どうした経緯でこうなっているのか理解に苦しむが、とにかく今日は高耶さんのお誕生日だ。
「直江〜!そんな仏頂面してないでどんどん飲みなさいよ!あんたのおごりなんだから!」
今日は7月23日。愛する高耶さんのお誕生日だ。なのになぜ、銀座のスペイン料理店での食事に綾子と長秀と譲さんがいるのかわからない。
予定では一日中高耶さんと二人きりで過ごすはずだったのに。
ことの起こりは22日、金曜日だ。
高耶さんは金曜の夜から俺のマンションへお泊りに来てくれる予定になっていた。
金曜は仕事で一日中都内の百貨店でショーをやっていたのだが、待ち合わせの時間が迫ったころに高耶さんからメールが入った。
『ごめん、今日、学校のみんなが誕生日祝ってくれるって言うから少し遅くなる。終わったら電話するから』
こんな内容で、俺は少なからずどころか大いに落胆した。待ち合わせ場所は珍しく恵比寿の駅前。そしてそこから渋谷に出て高耶さんへの誕生日プレゼントを一緒に選んで、おいしい食事をして、せっかくの二十歳の誕生日なのだから酒も飲んで、
帰ったらHLLTに突入、という予定だったのに!あくまでも俺だけのプランで高耶さんには話していないが。
しかし高耶さんが学校でどれだけ人気者なのか知っているので、それを「断ってください」とは言えなかった。
かまいませんから終わったらすぐに電話を下さいね、と返事をして、仕事を終わらせ家に帰った。俺にしては寛大だ。
その後何度かメールのやりとりをして、夜12時に高耶さんから電話が来た。誕生日の日付になっている。
『ごめん、遅くなって』
「いいんですよ。せっかくお友達が祝ってくれたんですからね。今から来ますか?」
『うん、でも、終電がなくなった』
どうやらだいぶ酔っ払っているようだった。呂律が怪しい。
地下鉄を乗り継いでくるつもりだったそうなのだが駅についたら終電が終わっていたと言うのだ。
『どうしよう』
「タクシーに乗ってきてください。外に出て待ってますから」
優しい言葉をかけていたが、実際は俺は大変憤慨していた。高耶さんを祝おうというお友達の気持ちは嬉しかった。だからと
いって高耶さんをこんな時間まで独占しているなんて許せない!
高耶さんも高耶さんだ。適当な時間で切り上げればいいものを、午前様とは何事だと。
『あ、けど大丈夫。JRだったらまだ動いてるから、それで巣鴨か駒込まで乗って行く』
「いいから、タクシーでいらっしゃい」
『電車の方が早いし、お金もかかんないのに』
最終電車のラッシュと、夜道。それにこの酔っ払い方。愛らしい高耶さんを電車などに乗せられるわけがない!
「だったら私が車で迎えにいきますよ」
『そんなのしなくていいよ』
「どこにいるんですか?行きますから、明るい場所で待っててください」
『もしかして、怒ってる?』
強引に話を進めようとした俺に気が付いて、高耶さんは可愛い声で探りをかけてきた。コレで俺はすぐにノックアウトされてしまう。
本当に小悪魔のような人だ…。
「怒ってませんよ。とにかく、電車ではなくてタクシーで。いいですね?」
『わかった……』
それでも高耶さんは怒っているのを察知して弱気を見せる。これじゃ怒れないでしょうに。
高耶さんがタクシーの中から電話をしないだろう、という俺の予測は当たっていた。たぶん俺が怒っているからかけづらくなって、到着してからかけるつもりだったのかもしれない。
マンション前の道路のガードレールに座って過ぎ去るタクシーをひとつひとつ見ていると、俺の少し手前で一台が停まった。
中から高耶さんが出てくる。俺がいることに気が付いてちょっと驚いてからバツの悪そうな表情をした。
「ごめん」
「いいんですよ」
タクシーの運転手に料金を支払い、少しだけうつむく高耶さんの背中を押してマンションに入った。
「もうお誕生日になってしまいましたね。おめでとうございます」
「……本当に怒ってない?」
「こんな特別な日に怒るほど、野暮じゃありませんよ」
エレベーターの中で本当に怒ってないのかと目を覗き込んでくる。あまりにも可愛いものだからその場でキスしてしまった。
「な!」
「そんなに見つめられたらキスだってしちゃいますよ」
「う〜…」
まずはお誕生日初のチューをゲットだ!いいぞ、俺!
