困った。直江の誕生日が近づいてきてる。
直江は特に何して欲しいとか、あれが欲しいとか言わないけど、絶対に楽しみにしてる。
金銭的に困ってるわけじゃないんだ。
オレが困ってるのは、水疱瘡の痕が残ってるってことだ。
だってそんな体で直江がエッチしたいって思うわけないもん。
オレのプランとしては、マンションで特別メニューの夕飯を食べて、自分で焼いたケーキを食わせて、少し酒でも飲んで、用意してあったプレゼントをあげて、それからエッチってゆーコースだったんだけど、水疱瘡になったせいで半分ダメになった。
もう熱もないし、体調も元通りだから夕飯とケーキはクリアできる。プレゼントは近所のオシャレなカバン屋で買った革の携帯ストラップ。
でもまだ酒とエッチは無理だ。
当日までは忘れたふりをしておいて、落胆して帰ってきた直江をマンションで出迎えてビックリさせるつもりだった。
まあそれは出来るだろう。
でもそうなるとやっぱりイチャイチャしたくなるわけで?
直江は連休をもぎ取ってるから2日間それが続けられるわけで?
でもエッチなしって、可哀想だよな。
エッチはできないわけじゃない。このカサブタだらけの体を直江に晒したくないだけだ。
軟膏を塗ってもらうのと、エッチするのじゃ違うよな。直江だってこんなオレの体にチューなんかしたくないだろうしさ。
2日間の連休を直江と過ごすのは本当に嬉しくて、たくさん甘えてエッチしてやろうって思ってたのに、却下とは。
エッチなしの誕生日ってことにしちゃおうかな〜。
翌日に迫った直江の誕生日を悩みながら過ごして一日が過ぎた。
「ただいま、高耶さん!」
直江が夜遅くになってからマンションに帰ってきた。今日は撮影が夜のシチュエーションだそうで、夕方から始まって夜10時に終わる予定だった。
けっこう早めに終わったのかな?まだ10時半だ。
「おかえり〜」
出迎えたオレに軽くチューして、キューッと抱きしめるのが日課になってる今日このごろ。
「夕飯は?」
「早い時間に少しだけ食べましたけど、そろそろ減ってきました」
「んじゃ食べる?」
「ええ。何があるんですか?」
「オレの夕飯がうどんだったから、それでいい?」
「いいですよ。同じ物が食べたいです」
ダシを取ってうどんを作った。今日のはかき玉うどん。オレはそのまま食べたけど、直江には生姜をすって薬味にした。
こんな夕飯なのに出来上がるのを楽しみにしてる直江の姿を見たら、誕生日エッチはナシなんて出来ないじゃんかよ。
絶対に楽しみにしてるはずなのに。
「いただきます♪」
「はい、どーぞ」
うどん食っててもカッコイイよなー。ずるいなー。
「明日から連休ですから、毎日高耶さんと一緒ですね」
「そーだな」
「今夜は」
「あ、風呂沸かしてないや。それ食ったらすぐ入るだろ?」
「え、ええ。高耶さんは?」
「オレは直江の後でいい」
「あの〜…」
何を言いたいのかわかってる。誕生日エッチのアピールだよな?もうすぐ日付も変わるしな?
でも聞こえないふりして風呂のスイッチを入れに行った。
うどんを食い終わると直江は食器をキッチンに持って行く。
オレが水疱瘡の間に色々と家事をするようになったから感心してはいるんだけど、どうにもヘタクソってゆーか、慣れてないってゆーか、ダメだ。
洗い物はまだマシなんだけど、洗濯は色物と白物を一緒に洗ってオレの白Tシャツを水色にしたりとか、それに気付かないで
干しちまって、しかもシワを伸ばさないからクシャクシャのまま乾いてたりとか。
「いいよ。オレが洗っておくから風呂入っちまえ」
「でも…」
「いいから」
直江を追い立てて先に入ってもらった。オレはその後でシャワーだけ。
「高耶さん。こちらへどうぞ」
まずは髪を拭いてもらう。それから直江は軟膏を持ち出した。
実はすっごいイヤなんだけど、直江は背中に薬を塗ってくれる。汚い背中を見られるのはまだまだ抵抗がある。
少しでも「汚い」って思われたら恥ずかしさで死にそうになるかもしれない。でも直江は優しく薬を塗ってくれるんだ。
あの大きい手のひらで。今日も。
Tシャツを上げると直江はサラサラした手で撫でてきた。
「もう痒くないでしょう?だいぶ湿疹が目立たなくなってきましたよ」
「…汚い?」
「いいえ」
まだ薬を塗ってない背中に直江はチューしてきた。
「うわ!」
「どこもかしこも私のものですからね。何があっても」
「………うん」
直江のもの。
背中一面に薬を塗ってから、オレを抱きしめてチューする。あれ?今日のは少し長いな…。と、思ってたらTシャツの中に手が入ってきた。
「してもいいですか?」
「…ダメ…まだ」
「高耶さん、覚えてます…?もうすぐ…」
「覚えてるけど…でも、ヤダ」
オレだってしたい。声が上ずってくる。でもこんな体で…
「大丈夫。あなたを汚いなんて思いませんから」
「わかってるなら…触るなよ…!ヤダってば…直江っ」
「お互いに何日ガマンしてました?もういいでしょう?」
そりゃわかるよ。オレだって本当はすっげーしたいんだもん。だからって。
「ヤダ!」
「おとなしくして」
もがいてたら直江の頬を叩いてしまった。そんなつもりじゃなかったのに、偶然に。
「あ、ごめん!」
「そうですか。そんなにイヤだったんですか。わかりました。おやすみなさい」
ものすごい怒った顔して、なのに冷静な声で言って、客間に行ってしまった。寝室じゃないのか?
