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2006年バレンタイン

直江の本命



 
 


ああ、やべえ。そろそろバレンタインだ。
修了制作で忙しいこの時期にバレンタインがあるなんて最低だぜ。なんでチョコ1個のために苦労しなきゃなんねーんだよ。
また赤っ恥かいてチョコ買うなんざ冗談じゃねえぞ!!

 

だからってチョコ以外のものを直江が欲しがるとは思えない。
直江は落ち着いた容貌とは裏腹にイベント事が大好きだからな……。
去年だって「チョコレートが欲しい!」ってハッキリ言ったぐらいだし。
しょうがねえ。今年もやっぱり時間も金もないことだから腹を括ってチョコ買いに行くか。

もちろんバレンタイン用のチョコは買えないから、ケーキ屋とかチョコレート屋とかで贈答用のを買うことにした。
今年の予算は去年と同じで3000円。……正直言って修了制作で布を買ってしまったオレには辛い金額だ。
だけど本命チョコだし、直江がどこかの女やファンに貰うチョコに見劣りするなんて、プライドが許さない。
だってオレは直江の本命なんだしな。

 

直江のチョコは最終的に『ラ・プレシューズ』って店のにした。
なんでかって?簡単に言うぞ。学校の帰り道に店があるからだ。
簡単すぎるからちょっと補足。直江が風呂に入ってる隙にネットで検索したんだ。そしたら学校の帰りに定期券を使って行ける店で、美味しそうで、高級感もあったからそこにした。
以上だ。

オレもそのチョコを食いたかったけど、余分な金はないから我慢だ。直江に一個貰えばいいや。

そんなわけでバレンタイン当日。
今日は一緒に過ごしてくださいって言った直江のために、まっすぐアパートに帰って、チョコを持って直江んちに行く予定だ。
直江本人はもちろん仕事で、今日はお台場の高級ホテルでファッションショーもあるイベントに出演してるはずだ。

このイベントはバレンタイン用のイベントで、高級チョコレートショップと洋服屋の宣伝でもある。
女性客をターゲットにチョコレートを売り、ホテルの店舗に入ってる洋服屋がカップルとしてのコーディネートをショーで見せる、そんなイベント。
だから今日の直江はきっと女のモデルと腕を組んだり、肩を抱いたりしてショーに出るはずだ。

なんだか悔しいけど大丈夫。だってオレが直江の本命なんだし。

ちょっとだけ直江のショーのことを考えてモヤモヤしながら修了制作をしていた。
今やってるのはシーチングってゆう安い布で服の形だけを作る作業。まずはシーチングで立体裁断てゆうのをする。立体裁断てのはヌードボディに布をピンでくっつけていって、型紙を使わずに服の形にするものだ。
ヌードボディは人間の上半身と腹部の布製マネキンだと思ってもらえばいい。
難しいようだけど、慣れると型紙を作るよりも簡単だ。

肩が凝ったからスカート用のシーチングを持って抜け出して(修了制作の時は抜け出せるんだ!けっしてサボってるわけじゃないぞ!)休憩室で缶コーヒーを飲みながらギャザーを作る作業をしていた。
同じように抜け出してきてるヤツも数人いる。

チクチクと運針をしていたら目の前のテーブルに何か置かれた。
顔を上げてみたら同じクラスの女の子だった。

「仰木くんにあげる」
「……チョコ?」
「うん。バレンタインだから」

けっこう高級な包装のチョコレートだった。もしかしてこれって……?

「ええと、その」
「受け取って。仰木くんに彼女がいるのは知ってるんだけど、やっぱり貰って欲しいから」
「あ……うん、ありがとう」

そして彼女はいなくなった。これって本命チョコだよな。どう考えても。
だけどオレに彼女、本当は彼氏だけど、いるのを知ってて渡してきたってことは、期待してないけど実は本命でした、って意味になるわけだよな?
いいのか?もらっちゃって……。

とりあえずチョコをシーチングで包んで隠した。矢崎たちに見つかったら何を言われるかわかんねーしな。
で、そのまま運針を続けてスカートのギャザーを完成させ、教室に戻った。

 

 

家に帰ってからカバンにチョコと修了制作のシーチングとお泊りセットを入れて直江のマンションに行った。
お泊りセットつっても下着ぐらいだけど。だって下着を直江んちに置いておくと何されるかわかんねーだろ?

