同じ世界で一緒に歩こう それから


コンシェルジュ


 
   

 


「大変です、高耶さん!!」
「何?」
「開崎さんにデートを申し込まれました……」
「マジかよ!!」

次の休みはいつかって聞かれたそうだ。んで、日曜が休みって言ったらショッピングに付き合ってほしい、と。
ついでに相談があると。

「オレも行った方がいいかな?」
「それが私と二人で、ということで……このまえ高耶さんに教わった件もあることですから、早めに釘を刺した方がいいと思ってOKしましたけど……どうなるんでしょうね……」
「浮気しないならでかけてもいいよ。でも、オレたちが付き合ってることは絶対に言うな」
「もちろんですよ」

そんで日曜日、直江は不安を抱えたままでかけた。
直江に「あとで報告します」って言われてたから、着いていきたいのを堪えて大人しく待ってた。
ショッピングって言っても数時間で帰ってくるからって。
開崎さんにもちょっとしか時間が空けられないってことを言ってあるって。

そんで、直江が戻ってきたのは4時間後。

「おかえり!!」

玄関に戻った直江は「ただいま」を言う気力もなく玄関に座り込んだ。
もしかしたら襲われたとか?!やられちゃったとか?!

「な、直江?」
「……もうどうしてこんなことばっかり……いい加減、放っておいて欲しいですよ……」
「何があったんだ?襲われちゃったのか?」

ゆっくり話したいってゆう直江をリビングに連れて行って、冷たい麦茶を出して休ませた。
見れば着て行ったイタリアっぽいヘンリーネックのTシャツの首周りがじっとり濡れてる。
暑いからってだけじゃなくて、変な汗をかいたっぽかった。

「報告するって約束だぞ?」
「ええ……します。しないといけないことですから」
「なに?怖いこと?」

直江はオレをギューってしながらボソボソ話し出した。

「開崎さんとは銀座で2時間ほどショッピングをしたんですよ。服を選んで欲しいって。どんな服がいいか聞いたら、私のような服がいいと。で、いつも私が行く店を紹介しながら立ち寄って、何点か服を買いました。それで、どうして急に私をショッピングに誘ったのかを聞いたんです」

うん、ここまでは問題ない話だ。
これから、かな?

「そうしたら……」

ここからは直江の回想を元にオレが実況中継風に話すことにしよう。
ショッピングが終わって喫茶店に入って休憩してる時、直江が穏やかな様子を装ってどうして急に誘ったのかを聞いてみたそうだ。

『どうして急に私なんかを誘ったんですか?』

直江としては自分に懸想してる開崎さんを諦めさせるために話を切り出したんだけど。

『ええと、その、服選びを教えて欲しかったのも本当なんですが……相談がメインで……』
『ああ、相談があるって言ってましたね。なんですか?私で役立つならどんなことでも』
『タチバナさんは……いや、直江さんは、僕と違って恋愛に詳しそうだし、意見を聞かせて欲しいんです』

オレに対しては『私』って言ってた開崎さんも、直江の前だと『僕』になるようだ。
ま、そんなことはどうでもいい。

『恋愛相談ですか?』
『はあ……今、好きというか、憧れている人がいるというか……その人とは僕にとって突然降って湧いたような出会いでして……普通に話すことはどうにかできるんですけど、僕の気持ちを知ってもらいたい反面、そんなことをしたら今後に支障があると思うと、どう行動していいかわからなくて』

この開崎さんの発言に、直江は自分と開崎さんの出会い(?)や、今後の支障を考えた。
出会いは確かに降って湧いたものかもしれない。だって憧れてたモデルのタチバナが住んでるマンションにいきなりの転勤だもんな。
そんで今後は告白しちゃえば仕事に差し障りが出るかもしれない。
男に恋愛感情を持たれたのは1度や2度じゃないから、穏便に振るのが一番だと直江は判断した。今日のところは心の準備をさせて、そのうちハッキリとした行動に出たら振ろう、と。

