同じ世界で一緒に歩こう

番外編
2005年6月発行のオフ本のおまけペーパーより

ある日のひととき


 
   

 


「のぶたん」

俺の顎が外れそうになった。

そりゃ私だっていつまでも直江って名字で呼ばれるのかって懸念はありましたけどでもいきなりのぶたんと呼ばれるというのもいささか的外れでどうせなら段階を踏んで信綱さんとか信くんとか信ちゃんとかそう呼ばれる想像をしてニヤけてたこともなきにしもあらずだったんですがまあヨシアキと呼ばれるよりはマシっちゃマシなんですけどだからっていきなりのぶたんなんて高耶さん!!

「どした?」
「いえ、あの、なんでしょうか?」

とりあえず平静を装って返事をしてみた。

「この呼び方、気に入らないか?」
「いえ!そういうんではないんですが!ちょっと驚いたというか」
「じゃあ『のぶたん』でいいか?」

そうやって上目遣いで眉毛を下げて私を見るのはやめてください!可愛いじゃないですか!眩しいじゃないですか!

「高耶さん!」
「うわ!」

やはり辛抱仕切れなくてギューギューに抱きしめてしまった。ふたりでこのまま窒息して昇天したっていい!

「苦しい!のぶたん!苦しいから離せー!」
「す、すいません!」

腕から解放すると大きく深呼吸して高耶さんは私を見た。それはそれは美しく潤んだ瞳で。

「あー、もう本当に窒息するかと思った。どうでもいいけどその馬鹿力でギューギューすんのよせ」
「はい……二度としません……」
「い、いや、二度とって、たまにはいいんだけど」
「そうですか?!」

そうか!こうされるのはイヤではないんだな!ああ、俺はなんて幸せ者なんだ!こんなに高耶さんから愛されて!

「なお……のぶたん」
「はいッ」
「今日はどんな仕事があったんだ?」

いつものように私のマンションに高耶さんがお泊りに来ている。夕飯も終え、リビングのソファでまったりと愛のひとときを過ごしている。それが現在だ。

「今日は雑誌の企画会議に出席したんですよ。新しく発行されるメンズ雑誌のキャラクターに登用されるので、その企画会議です」
「すっげー!毎月その雑誌に載るってことだろ?!」
「最初の数ヶ月だけの契約です。そこまでフィーチャーされるようなモデルでもありませんからね」
「そっかな〜?のぶたんだったらフィ、フィーチャー?注目されて当然な気がするけどな」
「けど、そうなったら高耶さんが困るでしょう?デートも出来なくなりますよ?」
「それは困る〜!」

ダメだ……高耶さんが笑ってようが、目をキラキラさせて驚こうが、眉間にシワを寄せて考え込もうが、困った顔で膨れっ面しようがどんな姿でもメロメロに参ってしまう!正真正銘高耶さん病になってしまった!もうこの病は治らなくたってかまわない!
高耶さん病になった私を優しく介抱する高耶さん。毎日のキスとエッチで俺を治そうと必死な高耶さん。いえいえ、そんな、それは俺の病をますます悪くするだけですってば!

「オレのも聞いて?」

は!うっかり妄想に浸ってしまった。いかん、いかん。悟られたら幻滅されてしまう。しっかりしろ、のぶたん!

「ええ、高耶さんは今日、どんな授業を受けたんですか?」
「えっとー、今日は立体裁断と、テキスタイル。テキスタイルはな、シルクスクリーンでプリントの実践をしたんだ。一枚の原版を正方形のスクリーンで作って、それを布に写すってやつ。面白かったけど大変だった」
「大変?どうして?」
「んー、要は模様をプリントするんだけど、正方形をそのまま横にずらしてプリントしていくんじゃなくて、正方形を半分ずつずらしてやるわけ。こうやって……」

そう言いながら俺のタバコの箱を持ってテーブルに寝かせる。まずは縦方向に一列、規則正しくプリントするそうだ。トントンと箱を下に一回ずつずらして一列プリントする真似をした。そして次の列に移る。次の列は、一列目の箱から縦に半分ずらして置いた。

