どうして?!オレそんなこと絶対顔にも話にも出してないのに!!
「私と同じ指輪をしてるのに気付いたんでしょうね」
「そっか〜〜〜〜!!」
それでか!そんでオレのことチラチラ見てたのか!
そういえばデザインを見せた日に何かに気が付いたっぽい感じだったもんな〜!
うわ〜、失敗した!指輪ぐらい大丈夫だと思ってたの甘かったか!
「そんでなんて答えたんだ!」
「いつまでも嘘はつけませんから……正直に答えましたよ」
「そんなあ……」
事情が事情なんだし、そーゆーところは嘘ついてたって理解してもらえると思うんだけど……。
って、そういうわけにもいかないのか。直江にとっては少ない友達なんだ。
後から「実はこうでした」と話される方が腹が立つって人もいるだろうしな。
まあモトハルさんはファッション業界の人だからゲイに関しては寛大だろうけど。
そこで次の料理が運ばれてきたから気になるけど話を止めて黙った。
次は生ハムをアクセントにした野菜のサラダみたいなやつ。トリュフらしきものが振りかかってる。
うまそうだ!けど話も気になる。
ギャルソンさんがいなくなってからさっそく聞いてみた。
「なんて言ってた?」
「相手が女だと思ってたから驚いたそうです」
やっぱそうだよな。直江の過去を考えれば男と付き合うなんて想像できないよな。
あんなに女をとっかえひっかえしてたってのにさ。
まあそんなことは置いといて。
「オレ、クビになっちゃうかな?」
「なりませんよ。ゲイの人は何人もいるそうですから」
「じゃなくてさ。直江の恋人が部下にいるっての、やりにくいんじゃないかと思って」
「それこそ公私混同でしょう?」
「悩んでなかったのか?」
「悩む前に釘を刺しました。面接をしたのも自分なら、採用を決定したのも自分だろうって。高耶さんの実力を知ってそれで採用したのに、私の恋人だからやりにくいってことでクビにしたらモトハルのモデルは二度としない、と言い放ちました」
それこそ公私混同じゃないかと思うって言ったら、私情を挟んで社員をクビにするような会社社長の仕事はしたくない、信用できない、と来たもんだ。
もっともらしいけどこれも私情だよな。
「そしたら何て?」
「クビにはしないけれど、どういう顔で接していいかわからないと……」
「だよな……」
最近の様子を見てればわかる。引きつった笑いやソワソワした態度や。
オレだってどうしていいかわからないよ。
「他には?」
「今度の日曜に我が家へ遊びに来るそうです」
「は?!」
「高耶さんの人柄を知ってもらおうと思って」
「余計なことを!!」
本気で怒ろうとした時、まあ待ってくれと直江が手で制した。
「この先ずっと、いえ、慣れるまで自分の会社の社長に会うたびに二人でソワソワし続けるつもりですか?そんな姿を見た他の社員さんたちが怪しむとは思わないんですか?」
「う……」
「おかしな噂が立ったら会社に居づらくなりますよ?」
例えばパワハラとかセクハラじゃないかって思われることとか、企業機密の漏洩問題とか、インサイダー取引とかそういった犯罪系の噂にもなりかねないって。
事実無根であっても噂が大きくなれば会社の問題に発展するかもしれない。
「だから3人で過ごしてみて、高耶さんと私の関係が良好で、こちら側もモトハルには迷惑をかけないと約束しなくてはいけないと思うんです。どうですか?」
「……そう、かも……」
「では日曜日。デートは出来なくなりましたが、高耶さんの手料理でおもてなししましょう。私も手伝いますよ」
すっごい不安だ。オレの料理なんか出さないで美味しいケータリングとか近所のレストランとかの方がいいんじゃないかな?
オレがこういう料理を作れるんだったら違うだろうけど……。
「私がついていますから、大丈夫ですよ」
そう言った直江は自信満々で、なんだか妙に納得できてしまった。今回のことでオレが頼れるのは直江しかいない。
そこらへんも直江はわかってて言ってるんだろう。
「うん。ちゃんと話してさ、わかってもらおうな?」
「もちろんです」
それからは美味しい食事とワインでいい感じに満腹になって、物足りなかったデザートはコンビニに寄ってパフェを買って家で食べた。
最近のコンビニも捨てたもんじゃないんだから、オレだって頑張ればおもてなし料理ぐらい出来るよな。
日曜日、モトハルさんがやってきた。
前日の土曜は直江と二人で料理の準備と部屋の掃除で丸一日費やして、仕込みをしてから寝た。
普段の自分たちを見せればいいって直江は言うけど、最近掃除をサボってた部屋なんか見られたくないからしっかり掃除をした。
昼頃にモトハルさんが運転手付きの車でやってきた。運転手付きってどれだけ金持ちなんだかな。
運転手さんは一緒に乗せてきた奥様の用事に同行するから、帰りはタクシーで帰るそうだ。
直江と二人で大通りまで迎えに出た。
「こんにちは」
「……本当に一緒に住んでるんだな……」
二人でいるのは珍しくないはずだ。新年会にも一緒に行ったし、バイトで直江と本社に行ったことだってある。
けどやっぱり『家』ともなると話は別なんだろう。
「本当に一緒に住んでいるんだと何度言えばいいんだ?」
「そうだが……」
案内してオレたちの部屋に。
モトハルさんが直江の家に来るのは初めてのことだそうだ。
「どうぞ」
「ふうん、直江らしい部屋だな」
センスの良さか、それとも温かい雰囲気か、直江らしい部屋って言ってくれたのが嬉しい。オレの家でもあるんだから嬉しいに決まってる。
「おお、なんかいい匂いがするなあ」
「高耶さんがはりきって作ったんだ。たくさん食べてもらわないと俺が困る」
「うまければおまえが一口も手をつけないうちに平らげるから安心しろ」
うまければ、か。男の料理だからあんまり期待してないってことかな?