『相手とはどの程度の距離感なんでしょうか?例えば、何度かデートをしたり……』
『あ、それは……一度しかプライベートでは会ってないので……いきなり好きだなんて言えない状況です』
『そうですか……相手の人に恋人はいないんですか?』
『そのへんのこともちょっと……』
『じゃあとりあえずは様子を見て、それから気持ちが固まったら告白をすればいいのではないでしょうか』
『ですよねえ……』

ちょっと沈み込んだ開崎さんを見てたら意地悪をしたくなったそうで、相手は誰かと聞いてみた。
どうせ自分のことなんだから絶対に言わないだろうとタカを括ってたそうだが。

『その人はどんなタイプなんですか?』
『タイプですか?……仕事に一生懸命で、見ていてたまに心配になります。大変そうなのに弱音も吐かずに頑張っているらしくて……そんなところも素敵なんですけど……』

このまえ直江は海外に出張してモデルの仕事してきた。頑張ってる。

『あと意外と気を使う人で、優しいし、人を見下したりしないし……とても話しやすくて安心するんです』
『……そう、なんですか?』
『はい』

ハッキリと相手の良さを語る開崎さんに照れくささを感じながら、困ったなあと内心思った直江。
ところが。

『それで、直江さんだったらきっと理解してくれると思ったんです。この複雑な感情を』
『複雑な感情なんですか?恋ではなく?』
『いえ、恋は恋なんです。本当に好きなんです。でもちょっと相手の方を心苦しくさせてしまったらどうしようと思ってるところなんです』

恋と聞かされた直江はちょっと落ち着かずに愛想笑をしてしまう。意地悪のつもりがいきなり理解を求められたわけだ。

『図々しいとは思ってるんです。でも、こんな話は直江さんにしか相談できなくて。あの、モデルさんにはバイセクシャルや同性愛が多いって聞きましたけど本当ですか?』
『ええ、けっこう多いですねえ』
『偏見はありますか?』
『特にはありませんよ』

大きく息を吐き出した様子からすると安心したようでもあった。

『僕の片思いの相手は……男性なんです』
『男性……』

やっぱり自分のことだと確信した直江は話を切り上げたくなってきたけど、もう開崎さんの相談を聞かざるを得ない状況になってたから、おとなしく言葉をくりかえした。

『今まで恋愛対象は女性だったものですから、どうしていいのかさっぱりなんです。直江さんだったら同性愛の方々から色々と話を聞いているかもしれないですし、周りをきっと見ていると思って、相談をしようと思ったんです』
『はあ……まあ、多少はいますけど……』

回りくどい言い方をしてるような態度に不安がどんどん積もってきた直江だったけど、どうにか平静を装って聞いてたら。

『ええと……こんな話をいきなりされてもお困りになるのはわかってるんです。でも』
『いえ、続けて頂いてかまいませんよ』
『直江さんが弟のように可愛がっているのもわかってます。でももうどうしようもないぐらい好きになってしまって』
『は?』

何やら直江が一番聞きたくないっつーか、いつもだったら聞いたとたんにキレる一言を開崎さんが言った。

『仰木さんには恋人はいるんでしょうか?』
『…………え?え?』
『直江さんならご存知じゃないんですか?仰木さんは僕みたいな男は嫌いでしょうか?』
『お、仰木さん、というと、高耶さん、ですか?』

直江の問いかけに返事はせず、ただ顔を真っ赤にして頷いた。
そこから先は直江も頭に血が上ったり混乱したりしてあんまり覚えてないらしいが、オレと直江が付き合ってることを絶対に言うなってゆうオレの言いつけを守ってバラしたりはしなかったらしい。
でも「高耶さんには恋人がいます」と言ったら、開崎さんは諦めるけどいきなり好きでなくなることは出来ないから、しばらくは未練が残る、てなことを言ったそうだ。

