同じ世界で一緒に歩こう 33 |
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今回のオレのコンセプトはズバリ『アラビア』だ。 実は秋に直江と世田谷美術館てとこに行ってきた。そこでやってるアラビア風な展示に感動してこのテーマになったわけ。 そんでプレゼンのためのボードには旅行パンフだの雑誌だのから切り取ったアラビア様式のものを貼り付けたコラージュにしたり、アラビア、もしくはイスラム美術を調べてそんな感じの模様をいくつか作ってみたりしてプレゼン発表した。 「どうだ!」 納得の行くデザイン画が出来たから直江に見せる。 「いいですね。レトロな感じのシルエットで。少し派手なような気がしますけど、わざとですか?」 スカートは傘みたいな感じに広がるやつ。モスクのドームをイメージして形を作って、色は旅行パンフで見たイズニックタイルの青と黄色を使った感じの模様を入れる。身頃は昔のアラブの兵隊の上着に似せて、それを女性用にアレンジしてノースリーブにしてある。んで、肝心なのはパターンの複雑化。上着をだいぶ難しいパターンにしてみた。生地は黒のベロアで、丈はウエストまでで、前の袷がドレープになってて首のところのボタン一個で留めるようにして、袖は二の腕のところにねじりを入れて流線型を取り入れた。 「よくこんなデザインが思いつきますね」 オレが直江を捨てるなんてありえるわけないのに。 「んーと、オレが頑張ってるのは直江と一緒にショーとかやれたらいいな〜っていうのがあるわけ。今は直江に追い付こうとしてるとこだから、そんな心配しなくてもいいんだよ」 だけど直江は眉毛を下げて寂しそうにしてる。 「直江?」 デザイン画を片付けて夕飯を作り、いつものように交代で風呂に入って、リビングでイチャイチャして。 「そんな顔すんな」 直江の不安がわからないわけじゃないから、そっとしておくことにした。 「なあ、直江。寝たか?」 たまには直江を胸に抱きながら寝るのも悪くない。大きな犬が懐いてるみたいで可愛い。
スカートの生地になるような織りの布がなかなか見つからなくて困ってしまった。提出までには1ヶ月半あるからまだ余裕なんだけど、もし生地がないなんてことになったら大変だ。青い布に黄色で刺繍をしなきゃいけなくなるかも。 イメージを直江にガッチリ教えて、土日の香港出張(?)の朝、送り出した。 「気をつけてな。一人で出歩くなよ。無理して探さなくてもいいからな。あと、生水は飲むなよ。えっと、ええっと」 おでかけチュー&ギューをして、直江は出て行った。 昼近くに香港から電話が来て、直江がホテルに着いたことを知った。今からリハーサルをして、夕方のプレミアムショーが本番なんだって。 修了制作のスカートの部分は最後に回して、直江んちでもできる身頃とジャケットの布を切る作業に入った。 その夜は眠くなるまで制作をして、寂しいベッドでひとりで寝た。
翌日の夕方まで寂しさを紛らわせるようにして制作をやってたら、直江が一蔵さんと一緒に帰ってきた。 「おかえり〜!」 本来だったら直江にチュー&ギューをしてもらうとこなんだけど、今回は一蔵さんがいるから後回し。チ。 「留守番お疲れさま!」 リビングに広げた布とデザイン画を見て一蔵さんが思い出したように言った。 「タチバナさんが買ってた布ってコレで使うのか〜」 言いよどんだ直江が出してきたものはオレのイメージから少しだけ離れてはいたけど、確実にマッチする布だった。粗い織りの青シルクサテンに山吹色の機械刺繍がしてあるキルティング。黄色と山吹色の差とキルティングっていう部分がイメージとは違ったんだけど、逆にいいかもしれないって思うようなものだった。 「すっげー!最高!よく見つかったな!」 直江は決まり悪そうにオレから視線を外した。直江が探し回れないのはわかってるからいいのに。 「ありがとな。イメージ通りのものが作れそうだ」 直江のカバンを置いた一蔵さんは会社の車のキーを持って出て行った。明日はゆっくり休んでくれって言いながら。 「明日って休みなんだ?」 香港のお土産を貰ってから夕飯作りに入った。 「なあ」 ようやく笑顔が戻った直江に飾り棚にある最高級ブランデーを出してやって機嫌を取った。 「もし直江がモデルを辞めても、オレは一緒にいるつもりだからな。何をしてたって直江は直江だ。オレが大好きな直江に変わりはないんだし」 ちょっとだけカチンときて、膨れっ面しながら反論した。 「だったら今の方が変だろうが。普通の平凡な学生と、海外からもオファーが来るトップモデルが付き合ってんだぞ。