「ホントにおまえは…すぐコレなんだから…部屋まで待てないのかよ」
「待てませんよ。だから外で待ってたんじゃないですか」
「……誕生日のチューぐらい、ゆっくりしたかったのに」
なんてことを!!理性吹っ飛びまくりですよ、そんなセリフは!!
「じゃあ早く部屋に行きましょう!」
そう言ってエレベーターのボタンをプレステなみに連打した俺を大笑いしながら止めた。
「壊れるってば〜!」
「早く戻りたいんです!」
「バーカ」
背中に抱きついて頬ずりされた。エレベーターの中は冷房も効いていなくて暑かったが、それでも高耶さんの体温を感じるのはたまらなく嬉しい。最上階につくまで、俺は固まってしまって動けなかった。
部屋につくと玄関でキスして、キスしながらリビングまで。ふたりの足が絡まって転びそうになりながらもソファまでたどり着いてもつれあってキスしていた。それから手をTシャツにしのばせる。
「うわ、なにしてんだ!脱がせるな!」
「いいじゃないですか!」
「ダメ!まだ!」
「高耶さ〜ん……」
「……メシ食った?」
「適当に残り物を。そんな心配なんかしなくていいんですよ」
「風呂は?」
「入りましたよ。だから」
「あのな、実はちょっと話したいことがあってな」
「なんです?」
エッチを伸ばそうとしていたのは話があったかららしい。せっかくの誕生日だ。なんでも聞いてあげましょう!
「明日なんだけど、実は譲と約束してたんだよ」
「え?」
「すっかり忘れてたんだけど、1年前からの約束でさ。毎年お互いの誕生日は一緒に過ごそうって話してて」
「ええ?」
「彼女ができてたとしても、夕飯ぐらいは一緒に食うのが友情だよな、って」
「なんですって?!」
「だから、明日は譲も一緒でいいかな?」
「………」
男・直江信綱。ここが心意気の見せ場かもしれない。しかし!!
「別の日ではダメなんですか?」
「あー、そのー、それ言い出したのオレなんだよな…だからいまさら『直江と二人きりで過ごすから』とは言えないんだよ」
「………」
オーマイガッ!!!なんてこった!!
「なんでそんな約束したんですか〜!!」
「だってまさか東京で彼女…ってゆーか彼氏が出来るなんて思ってなかったんだよ!オレだって直江と二人きりがいいんだよ!でも言いだしっぺはオレだろ?!譲になんて謝ればいいかわかんねーし!」
「だからって〜!!」
「ゴメン!ホントーにゴメン!!」
「あなたと二人きりで過ごすために土日で休みをくれと、事務所に8ヶ月前から頼んであったのに!そのために今月どれだけ無理したか!それを!そんな理由で台無しになるなんて〜!」
「マジでゴメン!もう今日と明日の夜は何してもいいから!だからオレの立場を考えてくれよ〜!」
明日のスペイン料理の予約は3人に変更だ。
その夜は「何してもいいから!」という高耶さんのお言葉を頂いたので前々からしてみたかった『幼児語プレイ』をした。
詳細は割愛するが、大変に燃えた夜だったことだけお伝えしよう。ああ、言っておくが俺だけが燃えたのではない。
高耶さんもだ。
夜にはりきりすぎて翌日は午後に目覚めた。
今日こそが本物の誕生日だ。
「せっかくですからどこかにでかけましょうか?」
「んーん。だるいからヤダ」
昨夜のエッチが燃えすぎたせいですね。フフ。そんなに……
「鼻の下伸ばして何を考えてやがる」
「え!そんなに伸びてました?!」
「マウンテンゴリラなみにな」
ちょっと機嫌が悪いらしい。やはり昨夜、無理をさせすぎたのかもしれないな。
そんなわけで昼食は簡単なものを作って(一応ふたりで作るのだ、一応)食べることに。
今日のメニューは雑穀の粉を使ったパンケーキにバターをたっぷり乗せて、メープルシロップをかけ、カリカリベーコンを添えたものだ。パンケーキにベーコンなんて意外だと思われるが、これがなかなか美味い。
どこでこんなメニューを覚えたのか聞いてみたら、地下鉄で無料配布されている雑誌に載っていたそうだ。あなどれん。
俺が任されたのはバターを切って乗せることと、シロップをかけることだった。上手だと誉めてもらえた。ふ。
本当なら昨日のうちに誕生日のプレゼントを選んで渡しているはずなのだが、同級生の皆さんのおかげでそれは今日に持ち越しになった。しかし今日はダルいから夕飯まではどこにもでかけたくない、と高耶さんが言うからプレゼントをどうしたらいいかわからない。
「あの〜」
「ん?」
「お誕生日、でしょう?何か欲しいものはありませんか?」
「欲しいもの?あるよ。たくさんある」
「じゃあ買いに行きません…よねぇ?今日は…」
「うん」
やはり無理か…!!せっかくの誕生日だっていうのに!
