同じ世界で一緒に歩こう

2005年ホワイトデー

地球環境直江



 
   


高耶さんから頂いたチョコレートは今までの人生で食べた何よりも美味かった。あれに比べたらフォアグラだのアワビだのなんぞ色あせてしまう。
幸せだったなあ。
次は私が高耶さんを幸せにしてあげなくては!!

 

高耶さんからホワイトデーの決まりごとを頂いた。
金をかけるな、大袈裟にするな、恥ずかしい真似すんじゃねえ、アメなんか食わねえぞ、マシュマロもだ、オレの好物はチョコレートだ、オレが幸せだな〜って思えるようなホワイトデーにしろ。など。
どうやら私へのチョコレートを買った際に、恥ずかしい思いをしたのが悔しかったらしい。それを根に持っているそうだ。

しかしこう言われてしまうと逆に難しいことがわからないのだろうか。
だからと言って簡単に済ませる私ではないのだ。
この直江信綱、あなたを幸せにするために生まれてきたのだから、意地でもあなたを幸せな気分にしますよ!
そのためにリサーチを怠らないようにせねば。

 

ある土曜の朝、学校が休みの高耶さんがパジャマのまま洗面所へ行った。私がまだまどろんでいる時に。
いつもならもっとゆっくり休んでいるはずなのに、一体どうしたんだろう?
起きて高耶さんの後を追った。すると洗濯機に洗濯物を入れている。

「どうしたんです、こんな朝早くから」
「いや、あのな。昨夜から気になってたんだよ。たくさん洗濯物がたまってるなあって」

手際よく色物と白いものを分ける。
どうして洗濯物がたまっていたかというと、今週は修了制作のために怠っていた課題があって忙しかったらしく、一回もマンションへ来てくれなかったからだ。
ちなみに忙しい私は洗濯はほとんどしない。前は一蔵がやりにきたのだが、高耶さんに止められた。高耶さんの洗濯物もあるからだ。

「すいません…私がしなかったばっかりに…」
「いいんだけどさ。けっこうたくさんあるから早めにやっておかないと乾かないだろ?」
「乾燥機を使えばいいじゃないですか」
「オレは乾燥機なんて不経済なものは嫌いなんだよ。それに直江んちの乾燥機はガスじゃなくて電気じゃねーか。そんなんで乾かしたら電気代がかかってしょうがない」

高耶さんの財布が寒くなるわけではないのに。そう言ったら地球温暖化を許すのか!と怒鳴られた。

「おまえは何でもかんでも贅沢にするけどな!それは逆に言えばエコライフ反対!って言ってるようなもんなんだぞ!いいのか?オレが二酸化炭素ばっかり吸って窒息しても!温暖化が進んで紫外線で皮膚ガンになっても!北極や南極の氷が
溶けて日本が沈んでオレが溺れても!」
「それはダメです!!そんなことになったら私は…!!私は!!」
「だろ?だから質素に生きようぜ」
「そうですね」

おや?何か違うような気がするが。まあいい。高耶さんの干した洗濯物は最高に気持ちいいからな。
質素か。高耶さんの口から聞くとなんて甘美な響きなんだろうか。
質素で幸せな今日。
土日を一緒に過ごして、そして来週からは春休み。またもや高耶さんとの甘美な生活が待っている。
と、その前にホワイトデーがあったじゃないか。月曜日か。うーむ、困ったな。

「あの、月曜日は私と過ごしてくれるんですよね?」
「ああ、学校が終わってからな。直江の仕事は?」
「午後6時ぐらいには帰って来られます。何がなんでも帰ってきます」
「そっか。良かった。そしたらマンションで夕飯食べて、まったりしよーな。オレ、15日から春休みだから」

なんと!15日から休みに入るのか!それはそれはなんて素晴らしい!

洗濯機に洗剤を入れて高耶さんはピピっとボタンを押した。そして私の手を取って、寄り添ってリビングへ。

「朝飯、パンとご飯とどっちがいい?」
「何でもいいですよ、あなたが作ってくれるんなら」
「それじゃ困るんだよな。どっち?」
「じゃ、パンで」

朝食は柔らかい食パンを焼いたものと、バターたっぷりのスクランブルエッグ。それとピーコックで買ってきたドイツ産のソーセージ。バジルが利いてて美味かったのが高耶さんのお気に召したらしい。
サラダはトマトが乗ったグリーンサラダ。高耶さんオリジナルのドレッシングで頂くようになっている。
食後にはカフェオレを二つ作り、片方には砂糖をたっぷり入れて飲んだ。

高耶さんが作ってくれる料理はどんなものでも美味しい。以前、女に作らせていた時に食べていたものなど比べ物にならないほどだ。
愛情の差というものだろうか。

「あのさ、ホワイトデーなんだけどさ、もしかして困ってる?でもオレ、おまえに金かけて貰えば貰うほど、なんか…金で買われてるような気がしてならないんだよな。嬉しいんだけど、その、エンコーしてるみたいに感じてさ」
「エンコーって…そんなはずないでしょう。私たちは愛し合ってるんですよ?あなたにお金をかけたのを、買っているなんて思われるのは心外です」
「わかってるんだけど、それを当然のように貰ったりしたくないなーって」
「そうですか…でも大丈夫ですから。ホワイトデーのお返しは高耶さんのご希望に添いますよ」
「うん。なんかゴメンな」