「…直江」
誕生日なのに?せっかくの誕生日なのに怒らせたままでいいのか?オレ。
客間のドアをノックした。返事がないからドアノブに手をかけて下ろしてみたら開いた。鍵はかかってないらしい。
すでにベッドに寝てた。
「あの、直江…」
「何ですか。もう寝るんでしょう?私とじゃない方がいいんですよね?」
「直江とがいい…」
「襲いますよ?」
「だって、誕生日なのに」
「そんなのどうでもいいんです。私はあなたとしたい。それだけです。誕生日にこだわってるわけじゃありません」
こっちを向いて話してくれない。すげー怒った時はそうやるのを知ってるから辛い。
「ごめん…」
「寝室へどうぞ」
「明日は…ちゃんとするから。まさか今夜なんて考えてなかったし…」
「明日も明後日も、どうせ同じことになるんでしょう?期待なんかしませんからいいですよ」
「直江…」
悔しいのと、直江に申し訳ないのとあって、客間のベッドに入った。直江の背中に張り付いて抱きついた。
「していいから」
「高耶さん…」
ようやくこっちを向いてくれてチューした。大丈夫。直江は汚いなんて思わないって言ったんだから。
パジャマのボタンが外れていく。首や胸にまだ残るカサブタが暗がりでも見える。直江の唇がそこで引っかかる。
カサブタが剥がれたら直江を汚す。血も出る。ただの怪我じゃない。病気のカサブタなのに。
ヤダ、ヤダ、ヤダ。
「うー…」
「…た、かや、さん?」
「いいから早くしろってば!」
「だって泣いてるじゃないですか」
「うるせえ!」
「泣くほどイヤなんですか?」
「当たり前だろ!まだ痒いのに!軟膏でベタベタなのに!いつカサブタが剥がれるかわかんないのに!」
「…すいませんでした…」
「直江を汚すからイヤなんだよ!」
「……すいません…」
優しく抱かれてベッドに座って、そのまま直江の胸に顔をくっつけて泣いた。
「そんなのもわかんねーのかよ!」
「すいません…」
「オレだってエッチしたいのに出来ないんだからしょうがねえだろ!いくら直江が平気って言ったって、こんなにたくさんカサブタがあったら直江に嫌われそうでイヤなんだ!」
「ごめんなさい…」
ギュッと抱いてから、チューされた。
「本当に平気なんですよ。でも高耶さんが泣くほど気にしてるなら我慢します。だからもう泣かないで」
「バカ!」
「もっと詰っていいですよ」
「バカ!」
「ええ…バカですね」
「…オレのこと、愛してる?」
今まで「好き?」って聞いたことはあっても、「愛してる?」って聞いたことない。
「愛してますよ」
抱かれて泣きながら客間の時計を見るとちょうど12時になった。
「たんじょうび、おめでと」
「ありがとう、高耶さん。あなたと過ごせて幸せです」
「もう怒ってない?」
「はい。でもキスだけしていいですか?」
「ん」
優しいから好き。オレを大事にしてくれるから愛してる。
「最悪な誕生日でゴメンな」
「そうでもありませんよ。愛してる?って聞いてくれたのが嬉しかったです。私も本気で愛してますからね」
「うん」
直江にチューされながらリビングに戻って仕切りなおし。飽きずに猫みたいにじゃれてイチャイチャしてた。
たまに本気で怒る直江は怖いけど、それってオレのこと大好きでたまらないからってわかる。
オレも大好きでたまらない。
直江の誕生日、5月3日は朝から急な仕事で出かけてしまった。同じ事務所のモデルさんが急病だかとかで、その代役は直江しか出来ないからって。
残されたオレはスペシャルメニューの制作にかかった。
ピーコックで食材の買い物をして、マンションに戻ってからケーキの準備。小さめだけどチョコレートたっぷりのチョコケーキ。
直江に似てる気がしたから。
図書館で借りてきた本を見ながら、ビターチョコを溶かしてさっくりした感じの生地に混ぜ込んだ。順調に出来てる。
オーブンに入れてから粉だらけになったキッチンを片付けて、今度は夕飯の仕込だ。こっちも本を見ながら。
ミネストローネ、白身魚のムニエルバジル風味、ゴルゴンゾーラチーズのパスタ、ミモザサラダ、ガーリックトースト。
