同じ世界で一緒に歩こう それから


もったいないから


 
   

 


現在、オレの目の前に一冊の雑誌がある。
オシャレな独身女性に支持されている有名なファッション雑誌だ。
その表紙には女性誌なのになぜか男の写真がデカデカと載っている。その写真は腰から上のカラー写真で、上半身が裸で下半身はモデルの私物らしきリーバイス501のヴィンテージジーンズだ。
男は顔を少し下に向けて、目を閉じてる感じでニヒルに笑ってて、左手の指を開き気味にして顔に当てている。
右手は自然に下がったまま。
オレが写真にセリフをつけるとしたら「いやはやまったく」だ。

女性誌の表紙に男、という違和感を拭えないまま恐る恐るページを開くと、そいつが目を開けて笑ってる写真があり、でかいフォントでそいつの名前が書かれてた。
そしてさらにインタビュー記事らしきものが。
活字を読むのは恐ろしいから後回しにして、またページをめくってみると、今度はどこかのリゾートホテルの大理石の床や柱があるところで「困ったなあ」的な笑いを浮かべて手を差し伸べる写真があった。
白いリブのタンクトップにくるぶし丈のストライプのパンツ、足元は革のサンダル。タンクトップなのになぜかサテンシルバーのシルクのマフラーを首に巻いている。季節感がわからない。

次のページは夜のプールサイドで、すまし顔で立ってカクテルグラスを持ってる横からのショット。
細身のシルバーのスーツに黒いシャツ、胸ポケットには臙脂色のチーフが入ってて、リゾートのパーティー的なイメージだ。
シャツの色が白だったら3でアホになるお笑い芸人のようになるだろう。

まあここまでならオレだってビクビクしやしない。
表紙が物語るものがこの先あるんじゃないかと不安なわけだ。
怖いもの見たさでページをめくると、表紙と同じジーンズに裸の男がベッドに寝そべってるショットが数枚。
昼間のベッドでくつろいでる感じだからエロさはないが、オレにとってはメチャクチャエロい。

目を閉じてインタビュー記事まで戻り、プロの記者が書いた洒落た紹介文を飛ばし読みしてから本題へ。

『女性の美しさは内面によって磨かれるものだと思います』とか『服装は相手への気遣いでもあるからセンスは大事です』とか『女性は服装よりも仕草にドキッとしますね』とか『そういう意味で頭の先から爪先までセクシーな女性に惹かれます』とか『そこにいるだけで気分が明るくなれるような、そんな女性が好きです』そんなことが書いてある。

そんでまた記事を読んでいくと『彼は世界でもトップクラスのセクシー男性ではないだろうか』と、記者の言葉で締めくくってあった。

顔がヒクヒクと痙攣しはじめてきたけど、これは笑いでも怒りでも悲しみでもなく、なんか複雑な心境のせいだ。

今日は土曜日で、オレは会社が休みだ。オレの同居人は朝から仕事で鎌倉に行ってる。戻るのは夕方らしい。
同居人は先日発表された香水の広告のおかげで仕事が増えてて忙しいそうだ。
さっきのインタビュー記事に、どうして香水の仕事を請けたのかの理由が書いてあった。
この仕事が好きで、ずっと続けていくには挑戦を継続させなくてはいけない、だから難しいから出来ないと諦めるのではなく、出来る限りのことをして困難を乗り越えていかないと後がないと感じた、だそうだ。

裸になることに抵抗はなかったか?という質問には、もちろんあったがクライアントが望んだ形で自分が表現できるなら抵抗よりも好奇心が勝る、と答えてた。
ある意味根っからの芸術家のようだ、と言われて、自分は芸術家ではないが、その手伝いが出来る人間でいることに誇りを持っている、んだそうだ。

