同じ世界で一緒に歩こう

33

好きだから


 
   

 


またもや修了制作のための3学期が始まった。
去年はグループ制作だったけど、今回は各自最初から最後までコンセプトを一貫して決めて作る。優秀者は卒業展示会でプレゼン用ボードからデザイン画から服から全部を展示されることになってる。

今回のオレのコンセプトはズバリ『アラビア』だ。
アラビア風ってよく言うだろ?ああいう感じ。

実は秋に直江と世田谷美術館てとこに行ってきた。そこでやってるアラビア風な展示に感動してこのテーマになったわけ。
前回のテーマが『ビザンチン』だったから、今回はこのアラビアでやってみようと思った。

そんでプレゼンのためのボードには旅行パンフだの雑誌だのから切り取ったアラビア様式のものを貼り付けたコラージュにしたり、アラビア、もしくはイスラム美術を調べてそんな感じの模様をいくつか作ってみたりしてプレゼン発表した。
それがけっこういい点数をもらえたもんだから、今回はパターンや縫製も意識してデザイン画を考えてみた。

「どうだ!」

納得の行くデザイン画が出来たから直江に見せる。

「いいですね。レトロな感じのシルエットで。少し派手なような気がしますけど、わざとですか?」
「わざとだ。モスクのモザイクタイルをイメージしてみた!」

スカートは傘みたいな感じに広がるやつ。モスクのドームをイメージして形を作って、色は旅行パンフで見たイズニックタイルの青と黄色を使った感じの模様を入れる。身頃は昔のアラブの兵隊の上着に似せて、それを女性用にアレンジしてノースリーブにしてある。んで、肝心なのはパターンの複雑化。上着をだいぶ難しいパターンにしてみた。生地は黒のベロアで、丈はウエストまでで、前の袷がドレープになってて首のところのボタン一個で留めるようにして、袖は二の腕のところにねじりを入れて流線型を取り入れた。

「よくこんなデザインが思いつきますね」
「そりゃ勉強頑張ってるもん。このぐらい出来なきゃ」
「……なんだか、このままでいたら高耶さんが遠い存在になりそうです」
「は?」
「売れっ子デザイナーとして活躍して、すごく有名になって、私なんか邪魔になるほど忙しくなって、いつか捨てられてしまうような、そんな気がして」
「んなことあるわけないじゃん」
「ですよね……」

オレが直江を捨てるなんてありえるわけないのに。

「んーと、オレが頑張ってるのは直江と一緒にショーとかやれたらいいな〜っていうのがあるわけ。今は直江に追い付こうとしてるとこだから、そんな心配しなくてもいいんだよ」
「はい、わかりました」

だけど直江は眉毛を下げて寂しそうにしてる。

「直江?」
「はい?」
「今日、泊まってっていい?」
「ええ。もちろんですよ。そうしてください」

デザイン画を片付けて夕飯を作り、いつものように交代で風呂に入って、リビングでイチャイチャして。
それでも直江の不安は消えないみたいで、時々寂しそうな顔をする。
だからいつもはしてもらう一方だったけど、今回はオレが直江を抱きしめて、頭を撫でて、チューしてやったりしてた。

「そんな顔すんな」
「すいません……」
「エッチしないの?」
「やめておきましょう。今したら、たぶん乱暴にしてしまうから。怪我させそうで怖いんです」
「ん……」

直江の不安がわからないわけじゃないから、そっとしておくことにした。
オレだって直江が遠いところにいるような錯覚を受けて不安な気持ちの時にエッチされたら、泣いたり罵ったりしちゃってたし。
そんな時はそっとしておくのが一番かも。

「なあ、直江。寝たか?」
「いえ、まだ」
「……愛してるよ」
「……私も、です」

たまには直江を胸に抱きながら寝るのも悪くない。大きな犬が懐いてるみたいで可愛い。
直江に何をされたって好きだって思うのに、捨てるわけない。わかってほしくてずっと抱いてやってた。

 

 

