今年のクリスマスのテーマは『質素』。
なんでかというと私がダイエット中だからだ。
クリスマスが終わったらすぐにフランスへ行くので食べてもいいような気がするのだが、やはりそこは仕事。
もし食べ過ぎてお腹がポッコリなんて、モデルとして洒落にもならないから質素に、だ。
本音を言うと高耶さんに「がんばってるもんな!」と言われて、豪華な夕食を、と言い出せなくなってしまったのだが。
しかしこの直江信綱、どうしても別のところで豪華にしなければ気が済まない。そう、プレゼントだ。
高耶さんに山のようなプレゼントがしたい!
『直江ってサンタみたい』とか言われたい!
クリスマスイブ、私は高耶さんを連れて繁華街を巡ることにした。大量のプレゼントを買うために。
午前11時。渋谷。
「なんでそんなにイベント事になると一生懸命なんだよ?」
「そりゃ高耶さんと過ごせる大イベントだからです」
千石からタクシーに乗って渋谷のタワーレコード前にやってきた。
今日は「高耶さんに何でも買ってあげます。ダイエットに協力してくれたお礼も兼ねて」と言いくるめて連れ出した。
「予算は?」
「カードの限度額までいいですよ」
ふ。自慢だが私のカードはプラチナカードだ。カード会社からインビテーションが来てゴールドからプラチナに切り替えたゴージャスな男の証明書のようなもの。
「なんだよ、限度額って……いったいいくらなんだ……おっかねえ……」
思いっきり引かれてしまった。限度額は言い過ぎたか。
「ま、まあお礼やクリスマスというのもあるんですが、実は27日からの旅行で気になっていることがありまして」
旅行というのは私のヌード写真、もとい香水の宣伝用写真の撮影のためにパリに行くことになっている。それだ。
恋人同伴という許可ももらって高耶さんに少しでもパリ見学をしてもらう。
旅費はいらないと言ったのだが、働きだしたら少しずつ返す、と高耶さんは私を気遣ってくれた。
なんて優しい恋人なのだろう!
返されても断るに決まっているがな。男っぷりを上げるためだ。
「気になってること?」
「高耶さんがスーツケースに入れようとしていた服、あまりにも寒そうなものばっかりだったので、買い足しておいた方がいいと思ったんです」
「そうか?セーターもちゃんと入れたぞ?」
「真冬のパリってビックリするほど寒いんですよ。松本と同等か、それ以上に寒いんです」
「……マジで?」
愛らしく眉を寄せて私を見る。そしてちょっとだけ首を傾げて口を尖らせた。
もうメロメロです……。
「だってテレビで見るパリジャン・パリジェンヌは薄めのコートでオープンカフェにいるからさ、けっこうあったかいんだと思ってたよ」
「ヨーロッパの人たちは日本人よりも体温が高いので薄着でもどうにか平気なんです。私がパリにいた頃に厚着してたら『なんでヨシアキはそんなに寒がりなんだ』って話になって、それで色々聞いたら平熱が37度以上あるということでした」
「え?!そうなの?!本当に?!」
「ええ、高い人は38度近くあるそうですよ」
さんじゅうはちど!?と素っ頓狂な声を張り上げて驚く高耶さんはいつにも増して可愛らしかった。
ついその場で抱きしめてしまいそうなぐらい。
「だからセーターも上等なカシミアのを買いましょう。それと上着も。ダウンジャケット以外にもレストランに入れるようなコートやスーツも欲しいじゃないですか。あと靴下に、下着に」
「下着って?」
「内緒ですよ?高耶さんにだけ教えてあげます」
実は真冬にパリへ行く時はとても温かいアンゴラの下着を持って行くのだ。
お爺さんがよく着ている通称『ラクダの上下』のアンゴラ版。それを。
「オヤジくさ……」
「体を壊すよりはいいでしょう?高耶さんも着なきゃダメですよ。これは本気で言ってるんです」
「……そうなんだ……」
寒くて腹痛起こすより、風邪を引くよりずっといい。自分ならば耐えられもするが、高耶さんが苦しんでいる姿など見たくもない。
「まあ今は繊維科学も発展してますから、温かい下着なんてたくさんあると思います。数年前にスポーツウェアのメーカーが発汗の水分を熱に変える繊維を開発したりしてましたからね」
「うーん、適当に探せばいいか。アウトドア屋とかあったらきっと売ってると思うんだ」
ようやく大量ショッピングを納得してくれた。
いろんな店を回って探そうな、と隣りで寄り添われた日には!昇天間近です!
