同じ世界で一緒に歩こう それから


スキャンダル


 
   

 


会社の男友達がパソコンを買うって言ってパンフをたくさん持ってきた。
今は自分でカスタム注文をするのが流行ってるらしくて、イマイチ興味の無いオレでもなんとなく気になった。
見せてもらったら薄型の液晶テレビみたいなパソコンの写真があって、それがかっこいいデザインだったんだ。

「ああ、これはノートパソコンみたいなものだから、正直長持ちはしないぞ」
「へえ……じゃあ長持ちするのってどうゆうの?」
「デスクトップだな。本体とモニターが別々になってるやつ」

箱の本体と液晶モニターのだって言われて、それだとオレの部屋に置くには大きすぎるな〜って思った。
だってオレの部屋は直江んちの中で一番狭い6畳で、置き場ってゆったら机の上だもんな。机の上にはもうミシンが常設されてるし、そんなでかいモニターをどこに置けってんだって感じ。

「パソコン欲しいのか?」
「ちょっとな〜」
「でもあると便利だよ。仕事でメール使う時に、家でも出来たらって思うもん」

そっか。確かにオレも仕事でパソコン使って家でも使えたらなって思ったことあったな。
直江のノートパソコンがあるにはあるけど、直江のだから壊したりしたらヤバいし。直江が企画に参加してる雑誌のネタやデータが入ってるらしいから、間違って消したりしたら大変だよ。

「うーん」

買おうかな……でも、高いんだよなあ……そんな金あるならもっと美弥に仕送りしてやりたいしなあ。
けど、うーん、どうしようかな。

 

 

 

「私が買いますよ」
「いらん、自分で買う。ローンで買うって決めたんだ」
「そんなお金があるなら美弥さんに仕送りしてあげてください。パソコンは私が買います」

オレと同じこと考えた直江につい笑ってしまった。こういうところはオレと直江、似てるよな。

「就職祝い、何もしてませんでしたから」
「そうだっけ?」

オレとしては家賃なしでこの家に住めること自体が就職祝いでもあるんだが。

「何かしたいって思ってたんです。高耶さんがいいなら買いますけど、どうですか?」

最近、オレは直江の収入がどのぐらいあるか知った。一緒に住んでて一生二人で暮らすんだからって、直江が勝手に申告してきて、その額に度肝を抜かれて、さらに貯金の額を知って心臓発作を起こしそうになった。
老後の貯金なんか考えなくてもいいんじゃないかぐらいの超セレブ野郎だった。
パソコンなんて直江の小遣いからしたら雀の涙の金額で買えちゃうんだから、ここは遠慮なく買ってもらおう。

「うーん、じゃあ買って。今度の休みに一緒に行こう?」
「はい」

オレより嬉しそうな直江はバカだと思う。
夕飯を食べてから風呂に入って、お揃いのリネンのパジャマでアイスティーを飲みながら、直江のノートパソコンでオレが買うやつの目星をつけた。

「オレも直江みたいなノートか、モニターと一体になってるヤツがいい」
「部屋でしか使わないならモニター一体型の方が場所は取らないですよ」
「ふうん。じゃあそうしようかな」

オレが気に入ったモニター一体型のやつはカスタムも出来るみたいだった。直江に何が必要かを教えてもらってメモって、今度の休みに一緒に出かける約束をした。

 

 

 

オレのパソコンはカスタムだから、買いに行った日から1週間経って宅配便で送られてきた。
簡単に設置できるから1人で全部やって、直江が帰ってくるころには全部終わってた。

「……私が設置したかったのに……」
「え〜?なんで?オレ1人でも簡単だったよ。本体も軽いし、設定も説明書どおりで超ラクチン」
「……設定もして高耶さんにカッコイイって言われたかったんですよ」
「アホくさ」

でも可愛い。そうやってオレにもっと好きになって欲しいって思ってるところが可愛い。
何かやってもらえることはないかと部屋を見回した。まだプリンターを置いてないからそれを出してもらって設定もやってもらおう。

「んじゃさ、プリンターやって」
「はい!」

プリンターも一緒に買った理由は、インターネットで型紙がたくさん出てて、それを印刷して服を作るからだ。
型紙からアレンジして直江の部屋着も作れるし。

「高耶さん、できました!」
「早いな」
「そりゃもうこの日のために頭に設定方法を詰め込みましたから!」

……バカで可愛い直江。
オレ、直江が彼氏で幸せだな。

 

