同じ世界で一緒に歩こう それから


沈まない太陽


 
   

 


夕飯はホテル併設のレストランで。伝統料理ばかりかと思ってたけど、普通にフレンチみたいなメニューだ。
でもせっかくだからお酒はアイスランドウォッカのカクテルにして、誕生日のお祝いをしてくれた。

「忘れないように先に渡しておきます。プレゼント」
「旅行がプレゼントなんじゃないの?」
「それだけじゃつまらないでしょう?」

直江が出したのは手の平サイズの箱だった。丁寧に開けてみると中に銀色のバングルが入ってた。

「バングル?」
「ええ。高耶さんに似合いそうだと思って。というか、高耶さんは私のものだという意味で」

よく見たらバングルの裏側に名前が。FROM.NAOE。

「おまえはどれだけオレに印をつければ気が済むんだ?」
「無数に付けたいですよ。指輪だってバングルだって腕時計だって名前を入れて、高耶さんの肩や胸や足にもマーキングして、いつでも自分のものだと全世界が知ればいいのに、と思ってます」
「…………」

やっぱり直江はものすごいバカだけど、そこが嬉しい。そこまで思ってくれるのが一番嬉しい。

「直江、大好き」
「私も、高耶さんを愛しています」

いつもだったらロマンチックなレストランで、夜景を見るための薄明かりしかない場所だ。でもここは違う。
ロマンチックではあるけど、ずっと夕焼けみたいな明かりの中で、オレが顔を赤くしたりとか、涙目になったりとか、夜だったら誤魔化せる恥ずかしい顔もしっかり昼間の光で見られてる。

「太陽がずっと出ていると、このまま時間が止まってしまいそうな錯覚がしますね。高耶さんの誕生日に夜が来ないからずっと何日間も誕生日なんじゃないかって……まるで誕生日に閉じ込められた童話みたいです」
「あ、オレもそう思った。さっきからずっと陽が落ちないから不思議で、変な錯覚がして、時間が止まってるような感じ」
「たまに……時間が止まればいいのに、と思うことがあります」
「たまに?」
「ええ、今のままのあなたが、私をずっと愛してくれないかと思う時に、時間が止まればいいって、思います」

その気持ちは、オレも同じだ。
直江との関係が年齢とともにに変わっていくのかもしれない、そう思うと怖くなってオレはもう時間に閉じ込められて生きたいと、直江と二人きりしかいない世界で生きたいと、おかしな想像をする。

「この白夜は私と高耶さんが永遠に愛し合える時間なんだと思います」

目が覚めた時からもうすでに昼間みたいな明るさで、ショーがあってもパーティーがあっても、それでもまだ陽はオレたちを照らしてくれる。夜なんか来ないんだから眠らないでずっと直江に愛してるって言ってやれる、なんて思う。
白夜だからって眠らないわけじゃないのに。

「高耶さんの誕生日は大暑ですよね。ここは暑くはないですが、長く太陽が出る一番いい場所です。あなたがどれだけ太陽に愛されているかの証拠のようで、少し嫉妬してしまいますが」
「……直江にも愛されてる?太陽よりもずっと強くオレを愛してくれる?」
「もちろんですよ。白夜のように私の愛も終わりません」

アイスランドウォッカなんて強いお酒飲んじゃったから、こんな恥ずかしいこと言えるんだろうな。
ウォッカと白夜がオレと直江を酔わせる。

 

 

 

レストランで食事を終えた時点でオレと直江はいい気持ちで酔ってて、ずっと腕組んだり手を繋いだりして人目も憚らずチューもした。
部屋に戻ってからオレは少し眠くなってベッドに。直江は仕事があるからシャワーだけ浴びて準備だ。

「ふー」
「さっぱりした?」
「高耶さん、眠そうですよ。もう寝てしまったら?」
「んん。直江の撮影も見たいもん」
「じゃあ撮影に行く前に起こしますから寝てていいですよ」
「ん〜」

直江のベッドで寝た。たまに直江が夢の中でチューしてきたり、愛してるって言ってきたりした。
こんなに空と地球が果てしなく見えてるところに、直江と一緒に来られて、こんな幸せなことはない。
今日の誕生日は人生最高だよ。