まずはセーター。@デパートメント。
カシミアのセーターは安い値段のタートルを、と言われたが、やはり安い店のと高い店のを比べてみれば一目瞭然。
使われてる糸の量が違ったり、デザインで差がついたり、肌触りが雲泥の差なのだ。
シンプルなタートルネックセーターで、色も特にこだわりがないなら高価なものにしろと薦めて、3万の黒いセーターを強引に買った。
「こんな高価なセーター、初めてだ……。もったいない……」
「あなたにはこのぐらいの品がいいんです」
そうだな。高耶さんには高級なカシミアがよく似合う。あの細い肢体を包む美しいツヤのカシミア。
セーターを決めるのにかかった時間は1時間だったが、(決断するのに時間がかかったそうだ)似合うセーターを見つけてプレゼントするこの至福のためならなんのそのだ。
「たったセーター1枚買っただけで疲れた……なあ、昼飯にしねえ?」
「そうですね。原宿に移動がてらお昼ご飯にしましょうか」
歩いていると視線を感じる。他人の視線を高耶さんが奪っているのだろう。
どこにいても目立つ美しい立ち姿。渋谷なんかを歩いてると振り向くのは男女共で、高耶さんを狙う禽獣のような目をしている。
そんな彼を連れて歩くのは優越感があるが、人目に晒すのがもったいない。
私だけの高耶さんなのだ!見るな、下賤の輩ども!
「ガレット食べたい」
「ガレット?」
「そば粉のクレープ。この近くにガレットのうまい店があるんだって。知ってる?」
「ええ、確か……覚えていると思います」
「そば粉の、つったらやっぱそばの味がするのかな?これは信州っ子としては捨て置けねえじゃん!」
いったい誰にそんな店を聞いたのだ、と問おうとしたが「また妬く!」と怒られてしまうかもしれない。
ここは大人の余裕で黙っておくか。しかし気になるな……。いや、聞いてはいけない!
心の狭い男だと思われてしまう!
「早く行こうぜ!」
外側からはそこに店があるなんて思えない場所にその店はあった。
地下に行く細い階段を下って、木の風合いが優しい店内に入ると満席にはならない程度に混んでた。
本当にうまい店なのだというのがわかる。
「なんか……女が好きそうな店だな」
「…………」
しまった〜!!確かにここは数年前に女と来た店だった〜!!
どう言えば高耶さんのご機嫌を損ねずに説明が出来る?!
「今度美弥を連れてきてやろっと」
「そ、そうですね!美弥さんが好きそうなお店でしょう?」
「その時は直江も一緒に来ような?」
「はい、もちろんです!」
良かった〜〜〜!!何も聞かれなかった〜〜〜!!
ああ、心臓に悪い!
卵とハムのガレットをビクビクしながら食べて、その後原宿に向かった。
現在の原宿は高級ブランドショップが表参道に立ち並んでいる。
「次はコートですね。ちょっと大人っぽいものにしましょうか」
「スーツに合うやつな」
「ええ」
とある一軒のショップに入り、目当てのコートを探した。すでに春物が置かれているが、別の区画にはまだ冬物がしっかりと置いてある。
高級ショップには入りにくいと言っていた高耶さんのために、先にドアを開けてから背中を押して入った。
すると目ざとい店員が私を見つけて近寄って来た。
「お久しぶりです、タチバナさん」
よく見れば銀座店にいた顔見知りの男性店員だ。
「ああ、お久しぶりです。こちらの店舗に異動されたんですか?」
「はい、秋からなんです」
ちょうどいい。彼ならセンスもいいし高耶さんのコートを選んでもらおう。
「実は彼のコートを探しに来たんですが、似合うものを見立ててもらえませんか?」
「はい、かしこまりました」
見れば高耶さんは私の横で咎めるような顔をしている。
誰にも聞かれないようにこっそりとどうしたのか聞いてみたら。
「あんなこと言ってすっごい高いの出されたらどーすんだよ」
「いいじゃないですか。せっかくのパリなんですから。ね?」
「……そっか、せっかくのパリか……」
最近ようやく高耶さんの操縦方法を覚えてきた。目先の楽しみをチラつかせるとノリが良くなる。
私などはチラつかせられても動じない大人の男だが。フ。(チガウ)
店員が高耶さんを案内してコートの並ぶラックの前へ。
どのコートも間違いなく高耶さんに似合うに決まっているのだが、その中でも最高に似合う品を選んでもらおう。
「こちらは細身で若い人に似合うタイプですね。もちろんカシミアで軽い仕立てになってます」
「へ〜、あったかそう」
「袖を通してみてください」
試着をしてみろと言う店員に従って高耶さんがコートを着た。似合う……というより高耶さんのために作られたコートなのではないか。
「いいですね。よく似合ってますよ」
「そっか?」
テヘヘと笑いながら左腕を上げた高耶さんが見たものは。値札のタグだ。
「え?!」
見てはいけません、高耶さん!そんなものをあなたが見る必要はありません!