 

そんなある日、オレは型紙を印刷してから海外のファッションショーやモデルの写真を見ようと思ってネットで色々探してた。
いつも気になってるブランドの女性専属モデルを集中的に探してたら、どうやら彼女はスキャンダルが多くてファッション以外でも有名だってことがわかった。

「へー、そうだったんだ〜」

個人サイトのゴシップ記事の写真を何枚か見てたら、そこに知ってるヤツが映ってた。
そのモデルと付き合ってたって噂があった男とディープキスしてる写真。その男ってのは直江だ。

「………………」

超美人の白人モデルのゴシップ。相手の直江は彼女ほどメジャーじゃなかった頃だから(今でも彼女の方が有名だけど)
直江の名前も出てない。でも見れば誰でもタチバナだってわかる。
ゴシップ記事が雑誌に出たのは今から6年前。直江とオレが出会うずっと前で、まだ直江がフランスに住んでた頃の写真だ。

そりゃあいつがそーゆーヤツだったってことは知ってるし、知り合う前なんだからモヤモヤ考える必要ない。
このモデルと真面目に付き合ってたかもしれないし、お互いに遊びだったかもしれないけど、気にする理由もない。
だけどディープキスの写真てのは……けっこうどころか、すっごいショックだ。

「もう見ない」

自分に宣言してホームページを閉じて、ついでに気分が乗らなくなったからパソコンの電源も落とした。
今日は直江はまだ帰ってこない。食事をして帰るって言ってたから遅くなるんだと思う。

遅くなったって今はオレの彼氏で高耶さん病になってるから浮気の心配はしないけど、でもああいう世界的に有名なモデルが手を出してくるほどのいい男なのは変わらない。
しかも最近は全裸のポスターのせいで人気も上昇してるし、海外の仕事も増えた。
たぶん、パーティーとか出たら絶対、100%、言い寄られてるに決まってる。

それがこんな普通の日本人の面白味もない22歳男子と付き合ってるんだ。目移りしたって文句は言えないよな。
直江に捨てられないように、頑張って身の回りのことしてやんなきゃいけない。
でも、最近は自分の仕事が忙しいから直江の世話なんかしてやれないし、学生の頃みたいにしょっちゅう夕飯も作ってやれないし、エッチだってたまにしか出来ないし、休みも合わなくなってきたし……。
これ、本気でヤバいんじゃないかな?

直江だって、オレみたいなのを毎日見てるより、キレイなモデルさんを見てた方が刺激があっていいと思うかも。
実際、オレを見てる時間より、モデルさんを見てる時間の方が長いわけだしさ。
どうしても目が肥えるよな。

「いくら同居ってゆっても、結婚してるわけじゃないからな……」

この前、千秋の入れ知恵でオレと直江の間で契約書を交わした。契約書にサインと印鑑を押させるのに時間がかかったのは、直江もオレとのこの生活を契約や法律や金で括りたくなかったからなんだけど、それって裏を返せばいつだって好きな時に身勝手に別れられるってことだ。

オレはその点を千秋と譲に説得されて理解したから、契約書を作った。
別れる時にオレが一人暮らし用の資金を貯めてなかったら、そのぶんを直江が払うこと。
オレの浮気で別れる場合は直江は一銭も出さずにマンションから追い出して別れられること。
どっちかの浮気で別れる時は慰謝料が発生すること。結婚と同じだから入籍しなくても責任を取るって意味で。

証人は千秋とねーさんが引き受けてくれた。
正式な公正証書じゃないから約束を反故にする可能性がある。そんな時にオレとも直江とも親しい二人なら反故になんかさせないで強行するって言うから、二人を信じて頼んだ。

本音を言うとオレも直江もあんな書類は必要ないって思ってる。
だけどオレを心配してくれる譲や千秋やねーさんの言うことなら聞いておきたい。それにいざ追い出されたとなったらオレはホームレスになっちゃうから、保障ってものが必要だ。

直江に契約書を見せた時はすごい悲しそうな顔をしたから、すぐに引っ込めてやりたい気持ちになったけど、やめたらきっと譲に物凄い怒られるから引っ込めなかった。
譲を敵に回すのは面倒だ。