とりあえずその雑誌を丁寧に封筒に戻して、気分を変えるために冷蔵庫からコーラを出した。
炭酸でスカッとしたい。

いつもだったら記事をからかったり褒めたりするところなんだけど、今回の記事はちょっと複雑だ。
表紙には『今、セクシーな男たち』ってタイトルがあって、アイドルや俳優を押しのけて表紙になったタチバナの写真が使われている。
たぶん広告との関連があるからタチバナを表紙にしないといけなかったんだろうけど、だからって主役扱いは恋人のオレとしては複雑な気分なわけだ。

嬉しい気持ちもあるけど恥ずかしい。
何をかっこつけて、と思う気持ちもあるけど、確かにかっこいい。
オレの彼氏だから見るな!って気持ちもあるけど、自慢もしたい。
複雑だ……。

横目で雑誌が入った封筒を見てたらオレのケータイが鳴った。ねーさんから電話だ。

「もしもし?」
『あ、雑誌届いた?』
「届いた……5冊もオレ宛に送ってきたけど、どうしろっての?」

直江に献本される分とは別に、オレ宛にきちんと封筒に入って5冊も。なんで直江の記事なのにオレ宛に届くんだ。

『お友達にあげる分よ。アンタの彼氏が主役なんだから自慢したいと思って、出版社に多めに送ってって頼んだの。会社に持ってってもいいし、もったいないと思ったら自分で全部保管したっていいのよ?』
「直江に渡す分だけでいいのに……封筒開けたらいきなり直江が表紙で心臓が止まりそうだった」
『セクシーな彼氏だから?キャッ!あんたも可愛いとこあるわね!』
「違う!」

でかでかと半裸の直江が写ってたからだ!!!服を着てるならこんなに驚きやしねえっての!!

『直江が帰ってきたら直江の分を渡しておいてね。あ、これまだ発売になってない雑誌だから、親しい人以外には渡さないでね』
「…………もらってくれるような親しい友達は1人しかいないよ……」

譲に押し付けることにした。残りはオレが一冊、あとの3冊は直江に渡すつもりだ。
ねーさんが電話を切ってすぐ、今度はメールが入った。写真つきのメールで、送り主はたった今話題になってた直江だった。
鎌倉で夏物の服を着て撮影中だそうで、休憩時間に散歩した鎌倉の風景写真が添付で送られてきた。
でも当然というか何というか、メールの文字数はびっしりで絵文字のハートが飛び交ってる。

文字数の割りに要約してしまえるほどの単純な内容で、要は一緒に来たかったとか、早く逢いたいとか、愛してるとか、それだけだ。
もうちょっと鎌倉の説明を入れてくれてもいいものを……。
てゆーか、一緒に住んでるんだからメールで早く逢いたいって言われてもなあ。

「とりあえず返事すっか……無視したら泣くもんな……」

つっけんどんにならないように言葉を選んでメールを打つ。アレで案外ガラスのハートだから大変だ。

えーと……『鎌倉楽しそうだな。オレも今度行きたい』と……。『帰ったら鎌倉の話を聞かせてくれ』で、機嫌を取るしかねーな……『オレも直江のこと好』いやいや、こんなこと書いたら仕事中にニヤニヤするからダメだ!
適当に機嫌を取らないと。『夕飯作って待ってるから』でいいや。あ、そうだ。『帰りに薬局で洗濯洗剤を買ってきて。いつもの青い箱のやつ。頼むぞ』ハートの絵文字を入れて、と。
こんなもんか。

送信したらソッコーで返事が来た。

『今度は二人きりで行きましょう。素敵な旅館があったから一泊ぐらいして。洗剤OKです』

休憩時間が終わりそうで急いだのか、ハートは飛び交ってたけど短い返事が返ってきた。
洗剤は直江に任せてオレはお裁縫だ。
海外のホームページで発見したメンズのパンツの型紙を使って直江の部屋着を作る。
シャツはTシャツを着せておけばいいんだけど、直江の股下サイズで楽なパンツってなかなか売ってないからオレが作ってる。
今日ミシンで縫えば終わりだ。