スカートの生地になるような織りの布がなかなか見つからなくて困ってしまった。提出までには1ヶ月半あるからまだ余裕なんだけど、もし生地がないなんてことになったら大変だ。青い布に黄色で刺繍をしなきゃいけなくなるかも。
そんな話を直江にしたら、出かけた先に布屋があったら探してみるって言ってくれた。
うまい具合に直江は香港でのショーで一泊するから、香港で探してみてくれるって。
香港はいろんな人種の人がいるから、もしかしたらアラビア方面の人が出してる服屋か何かで見つかるかもってことだ。

イメージを直江にガッチリ教えて、土日の香港出張(?)の朝、送り出した。

「気をつけてな。一人で出歩くなよ。無理して探さなくてもいいからな。あと、生水は飲むなよ。えっと、ええっと」
「大丈夫ですよ。心配しないで。たかが一泊ですし、一蔵がずっと一緒なんですから」
「うん。あと、浮気すんなよ?」
「誓ってしません。じゃあ、行ってきます」

おでかけチュー&ギューをして、直江は出て行った。

昼近くに香港から電話が来て、直江がホテルに着いたことを知った。今からリハーサルをして、夕方のプレミアムショーが本番なんだって。
直江はこうして世界中を飛び回る。オレと付き合いだしてから少し海外に行くのを減らしたらしいけど、近いところや、どうしてもタチバナでないとダメっていうショーや撮影はどこへだって出かけて行く。
こういう時、直江が遠い存在に感じるのはオレだって同じだ。片や売れっ子モデル。片や平凡な専門学生。
どうしたってオレが追いかけてる感じじゃないか。
だから頑張るしかないじゃん。

修了制作のスカートの部分は最後に回して、直江んちでもできる身頃とジャケットの布を切る作業に入った。
もしスカートの布が見つからなかったら刺繍をするしかないけど、ギャザースカート全面に入れる刺繍なんか気が遠くなる。もし無理そうだったら黄色い布を型に合わせて切って、それを縫い付けるか、アイロンプリントみたいな布を買ってきて貼り付けるかしよう。

その夜は眠くなるまで制作をして、寂しいベッドでひとりで寝た。

 

 

翌日の夕方まで寂しさを紛らわせるようにして制作をやってたら、直江が一蔵さんと一緒に帰ってきた。

「おかえり〜!」
「ただいま、高耶さん」

本来だったら直江にチュー&ギューをしてもらうとこなんだけど、今回は一蔵さんがいるから後回し。チ。

「留守番お疲れさま!」
「うん」

リビングに広げた布とデザイン画を見て一蔵さんが思い出したように言った。

「タチバナさんが買ってた布ってコレで使うのか〜」
「直江、布見つかったのか?」
「ええ……でもちょっと違うかもしれないんですが」

言いよどんだ直江が出してきたものはオレのイメージから少しだけ離れてはいたけど、確実にマッチする布だった。粗い織りの青シルクサテンに山吹色の機械刺繍がしてあるキルティング。黄色と山吹色の差とキルティングっていう部分がイメージとは違ったんだけど、逆にいいかもしれないって思うようなものだった。

「すっげー!最高!よく見つかったな!」
「そりゃそうだよ。だって香港に着いてすぐ、香港在住のモデルさんに聞いて布屋を探し回ったんだから」
「直江が?」
「聞いたのはタチバナさんだけど、探したのは俺だよ」

直江は決まり悪そうにオレから視線を外した。直江が探し回れないのはわかってるからいいのに。

「ありがとな。イメージ通りのものが作れそうだ」

直江のカバンを置いた一蔵さんは会社の車のキーを持って出て行った。明日はゆっくり休んでくれって言いながら。

「明日って休みなんだ?」
「ええ」
「じゃあ学校から帰ったら来るよ」

香港のお土産を貰ってから夕飯作りに入った。
先週からずっと直江は寂しそうな目をしてるのが気になってしょうがない。さっきも、今もだ。

「なあ」
「はい?」
「なんでそんな顔してんの?この前からずっとさ。遠いとこなんか行かないって言ってるのに」
「わかってはいるんですが……」
「信じてくれていいよ。オレはこの先、ずーっと直江のそばにいるつもりなんだから」
「……はい」

ようやく笑顔が戻った直江に飾り棚にある最高級ブランデーを出してやって機嫌を取った。
オレももう堂々と飲めるようになったから少しだけグラスに入れて飲んだ。オレにはまだ味はわからないけど。