けど今日の料理は得意なやつばっかりだぞ。
イタリア家庭風ミネストローネ、ブルスケッタ、キノコと野菜のオーブン焼き、それにライスコロッケとサラダ。
昨日のパフェの影響でチョコレートのアイスクリームと生クリームとオレンジピールの砂糖漬けだって買ってある。
しかもアイスは直江がゴディバで今朝買ってきた超うまいやつだ。
「じゃあ直江。リビングでお茶してて。オレ、仕上げするから」
「はい」
直江がコーヒーをいれてモトハルさんをリビングに連れて行った。
話題はつい最近行った渓流釣りの成果を直江に報告してる感じ。
仕事の話もちょこっとしてた。
10分ぐらいでライスコロッケが揚がって、スープもあったまって、オーブン焼きも出来上がって、これでOK。
料理を運ぶのを直江にやってもらって、オレはコロッケを盛り付け。
全部が揃ったところで直江秘蔵のワインを出した。
「へえ……こりゃうまそうだ。仰木くんは料理が得意なのか?」
「得意ではないんですけど……」
「直江のために、か」
そうかも。直江のために作ってた。自分だけで食うならコンビニ弁当だとかインスタントだもんな。
「どんなものより高耶さんの料理が一番うまいぞ」
「それはおまえだけだろう」
……そんな正直に言わなくても……。まあオレだってそう思ってるけどさ〜。
「冷めないうちに食べてください」
「では、いただきます」
口に合うかな……大丈夫かな……
「うん、うまい!」
「良かった!」
「自宅でここまでやれたら充分だ。直江が言ったこともあながち嘘じゃないらしい」
褒められた!すっげーオレ!
でも仕事でもこれぐらい褒められないといけないよな〜。がんばろ。
モトハルさんは予想外にたくさん食ってくれた。だもんで全部キレイになくなった。
直江が途中で食べすぎだって怒ったほどに。
それで食後のコーヒーを出してたら……
「やっと実感が湧いてきたなあ」
まだ熱いコーヒーを一口飲んで、天井を仰ぎながらモトハルさんが言った。
「いや〜、直江が付き合ってる相手がキミだっていうのが想像できなくてね。直江といえば女だし、付き合う女といえば遊びやすいタイプだし、本気で長く付き合うなんて天変地異でも起きない限り無理だろうと思っていたわけだ」
「……高耶さんにおかしなことを言わないでくれ……」
まあ直江が遊んでたってことは知ってるから今更いいんだけど、そこらへんを気にするあたりが直江の本気恋愛の経験の乏しさなんだろうな〜。
オレだって乏しいから自分のダメさ加減とかすっげー気にするもんな。
「それがキミと付き合ってるなんてなあ。確かに今までの直江の好みとはかけ離れているが、遊びじゃないならこんなタイプが好きなんだというのがハッキリわかった。キミが直江のいい部分を引き出したんだってこともわかったよ。精力的に仕事をしているのもキミのためなんだろうしな」
「どうしてわかるんだ?」
「ここ数年で表面上だけで受け答えすることがなくなったじゃないか。人に対して心を開いてきた証拠だ。仕事だって難しい仕事を受けていることぐらい噂で聞く。前の直江なら断っているような仕事も引き受けて、そのために色々な努力もしてるようだし?」
直江ってわかりやすい男なんだな〜。
そばにいると気が付かないけど、たまに会う人たちや客観的に見られる人たちはわかるんだ。
「だからキミと直江のカップルに賛成だ」
「ホントですか?!」
「飯もうまいし、直江の管理もしてるし、なんの文句も出ないと思うが?」
「ありがとうございます!」
直江と二人で頭を下げてお礼を言った。
次はオレがちゃんと話をする番だ。
「オレ、会社に迷惑かけないように仕事もしっかりやります。私情も持ち込みません。あと、会社の人たちには黙っておきます」
「別に仕事さえきちんとやってくれてれば会社のみんなにカミングアウトしたっていいよ」
「いえ、そうはいきませんから!ってゆうか、あんまり知られたくないんです。コネ入社じゃないのを知ってる人は少ないし。必要以上に知られて直江が仕事できなくなったら嫌だし。それにやっぱり抵抗あるから……」
「まあ、普通はそんなもんか。好きにしたらいいよ」
理解ある人で本当に良かった。こんな人ばっかりがいるわけじゃないから用心しなきゃいけないのは変わらないけど、それでも少しでも理解者が増えるなら喜ばしいことなんだろう。
「ところで仰木くん」
「はい?」
「……直江がモデルを辞めるって話を鮎川さんから聞いたことがあるんだが、それについて詳しく知っていたら教えてくれないか?」
ニヤニヤ笑ってるってことは、ただゴシップを聞きたいだけってことなんだろう。
「言わなくていいですよ、高耶さん」
「俺は仰木くんに聞いてるんだが?それにやましいことがないならいいんじゃないか?」
やましいことだらけです、社長。
浮気はされるし、大泣きされるし、色んなもの捨てられたり、勝手なことされたりと、大変な苦労をしました、社長。
ああもう、思い出したらムカムカしてきた。全部話したいぐらいだ。
「やましいことなんかひとつもない」
「嘘つけ……」
「……た、高耶さん……」
オレたちのこの会話で何かを察したモトハルさんが大笑いした。なんだ?
