行間読み小説

   
 
心臓

※原作パラレルみたいな感じの設定


 
         
 

高耶さんは知らないと思う。知ることもないと思う。
私がどれだけ高耶さんを愛しているか。
どう言葉にしていいのかわからないから、高耶さんには一生伝わらないだろう。

「直江、今晩のメシはどうすんの?」
「食べますよ。たぶん早く帰って来られますから」
「わかった」

高耶さんは大学へ。私は仕事場へ。
二人で家を出て、二人で駅に向かう。
高耶さんは下り電車に。私は上り電車に。
改札をくぐって、そこで手を振って別れた。

階段を上ってホームに出ると、しばらくして高耶さんが向かいのホームに現れた。
見ていたら気が付いて、私に向かって笑いかける。
今日、まず1回目だ。

すぐに電車が来てしまい、いつものことだが扉が開くと満員で、隙間に体を押し込んで乗る。
荒波にもまれるがごとく、私の体は満員の人の中で列車の揺れに合わせて前後左右に。
高耶さんが笑ってくれたから、こんな不愉快な満員電車で今日も我慢ができる。

 

 

「ただいま」
「おかえり。もうメシできてるぞ」

家に帰ると高耶さんが夕飯の準備をして待っていてくれた。
今日はスーパーで国産牛肉が安売りしていたとかで、塩コショウとハーブで焼いた小さなステーキが出来ていた。
まだ熱いから早く着替えてテーブルにつけと言われた。
高耶さんの手には赤ワインがあった。

「牛肉には赤ワインだったよな?」
「ええ」
「なかなか洒落てるだろ〜?」
「食べるのが楽しみです」

自分のメニューのチョイスに満足したのか、高耶さんは「待ってろ」と言ってウィンクをしてワインの栓を抜いた。
今日、2回目。

牛肉は安売りをしていたとは思えないほど柔らかく、だからと言って歯ごたえはしっかりしていて、赤ワインと合わせて食べると美味しかった。
こんな手料理が食べられるのだから、会社であった些細な問題でのストレスも消失する。

 

 

高耶さんが先に風呂に入り、暑いからと言って上半身は素肌のままで出てきた。
細身の体から吹き出る汗は、室内の照明でオレンジ色に輝いて、まるで夕陽のカケラを体じゅうにくっつけているようだった。

「そーいやプラムがあったんだっけ」

冷蔵庫を開けてプラムを出し、キッチンで洗ってから皿に盛ってリビングに。

「直江も食うよな?」
「少し頂きます」

赤いプラムの皮を剥く手は繊細に動いていた。皮を剥いて滴り落ちた果汁を音を立てて吸いながら、かぶりついた。
今日、3回目。

「直江のも剥いてやろうか?」
「お願いします」

私が食べるぶんのプラムを剥いてくれる。赤い皮の下から覗くのは黄色い果実。
キラキラ光って果汁が高耶さんの手に、指に、つたい落ちていく。

「ほら」
「ありがとうございます」

私にプラムを渡してから、高耶さんは果汁で濡れた人差し指を自分の口に入れて舐めた。
今日、4回目。

プラムは甘酸っぱくて美味しかった。私が言葉にするよりも、プラムを食べさせた方がいいのではないかと思う。
結局高耶さん1人で4個を食べ、私は1個だった。明日になったら冷蔵庫の残りのプラムもなくなるだろう。

 

 

「あふ」

プラム味のキスをした後が5回目。
まだ濡れて冷たい髪も、石鹸の匂いがする首筋も、全部が全部、高耶さんそのものだった。
私はいまだにあなたに言葉を捧げることができないのに。

「直江……ベッド、いきたい」
「じゃあ……」

抱き上げて寝室に入り、ベッドに寝かせてからサイドボードのランプを点けた。
潤んだ瞳の奥に欲望の炎が宿っている。プラムの香りをさせながら、甘い吐息をかける高耶さんの唇が光る。
今日の6回目。

「高耶さん……」
「ん、なに?」
「命がいくらあっても足りません」
「?」

言葉にしてあなたに伝えるのは難しい。
あなたがいつまでも知らないままでいいと思っている。でも、知らないままでいいと高耶さんがもし本気で思っていたら、私はきっと悲しみの波の中で心を彷徨わせる。
だから知らないままでいさせるなんて出来ない。

「6回ですよ。多くないですか?」
「だから何が?」
「今からもっと増えるんでしょうか。そうなったら私は」
「なんだよ」
「死んでしまいそうだ」

小さく喘ぐ高耶さんの耳元で囁いた。

「今日はあなたに6回も殺された。目で、唇で、私を殺すつもりですか」
「……なんだよ、それ……」

わかっているのか、わかっていないのか。
私の下で体を開く高耶さんが、喘ぎ交じりに言った。

「今夜はおまえがオレを殺したんだろ」

わかっていたようだ。

私の心臓は、高耶さんが全部持っていく。

 

 

 

END

 
   

月や色のシリーズです。
タイトルつけるのは苦労します。

   
         
   
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