「もし直江がモデルを辞めても、オレは一緒にいるつもりだからな。何をしてたって直江は直江だ。オレが大好きな直江に変わりはないんだし」
「ええ。でもそうなったら高耶さんの足手まといになるような気もするんですよね」
「なんで?」
「普通のオジサンと、デザイナーになった高耶さんが付き合ってるなんておかしくないですか?」

ちょっとだけカチンときて、膨れっ面しながら反論した。

「だったら今の方が変だろうが。普通の平凡な学生と、海外からもオファーが来るトップモデルが付き合ってんだぞ。しかも友達とかじゃなくて、れ……恋愛関係なんて」
「そうでしょうか?」
「そうだよっ」

直江はたまにボケってゆーかバカってゆーか、そんなだから今の状況とかわかってないのかも。

「だけど、高耶さん」
「なんだ?」
「私たちって同等じゃないですよね?」
「へ?」

そんなこと考えてなかったって言ったら嘘になるけど、そんな言われ方は意外だった。

「いつもあなたが私に色々なものを与えるでしょう。たまに私からあなたに伝えたいことがあって、それを出すこともありますが、基本的にはいつもあなたが解決してる。私はそれを受けるだけで、あなたに何もしてあげてない。あなたが教えてくれることばかりで……」
「そんなことないよ!」
「ありますよ。私は大人としての常識を言うだけですけど、あなたは人間性ってものの大事な部分をいつも教えてくれるんです。そんなあなたが大人になって、成功したら、私なんか必要なくなるんじゃないかって不安になるんです」

バカでバカでどうしようもなくて抱きしめた。こいつはこうしてやんないとわからないから。

「必要で付き合ってんじゃねえよ。バカ。好きで付き合ってんだ。直江が好きだからだ」
「だけど」
「直江には優しさだとか、愛情だとか教えてもらってる」
「でも、あなたを好きな人だったらそんなものは誰でも持ってるでしょう?誰だってそれをあなたに与えられるでしょう?」
「直江からのがいいんだ。いい加減わかれ」

それでも直江はわからないみたいで黙り込んでしまった。なんで伝わらないんだろう?

「どうしてあなたが私を好きなのか、わからないんです。最近は特に」

そういえば直江を好きになった理由を一回も教えたことがなかったっけ。恥ずかしいから言わずにいたんだっけな。

「私があなたの特別になれたのはどうしてなのか、いくら考えてもわからないんです」
「それは……」

最初はトップモデルのくせに腰が低くていいヤツだなってだけだったけど、いつのまにかそれだけじゃなくなった。
一緒にいて楽しくて、ご飯もご馳走してくれて、面白い行動が多くて。
それに。

「オレって生意気じゃん。ひとりで突っ張ってる感じでさ。素直になれないってゆーか。だけど直江といるとそうゆうの全部なくなるんだよな。直江が優しいからってのもあるけど、それだけじゃなくて、なんつーか……親とは違った意味で包み込む感じがして、安心するんだよ。安心して自分を出していいって思えるんだ。泣いたり怒ったりするのを誰だってガマンしてるもんだけど、直江にだけはそうしなくていいみたいな……甘えていいからってゆーんでもなくて、駆け引きだとか相手の顔色を伺うだとか、しなくていいのは直江だけだったから、好きになったんだ。うまく言えねーけどさ」

今までそんな相手は誰もいなかったから。直感的にこいつしかいないって思った。

「直江は違う?オレといても顔色伺ったりする?」
「いえ……」
「オレしかいないって思ってくれてる?」
「もちろんです」
「それと同じだろ。オレだって直江しかいないって思ってるもん」

直江がいない毎日なんか想像すらできない。出会うまでどうやって生きてたかも思い出せないほどなのに。

「それでも不安か?」
「私は……あなたに愛してるって言ってもらえる資格はないような気がするんですよ」
「なんで?まだわからないのか?」

テーブルに出してあるシルクサテンのキルティングを見ながら、直江は白状した。

「あの布、あなたに渡したくなかったんです」
「なんのこと?」
「一蔵が言わなければ、出すつもりなかったんです」
「どうして……」
「布がなかったら服を完成したとしても、イメージとは違ったものになってたでしょう?成績が悪くなれば、就職もうまくいかないかもしれない。それを望んだんです」