じゃあ戻ってうちのリビングに。

「か、開崎さんがオレを……?」
「どうしてこう……余計な恋敵が出来るんだ……」

背中を丸めて頭を抱えて悩む直江。
確かに衝撃的内容ではあったけど、なんでそんなに心配するのかわからない。この前ちゃんと言ったはずなのに。

「いや、恋敵って、別にオレを取り合うわけじゃないんだからさ」
「でも高耶さんは開崎さんのことをかっこいいとか、ハンサムだとか、モテるだとか言ったんでしょう?彼はそれを本気にしてて、もしかしたら脈があるんじゃないかと思ってるはずなんです。思ってなければスッパリと諦めると言うはずじゃないですか」

あ、そーいえばハンサムとか言ったかも。だって本当のことだし。
だからってなあ……。

「でもオレは直江が好きなんだからいいじゃんか。開崎さんのことは好きにはなんないし」
「じゃあもし!もし開崎さんにとんでもなくいいところがあって、高耶さんがそれに気が付いて、私と開崎さんを比べた時に、開崎さんの方が好みのタイプだったとしたら……!どうするんですか?!好きになるかもしれませんよね?!」
「……えーと、なんか……もしって言われても、実際に付き合ってるのは直江だし、今のオレは直江しか有り得ないし、なんつーか……オレはこれでも一途な方で……外見で好きになるわけでもなくて、ええと……」

オレの一言一言に真剣に耳を傾けてる直江は必死で、縋りつくような目をしてて、そんなところがまたオレを直江中毒にさせる要因なんだけど、その直江本人はまったくわかってないっつーか。

「オレが直江を好きなのは、直江がいつもオレを好きでいてくれるからなんだよ。いつも好きでいてくれるのが直江だからって言った方がいいかな。それが開崎さんだろうが、他の人だろうが、ダメなんだ。直江じゃないと好きでいられない。わかる?」
「……はい」
「どんなに甘やかされても、優しくされても、それが直江じゃないと意味がないんだ」
「本当……ですか?私だから?他に理由があっても?」
「うん。直江のどこが好きかって聞かれたらたくさんある。でもまずは直江が好き、だから、理由を見つけられるんだと思うんだ。理由とか、要因とかじゃなくてさ。今になって思うことは、もうオレには直江しかいないってわかったから直江を好きになったんだと思う。フィーリング?いや、違うか。運命?そういう感じのもの」

運命とかそーゆー限定的な言葉は好きじゃない。でも今はそれがしっくり来る言い方だと思った。
恥ずかしいし、胡散臭いような気がするけど、本心なんだから仕方が無い。

「だから開崎さんのことは直江が思い煩う必要ないよ。オレは直江しか好きにならないから」
「高耶さん!!」

抱きつかれて、チューされて、押し倒されて、さらに強く抱きつかれる。
苦しいけど少し我慢しておこう。

「あなたは私のすべてです」
「……オレも、直江のことそう思ってるよ」
「愛しています……」
「うん」

頭を撫でてやったらもっとチューされた。
そのままエッチになりそうだったから、股間に手をやった直江に甘えてベッドに連れてってもらった。
そこから先は内緒だ。

 

 

 

ちょっと顔を合わせにくかったけど、コンシェルジュの開崎さんには毎日のように会わないといけない。
それに向こうはオレには何も気付かれてないと思ってるんだから、それを貫き通すしかない。
それから1週間、土曜日。
今日は料理教室だ。直江の。
簡単な麺類だけじゃなくて、もう少し別の料理も進歩させようと思って、昼飯を作りがてら教えるつもりで。

エントランスに出たら開崎さんがいた。

「おでかけですか?」
「いや、ちょっとそこのスーパーに買い物に出るだけなんだけど」
「ええ、高耶さんに料理を教わるので、食材の買出しを……あ、財布を忘れてきた……」
「マジで?」
「靴を履く時に玄関に忘れたみたいです。持ってきますから高耶さんは……ここで、待っててください」
「うん」

直江の顔は「開崎さんに誘惑されないように」って表情だった。んなもんされるかっつーの。
エレベーターに乗り込んだ直江を見送ってから、エントランスに備え付けられてるソファに座って待ってたら、開崎さんがフロントから出てきてオレに話しかけた。

