行間読み小説
     
 


※原作パラレルみたいな感じの設定


 
             
   

直江を月のような男だと思った。
それはあの柔らかくて暗くて優しい光のようだったから。

 

同居を始めて数ヶ月。オレは今まで知らなかった直江の一面というものをたくさん見てきた。
面白い発見もあれば気に入らない発見もある。

「ただいま。高耶さん、いるんですか?」
「おう、おかえり。今日の夕飯カレーだけどいいよな?」
「ええ、私はなんでも」

私はなんでも。
たいていはこう言われる。
好き嫌いがなくていいって最初は思ってたけど、今はもっと注文をつけて欲しくなってきた。
何が食べたいのかもっと言って欲しい。

「あんまり辛くないけどいい?」
「高耶さんの好みでいいですよ。食べられないのに辛いもの作るなんてイヤでしょう?」
「うーん、まあな」

直江は自分の書斎に入ってブリーフケースを置くと、寝室に移動してスーツから部屋着に着替えた。
スーツ以外の直江の服はカラフルとまではいかないけど、黒ばかりじゃない。
白いセーターもあれば紺色のトレーナーもあるし、水色のTシャツだってある。赤いチェックのシャツだって。

「夕飯できるまでまだ時間あるから風呂入ったら?」
「でも高耶さんより先に風呂に入るなんて……」
「もう主従じゃないんだからいいよ」
「そうですか?じゃあお言葉に甘えて」

いつまでも主従にこだわってるのはオレとしてはやりにくい。
風呂だってタダで沸かしてるわけじゃないんだし、時間がある時に入ってもらった方が節約にもなるし、お互いの時間も増えるんだ。

そして風呂から出た直江をテーブルに座らせて、カレーを出した。
栄養のことも考えて野菜も添えて。

「いつも作らせてしまってすいません」
「いいんだよ。出来る方が家事やろうって決めただろ。直江は料理できないんだから掃除してるわけだし」
「役に立ってますか?」
「おう、掃除はなかなか板についてきたな」

仲良く食べながら普通に食事。
これは普通の日。

 

 

「おかえり。すぐメシできるから待ってろ」
「あ、はい」

夕飯が出来るギリギリ前に帰宅した直江。
いつものようにカバンを置いていつものように着替えて、テーブルに座った。
出来上がったものを次々とテーブルに置いて、全部揃ったところで一緒に食い始めた。

「今日も外回り?」
「ええ、一日中出ずっぱりでした」
「大変だな」
「……そうですね」

あんまり話さずに直江は夕飯を食べた。いつもみたいに美味しいって言ってくれるけど。

「あのさ、もし食いたいものがあったらメールとかで言ってくれたら作るよ」
「ああ、じゃあ今度からそうします」
「駅前の商店街がけっこう使いやすくてさ、特売日なんかもちゃんと頭に入れてあんだぜ。今日は肉屋が特売日だったんだ。この生姜焼きの肉、100グラムで130円。すっげー安いの」
「……そうだったんですか」
「うん、そう。だから思い切って400グラム買って半分は明日のおかずに使おうと思ってんだ」
「………………」
「直江?」
「なんですか?」

返事をしないなんてことないはず。聞こえてなかったかな?

「明日は別のメニューで肉を使うからさ」
「ええ、半分残ってるんでしょう?」

あれ?やっぱり聞こえてた。

「えっと、そんで何にしたらいいと思う?」
「何でもいいですよ」
「……食いたいもの、ないのか?」
「明日の夕飯なんて今は考えられませんよ」
「じゃあ明日、思いついたらメールして……」
「高耶さん。悪いんですが静かに食べさせてもらえませんか?」
「え……」

オレと直江の間に昔みたいな気まずさが流れた。
なんでこううまく噛みあってくれないんだろう?
やっぱ直江とオレって主従っていうくくりがないとうまくやれないのか?

「ど……どうしたんだよ……」
「どうもしませんよ。たまには私も機嫌の悪い日があるってことです」
「そっか……」

直江はいつもオレに優しいんだと思ってた。自分の思い上がりだった。
そうだよな。直江だって人間だ。

それからオレたちは黙って夕飯を食った。楽しくなかった。

 

 

「……おかえり」
「どうしたんですか、そんな顔して」

昨日、直江はずっと機嫌が悪くて寝るまであんまり喋らないし、出来るだけオレを無視してた。
放っておくのが一番かなって思ったからオレも出来るだけ関わらないでいたんだけど。

今朝もそんな感じであんまり話さないまま直江は会社に、オレは学校に。

「顔?どんな?」
「寂しそうな顔」
「…………そうかな?」

直江は笑ってオレの頭を撫でた。何もかも包み込むようなあの笑顔で。

「今日の夕飯は何ですか?」
「えっと、豚肉のトマトソース煮……みたいなやつ。豆と肉の」
「おいしそうですね」

そう言ってからカバンを置いて着替えて。いつもの一連の作業。

「高耶さん、今日は赤ワインを開けましょうか。トマトソース煮だったら赤がいいですよね」
「う、うん」
「じゃあ私はワインの準備しますから、高耶さんは料理を続けてて」
「わかった」

今日の直江は機嫌がいいらしい。ずっと笑顔で過ごしてる。
ワイングラスを選ぶのも、どのワインを開けるかも、鼻歌まじりで。

「なんかいいことあったのか?」
「いえ、特には」
「そーなんだ……」
「強いて言うなら高耶さんが美味しい夕飯を作ってくれてるってことですかね」
「他にもあったんじゃないのか?」
「あったといえばありましたが、あなたの夕飯以上に嬉しいことなんかありませんよ」

そっか。今日は仕事でいいことあったんだ。
それで機嫌がいいわけだ。

「直江」
「はい?」
「直江って月みたいだな」
「はあ……?」

月はいつも同じ形をしてるわけじゃない。
半分欠けてたり、まん丸だったり、細かったり、黒かったり。
直江は月に似てる。優しい光も、毎日変わる形も。

「なあ、食ったら一緒にコンビニ行こう。んでアイスとか買って帰ろう?」
「夜の散歩ですか?」
「そう。月を見ながら」
「いいですね」

そんな直江がオレは好きだ。

END

   
             
     

まったりした感じを
目指してみたのですが。
たぶん失敗。

     
             
     
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