「高耶さん、そろそろ出ますよ。起きて」
「うん」

直江に揺すられて起きた。酔いはまだ少し残ってるけど、このフワフワ感は眠いからじゃなくて幸せだからだ。

「ユカさんが迎えに来てますから」

直江と手を繋いで外に出て、ユカさん運転の車で昼間の温泉施設へ。
着いたら日本人の団体がいた。持ち物で撮影隊だってわかった。

「高耶さん、あそこ」

直江に指を差されて見たところに、撮影機材をチェックしてる見慣れた無精ヒゲがいた。武藤だ。

「武藤?」
「ええ、私からのリクエストで今回のカメラマンをやってもらう事になってたんです」
「へ〜」

武藤に近づいて話しかけてみた。

「あれ?!おまえも来てたのか?!」
「うん。直江の監視」
「監視って」

二人で笑ってたら直江も来た。

「よろしくお願いします、タチバナさん」
「こちらこそ」
「えーと、新婚旅行ですか?」
「ちが……」
「ええ、まあ」

やっぱ新婚旅行だと思ってやがったのか。もういい。反論するのもバカバカしい。

「じゃあ私は着替えてきます。高耶さんは綾子といてくださいね」
「うん」

しばらくしたら直江が水色のシャツに着替えてきて、レストランの席に座ってサンドイッチと一緒に撮影。別に今回はファッション重視じゃないからラフな服装ばっかりだ。
それが終わるとちょっと夕焼けっぽい光の中で直江が水着で温泉に入る、ってゆーのを撮るそうだ。また裸か。

「直江さあ……ヌードの広告からずーっとあの体型維持してるけど……気に入ったのかしら?」
「……オレが気に入ったから維持するんだって頑張ってる」
「なるほどね。あんたのためなら何でもやる男ですもんね」

武藤のカメラと直江が融合すると、直江の内面まで出てくる写真が出来上がる。ポーズを指定するのに惑わない武藤。
その武藤の指定に挑むように表情や姿勢を余裕で作り出す直江。
オレと直江が恋人同士なように、武藤と直江はカメラマンと被写体っていう関係性が完全に出来上がってるみたいだ。

「タチバナさん、ミストサウナでも撮りましょう」
「ええ」

プールのような温泉から出て、岩の中にあるミストサウナに行って撮影をした。狭いミストサウナだからオレたちは入れなくて外から覗いてた。
ミストのせいで直江の体に玉みたいな水滴がついてる。あれは……すごい色っぽいぞ……。また女性ファンが増える。

撮影は約2時間で終了。すぐ終わったんだな、って武藤に聞いたら、今日の撮影は序の口で、明日からが本番の撮影だから楽しみにしとけよ、と言われてしまった。
ホテルに帰ってからなんかやけに甘えてくる直江と一緒に風呂に入って、チューをたくさんした。

「どうした?」
「高耶さんが武藤にばっかり話しかけるから」
「妬いちゃったの?」
「そうです。せっかく高耶さんの誕生日なのに」

直江にギューされたまま体を拭いて、水滴をポタポタ落としながらベッドに行った。

「直江にこんなにヤキモチ妬かせるのってオレだけだよな?」
「当たり前じゃないですか。だから今夜もマーキングしますよ」
「今夜って、白夜だからちょっと違うじゃん」
「でも今夜、です」

濡れたままの髪や、拭かれてない背中のままベッドに下ろされた。我慢できないのかな?

「小さなホテルだから、静かにな」
「はい……」

誕生日で、直江のかっこいいショーの日で、直江と武藤のコラボ作品が出来て、忙しかったけどずっと明るかったから全部がのんびりしてて心に余裕があって、長い1日になった。

 

 

次の日からは撮影隊とユカさんチームで、トヨタのランドクルーザーで港に行く道を走った。
港で直江は地元の漁師さんと話してるとことか、漁船に乗ってみたり、なんかやけに楽しそうに写真を撮られてた。
景色を見る目が恋する男みたい。

「本領発揮ねえ……直江はきちんとハマるとモデル以上のものを出すから」
「モデル以上のもの?」
「そう、役者でもできない自然なタチバナを演じられるのよね」

そうなんだ?直江ってそういうモデルなんだ。

「なんかいいことあったのかしら?」
「誕生日祝いしてくれたから、その余韻じゃないの?」
「なるほどね〜。じゃあこれからはアンタを立ち合せて撮影するといいかも。パリで撮影したときも表情から体の動きからアンタを意識してたからうまくいったのよねえ」

それはどうだろう?あれは直江の努力だったはずだけど。
それに直江のために仕事放り出して撮影に付き添いなんか無理だっちゅうの。

「港はOKでーす、次は苔の岩場でお願いします」

苔の岩場。アイスランドは火山でできた国だから、溶岩が重なった大地で、その溶岩に苔が生える。ちなみにこの苔は食えるらしい。
また車で移動してロケハン会社の人が指示した岩のところまで行った。
苔のところに立った直江は足元の不安定さに最初は戸惑ってたみたいだけど、足元が悪いなら座ればいいと座ってしまった。
でもその姿が真緑の中の王子様みたいでかっこよかった。家にいる時とは大違いでそのギャップに笑いそうになったけど、笑ったら直江がおかしな顔をして武藤に迷惑をかけそうな気がしたからどうにか笑いを噛み殺した。。