「あ、わかりました。ブロック塀みたいな感じで半分ずらして行くんですね」
「そうそう。だから正方形のスクリーンの四辺を対角線上に合わせるようにして模様を書くわけ。で、プリントする時はずらして行くと、無限に繋がる模様になるって感じ」
「はあ……難しいことやってますね」
「しかもさ、今日は立体裁断だったから肩が凝ってしょうがなかったんだよな」

右手を自分の左肩にやって揉む仕草をした。高耶さんの細いがしなやかな筋肉がついている肩がそんなに凝ってしまっていたのか!
これは恋人として見逃してはいけない!

「マッサージしますよ」
「んー。いい。だってさ、のぶたんだって疲れてるんだもんな。そんな肩の凝る会議なんかに出たんだろ?しかも今日は午前中にジムに行ってたみたいだし」

洗濯物のカゴにウェアが入っているのを見たのだろう。俺のことをそこまで見守ってくれていたなんて……感激だ。

「高耶さんほどではありませんよ」
「あ、あのさ」
「はい?」
「その、高耶さん、ての、やめねえ?」
「は?」
「せっかくおまえが『のぶたん』なんだから、オレも」
「……たっ、たかたん、ですか?!」
「う、それは……ちょっと変だ……」
「じゃあ……『たーたん』で!」

ナイスだ、俺!いいネーミングじゃないか!甘ったれの高耶さんにはちょうどいいぞ!たーたん!甘美だ!
のぶたん&たーたん!新婚ホヤホヤカップルみたいだ〜!

「ん、それでいい」
「では……たーたん」
「のぶたん」

照れた高耶さん、もとい、たーたんは素晴らしく愛らしく、そして色っぽい。薄い桃色の頬が俺をそそっているようだ。
明日は休みだし、今日はこのままハッピーラブラブタイムに突入し、おはようエッチ、お日様エッチまでさせてもらえるかもしれない。
いい雰囲気になって抱きついて甘えようと腕を伸ばした高耶さん、いや、たーたんがその時顔をしかめた。

「どうしたんですか?」
「んー、思ったより肩が凝ってるみたいでちょっと痛かっただけ」
「思ったより痛かったって、それ相当凝ってますよ?」
「そうかな〜。でも……のぶたんに肩揉みなんかさせられないしな」
「そんなこと言わないで、やらせてください」
「ダメ!のぶたんはそーゆーことしなくていいんだよ。だって……だって、オレの恋人なんだから……」

高耶さんは頬を真っ赤に染めて俯いた。
どこまでいじらしいんだ、たーたんは!俺に気を使って自分はガマンするなんて!俺なんかに気を使わなくてもいいのに!
私はあなたさえいいなら何でもいいんですよ!

「じゃ、じゃあこうしましょう!明日は休日ですから一緒に有楽町に行きませんか?」
「有楽町?」
「ええ、大きな電化製品の店があるでしょう?そこでマッサージチェアを買いましょうね」

たーたんの目がキラリンと輝いた。嬉しそうだ。この顔を見るために生きていると言っても過言ではない。
しかし一瞬でその輝きが失せた。

「でも、そんな……のぶたんの負担になるようなこと……」
「いいんですよ。私も使いますから。一緒に使えばいいんです。私だって高……たーたんに肩を揉ませるなんて出来ませんから」
「ん……じゃあ、一緒に買いに行く」
「たーたん!」
「のぶたん」

その夜はもちろんHLLT(ハッピーラブラブタイム)を過ごし、おはようエッチとお日様エッチは逃したがマッサージチェアを買うためのデートはとてもほのぼの新婚風味で、俺はいい恋人を持ったなあ、と実感した。

 

 