いつもの休日とまったく同じように高耶さんの誕生日が過ぎていく。これでは祝えないではないか!
高耶さんはのんびり、俺はイライラしながら過ごしていると、高耶さんの携帯がピロロンと鳴った。
私以外の人間からかかってくる着信音はメロディではなく、普通の着信音だ。
そこらへんに高耶さんの愛情を感じられる。幸せだなぁ。
「あ、千秋か。うん、そうだけど。…サンキュー。それにしても良く知ってたな。え?ねーさんに聞いた?履歴書で?」
顔を少しだけ赤らめる。長秀からの電話は誕生日の祝いの言葉らしい。
どうやら綾子がバイトをした時の高耶さんの履歴書を見て、誕生日だと言うのを教えたようだった。
「え?ねーさんと来てる?どこに?直江んちの…前?」
なんだと!!!
「ちょっと貸して下さい、高耶さん!」
携帯電話をもぎとって電話の向こうの長秀に怒鳴った。
「来るな!今日は俺と高耶さんふたりで過ごす初めての高耶さんバースデーなんだぞ!どうしておまえらが邪魔に入らなければならんのだ!」
『おお、直江か。いいじゃん、もう来ちゃったんだしさ。豪華プレゼントも持ってきてるんだから』
「しかし!」
ピンポーン、と間の抜けた音が室内に響いた。高耶さんが立ち上がってインターフォンの受話器を取ると、モニターには長秀と綾子が揃って手を振りながら立っていた。
「誰が開けるか!」
「あ、すぐ開けるから〜」
俺と高耶さんが言葉を発したのは同時だった……もちろん、高耶さんはオートロックを開けてしまった。
一階ロビーの玄関が開くと、長秀からの通話も切れた。
そんな!ふたりきりの甘いバースデーが!
「高耶さん……」
「ん?どうした?」
あなたはまったくわかってない…
そして数分後、長秀と綾子がやってきた。長秀の手には大型電化製品店の紙袋が下がっている。
紙袋を白い目で見ながら、嬉しくない訪問客をリビングに通した。
「お誕生日おめでとー!!」
「高耶もこれで堂々と酒が飲めるな!」
綾子が高耶さんに抱きついてほっぺにチューをした。おい!そのほっぺたも何もかも俺のものなんだぞ!
と、言いたいところだったが長秀に遮られ、その長秀が高耶さんに紙袋を渡した。
「コレ、プレゼント。俺と綾子から。おまえが欲しがってたものだぞ〜」
「マジ?!開けていい?!」
俺のプレゼントはまだいらないって言ったくせにですか、高耶さん!
「うわ!PSPだ!マジでいいの?!うっわ〜!サンキュー!ありがとな、ねーさん、千秋!」
「なんの、なんの」
「あんたが欲しがってるって長秀から聞いてたからさ、午前中に買いに行ったのよう!」
俺を排除して盛り上がる20代の3人。…20代か…懐かしい響きだ。
っと、こんな感傷的になっている場合ではない!
「おまえたち、今日はもう…」
「んじゃさ、ねーさんと千秋も夕飯一緒にどう?あ、譲も一緒だから気にしなくていいから」
「え?!いいの?!」
「いいよ、な?直江」
ニッコリ、キュートに笑った高耶さんに「ダメだ」と言える人間はこの世の中にはいないに違いない。
俺も例に漏れず、ダメだとは言えなかった。
「いいですよ」
バカ!バカ!俺のバカ!!
PM7:00。銀座。タクシーに分乗し、途中で譲さんを拾って銀座へ来た。
高耶さんに喜んでもらうために予約を入れていたスペイン料理店の予約人数は2人から5人に変更だ。
一本5千円のフルボディのスペインワインを開け、まずは高耶さんのグラスに注いで、それから全員のグラスへ。なぜか俺が全員にワインを注いでいる。なぜか…。
「すいません、直江さん。俺まで誘ってもらっちゃって」
ワインを譲さんのグラスに注いでいると、譲さんは眉を寄せ、本当に心苦しそうに言った。
譲さんは長秀たちとは違い、俺にだいぶ気を使ってくれている。さすが高耶さんの親友なだけあって優しい人だ。
「いえ、気にしないでいいんですよ。高耶さんの親友さんですから、一緒に祝えるなら私も嬉しいですよ」
嘘だ。これは全部嘘だ。信綱!おまえは誰にでも優しい嘘をつける男なのだ。耐えろ!耐えるんだ!譲さんへの印象のためにも!