どれもこれも作ったことないから大変だったけど、直江が喜ぶ顔を想像するとそんなの苦にもならない。
ケーキを冷蔵庫に移して最後に生クリームを作った。砂糖は限界まで少なく。
ほとんど出来上がったころに直江が帰ってきた。
「高耶さん、帰りました!」
「おかえり、直江」
バタバタと足音がして、直江がリビングまで走ってきた。
だから今日はリビングでチュー&キューだ。
「もうすぐ出来上がるから待ってて」
「はい♪」
リビングで待ってる直江にシェリー酒を細いグラスで渡して飲んでてもらった。食前酒ってやつ。
手伝おうかって言われたけど、誕生日なんだから座って待ってろって言っておいた。
で、出来上がってダイニングテーブルに呼んだ。今日は花を一輪挿しに差して飾ってあるテーブル。
「誕生日おめでとう、直江」
「ありがとうございます。こんなに嬉しい誕生日は初めてです」
ワインで乾杯して、話しながらゆっくり夕飯を食べた。直江がいつも外で食べてるような立派な食事じゃなくて、魚も焼きすぎて少し焦げ目があったり、ミネストローネも煮込みすぎてタマネギが溶けてなくなったけど、美味しいって全部食べてくれた。
満腹になったくせにケーキも食べてた。顔が溶けたみたいにだらしない顔で「全部食べますから」って言うから、そんなに
食ったら太るからよせってひとかけらだけにさせた。
リビングにシャンパンを用意してからそっちに移動。ソファに座ってくっついて、プレゼントを出した。
「これ、使って」
ラッピングなんかしないで簡素な包装のままの袋を渡した。中身は革の携帯ストラップ。直江の携帯はストラップがなくて
寂しかったからこれにした。もしかしたら邪魔だからしないだけかもって考えたけど、オレがプレゼントしたものなら絶対に
つけるだろう。
「なんでしょうかね…」
ニコニコしながら袋を開ける。本当に嬉しそうだな。
「…ありがとう…どうしてあなたはこんなに嬉しがらせるのが上手いんでしょうね」
「ん?」
「私の携帯はあなたのためにあるようなものですから」
「……変なの」
小さいチューをしてから携帯にストラップを付けた。携帯の色に合わせて黒革とシルバーの留め具にしたんだけど、それが
ピッタリで良かった。
「ありがとう」
「ううん。オレこそ、いつもありがとう。こんなことしか出来なくてごめんな」
「高耶さん…」
チューして、抱きついて、直江の耳をかじった。
「高耶さん?」
「していいよ」
「え?」
「したいんだろ?オレもしたいから、しよう?」
「はい」
「大好きでたまんない」
「私もですよ」
寝室へゴーだ。
直江に水疱瘡の痕があったって、オレはしたいもん。きっと直江もそう思ってるから、解禁。
翌日4日、イチャイチャモードのまま近所の六義園に散歩しようと玄関を出る時に、紙袋が二つ、目に入った。
「これ何?」
「えーと…」
覗いてみたらファンからのプレゼントが山のように入ってた。
「ふーん、モテモテじゃん」
「あの、でもそれは…」
「六義園は延期な。今日はそれの仕分けだ」
「えー!!」
「だって実家に送って使ってもらうんだろ?そんなもの、マンションに一個でも残したらどうなるかわかってんだろうな?」
「わかってます…」
「さて、仕分け、仕分け〜」
やましいことはないはずなのに、ドキドキしながら仕分け作業をしてる直江が可笑しかった。もし変なプレゼントがあってオレが誤解しないかってハラハラするんだって。
しないっつーの。だって昨夜の直江を見てればわかるもん。余裕がなくてさ。すっごい乱暴でさ。
「何歳になったんだっけ?」
「31です」
「もう少し余裕持てる年齢なはずだよな?」
「あなたの前じゃ余裕なんかありません」
プレゼントの中から携帯ストラップを見つけて直江に渡すと、それを放り投げて笑いながらオレにチューした。
「意地悪ですね」
「だって直江が好きだから」
「耳、かじりますよ?」
「いいよ♥」
直江が生まれてきてくれて良かった。
END