同じ世界で一緒に歩こう

2005年バレンタイン

チョコを買おう!



 
   


世の中バレンタイン一色だ。どうしてこうも騒ぐのか毎年疑問だったが謎が解けた。
好きな男にチョコを渡して「とっても好きです」と伝えることが素直にできるからだろう。

と、ゆーわけで、オレも直江にチョコレートを渡したい!
だがあの女だらけの店に入って怪しまれながらチョコレートを買う勇気はない!
今の時期は自分で食うチョコレートすら気兼ねして買えねーってのに!
うーん、どうしよう。

 

「もうすぐバレンタインですね。高耶さん♪」
「ああ、そーだな」
「チョコレート下さいね。楽しみに待ってますから」

直江はもう貰えるもんだと思ってやがる。こっちの苦労も考えろよな。買いたくても買えないオレの身にもなってくれ。

「あのさあ、チョコじゃなきゃダメ?」
「え?ええ、できればチョコレートがいいです。高耶さんからチョコの包みを貰いたくて。バレンタインですからね」

そんなあ…オレの一番の関門を直江が作りやがった。
メシ奢るとかはオレの小遣いじゃラーメンぐらいしかできないし、だからって他に何か買ってやるとなったら、そこそこ高価な物をあげないと直江にはつりあわないし、映画を奢るって言っても二人で約4000円はキツイ。
チョコレートが一番手頃なんだけど、やっぱり「買う」ってのが難関なんだよなー。
世の中のゲイはどうしてるんだろう?けどお仲間がいないオレは情報もないしなあ。

「ダメですか…?」
「いや!ダメじゃないよ!うん、わかった。チョコあげるから!」
「楽しみにしてます!」

お約束どーり直江にムギュムギュされたけど、その腕の中でオレは思案していた。どうしよう…。


ちょっと考えて綾子ねーさんに頼もうかと思ったが、ねーさんはオレと直江の関係を知らないから頼めない。
学校の女の子にも怪しまれるから頼めない。
女でオレと直江が付き合ってるのを知ってるか、またはそれを知ってて、さらに彼女がいて、その子に頼める男友達…。
いた。

「はあ?!なんだそれ!」
「頼むよ、譲!な?一生のお願い!」
「ずいぶん安い一生のお願いだね。高耶のためなら頼んでもいいけど、俺が彼女に何か言われたらどうすんだよ」
「そしたら…オレが頼んだってこと言ってもいいからさ。あいつだったらなんか平気そうな気がするし」

譲の彼女。ヤツは衛生士の免許をとるために埼玉の大学へ行っている。
だから譲のマンションにはほとんど来ないけど、土日で遊びに来てるからその時に買っておいてもらえば助かる。
ゲイだってバラすのは抵抗あるけど、直江のためならエンヤコラだ。

「まあ、俺が口外するなって言えば黙っててくれるけど、高耶。絶対に色々と聞かれるよ。あの性格なんだから」
「そりゃそーだけど、多少のリスクはしょうがねえ。直江のためだ!」
「燃えてるねえ…」
「おう!」

譲が承諾してくれて、バレンタイン前日の日曜に買っておいてくれることになった。なんでもいいから予算内で、と言って
千円渡した。

「あの、高耶?直江さんのだよね?義理チョコじゃないよね?」
「うん、本命だけど」
「イマドキ本命で千円なんて、ほとんど有り得ないと思うよ…」
「なにぃ?!」

イマドキの本命チョコは何千円て単位だそうだ。少なくても3千円が標準ギリギリじゃないかと言う。

「そんなあ…今月の小遣い、あと1万しかねーんだぞ…」

バレンタインから半月を7千円で過ごせってのかよ!昼飯は毎日アンパンと牛乳か?それに画用紙やシーチングも買わなきゃいけないのに?それで7千円しか残ってないってことは、どう考えても悲惨な2月になるじゃないか!

「いや、あの高耶。気は心って言うじゃん。いいんじゃない?千円でも喜んでくれると思うよ?」
「そりゃあのバカだから、喜ぶとは思うけど…本命に千円しかかけなかったオレってのが情けないじゃんか…チクショウ!持ってけ、ドロボー!」

財布からあと2千円出した。もうこうなったら貧乏歓迎だ!やってやろうじゃねーか!

「アイツに男心をくすぐる最高のチョコを買えって伝えとけよ!」
「…高耶…おまえ…」
「男の純情を商売にしやがって、バレンタインのバカー!!」
「…バカなの高耶じゃん…男の純情って何だよ…まったく…」
「何か言ったか?」
「別に」

よし!これで直江に渡すチョコの算段がついた!あとは渡すだけ!

その時、譲の携帯が鳴った。

「もしもし?ああ、どうしたの?え?インフルエンザ?大丈夫?うん、わかった。じゃあそっちに行くよ。ん?平気だって、うつらないよ。予防注射してるから。うん、じゃ、金曜の夜から行くよ。またね♪」
「…もしかして、その電話…」
「…うん…ゴメン、高耶!彼女インフルエンザで出かけられないんだって。悪い!コレ返すよ」

そう言って3千円返された。
は?返されたけどどーすんの?スタート地点に戻ったってこと?