どうして直江がそんな、オレの不利になるようなことを……。

「あなたがどんどん先に行ってしまうような気がしてるから、留めておきたくて。いつか私の手を邪魔に思って振り払うかもしれないから、これ以上あなたが先に行かないように……。こんな男はあなたを好きでいる資格さえないんですよ」

いつもの優しい手がオレの体を自分から離そうとして肩を押す。直江が離れていく。そんなのイヤだ。

「呆れた?嫌いになりそうですか?」
「ならない!!絶対ならない!!」
「愛しすぎて、逆にあなたを追い込むような男なんですよ?」
「なるわけないだろ……そーゆー気持ち、オレにだってあるんだから」

肩を押す直江の両手を取って、手を繋いだ。

「本当だったら直江が海外のショーとかにたくさん出るのを喜ばないといけないだろ。だけど最近、長く海外に滞在しなくなったのが嬉しくてしょうがない。いつもオレを優先させてることが、仕事の支障になってるの知ってるんだ。あ、いや、支障つってもおまえは相変わらずトップモデルだけど」
「高耶さん……?」
「やってることはおまえと同じだ。好きすぎて追い込んでる。だからわかる。そんなの言い出したらオレだっておまえに愛される資格はないんだよ。だけど直江がずっとトップにいるからオレも頑張って働けるようにならないといけないだろ?そのためにもやってる勉強なんだからな。離れるためじゃなくて、おまえと一緒にいるために」

オレがなりたいのは直江よりも先に立つ人間じゃなくて、直江と並んで歩ける人間だ。わかってほしい。

「だから直江が不安がることは何もないんだよ。わかったか?」
「……わかりました」
「それに」
「はい?」
「そうゆうの抜きにしても、オレはおまえを愛してる。純粋に、愛してるってだけで、もうオレは満足なんだよ」
「私も、です」

いつもみたくギューって抱いてくれて……いや、いつもよりもずっと強く、優しく抱きしめてくれた直江はオレが知らない世界を教えてくれた。
たぶんこれが満たされた世界ってやつだと思う。

 

 

直江のおかげで服が完成した。相変わらずオレが作る服は美弥が着て似合うような乙女ちっくなドレスばかりで同級生に「男のくせに」みたいな顔をされるけど、あんまり気にならない。
仲のいい矢崎や兵頭は美弥のためのドレスがコンセプトだって知ってるからな。分かり合える友達ってのはいいもんだ。
それにだって直江が完成品を見てすごいって言ってくれるから。

残念ながら卒展には展示されなかったけど、気になってたパターンと縫製の成績も上がってたし、デザインとテキスタイルも好成績だった。
オレにしては快挙だ。

で、直江はというと、少しだけ海外の仕事も増やした。だけど滞在期間をメチャクチャ短くしてヨーロッパなのに2泊3日とか、香港とか近場のアジアだったら日帰りだとか、無茶なスケジュールにしてるらしい。
オレと少しでも離れるのが苦痛だとかで。
マネージャーさんは大変だろうけど、オレと直江のラブラブライフのために頑張ってもらうしかない。
それにオレとのラブラブライフがうまくいってればいってるほど、直江の輝き(?)も増すんだしな。大事なトップモデルと事務所の利益のためにガマンしてもらうしかないよな。

「でもさ〜、いくら近場のアジアだって一泊ぐらいじゃないと疲れるんじゃねーの?」
「いえ、最終便で帰ってあなたの笑顔を見るほうがよっぽど癒されますから」
「過労死なんてやめてくれよ?」
「そうですね……あなたが『もっとして』って言わなければ過労死はないでしょうね」
「……バカじゃねえの!!」

それでも直江を好きなオレってどうかしてる?なあ、どうかしてる?!

 

END

 

 

あとがき

そろそろ佳境に入ってくるので
ここらで伏線を張らして頂きます。
だけど高耶さんも直江も
お互い大好きでたまらないらしく
暴走するかもしれません。
ギャグとか甘いのとかで。