「これにしましょう!本当に似合いますからこれにしましょう!」
「でもコレ!」
「これにするんです!」
「ににに、にじゅうよ……」
「気のせいです!」
コートを無理矢理脱がせて店員にカードと一緒に渡した。
高耶さんはそれでも値段を確かめようとコートを追ったが強引に腕を掴んで阻止。
会計でサインをする際にも覗き込もうとしたがそれも女子中学生が弁当を隠すように手で隠して阻止。
「……あとでチェックするぞ……」
「……無粋な真似はやめてください……クリスマスプレゼントですよ……?」
「う……」
うまく切り返せたようだ……。たかが24万のコート程度で何をそんなに、と思うのだが、高耶さんの金銭感覚からすると愕然とする値段なのだ。
そのうちこのぐらいの買い物にも慣れてもらわねばならないな。一緒に住むのだから。
「限度額っていったいいくらなんだ……」
何かに取り憑かれたみたいな顔をして一人でブツブツと喋っている。
そんなに驚かせてしまったのだろうか。こういうものは徐々に慣れて行かせないとダメなのか。
「さあ、行きましょう!次は下着と靴下です」
今度はいくらなんでも何万もかからない下着と靴下だ。ここで一旦、高耶さんの意識を平常に戻してあげないといつまでも取り憑かれたままになってしまう。
放心状態の高耶さんをタクシーに乗せて新宿へ。アウトドアショップが駅前にある。そこで温かい下着や靴下が売っていたはずだ。
今年、この店のカタログのモデルをやった。出来上がったカタログを貰って見たから確実だ。
「……ここ?」
「はい。入りましょう」
店に一歩入るとポスターが目に飛び込んできた。
「直江だ……」
「ああ、まだ使われてるんですね。年間契約だったか」
森の中にある湖で撮った写真だ。アウトドアの服装をして小さな子供と朝食を食べている、という図だ。
設定は親子。食べているのはパンと焼いたハム。そばにはテントも張ってある。
「本物の親子みたいだな」
「ハーフの男の子でとっても可愛かったんですよ。英語しか喋れなくて、スタッフは苦労してました」
「そーいえば直江は英語ペラペラなんだよな?」
「ああ……最近はあまり話してないので忘れてますけどね。英語よりフランス語の方がまだマシなんじゃないでしょうか」
「んじゃパリで通訳頼むぞ」
「任せてください」
高耶さんはポスターを見て満足そうに笑ってから、エレベーターへ向かった。
エレベーターの中で二人きりになると、小さな声で言った。
「さっきのポスター、直江らしくて良かったよ」
「私らしい?」
「うん、なんつーか……優しい感じがよく出てた。いつもカッコつけて雑誌に写ってるだけじゃないんだな」
ちょっと引っかかる一言があったがスルーしておこう。
「オレはああいう直江の方が好きだな。あ、お父さんが似合うっていうわけじゃなくて、直江はああしてのんびり笑ってるのが一番いい顔するな〜ってこと」
そうだな。自分でもそう思う。角が取れたというか、力を抜いている自分の方がいい顔をする。
以前はブランド物のモデルのオファーばかりだったが、今はこうした柔らかいイメージのモデルとしてもオファーが来るようになった。
きっと高耶さんが私の心を柔らかく解してくれたんだろう。
「ほら、行くぞ」
手を引かれてエレベーターを降りて、ウェアのフロアで下着と靴下を選んだ。
新繊維の温かそうなワッフル地のセンスいい下着と、ウールの靴下。
なかなか洒落ていて下着という感じがしない。それを言ったら「インナーってゆーんだよ」とツッコミが入った。そうか、インナーと言うのか、今の時代は。
頭の中で高耶さんがインナーを着た姿を想像してみた。やはり高耶さんは何でも似合うなあ。
「これでクリスマス終了な」
「そうですね。帰って夕飯にしましょうか」
あれからまた色々な店を回って二人の両手は買い物袋で塞がった。
ほとんどが高耶さんへのプレゼントだったが、ひとつだけ高耶さんからのプレゼントがある。
ちょっと待ってろ、と言って休憩していた喫茶店から一人で抜け出して買ってきたものがそうだ。
先ほど行ったアウトドアの店の袋を持って戻ってきた。
それを差し出してクリスマスプレゼントだ、と言った。
「なんですか?」
「帰ってから見ろ」
何をくれたのかウキウキしながらタクシーで帰宅。
さっそく貰ったプレゼントを開けて見たら、何やら見覚えのあるものが。
「お揃い。せっかくだからパリでペアルックしよう」
先ほどのインナーと靴下が入っていた。
「ペアルック!最高ですね!」
「誰からも見られないけどな」
それでもいい!指輪だけでなく服もそうしたかった!!
インナーとはいえ高耶さんとペアルックなんて有頂天ジャーニーになりそうな予感!
「楽しみだな!」
「はい!ありがとうございます!」
小さな声で「メリークリスマス、直江」と言った高耶さんがとても幸せそうだったから、私は柔らかい笑顔で
彼を優しく抱きしめた。
「直江ってサンタみたい」
「……ずっと高耶さんのサンタでいさせてくださいね?」
「おう」
END
あとがき
直江サンタ!
直江ペアルック!
直江プラチナカード!
つまらない話ですいません。
オマケみたいなものとして
考えてください。