それと自分のPSPを入れるケースを作ることにしてある。
イヤホンとソフトと本体が入るケース。売ってるやつはデザインが好きじゃないから自作するんだ。
直江のパンツの生地が厚手の薄水色のリネンだから、これの余りを使う。節約できていい生地使えて一石二鳥。

ミシンを夢中でかけてたらいつのまにか時間が経って、直江のご帰宅だ。

「高耶さん?」
「あ、おかえり」

ミシンの音と自分の集中力のせいで直江が帰ってきたことに気が付かなかった。
オレの部屋に顔を出した直江はさっきの雑誌の男と同一人物なんだけど、オレの前でだけはもう少し崩れた笑顔を見せてくれる。そーゆーとこ好きだ。

「直江のズボン出来たよ。ほら」

リネンのパンツを渡すと体に当てて「似合いますか?」って聞いてくる。
直江に似合わないものをオレが作るわけないじゃんか。

「うん、似合う。穿いてみて」
「はい」

とりあえずお帰りのチューをしてから直江は寝室に着替えに行った。オレのPSPケースももう完成だ。

「どうですか?」
「おお、サイズぴったりだな。良かった。穿き心地は?縫い目とか当たってない?」
「ええ、すごくいい感じです。楽だしデザインもいいし。これで外出してもおかしくないぐらいですよ」
「部屋着だから外に着て行くのは……」

だって腰のとこはゴムだしさ。モデルやってる奴にウエストがゴムのなんか穿かせて外出させるわけにはいかない。
それにリネンだから下手したらパジャマに見える。

「高耶さんお手製の服なんですから、外出だって出来ますよ、私は」
「直江がどう思おうがオレはヤダ」
「そうですか……なんだか残念ですね……って、高耶さん、その手の中のものは?それ、パンツと同じ生地ですよね」
「ああ、これな。PSPケース」
「ゲーム機を入れるやつですか。面白いですね。紐で巻いて蓋が開かないようになってるんですねえ……へえ」

しげしげと眺めてからオレに返して、なんだかニヤついてる。

「なんだよ」
「高耶さんがゲームするたびに私を思い出すのかと想像したら嬉しくて」
「…………そこまで考えてなかった。つーかケースで思い出すなんてことはないと思う」
「う」

一気にしょんぼりしちゃった。言い方がまずかったかな。

「ケースで思い出すことはないって言っただけだろ。じゃなくて、直江のことはいつも頭から離れないから……その、常に思い出すようになってるってゆーか……だから!とにかく落ち込むな!」
「はい!!」

変な言い方しちゃったよ!直江がやけに寂しそうな顔するのがいけないんだ!
こいつはまったく、自分の魅力ってもんがわかってるのか、わかってないのか、始末が悪い!

「高耶さんっ」
「わっ」

いきなり抱きついてきた。ギューっと。
オレだって直江とこうしてるのはすっごい好きだけど、さっき口走った恥ずかしいことを考えると、こうされてても落ち着かない。
だからちょっと仕返し。

「おまえ、セクシーな女が好みなんだってな」
「……なんですか、それ」
「おまえの発言だろ?忘れたのか?」
「さあ……?」

どうやら覚えてないらしい。雑誌のインタビューって結構脚色されるって聞いたことあるからもしかしてソレか?
いやでも、直江だったらああいう言い方してると思う。なにしろ世界でトップクラスのセクシーな男なわけだから。
雑誌記者の直江に対しての評価を考えたら絶対に言ってるはずだ。

「女がいいならオレは身を引きますけど?」
「だからいったいなんの話を……って、もしかして、雑誌のインタビュー記事を読んだとか……?」
「うん、今日送られてきたんだよ」

直江の顔を見たら真っ青になってた。オレが本気で身を引くなんて言うわけないって一番わかってるのは直江だけど、あのインタビュー記事を見て一番不愉快になるのはオレだもんな。
そりゃ真っ青にもなるか。