質素にするホワイトデーなのに、謝られるのは変だな。だがこの小さなウサギちゃんのような高耶さんも悪くないので、このまま甘えてもらっておこう。
ただホワイトデーのお返しがまだ決まっていない。どうしたものか。

 

 

のんびり過ごした土曜日は瞬く間に過ぎ、夜はラブラブハッピータイムをご相伴に預かり、日曜になった。
まだホワイトデーの贈り物は決まっていない。焦りが生じてきた。しかし日曜を高耶さんと過ごせなくて何が恋人だ。
そんなわけで大事に過ごさなくてはいけない。

「なんで眉間にシワ寄せてんだ?つまんないのか?」
「いえ!そんなはずありません!今日は後楽園に梅を見に行くんでしょう?お昼食べたら行きましょうね」
「うん♪」

東京ドームの裏手には後楽園がある。遊園地ではない。庭園だ。水戸光圀の別邸があった場所で、梅の名所と言われている。
高耶さんが用意した緑茶を水筒に入れ、そこにタクシーで行った。どうやら今日はドームでイベントがあるらしく、周辺はにぎわっていた。
しかし庭園に入ってしまえばそんなものはなくなる。閑静な庭園そのものだ。
まあ、年配のご婦人はたくさんいるが。

たくさんの梅が咲く中で、高耶さんはこう言った。自然のものが一番キレイだな、と。

「手入れはされてても、こうして気候によって咲くわけだろ?そうゆうのってスゴイと思わねえ?当たり前なんだけど、当たり前のことが一番すごいよな。自然に咲いて、自然に散って、それからまた来年咲くんだ。何度でも枯れるまで毎年咲く。梅に限らずさ。な?」
「ええ…そうですね…」

自然に咲く花。あなたのようだと思った。私と言う気候の中で、あなたは笑顔でいる。怒ったり、泣いたりする。
それはとても自然なことなのではないだろうか。

「だから温暖化とかなったら、梅も困るよな。いつ咲いていいかわかんなくなる」
「ええ」

そんなあなたを愛しています。地球環境を大事にするあなたは、あなたのいる場所を求めているようで。

「ちょっと寒いな。なあ、あっちのベンチでお茶にしよーぜ」

人気のない場所にベンチはあった。東屋になっている。そこに二人で並んで座って、水筒の蓋になっているカップにお茶を
注いだ。まだ熱いお茶をひとつのカップで分けあって温まった。

「高耶さん」
「んー?」
「愛してますよ」
「…おまえな、いくら周りに人がいないからって、いきなりそーゆーこと言うな。屋外で!」
「すいません。でも、どうしても伝えたかったんです」

真摯な顔をした私に驚いたのだろうか。どうしたんだ?という顔をして私の目を覗き込む。
たまにあなたが言う一言で、私はすべてから救われる。あなたに愛されて、幸せだと思える。大事なものを大事にするのが
誇らしく思える。

「あなたと一緒に来られて良かったです」
「直江?…なんか、それって、変だけど…あのさ、もう会えないような言い方だぞ…」
「違いますよ。高耶さんといられることが、とても大事で、とても意味のあることで、とても自然で素晴らしいと思えたからついこんな言い方をしてしまっただけです」
「そっか。だったらいいけど。んーと…」

周りをキョロキョロ見回すと、高耶さんはキスをしてきた。

「ありがと。直江と見に来られてオレも良かった」

誰もいない東屋で、手を繋いでしばらく過ごした。青空に緑の影が映える。近くでひばりが鳴いていた。

 

 

「どうぞ」

翌日月曜、高耶さんに渡したものはマグカップ。中にはホットショコラが入っていた。

「あ、これ…」
「ええ、高耶さんが恥をかいたって言ってたあの店のドリンクチョコです。二度と行かれないって言うから、代わりに私が行ってきました。ちょうど原宿でショーがあったので、その帰りに。これがホワイトデーのお返しです」
「………………」
「気に入りませんでしたか?もっと奇をてらったものにすれば良かったでしょうか?」
「ううん。これが良かった。嬉しい」

カップに口を付けて、熱いからと少しだけすする。そのしぐさがとても愛らしい。

「んー!んまい!!」

一瞬でパアッと明るい顔になる。

「あなたが自然でいるのが一番だと言ったから、私も自然でいることにします。あなたが教えてくれたことだから。高耶さんが
一番欲しいのは、物でも、お金のかかる食事でもなく、あなたへの愛情なんだと思いました。だから、あなたが飲みたかった
ホットショコラにしたんです。こんなことしか思いつかなかったんですけど、喜んでもらえました?」
「うん。ホットショコラも嬉しいけど、直江がそう言ってくれるのが一番嬉しい。わかってくれてるなって思うから…」
「そうですか?ありがとうございます」
「ありがとう、直江。愛してるぞ」

チョコレート味のキスをして、高耶さんはまたカップに口をつけた。
それはとても嬉しそうに。

 

 

「エコライフですね」
「ん?何が?どこが?」
「私があなたの地球環境です」
「…何の話だ?」
「内緒です」

直江信綱、あなたをオゾンホールから守ります。いつまでも咲けるように。

 

 

END

 

あとがき

またもやぎりぎりになって完成したので
まとまっていないよーな気が。
こんな話になる予定じゃなかたんだ
けどなあ。おかしいなあ。
もっとギャグなはずだったのになあ。



   
         
   


   
   

 

 

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