない。今が普通の時の直江なのか?これが?

「こうして包んで、自分にすべてを委ねてくるあなたを愛しいと思い、そんなあなたに心の隅から隅まで支配されていることを誇りに感じている私。それが普通の時の私なのではないか、と」
「…………そうなんだ?」
「高耶さんの普通はどんなものですか?」

オレの普通。他人と比較して基準を作るわけにはいかない『オレの普通』。

「直江の翼に包まれる、こういう感じが普通かもしれない」

自分から直江の首に腕を回してさらに抱きついた。小さい声で「寝室に行こう」と言うと、ゆっくりと歩き出してふんわり抱かれたままベッドの上に乗せられた。

「俺が少しでも暴走したらすぐに言ってくださいね」
「暴走しないように自制するのが今日の課題なんじゃねえの?」
「言ったその場で早々直せる自信はないんです」
「じゃあ……」

どうしたら直江がサディスティックにならずにセックスできるかをオレなりに考えた。
たぶんオレの努力も必要だから。

「じゃあセックスしてる間ずっと、おまえを優しい翼だと思って甘えてやる」
「……それなら大丈夫かもしれません」

眉を下げて優しげに笑った直江。セックスの前にこんな笑顔を見せたことはない。
たった今からオレと直江は二人で『普通』を作っていくことになるんだ。
他人の基準なんか関係ない、オレたちだけの基準。

いつもと違う感覚のセックスは、奪い合うだけじゃなく与え合い、優しかったり意地悪だったり、オレが普段愛している直江そのものって感じがした。
たぶんたったひとつ歯車がかみ合わなかっただけで、二人で修正すればこんなに優しいセックスになるんだってわかった。
セックスだけじゃなくてほんの小さなケンカだって何だって、気が付いて二人で合わせていけばいいだけ。

「気持ちよかった」
「高耶さんはああいうのが好きってことですか」
「ああもう、オレが言ってんのは、セックスの快感のことじゃなくて、気分の高揚感のこと。そのぐらいわかれ」

まだ理解が足りないのか?もう一度きちんと話してわからせないとダメってことか?

「わかってますよ。あんなに甘えられて、あんなに求められれば馬鹿な私でもわかります」
「じゃあもう二度と勝手なセックスすんな」
「ええ、もうしません。さっきのでよーくわかりました。今までにないぐらい、幸せなセックスでしたから」

またさっきと同じ笑顔だ。ちょっと違うのは幸せの大きさがもっと大きくなったからだろう。
これが直江の普通。今の直江の『普通』だ。
そしてオレの普通にもなった。
こうしてどんどんオレたちの『普通』が出来上がっていく。
上がることもなく、下がることもない『普通』が一番幸せなことなのかもしれない。

もう一度キスをして目を閉じた。

 

 

END

 
   

性的な用語を多用してる
のに、最終的には
ほんわかした気分になる
話を書いて
みたかったのです。

   
   
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