直江が帰ってくるまでに夕飯を作る。バレンタインだからって特別なメニューにはしないけど、あとでチョコを食べるから和食はやめた。今日は直江の好きなレモン風味のパスタ。
パスタ3種類を茹でて、バターでエビとニンニクを炒めてから白ワインを入れる。そこにパスタを投入して和える。
あとはレモンをたくさん絞って混ぜる。終わり。簡単だろ?

それに野菜を細かく切って緑黄色野菜とキャベツのコールスローサラダ。
軽く茹でたアスパラにベーコンを巻いて、それをオリーブオイルで焼いたもの。付け合せはクレソン。
直江が帰ってきてから下準備しておいたパスタとベーコン巻きを仕上げてキレイに盛り付けすればOKだ。

準備が終わってから直江の携帯にメールを入れた。

『今日は何時ごろに帰ってくる?』

そしたらすぐに電話がかかってきた。

「直江?」
「はい。もうマンションにいるんですか?」
「うん。夕飯の準備も終わった。何時ごろに帰ってくんの?」
「もう着きました。窓から見て」

バルコニーから外を見たら直江がタクシーから降りてるとこが見えた。
上を見上げて手を振ってる。恥ずかしいなあ……。
だけどここで無視したら後でうるさく文句を言われるからオレも小さく手を振った。

「切るぞ」
「ええ、じゃあすぐに帰りますから、玄関まで迎えにきてくださいね」
「わかったよ」

玄関で待ってないといけないかな?一応、バレンタインなんだもんな。
そう思って玄関のライトをつけて待ってみた。3分後、直江が自分で鍵を開けて帰ってきた。

「おかえり」
「本当に迎えに出てくれたんですね!」

直江は両腕を広げてオレを抱いてから、壁に押し付けてチューした。そんなに嬉しかったのか。

「ただいま、高耶さん」

……直江?おまえ……。

「……もっとキスしていい?」
「ダメ」

腕から抜けてキッチンに夕飯の仕上げをしに行った。直江はその後をついてくる。
本当はもっとしても良かったんだけど、直江のチューがチョコレート味だったから。
いったいどこの誰にチョコレートを貰って食ったんだ?オレが本命のはずなのに、先にチョコ貰って食いやがって。

「高耶さん?」
「着替えたら手を洗ってうがいしろよ。その間に夕飯完成させるから」
「……あの」
「ん?」
「どうして急に不機嫌になったんですか?」
「……なってないよ。いいから着替えろっての」
「はあ……」

別に不機嫌になったわけじゃない。ちょっとだけ気に入らないだけだ。
帰ったらオレからチョコをもらえるってわかってるはずなのに、本当は好きでもないチョコを食ったなんて、女から貰って目の前で食ったってことなんじゃねーの?

下唇がいつの間にか突き出てた。不機嫌な証拠を直江に見られないように元に戻して、パスタを温めたソースと和えて、ベーコン巻きをフライパンで焼く。サラダは冷蔵庫から出しておく。
盛り付けをしてる時に直江が戻ってきた。

「手伝いましょうか?」
「いい。もうできるから」

白い四角い皿にベーコン巻きを6本、格子みたくして盛り付けた。脇にクレソンを置いて、バジルソースをかけて完成だ。パスタは紺色の大きい皿にドバっと乗っけて、コールスローは白い陶器の底の深い容器に。

「美味しそうですね」
「当然だ」

不機嫌になったらいけないって思いつつも、冷たい返答をしてしまう。直江が呆れてるのがわかる。

「高耶さん」
「……だって」
「何ですか?何でも言っていいんですよ。隠し事はなしでしょう?」
「さっきチューしたらチョコレート味がした」

そこでようやく気が付いたみたいだ。直江の眉間にシワが寄る。

「すいません……そこまで気にするとは思ってなくて……」
「バレンタインなのに。オレからチョコもらえるの、わかってたんだろ?」
「はい……」
「誰に貰ったんだ?ファンの人?モデルさん?」
「え?」
「ん?」

何か食い違ってるらしい。それに気が付いた直江は溜息をつきながら椅子に座った。

「私が食べたのは、イベントで配られたチョコレートですよ。言ったでしょう?バレンタインのイベントだって。お店の人が帰りがけに一個ずつ配ってくれたので、それを頂いたんです」
「……へ?」
「貰ったと言われれば貰ったものですが、女性からではありません。実際にお店の人は男性でしたしね」
「……な〜んだ〜!」

くだらねえ!オレ、そんなこと気にしてたのか!バカ丸出しじゃんか!