「ええ?!どうしよう!譲!!」
「…がんばって…」

がーん。

 

 

原宿表参道。ここには高級チョコレートの店がある。
その入り口から少し離れたところでオレは仁王立ちをして店内を見つめていた。

ここへ入って一瞬の恥ずかしさを堪えてチョコを買えば話は終わる。しかしその恥ずかしさがどれだけのものか想像もつかない。

『いらっしゃいませ〜』
『すいません。このチョコのセットを下さい』
『ご自宅用ですか?』
『いや、バレンタイン用の包装をしてください』
『は?』
『だから、バレンタイン用に』
『え?』
『…もういいです…自宅用で』

こうなりかねない。
場所を移動して店内が良く見える窓のとこへ行った。待ち合わせを装って中をさりげなく見る。
女でひしめいていた。レジでは白い包装紙に茶色のリボンがかけられてキレイに包装された品を女が受け取っている。
あの中でオレはチョコレートを買うのかよ。おい。
仰木高耶19歳。たった19歳でこんな困難が待ち構えているなんて想像だにしなかった。

「ここってバレンタイン用と贈答用と包装紙が同じじゃん。つまんないね」
「せめてリボンか包装紙かどっちかをピンクにしてくれたら可愛いのに〜」

店から出てきた女がそう言っていた。

「よっしゃ!」

だったら

『ご自宅用ですか?』
『いえ、贈答用で』

これでいいじゃねーか!!オレってなんていい店を選んだんだろう!えらいぞ!
このシミュレーションをバッチリ何度もやってオレは店内に入っていった。
もう怖いものナシだ!

「いらっしゃいませ〜」

女でひしめく店内。その女どもを押しのけて、ショーケースの前に進み出た。
どれもこれも美味そうなチョコレートだ。トリュフ?ガナッシュ?いいんじゃねーの?
予算3千円のブツを見つけて店員さんに声をかける。

「この3千円のセットを下さい」
「ありがとうございます。ご贈答用ですか?」
「はい、バレンタイン用です」

……………あれ?あれれ?

「………かしこまりました…………」

顔から火が出る、という表現は間違っていない。本気で顔から火が出そうだ。今ならオレで焼き芋が焼けるぞ。
店員さんは黙々とブツを包んでいる。不自然なぐらい無表情だ。
なんで『ご自宅用ですか?』って聞いてくれなかったんだ!

「お待たせいたしました」

ほんの1分程度だったと思う。だけどオレには1時間にも感じた。千円札を3枚と、150円を渡してそそくさと店を出る。
表参道の地下鉄の駅に向かって早足で歩く。
あそこのチョコレートうまそうだったのに。あのドリンクチョコもホットショコラにして飲んだらうまそうだから、今度買ってみようかと思ったのに。
もうあそこには行かれない。

「くっそー!直江のせいだ!!」

 

 

 

バレンタイン当日、オレは学校から一旦戻ってから直江のマンションに行った。
あの、大恥をかいたチョコをリュックに入れて。

「いらっしゃい、高耶さん」
「おう」

物欲しそうな目でオレのリュックを見つめている直江。ウゼえ。ウキウキしやがって。

「高耶さん、チョコレートは?」
「はあ?なんだっけ、それ」
「え…」
「腹減ったから何か食いに行こうぜ」
「…そうですね。行きましょうか」

近所のファミレスに行こうって言ったら、せっかくだからレストランにしましょうって。
オレは直江とファミレスに入ったことがなかったから、そっちがいいって言い張った。ちなみにコレは復讐だ。
どうにか了承させて駅前のファミレスへ。

「あの、私、ファミレスって初めてなんですけど」

言外にイヤだって言ってるのがわかったが、そうはいくか。

「じゃあ社会勉強だと思って入るんだな」
「はい…」

直江に注目が集まった。この容姿なら直江を知らないオバちゃんやオッサン、子供だって釘付けだ。
しかしなんて似合わないんだろう。

「ククク…」
「何ですか、高耶さん。そんなに笑って」
「いや、別に」

メニューを見て直江は感心していた。和食から洋食、中華まであるからだ。

「こういう店なんですか…はあ、すごい便利なんですね」
「何食う?」
「こうもたくさんあると悩みますけど…高耶さんはどうするんですか?」
「オレはカキフライセット」
「じゃ、同じもので」
「えー!違うものにして分けようぜ」
「そうですか?…でしたら…サーロインステーキのセットにしましょうかね。高耶さんも食べるんでしょう?」

ニッコリ笑ってオレを見る。オレが分けようって言ったから、サーロインなんかにしたんだな…優しいじゃん。
直江は周りに注目されながらオレたちは食った。直江はいちいち驚いたりして恥ずかしかったけど、連れてきたのは自分だから仕方ない。

「…やっぱりもう少し高級な店にすれば良かったですね。このサーロインはあなたには似合いません」
「はあ?」
「あなたのような美しい人が食べる肉は、テンダーロインぐらいじゃないとダメです」

てんだーろいん、て何だろ?