「もう考えんのやめよ……」

さっきの写真のことは忘れることにして、一人分の夕飯を作ることにした。
面倒だけど栄養が偏るのは良くないし、ちゃんと自炊しないと腕が鈍る。
冷蔵庫の中の残り物を使って、野菜がたくさん入った春雨の中華スープと、じゃがいもの煮っ転がしを作った。
それと味噌汁とご飯。一人分だからこんなもんだ。

テレビを見ながらリビングで食べて、片付けをして、風呂に入って、ゴロゴロしながらマンガを読んでたら直江が帰ってきた。

「ただいま、高耶さん」

いつもだったら玄関に迎えに行って、おかえりのチューをしてるところだけど、今日はなんとなく気が乗らない。
さっきあの写真を見たからだ。気にしないようにしようとしてもダメなものはダメだ。
玄関で待ってる気配がしてるけど無視して、マンガを読み続けた。
そしたらしばらくして直江がリビングに入ってきた。

「ただいま」
「おかえり〜」

どうして玄関に来てくれなかったのかを聞きたいような顔をしてたけど、別にお出迎えは義務じゃないから直江もそこはわかってるようで、寝室に入って着替えだした。
洗濯物を持って洗面所に行ってから戻ってきて、冷蔵庫からミネラルウォーターを出して飲む。

「酒飲んできたの?」
「ええ、少し」
「なんの仕事?」
「前に話した雑誌の企画ですよ。会議で通った案を食事しながら説明されてたんです」

でももう夜12時過ぎだ。こんなに遅くまで食事だけってことあんのかな?

「どっか飲みに行ったんじゃねえの?」
「行きましたよ。出版社の社長さんに連れられて、銀座のクラブに」

銀座のクラブっつったらキレイなおねーちゃんがたくさんいて、お酌したりしてくれるとこだ。
そんなとこ行ったらモテモテだったんだろうな。

「ふーん」
「……高耶さん?なんだかいつもと違いますけど、どうかしたんですか?」
「どうもしないよ。そろそろ寝るから。おやすみ」
「……高耶さん」

少し怒ったような声。実際は怒ってないんだけど、オレが隠し事してる時なんかに吐かせようとしてきつめに名前を呼んで、怒りますよ、みたいに威嚇する。
いつも優しいけど、たまにこうやって怒る。甘やかされるばっかりじゃなくて、ちゃんと叱ってくれるいい彼氏ではあるが。
今日はイヤだ。

「どうしたんですか」
「……言いたくない」
「言葉にトゲがありますよ」

直江が悪いわけじゃない。あの写真は何年も前のものだし、本気で好きだったのかもしれないし、オレが嫉妬したって意味が無いものだ。
でもイヤなものはイヤだったんだ。

「ごめん。直江は悪くないから気にしなくていい。ホントにごめん」

イヤだからってそれを言ったらきっと直江は呆れる。それにこんなに心が狭かったのかって失望もされる。
言わないでおこう。ずっと黙ってよう。

 

 

 

次の日から態度は普通に戻れた。でもどうしてもチューできない。
時間が経てば忘れて出来るようになるのかもしれないけど、今は無理だ。
そのせいで出勤する時も、帰ってきた時も、寝る時も、チューなし。とうとう直江の不満と不安が爆発した。

オレが帰ってきた時に直江が出迎えに出てくれて、その時に。

「おかえりなさい」
「うん、ただいま」

そのまま部屋に行こうとしたら腕を掴まれて、引っ張られたと思ったら頭を抱えられてチューされそうになった。
少し怒ってる顔が目の前にあった。
どうやって直江の腕を振り払ったのかわからないけど、強めに払ったのは確かで、その時に顔を引っ掻いてしまった。

「あ!ごめん!」

モデルの顔に傷をつけたら大変なことになるのに、何やってんだ、オレ。

「傷になってないか?見せてみろ」

少し赤くなってるだけで血が出たりはしてなかった。明日には元に戻ってるだろう。

「良かった……」
「……そんなにイヤなんですか」
「え?だって顔に傷が残ったら仕事に影響でるだろ?」
「そうではなくて。そんなにキスされるのがイヤなんですか?それとももう私といるのがイヤになったということですか?」

いつになく表情が強張ってた。怒るとか、不愉快だとか、そうゆう表情なのに、目だけが悲しそうだった。
少し潤んでるのは気のせいじゃないと思う。

「直江……」

まだ何か言いたいようだったけど、これ以上は声にならないみたいだ。声を出したら泣きそうなんだろう。
唇を噛み締めてオレの顔だけ見て、不安に心を揺らして。

「直江のことは、好きだよ」
「……じゃあなぜ」

まだ疑ってる目だ。本当のことを言って幻滅されるか、ごまかして直江を楽にしてやるか、どっちを選べばいいのか自分でもわからない。
だけど嘘ついたり隠し事したりはしないって約束してるし、ごまかし続けてもオレがチューできないままだったら何も変わらないと思う。