強張った笑顔で譲さんに返事をすると、長秀が「誕生日おめでとう!」と言って乾杯をした。
俺もグラスを上げて隣りにいる高耶さんとグラスを合わせた。まずは俺にグラスを合わせてくれる所が愛されている証拠なのだと思う…思いたい。
譲さんもプレゼントを用意していた。店で包装を開けるとそこには前々から高耶さんが欲しがっていたトイカメラ。
ロシアのメーカーで面白い写真が撮れるというシロモノだ。真ん中だけに光がうまく入り焦点が合って、周りは丸く暗い感じに
ぼやけ、しかも数枚のうち一枚しかキレイに写らないという安価だがなかなか手に入らないオモチャのカメラだった。
「よく見つかったな、これ!」
「親の知り合いがメーカー勤めしててさ、頼み込んだんだ」
「うわ〜!マジ嬉しい!サンキュー、譲!」
とても嬉しそうだ。みんな高耶さんの欲しいものをちゃんとリサーチして、そして渡している。
なのに、俺は。情けなさで涙が滲む。
「ごめんな、直江」
「え?」
「本当はふたりきりが良かったよな?昨日も、ごめん」
申し訳なさそうに上目遣いで俺を見る。……可愛い……。
「あなたがそう言ってくださるだけで、私はもう満足ですから。それより、あなたがみんなから好かれているってことを、大事に
思ってくださいね」
「……うん、ありがとう」
夏に咲く花のように、高耶さんはほがらかに微笑んだ。
3人と別れて俺と高耶さんは帰りのタクシーに乗って帰った。すでに午後10時だ。あと2時間で誕生日が終わってしまう。
結局プレゼントは買えずじまい。
落ち込みながらソファに沈み込み、膝の上に高耶さんを座らせた。
「高耶さん、プレゼントなんですが……用意できてなくて」
「いいんだよ。もうたくさんもらった」
「なんのことですか?」
高耶さんはキュウと抱きついて、恥ずかしそうに小声で言った。
「んーと…昨日も、今日も、ワガママ聞いてくれただろ?友達との時間を直江がゆずってくれたのが、すっげー嬉しかったんだ」
「え?」
「そりゃ直江とふたりきりがいいな、って俺も思ったけど、でもみんな祝ってくれて、オレ、そんなの初めてだったからやっぱ嬉しくて。直江がせっかく空けてくれた時間を使って悪いなって思うけど、でもそれをゆずってくれた直江がすごく大好きだな〜って、思った」
「高耶さん……」
「それが一番嬉しかった」
恥ずかしがりながら甘えて抱きつく。俺がみっともない嫉妬や落胆をしていたのに、高耶さんはこんなふうに言ってくれる。
嬉しかったんだと、言ってくれる。
「明日、直江からのプレゼントも欲しい」
「ええ。一緒に買いに行きましょうね。何が欲しいんですか?」
「んー。なんでもいいんだ、ホントは。オレが欲しいのは、直江と過ごす時間だから」
これでは高耶さんを祝うはずが、俺が色々と貰ってしまっているみたいだ。
あなたの優しい言葉も、可愛い笑顔も、甘い囁きも。
「ありがとうございます、高耶さん」
「ん?」
「あなたが生まれてきてくれたのを祝わせてください。ありがとうって、祝いたいんです」
「変なの……」
たくさんキスをしていたら、いつのまにか高耶さんの誕生日は終わっていた。
翌日、俺と高耶さんは車でドライブしながら色々な店を回った。結局高耶さんは何も欲しがらず、本当に俺との時間だけが欲しかったのだとわかった。
しかしそうもいかない。自分の誕生日には高耶さんに携帯ストラップを貰ってしまっているのだ。
そんなわけで、いつも高耶さんが身に付けていられるものを選びましょう、と強引に誘って量販店へ。
高級なものを買って謝られるのが嫌だったからこその量販店だ。
そこでデジタルの腕時計を買った。付加価値もない、貴金属も使われていない、丈夫な腕時計だ。
「私の時間はあなたのものですからね。あなたの時間も、たまには私にくださいね」
「……うん。いつも、おまえにやる」
おめでとう、高耶さん。あなたが生まれた日は、私が『生きた』日です。
END