「今度は美味しいテンダーを食べに行きましょうね」
「…うん」

直江はいつもこうしてオレに気を使ってくれる。美味しいものだってそうだけど、オレが使ってる直江んち用のパジャマも食器も、なんでもかんでもオレのためにしてくれる。
そうだよな。
いつも優しくしてもらってんだから、チョコレート買うぐらい何でもなかったのに。
ごめんな。

「食い終わったらすぐ帰ろ?」
「いいんですか?さっきデザートも食べるって言ってたじゃないですか」
「うん、いい。帰ろう」

ファミレスを出て、まっすぐ帰った。途中のケーキ屋でデザートを買おうかって言った直江の腕を引いて、早く帰ろうってせかした。
どうしたんですかって聞かれたけど、まだ内緒。チョコを早く渡したいんだってのは。

マンションに戻ると直江はすぐに暖房を入れた。外気で冷たくなったオレの顔を両手で包んで温めてくれる。
いつもこうしてやってくれる。

「暖かい紅茶でも作りましょうか?」
「あ、ううん。オレがやるから」
「そう?」
「ちょっと待ってろ」

直江の腕から抜けてキッチンへ。紅茶を二つ作ってリビングへ持って行った。今日のはリンゴジュースを入れてみた。
即席アップルティーだ。

「いい香りですね。りんご?」
「うん。この前直江が貰ってきたやつ」

瓶に入ったリンゴジュースはたぶん高級品なんだろう。青森のラベルが貼ってあった。
オレが果実のジュースが好きだからって、事務所から貰って帰ってきたんだっけな。

「あのさ…」

リュックからチョコレートを出した。直江は嬉しそうに見てる。

「チョコ、やる」
「ありがとうございます!大事にします!」
「大事にしないで食えよ」
「じゃあ、一緒に食べましょうか」

包装紙を丁寧に開けて、直江はトリュフを一個取り出した。

「美味しそうなチョコレートですね。いただきます」

甘いのはそれほど好きじゃないらしいけど、あったらあったで食うって言ってた。けどこの店のチョコはそんなに甘くなさそうだったから大丈夫かな?

「…とても美味しいですよ。ありがとうございます。高耶さんもどうぞ」
「うん!」

直江は自分が食べたのと同じのを取り出して、オレに食べさせてくれた。美味い。

「なんでバレンタインはチョコレートなんだろうって思ってましたけど、今日わかりました」
「ん?」
「甘いものが苦手でも、チョコレートは食べると幸せな気分になりますから…きっと、そうですよ」
「…そうかもな」
「一緒に幸せになりましょうって意味ですね」
「…直江」
「約束しましょうか。私と一緒に幸せになってください」
「うん」

ソファの上で直江とイチャイチャして、たくさんチューして、バレンタインの夜を過ごした。
恥はかいたけど、直江に渡せて良かった。

「なあ、オレのことどんぐらい好き?」
「最上級に優しくしたいぐらい好きです。今の瞬間が過去になったらなったぶん、優しくしたいって思います。慈しむように」
「オレも直江に優しくしたい。いっつも。これからもずーっと」
「ありがとう、高耶さん」

直江、チョコだけじゃなくて、何でもしてやるからな。

 

 

それから数日して、直江とイチャイチャしてる時に事務所から宅配便が届いた。
それだけでも不満だったのに、届いた物がだいぶ不愉快だった。
でかいダンボール箱2個に、全部ファンからのチョコレート。中にはチョコじゃないものもあったが、全部直江へのバレンタインの品だった。

「コレ、どーすんだ?」
「…お裾分けしましょうか…」
「どこに?」
「…どうしましょうかね」
「こんなに貰えてさぞ幸せな気分が味わえるだろーな。ふん。オレは直江へのチョコなんか食わないからな!」
「高耶さ〜ん…」

結局チョコは実家に送って檀家さんへのお茶菓子にするそうだ。
マフラーなんかも入ってたけど、それも送らせて実家の誰かに使ってもらうようにさせた。当然だ。

「そういえば高耶さんは貰わなかったんですか?」
「綾子ねーさんが一個くれただけだな。そんなにモテないし」
「そんなはずないでしょう?」

どうも疑われているようだ。本当に貰ってないんだから言い訳なんかもないぞ。

「本当ですかあ?」
「疑うんだったら優しくしてやんねーぞ!」
「ええ?!そんな!すいませーん!!許してください!信じます!」
「…じゃ、許してやる。優しくしてやるから、直江も」
「はい」
「優しくしろよな」
「はい!」

やっぱ直江大好き。

 

 

END

 

あとがき

ぎりぎりになってやっと完成したので
イマイチ集中して作れた気がしません。
こんなんでいいのかな?


   
         
   


   
   

 

 

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