「なるほどな!直江が尻に敷かれてるのか!しかも徹底的にか!こりゃ面白いな!」
「なっ……!」
「せいぜい直江の操縦桿をしっかり握って、うちの会社に貢献させてくれると嬉しいなあ!」
「それこそ私情じゃないか!」
「そこはなあ?俺だって社長稼業をやってるわけだしなあ?そうだろ、仰木くん」
「ですね」
いつまでも弱味を握っていられるようにしろって言われた。そうすれば直江がモトハルさんからの多少の無理を聞かざるを得なくなるし、私生活で生意気なことも言わないだろうからって。
でもオレは直江がずっとモデルを続けていられるように、弱味を握っておいて時々尻を叩くことが出来ると思ったんだ。
本人に自覚がないけど直江は天性のモデルだから、その才能を持続させられるように。
「おまえ、いい嫁さんを貰ったなあ」
「自分でもそう思ってはいるが……これじゃどっちが嫁なのかわからないな……」
「あはは。オレが旦那さんの方がいいかもな」
思ったよりもモトハルさんは理解があってフランクで、楽しい人だった。
この人の下で働けるのはすっごいラッキーなことなんだな。
夕飯前にモトハルさんは帰ってった。奥さんから電話があって、夕飯を銀座で一緒に食べるんだそうだ。
愛妻家レベルなら直江には負けないって言ってタクシーに乗って行ってしまった。
「直江は愛妻家なんだ?」
「そうですよ」
「じゃあどのぐらい愛妻家なのか教えてくんない?」
「喜んで」
二人きりになった家の中でキスをして、大事に大事に抱きしめてもらって。
夕飯でも最近直江が覚えた料理を作ってくれたし(タラコスパゲティだけど)、風呂上りには耳かきとツメきりしてくれたし、甘えて縋りついたら背中ポンポンしてくれていい気分だった。
愛妻家ってのは本当らしい。
「エッチもしてくれる?」
「ええ。でもその前に話しておきたいことがあります」
「なんだ?」
「私はダメな男で、高耶さんがいないと何も出来ない自信については100%あります」
おかしな自信だなあ。
「でもあなたのためなら全力で努力します。高耶さんが望むなら世界の王にだってなります。あなたがそばにいてくれさえしたら、が、条件ですけど」
「うん、そんなの知ってる」
「それでもやっぱり私はダメな男ですから、時々躓いたり挫けたりもするでしょう。それでもそこは限界なんかじゃありません。きっとあなたのためなら立ち直れる。そしてまだまだ先へ行ける。それを信じてもらえますか?」
「信じるよ。直江が好きだから信じる」
「ありがとうございます……高耶さんは?」
オレ?オレは……。
「直江さえいたらオレだって限界突破できるよ」
「高耶さんっ……!」
たぶんオレも愛妻家だ。あ、直江は妻じゃないから愛旦那家?なんか違うか。
でも直江を世界で一番大事にしてやる自信はある。
それに直江がいないと何も出来ない自信も同じく100%ある。
「愛してます」
「オレも愛してる」
胸が一杯で苦しいぐらい愛してる。きっと直江も同じ気持ちだよな。
「そろそろ寝室行きますか?」
「うん」
愛してるから何でもしてやる。直江が望むこと全部。今夜はたくさん愛し合おう。
いや、違う。今夜はじゃなくて、今夜も。過去も未来も愛し合うんだから。
直江をもっと知りたい。オレが知らない直江も知りたい。
だからゆっくりでいいから、今日みたく大事な人にオレたちのことも知ってもらおうな。
二人で作る世界に住人を増やしていこう。
おわり