「こっち、来て」

袖を掴んで自分の部屋に連れて行った。それでパソコンの電源を入れて、ブラウザの履歴からあの写真を探し出して見せた。

「これ」
「あ……」
「チューしたくなかったのは、これのせい」

二度と見ないって決めてたけど見ちゃった。こっちが泣きそうだよ。
すぐにブラウザを閉じて電源も切った。直江を見ると頭を抱えてオレの部屋のソファに座りこんでた。

「もうだいぶ前の写真だし、海外でしか発刊されなかった雑誌だったから高耶さんが見ることはないと思ってました……」
「オレだって驚いたよ」
「でもそれは」
「うん、もう過ぎたことだから気にする必要ないのはわかってる。でもさ、普通の人ならこうゆう写真を見ちゃうことってほとんどないじゃん。けど直江の場合はこれからもあるかもしれない。そう思うと気が重くなって、直江とするチューの意味がわからなくなってくるんだ」

付き合った人が何人もいる直江が、オレとするチューを「たいしたことない」と思ってたら悲しい。
そんなこと直江は思わないに決まってるんだけど。
だけどいつかオレと別れた時に、オレとチューしたのを新しい彼女に「あんなもの」呼ばわりされてもイヤだ。
だからしたくなかった。

そう言ったらますます落ち込んで、ヨロヨロと部屋から出てった。
リビングのソファに倒れこんで、大きな溜息を何度もして、真っ青になって頭をかきむしった。

「結局、私はあなたを守ると言いながら、全然守れていませんよね……」
「いや、それはいいんだ。こういうことは守るとか関係ないからさ。それに直江は本当に悪くないんだよ。オレが勝手に色々考えてるだけだから」
「あんな写真を撮られた私が悪いんです」
「違うって」
「そうですよ」
「違う」

どんどん小さくなってく直江の背中。可哀想なぐらい見てられなかった。

「高耶さんを愛しているなら、ちゃんとああいう写真があることも知らせておかなければいけなかったし、あなたを不安に思わせないぐらい毎日溢れるほど愛を伝えなければいけなかったんです。自分が不甲斐なくて情けないですよ」
「そ、そんなことないって!直江はちゃんと愛してるって伝えてたよ!オレが小心者だから不安になっただけで直江がそんなふうに落ち込むことないんだって!」
「でも」
「もう、うるさい!!」

これ以上、情けない顔をする直江を見ていたくなくて、駆け寄って顔を上げさせてチューした。
こんなに必死になる直江がオレとのチューをたいしたことないなんて思わないよな。

「高耶さん……」
「直江は悪くない!大丈夫だ!オレが言うんだから大丈夫だ!」
「……はい……」
「泣くな、バカ!」
「泣いてませんよ。高耶さんが泣いてるんじゃないですか」
「だって直江が好きだから!」

そう言ったら直江がチューしてきた。あったかくて優しいチューだ。

「今までのキスを忘れるぐらい、高耶さんがキスしてくれますか?」
「する!」

1時間ぐらいずっとチューして、それから夕飯作ってる間も、風呂に入ってる間も、寝るまでずっとチューして過ごした。エッチの間も繋がったままチューしてた。
それで仲直りして、オレも直江もどれだけ好きで二度と離れないかってゆうのを実感した。

「今度は高耶さんとキスしてるところをパパラッチされましょうか」
「……それは困る」
「ですよねえ……」
「でも一枚ぐらいはあってもいいかもな」
「そのうち撮りますか?」
「うん」

いつになるかわからないけど、武藤あたりに撮ってもらってもいいかもしれない。
あいつならきっと愛情たっぷりだってゆうのが伝わる写真を撮れるから。

「もっとチューする?」
「はい!!」

直江のチューはオレにとって大事なもの。それだけでいいや。うん、それでいいんだな。
もっとしようよ、直江。

 

 

おわり

 

 

   
 
有名人と付き合うと
こうゆうこともあるんだろうな、と
妄想して書いたものです。
直江は完璧な高耶さん病
なんですが。
 
     
ブラウザで戻ってください