「仰木さんはどんな料理が得意なんですか?」
「えーと、和食が作りやすいかな。つっても庶民的なやつだけど」
「いいですね。私も和食は好きです」
「じゃあ今度、多めに作った時におすそ分けするよ。いつもコンビニじゃ栄養も偏るしさ」

開崎さんは恥ずかしそうに笑った。コンビニメインの食事がバレたのと……たぶんオレの不用意な発言で。
だよな。毎日オレのメシを食ってる直江ですら手料理に感激するのに、オレのこと好きだって思ってる開崎さんに手料理のおすそ分けだなんて照れるよな。
やばかったかな?

「あー、でも最近忙しくて、なかなか作れないからいつになるかわかんないけど」
「いえ、そんな。気にしないでください。そこまで図々しくはありませんから」

じゃあ直江は図々しいってことになるな。オレが忙しいのに「高耶さんの手料理食べたいです」って言うもん。
開崎さんは謙虚だ。

「お忙しい時は、その、恋人に会ったりできるんですか?」
「え?」
「ああ、すみません、立ち入ったことを……コンシェルジュの職業病というか、住人の方々の動向につい敏感になってしまって」
「はは。職業病か〜」

てことは、オレが毎日会社と家の往復だってのも見透かされてて、休日には直江としか出かけてないのも……。
もしかしてそろそろ気が付いてるんじゃ……。

「直江さんから……何か聞いていますか?」

声を絞り出すように、でもすごく穏やかに言った開崎さんは、真剣な目をしてた。
きっとこの1週間、オレが開崎さんに接する態度が変わったのも気が付いてるんだろう。

「あー、まあ、少しは」
「1週間、仰木さんの様子を見ていてわかりました。すみません」
「謝ることないけど……」

開崎さんは真面目で、紳士で、ちゃんと相手の気持ちを理解しようとしてくれてる。
オレに負担をかけないように、明るく何事もなかったように接してくれる。いい人なんだな。

「特にどうしたいとは考えてませんから……またお互いに1人で食事の日は一緒にラーメン屋にでも行きましょう」
「え?」
「ほとんど諦めがついてますから、警戒もしなくて大丈夫ですから」
「……うん」

にこやかに仕事に戻った開崎さんを見て、すごいと思った。
ああいう紳士的で思いやりのある人が、自分の気持ちを押さえ込んでオレを傷つけないように接してくれる。
開崎さんは大人だ。オレも大人になろう。

「お待たせしました」

大人なようで大人じゃない男が戻ってきた。

「おっせえ」
「すいません。行きましょう」
「ん」

直江と開崎さんを比べたら、開崎さんの方が常識的で大人で紳士なんだと思う。
それでもオレが選ぶのが間違いなく直江なのは、オレに足りないところを直江が持ってて、直江に足りないところをオレが持ってて、うまくバランスを取りながら補って、なおかつ愛情を与え合える存在だから、だと思う。
この見解に自信はないけど、オレが直江を好きでいることに関しては自信ある。
たぶん一生、それは変わらない。

「直江」
「はい?」
「大好き」

往来で突然そんなこと言ったオレに驚いて、目を丸くしてから赤くなって、キョロキョロして、それから顔を両手で押さえて汗だくになった。

「ずるいですよ……」
「そう?」
「本当にあなたは……」

いつも自分がしてることのくせに、自分がやられると困るんだな。不思議なもんだ。
珍しく落ち着かない直江の横に並んで、もう少しこの汗だくな男をいじめてやろうと思った。

「大好き」
「また……もうやめてください」
「じゃあ嫌い」
「それはダメです!」
「愛してる」
「うっ……」

面白かった。面白かったけど、それ以上に直江が愛しかった。
ずっと歩きながら、隣にいて欲しいと思った。

 

 

おわり

 

 

   
 
またもやライバル出現。
まだ直江と付き合ってることは
全然わかってません。
これからどうなるか
自分もわかりません。
 
     
ブラウザで戻ってください