約3時間で撮影は前半終了、昼休憩。午後2時からはレイキャビクの町で撮影するんだそうだ。

「おつかれ〜」
「夢見心地のまま撮影になってしまいましたね。顔がつい緩んでしまいそうで」
「でもそれが直江の本領発揮だって言ってたよ」
「じゃあきっと高耶さんのおかげですね。明日も明後日も、夜が来るまでずっと高耶さんの誕生日ですから」

これ本気で言うのが直江なんだよな。大事に大事にしてもらってる感じが心地いい。
海外だってゆうのもあってオレも直江も少し……いや、すごく開放的になってるから今の直江の言葉がすんなり入ってくる。

「今日はこれからレイキャビクで街写真ですって。明日はアイスランド名所での撮影になります」
「明日の撮影隊は武藤と違うの?」
「いえ。このまま武藤です。今回の仕事はムック本の制作のためですから。でも使えそうな写真があったらファッション誌にも使われたりしますよ。同じ出版社ですからね。武藤のスケジュールが空いてて良かったですよ」

直江が自分で選んだカメラマンが武藤か。オレ、武藤の写真好きだな。風景もよかったし、グラビアもよかったし、でもやっぱファッション関係ないところで撮る武藤の人物写真は人間のきれいなところも汚いところも写すから好き。
直江の中で「高耶さんのお誕生日」はあと何日も続く。そんな中で武藤に写真撮られたらどうなるんだろう?




翌日は名所って言われるとこだとか、牧場で毛足の長い馬に乗ったりとか、青空の下で直江はずっとモデルの仕事をしてた。
ねーさんが本領発揮って言ったのもなんとなく理解できた。本人が楽しんでるからかも。
直江とは別にタチバナって人格の男が仕事を楽しんでて、その間はオレの存在も忘れて熱中してる感じがする。
なんとなく寂しいけど、仕事をしてる直江は尊敬できる。

名所から首都のレイキャビクに戻って、オシャレなカフェで雑誌の記者さんがタチバナの取材をする。離れた席でねーさんと見てた。
いったいどんなことを話してるんだろう。タチバナは。

「じゃあ撮影終了です。みなさんお疲れ様でした!」

夕方4時、タチバナを使った撮影は終了で、あとは武藤がスタッフと景色を撮るために車で国じゅうを移動するらしい。オレとはまた日本で会おうって約束して武藤は次の町へ行ってしまった。

「やっと終わりましたね」
「おつかれ。かっこよかったぞ」
「ありがとうございます」

全部の仕事が終わったからオレたちはユカさんの車に乗ってホテルに戻った。そこでもうユカさんとはお別れ。

「ありがとうございました。本が出来上がったら出版社から送るようにしてもらいます」
「楽しみに待ってますね」

雑誌に取材協力でユカさんの名前も載るそうだ。当然武藤たちも。
一冊の本の一部分だけなのに、人が何人も協力しあう。それでやっと数ページが出来上がるんだから、雑誌の仕事ってすごい大変だと思った。
ねーさんは今日の夜の飛行機でもう帰るらしく、夕飯だけ一緒に食べて見送りした。

「明日は温泉に入りましょう。せっかくですから」
「うん」

また今日もずっと明るい昼間のまま。少しだけ夕焼けみたいになるけど、ほとんど明るいんだからなんか今日もまだ23日な気分だ。

 

 

翌日は直江のしつこいエッチのせいでけっこうな時間を寝すごして、起きたらもう12時。昼の12時だ。
なんだか時間てゆう概念がなくなってきた。

「昼飯どーする?」
「温泉のカフェでランチにしましょうか」
「うん」

ホテルの人に運転を頼んで温泉に。直線距離だとすぐに目の前なんだけど、歩いて行くと20分以上かかるから、送迎のサービスがあるんだ。
帰りは電話すると迎えに来てくれる。

カフェでサンドイッチを食べてから温泉に。温泉プールであって、日本の温泉とは違うから水着は必須だ。
直江の視線がビシバシ突き刺さるけど無視して着替えて温泉に。濁り湯みたいな水色をしてるから直江につけられたお腹のキスマークも見られないで済むし、直江の痛い視線もカットだ。