「マジかよ!うまくやりやがったな、おまえ!」
「いや〜、千秋のおかげだよ。まさかあんなにうまく行くとは思わなかった」

直江にマッサージチェアを買ってもらうため、オレはプライドを捨てて『のぶたん・たーたん』を実践した。
だってあいつ、オレが肩凝ったとか足が疲れたとか言うとマッサージしてくれるんだけど、だいたいエスカレートしてエッチになるんだもん。いい加減イヤになってきて、そんで千秋に相談したってわけ。
まあ、千秋には「直江がすぐエッチなことしようとするから」って言っただけだけど。実際にエッチに突入するとは言ってない。
だってオレと直江はチューまでの関係だって千秋は思ってるはず(たぶん)だから。

「そーだろー?あいつ、おまえから甘えられたら何でもするもんな」
「けどさー、すっげー高いヤツ買ってたぞ。オレは10万ぐらいので良かったんだけど、あいつ60万もする高価なの買ったんだぜ。さすがに使わせすぎたかな、って思ったよ」
「いいの、いいの。直江はそれで満足なんだから」
「そうかな〜?」
「おまえも直江も満足、俺もたまに使わせてもらうしさ」
「んー、じゃ、いっか」

 

 

「直江」
「へ?!」

俺の顎が外れそうになった。

そりゃ私だっていつまでのぶたんって呼ばれ続けるのかって懸念はありましたけどでもいきなり直江に戻るというのもいささか期待外れでどうせなら段階を踏んで信ちゃんとか信くんとか信綱さんとかそう呼ばれる想像をして萎みかけたこともなきにしもあらずだったんですがまあタチバナさんと呼ばれるよりはマシっちゃマシなんですけどだからっていきなり直江だなんて高耶さん!!

「なんだ?どうかしたか?」
「いえ……」

俺はけっこう気に入っていたのだ。たーたん、もとい高耶さんから『のぶたん』と呼ばれることを。

今日はいつものごとく私のマンションに高耶さんがお泊りに来ている。
夕飯も終え、リビングのソファでまったりと愛のひとときを過ごしている。それが現在だ。
そして先日買ったマッサージチェアが先程届き、高耶さんはそれに座って快適なマッサージを楽しんでいるところだ。

「これいいな〜、さすがに高かっただけあってさ」
「ええ……あの、あれはもう終了ですか?」
「あれって?」

首を傾げて俺を見るその仕草!可愛いとしか形容できん!しかし俺には聞かねばならんことがあるのだ。

「のぶたん、たーたん、です」
「あー、もうやめた。だって今更なー。もう直江って呼び方が定着してるしメンドいしなー」
「そ、そうですか……」

あからさまにガッカリした俺に高耶さんは優しい声をかけてくれた。

「あの呼び方が良かったのか?」
「……そういうわけでは……」

本当はそういうわけなのだが!!そうとはっきり言えない自分が恨めしい!

「だったらいいじゃん。直江もコレ、座れば?」
「はい……」

マッサージチェアに高耶さんと交代して座った。スイッチを入れると心地よい振動が伝わる。ほう、なかなかだな。
さすが高耶さんのために買ったチェアなだけある。やはり高耶さんにはこのぐらいの高級品がふさわしい。
そう思いながら目を瞑っていたら、膝の上に重みが加わった。

「ん?」

目を開けると俺の膝の上に高耶さんが馬乗りになっていた。

「気持ちいい?」
「ええ。とても」
「なんか……コレに直江を取られたようで悔しい。そーゆー顔はオレと話してる時や、イチャイチャしてる時だけしてればいいのに」
「じゃあ、ここでイチャイチャしましょうね」
「んーっ」

スイッチを切って高耶さんを膝に乗せ、シートを倒したまましばらく話した。そして抱き寄せ高耶さんを包み込む。

「チューする」
「いいですよ」

何度もキスをして、抱き締めて。その場でHLLTになった。

 

マッサージチェア、色々と使い道があるみたいですね。たーたん。

 

END

 

 

あとがき

おまけペーパーで作ったものです。
予想以上に笑ってもらえたようなので
再録しました。
サイトでは出せないほどのギャグ
だったから今まで封印していたのですが
堂々とギャグやりたくなって
出してみました。