「……妬いてくれたんですか?」
「う」
「それはそれは可愛いヤキモチですねぇ。まったくあなたって人は」

ニヤニヤ笑って楽しそうにしてる。なんか負けた気分だ!!

「高耶さんてば」
「うるさい!」
「確かにね、高耶さんのことだからお店で配ったチョコレートでも、高耶さんからのものよりも先に食べるってことを気にするかもしれないとは思いました。だけど私が大事な日に女性からそんなものを貰っても、食べないってことぐらいわからないんですか?」
「……わかるわけねーだろ。おまえは女好きだったんだから」
「今は高耶さん好きですけどね」

つまんない洒落みたいなのを言ってもっとニヤニヤした。
オレにヤキモチ妬かせるの、けっこう好きなんじゃねーかよ。嫉妬しなくていいなんていつも言ってるくせに。

「こういう日に妬いてもらえるのは嬉しいものですね」
「アホか!さっさと夕飯食え!食い終わったらオレからのチョコがあるんだからな!わかってんだろうな!」
「わかってますとも。さ、いただきましょう」

くそ〜。直江に優越感を持たせちまった!!オレってばどうしてこうなんだ!

「楽しみです、チョコレート」
「もう黙れ!」
「はいはい」

失敗した〜!!

 

 

直江にチョコを食わせて、オレも貰って食ってたらチューされた。チョコレートがふたりの口の中を移動した。
チョコが嬉しいのか、チューが嬉しいのか、それともこんなエッチくさいチューをしてるって感覚が嬉しいのかわからないけど、直江はずっとニコニコしっぱしだった。

「高耶さん」
「なんだ?」
「どうして私にチョコレートをくれたんですか?」

は?どういう意味だ?いまさら。

「バレンタインだからだろ」
「そうではなくて」
「んん?だってそれしかねーじゃん」
「……じゃあ、バレンタインはどうしてチョコレートを渡すんでしたっけ?」

そうゆうことか。言わせたいわけか、オレに。

「直江が好きだからチョコレートを渡したんだよ」
「私も高耶さんが好きです」
「……うん」

負けでもいいや。こんなに幸せそうに好きだなんて言ってくれるなら。

「直江」
「はい」
「大好きだぞ」
「はいっ」

それからまたチューをした。嬉しそうな直江のせいでオレまで嬉しくなってくる。
バレンタインてこうゆうのがあるから女の子はやめられないんだろうな〜。わかるな〜。

 

 

で、それから数時間後。
明日の学校の準備をするためにシーチングにアイロンをかけておこうとして出した。
地の目ってのを揃えるためのアイロンがけだ。

シーチングを出してからアイロンを温めてる間に、ついでに直江の服もアイロンかけておくか、と、シャツが入ってるクローゼットから出してる時だった。

「あああああ!!」

直江の叫び声がした。

「なんだ?!」

リビングで打ちひしがれてる直江がいた。

「直江?!なんだよ、どうした?!」
「こ……これは……」

直江の手の中にあったのは、学校で貰ったチョコだった……。
や……やばい……。

「高耶さん!なんですか、これは!!」
「深い意味のもんじゃないから!」
「だけど受け取ったんですよね?!断らなかったんですよね?!」
「そ、それは〜!」
「ああ……もう終わりだ……男の私なんかよりも可愛い女の子を選ぶ高耶さん……そして抜け殻になり高耶さんの影を追って一生泣き暮らす私……」

妄想に突入しやがった!やっべー!!

「直江っ!違うんだ!それは本当に本当に本当に違うんだ!!戻ってこい!!」
「落ちぶれてアル中になる私……高耶さんは幸せな家庭を築き……」
「直江〜!!!」

 

チョコレート、そう簡単に貰っちゃいけないぞ、男性諸君。
オレは妄想に突入した直江を戻らせるのに1時間もかかったんだから。
しかも最終的にはまた直江に負けた気分になったんだから。

はあ……どうしてこいつは放っておけないんだろうな。オレよりひどいヤキモチ焼きだ。
でもまあ、いいか。
直江の本命はオレしかいないんだから。

 

 

END

 

あとがき

言い訳はしません。
似たような話しかかけなくて
すいません。
だって直江と高耶さんなんだもん!

   
       
 

 

 

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