アイスランドは岩と苔ばっかりでなんにもないように見えるけど、本当はたくさんのものがある。
今みたいなのんびりした時間とか、広い空とか。「なんにもない」がある。

「なあ、直江。おまえ本当は自分から強引にアイスランドに行きたいって売り込んだだろ?」
「どうしてそう思うんですか?」
「たぶんオレと同じことを考えてるから」
「高耶さんは何を?」
「教えない」

きっと直江は「なんにもない」所に「オレたち」を連れてきたかったんだと思う。
この殺伐とした火山と氷と溶岩の島に。

「私が初めて来た時に思ったのは、ここは美しいのか違うのかわからない何もない場所なんだ、と思わせる景色で、当時の自分の心に似てました。表面はあくまでも華やかな仕事なのに、なぜか殺伐とした心境で。パリに住んでなんとなく自分の気持ちが不安定になってたんでしょうね。そんな時に仕事でここへ来て、妙に惹かれてプライベートで一人で何度か来ているうちに、いつか本気で好きになった人と来ようと思って……自分の中を見て欲しくてそう考えたんです」
「今も直江の心は美しいのかどうなのかわからないところ?」
「あなたがいる今は静かな天国ですよ」

直江は本当に、オレがいなくなったらダメになる。ダメになって本物の地獄に行く。たぶんそれはオレも同じだ。
直江がいなくなったら自分がどうなるかわからない。

「直江と来られてよかったよ」
「そう言ってもらえるなら私も嬉しいですよ」

いつもみたいに直江と過ごしてる静かな時間だった。たまに何か思いついたことを話したり、ただ景色を見ていたり、そばにいるだけで満足な、そんな静かな時間。

それから残りの日を二人で色んなところに行って過ごした。でもそこにあったのは自然と空と直江だけ。
贅沢すぎるほど何もなくて、でもいろんなものがたくさんあって、今までで直江と過ごした時間の中でも一番落ち着いた、静かな時間だった。
そんな中で直江が言ったことは。

「必要なのはあなただけです」

火山の岩の上で、手を繋ぎながらだった。

 

 

 

日本に帰ってからは旅行中と正反対で忙しくて、その場その場でのことしか考えられないような毎日に戻った。
たまに思い出してはまた行きたい〜って思って涙ぐみそうになったり。

そんな時に、直江が例のムック本をもらって帰ってきた。ページをめくるといつもと違うタチバナがいた。

「なんだろうな〜」
「何がですか」

直江の本領が発揮されてるのはオレでもわかった。でもいつもと違うところは特にない。

「うーん」
「悩んでないで教えてください」
「ちょっと静かにしてろ」

黙らせたら拗ねたらしくてクッションを抱えてむくれてる。
本の中のタチバナとは大違いだ。

ページを何度もめくってるうちに気が付いた。今回の写真はモデルじゃなくて、生身のタチバナが出てるって。
いつもはモデルってゆう役をやってるだけだ。でもこれはタチバナヨシアキってゆう人間の本気で真剣なものが滲み出てて、野生動物みたいな危うさと、人間的な脆さがある。触ったら噛まれるか、壊れるかだ。
タチバナの目はいつもと違って少しだけきつめで、北欧の伝説に出てくる魔法を使う男みたいだ。
武藤の直江の狙いってこうゆうことだったのか。撮影された当人はまったく気付いてないけど。

「はー、そうかー」
「だからなんですか」
「いいのいいの、直江は知らなくていいの」
「高耶さんっ」

教えろって迫られたけど、教えたらきっともう二度とこんなタチバナは見られないだろう。
だから絶対に教えない。チューしようがエッチしようが、絶対に陥落されないぞ。

「直江、誕生日プレゼントありがとな」
「バングルじゃなくて?」
「うん、この本がプレゼントの方が嬉しい」
「…………バングル、気に入りませんでしたか?」
「そうじゃなくて。バングルも嬉しい。でもこの本はもっと嬉しい」

何を言ってるのかわからないって拗ねて、そっぽを向いたけど、背中にくっついてホッペにチューしてみたら機嫌が直った。

「オレは直江の全部が好きだよ」
「……私も、です」

ずっとずっと甘いチューをして、今日やっとオレの誕生日が終わったみたいだった。
あの時の白夜から、この本を見てる今まで、ずっと直江と夢の中にいたんだろう。
オレの誕生日を白夜で白く染めたこの男を愛してる。
何もいらないから、直江だけが残ればいい。

「愛しています」
「愛してるよ」

目を閉じれば今も白夜だ。直江がくれたプレゼントは、直江自身てことだよ。

 

 

おわり

 

 

   
 
お粗末様でした。
なんでアイスランド?と
思われたでしょう。
なんでかというと
なんとなくです。
 
     
ブラウザで戻ってください