「タチバナさんはおモテになりますねえ?」
「そのタチバナさんは高耶さんにだけモテていればいいとも言ってましたが」

お、切り替えしがうまくなってる。生意気な。

「記事にはそんなの書いてなかった」
「私に直接言ってきたことですから記事にはならないでしょうね」
「じゃあタチバナさんにオレに直接言えって伝言しといて」
「それは無理です」
「なんで?」
「高耶さんは私のものだから」

わけわかんなくなって、どうしてそういう話になるんだって聞いたらオレはタチバナじゃなくて直江のものなんだそうだ。
タチバナってのは直江が外に見せる顔で、実際の直江と特に違うところはないけど、ちょっと違うんだって。
オレが会社のみんなに自分のことをさらけ出してないのと同じく、タチバナは色々なものをオブラートに包んでぼかしてから見せてる偶像に近いもの、だそうだ。

でも直江ってのは本当の自分で、特にオレに対してはかっこ悪い部分も恥ずかしいながらも見せられるし、いくらでも愛を注いでいけるような人間だから、タチバナは直江には敵わないそうだ。
だからオレはいつも直江のもの、らしい。
説明されてもよくわかんないけど。

「要するに本来の自分のままであなたを愛しているって意味です」
「……じゃあインタビュー記事は嘘ってこと?」
「『女性』の部分を『高耶さん』にして読んでもらえれば嘘ではなくなりますけどね」

てことは?
『高耶さんの美しさは内面によって磨かれるものだと思います』
『高耶さんは服装よりも仕草にドキッとしますね』
『そういう意味で頭の先から爪先までセクシーな高耶さんに惹かれます』
『そこにいるだけで気分が明るくなれるような、そんな高耶さんが好きです』

アホか!!!!

「恥ずかしい!おまえ、なんでそーゆーこと平気な顔で言えるんだよ!」
「平気なわけじゃないですよ。私だって恥ずかしいとは思うんです。でもあなたを前にしたら恥ずかしさなんてどうでも良くなるぐらい、自分の気持ちを伝えたいと思ってしまうんです。そうしないともったいない気がして」
「なんだそりゃ!」
「もっともっと好きだって伝えないと、もったいないな、と。せっかく高耶さんがそばにいてくれるんだからたくさん好きだって伝えないともったいないでしょう?好きだと伝えるたびにより深く愛していける確信があるから、口にしないといられない。そんな感じです」

直江ってバカで恥ずかしいヤツだけど素直なんだよな。誰にでも素直ってわけじゃなさそうだけど、オレにはそうしていてくれるわけだから……なんつーか……可愛いっつーか……。
ダメ犬を飼ってるみたいな気分になるっつーか。

「直江」
「はい」
「オレも、もったいないからそーする」
「え?」

オレには直江みたいな恥ずかしい言葉を口走れるほど余裕はない。
不器用で意地っ張りでどうしようもないのがオレだってわかってる。
だから行動に移してわかってもらうしかないんだよな。

つーわけでチューした。
さっきからずっと直江に抱かれたまんまだからちょうどよかった。

「伝えないともったいないんだろ?」
「ええ……」
「じゃあそんなビックリした顔すんな。嬉しそうな顔をしろ」
「高耶さん!!」

この上なく嬉しそうな顔をして直江からもチューしてきた。それからギューギュー締め付けて、小さい声で何度も愛してますって言ってきた。
オレに対しては素直すぎるぐらい素直で可愛いのが直江だ。タチバナじゃなくて直江。
だから安心して甘えられる。

「直江もオレんだからな。忘れんなよ」
「もちろんです」

たくさんチューしてたくさん甘えて、オレは直江の腕の中でホンワカしっぱなし。
この腕の中にいられるならいくらだって伝える。伝えないともったいないっての、よくわかった。

「直江、大好き」

聞こえるか聞こえないかぐらいの小さい声で言ったのも、直江は聞き逃さなかったみたいでもう一回抱きなおして優しくチューした。
たぶんオレ、直江じゃないとダメだ。
せっかくだから伝えよう。全部。

 

END

 

 

あとがき

もったいないの精神は
エコロジーに通ず。
エコロジー直高。
いやはやまったく、はっはっは。