しかも友達とかじゃなくて、れ……恋愛関係なんて」 直江はたまにボケってゆーかバカってゆーか、そんなだから今の状況とかわかってないのかも。 「だけど、高耶さん」 そんなこと考えてなかったって言ったら嘘になるけど、そんな言われ方は意外だった。 「いつもあなたが私に色々なものを与えるでしょう。たまに私からあなたに伝えたいことがあって、それを出すこともありますが、基本的にはいつもあなたが解決してる。私はそれを受けるだけで、あなたに何もしてあげてない。あなたが教えてくれることばかりで……」 バカでバカでどうしようもなくて抱きしめた。こいつはこうしてやんないとわからないから。 「必要で付き合ってんじゃねえよ。バカ。好きで付き合ってんだ。直江が好きだからだ」 それでも直江はわからないみたいで黙り込んでしまった。なんで伝わらないんだろう? 「どうしてあなたが私を好きなのか、わからないんです。最近は特に」 そういえば直江を好きになった理由を一回も教えたことがなかったっけ。恥ずかしいから言わずにいたんだっけな。 「私があなたの特別になれたのはどうしてなのか、いくら考えてもわからないんです」 最初はトップモデルのくせに腰が低くていいヤツだなってだけだったけど、いつのまにかそれだけじゃなくなった。 「オレって生意気じゃん。ひとりで突っ張ってる感じでさ。素直になれないってゆーか。だけど直江といるとそうゆうの全部なくなるんだよな。直江が優しいからってのもあるけど、それだけじゃなくて、なんつーか……親とは違った意味で包み込む感じがして、安心するんだよ。安心して自分を出していいって思えるんだ。泣いたり怒ったりするのを誰だってガマンしてるもんだけど、直江にだけはそうしなくていいみたいな……甘えていいからってゆーんでもなくて、駆け引きだとか相手の顔色を伺うだとか、しなくていいのは直江だけだったから、好きになったんだ。うまく言えねーけどさ」 今までそんな相手は誰もいなかったから。直感的にこいつしかいないって思った。 「直江は違う?オレといても顔色伺ったりする?」 直江がいない毎日なんか想像すらできない。出会うまでどうやって生きてたかも思い出せないほどなのに。 「それでも不安か?」 テーブルに出してあるシルクサテンのキルティングを見ながら、直江は白状した。 「あの布、あなたに渡したくなかったんです」 どうして直江がそんな、オレの不利になるようなことを……。 「あなたがどんどん先に行ってしまうような気がしてるから、留めておきたくて。いつか私の手を邪魔に思って振り払うかもしれないから、これ以上あなたが先に行かないように……。こんな男はあなたを好きでいる資格さえないんですよ」 いつもの優しい手がオレの体を自分から離そうとして肩を押す。直江が離れていく。そんなのイヤだ。 「呆れた?嫌いになりそうですか?」 肩を押す直江の両手を取って、手を繋いだ。 「本当だったら直江が海外のショーとかにたくさん出るのを喜ばないといけないだろ。だけど最近、長く海外に滞在しなくなったのが嬉しくてしょうがない。いつもオレを優先させてることが、仕事の支障になってるの知ってるんだ。あ、いや、支障つってもおまえは相変わらずトップモデルだけど」 オレがなりたいのは直江よりも先に立つ人間じゃなくて、直江と並んで歩ける人間だ。わかってほしい。 「だから直江が不安がることは何もないんだよ。わかったか?」 いつもみたくギューって抱いてくれて……いや、いつもよりもずっと強く、優しく抱きしめてくれた直江はオレが知らない世界を教えてくれた。
直江のおかげで服が完成した。相変わらずオレが作る服は美弥が着て似合うような乙女ちっくなドレスばかりで同級生に「男のくせに」みたいな顔をされるけど、あんまり気にならない。 残念ながら卒展には展示されなかったけど、気になってたパターンと縫製の成績も上がってたし、デザインとテキスタイルも好成績だった。 で、直江はというと、少しだけ海外の仕事も増やした。だけど滞在期間をメチャクチャ短くしてヨーロッパなのに2泊3日とか、香港とか近場のアジアだったら日帰りだとか、無茶なスケジュールにしてるらしい。 「でもさ〜、いくら近場のアジアだって一泊ぐらいじゃないと疲れるんじゃねーの?」 それでも直江を好きなオレってどうかしてる?なあ、どうかしてる?!
END
あとがき そろそろ佳境に入ってくるので
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