同じ世界で一緒に歩こう それから |
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「忘れないように先に渡しておきます。プレゼント」 直江が出したのは手の平サイズの箱だった。丁寧に開けてみると中に銀色のバングルが入ってた。 「バングル?」 よく見たらバングルの裏側に名前が。FROM.NAOE。 「おまえはどれだけオレに印をつければ気が済むんだ?」 やっぱり直江はものすごいバカだけど、そこが嬉しい。そこまで思ってくれるのが一番嬉しい。 「直江、大好き」 いつもだったらロマンチックなレストランで、夜景を見るための薄明かりしかない場所だ。でもここは違う。 「太陽がずっと出ていると、このまま時間が止まってしまいそうな錯覚がしますね。高耶さんの誕生日に夜が来ないからずっと何日間も誕生日なんじゃないかって……まるで誕生日に閉じ込められた童話みたいです」 その気持ちは、オレも同じだ。 「この白夜は私と高耶さんが永遠に愛し合える時間なんだと思います」 目が覚めた時からもうすでに昼間みたいな明るさで、ショーがあってもパーティーがあっても、それでもまだ陽はオレたちを照らしてくれる。夜なんか来ないんだから眠らないでずっと直江に愛してるって言ってやれる、なんて思う。 「高耶さんの誕生日は大暑ですよね。ここは暑くはないですが、長く太陽が出る一番いい場所です。あなたがどれだけ太陽に愛されているかの証拠のようで、少し嫉妬してしまいますが」 アイスランドウォッカなんて強いお酒飲んじゃったから、こんな恥ずかしいこと言えるんだろうな。
レストランで食事を終えた時点でオレと直江はいい気持ちで酔ってて、ずっと腕組んだり手を繋いだりして人目も憚らずチューもした。 「ふー」 直江のベッドで寝た。たまに直江が夢の中でチューしてきたり、愛してるって言ってきたりした。 「高耶さん、そろそろ出ますよ。起きて」 直江に揺すられて起きた。酔いはまだ少し残ってるけど、このフワフワ感は眠いからじゃなくて幸せだからだ。 「ユカさんが迎えに来てますから」 直江と手を繋いで外に出て、ユカさん運転の車で昼間の温泉施設へ。 「高耶さん、あそこ」 直江に指を差されて見たところに、撮影機材をチェックしてる見慣れた無精ヒゲがいた。武藤だ。 「武藤?」 武藤に近づいて話しかけてみた。 「あれ?!おまえも来てたのか?!」 二人で笑ってたら直江も来た。 「よろしくお願いします、タチバナさん」 やっぱ新婚旅行だと思ってやがったのか。もういい。反論するのもバカバカしい。 「じゃあ私は着替えてきます。高耶さんは綾子といてくださいね」 しばらくしたら直江が水色のシャツに着替えてきて、レストランの席に座ってサンドイッチと一緒に撮影。別に今回はファッション重視じゃないからラフな服装ばっかりだ。 「直江さあ……ヌードの広告からずーっとあの体型維持してるけど……気に入ったのかしら?」 武藤のカメラと直江が融合すると、直江の内面まで出てくる写真が出来上がる。ポーズを指定するのに惑わない武藤。 「タチバナさん、ミストサウナでも撮りましょう」 プールのような温泉から出て、岩の中にあるミストサウナに行って撮影をした。狭いミストサウナだからオレたちは入れなくて外から覗いてた。 撮影は約2時間で終了。すぐ終わったんだな、って武藤に聞いたら、今日の撮影は序の口で、明日からが本番の撮影だから楽しみにしとけよ、と言われてしまった。 「どうした?」 直江にギューされたまま体を拭いて、水滴をポタポタ落としながらベッドに行った。 「直江にこんなにヤキモチ妬かせるのってオレだけだよな?」 濡れたままの髪や、拭かれてない背中のままベッドに下ろされた。我慢できないのかな? 「小さなホテルだから、静かにな」 誕生日で、直江のかっこいいショーの日で、直江と武藤のコラボ作品が出来て、忙しかったけどずっと明るかったから全部がのんびりしてて心に余裕があって、長い1日になった。
次の日からは撮影隊とユカさんチームで、トヨタのランドクルーザーで港に行く道を走った。 「本領発揮ねえ……直江はきちんとハマるとモデル以上のものを出すから」 「なんかいいことあったのかしら?」 それはどうだろう?あれは直江の努力だったはずだけど。 「港はOKでーす、次は苔の岩場でお願いします」 苔の岩場。アイスランドは火山でできた国だから、溶岩が重なった大地で、その溶岩に苔が生える。ちなみにこの苔は食えるらしい。 約3時間で撮影は前半終了、昼休憩。午後2時からはレイキャビクの町で撮影するんだそうだ。 「おつかれ〜」 これ本気で言うのが直江なんだよな。大事に大事にしてもらってる感じが心地いい。 「今日はこれからレイキャビクで街写真ですって。明日はアイスランド名所での撮影になります」 直江が自分で選んだカメラマンが武藤か。オレ、武藤の写真好きだな。風景もよかったし、グラビアもよかったし、でもやっぱファッション関係ないところで撮る武藤の人物写真は人間のきれいなところも汚いところも写すから好き。 翌日は名所って言われるとこだとか、牧場で毛足の長い馬に乗ったりとか、青空の下で直江はずっとモデルの仕事をしてた。 名所から首都のレイキャビクに戻って、オシャレなカフェで雑誌の記者さんがタチバナの取材をする。離れた席でねーさんと見てた。 「じゃあ撮影終了です。みなさんお疲れ様でした!」 夕方4時、タチバナを使った撮影は終了で、あとは武藤がスタッフと景色を撮るために車で国じゅうを移動するらしい。オレとはまた日本で会おうって約束して武藤は次の町へ行ってしまった。 「やっと終わりましたね」 全部の仕事が終わったからオレたちはユカさんの車に乗ってホテルに戻った。そこでもうユカさんとはお別れ。 「ありがとうございました。本が出来上がったら出版社から送るようにしてもらいます」 雑誌に取材協力でユカさんの名前も載るそうだ。当然武藤たちも。 「明日は温泉に入りましょう。せっかくですから」 また今日もずっと明るい昼間のまま。少しだけ夕焼けみたいになるけど、ほとんど明るいんだからなんか今日もまだ23日な気分だ。
翌日は直江のしつこいエッチのせいでけっこうな時間を寝すごして、起きたらもう12時。昼の12時だ。 「昼飯どーする?」 ホテルの人に運転を頼んで温泉に。直線距離だとすぐに目の前なんだけど、歩いて行くと20分以上かかるから、送迎のサービスがあるんだ。 カフェでサンドイッチを食べてから温泉に。温泉プールであって、日本の温泉とは違うから水着は必須だ。 アイスランドは岩と苔ばっかりでなんにもないように見えるけど、本当はたくさんのものがある。 「なあ、直江。おまえ本当は自分から強引にアイスランドに行きたいって売り込んだだろ?」 きっと直江は「なんにもない」所に「オレたち」を連れてきたかったんだと思う。 「私が初めて来た時に思ったのは、ここは美しいのか違うのかわからない何もない場所なんだ、と思わせる景色で、当時の自分の心に似てました。表面はあくまでも華やかな仕事なのに、なぜか殺伐とした心境で。パリに住んでなんとなく自分の気持ちが不安定になってたんでしょうね。そんな時に仕事でここへ来て、妙に惹かれてプライベートで一人で何度か来ているうちに、いつか本気で好きになった人と来ようと思って……自分の中を見て欲しくてそう考えたんです」 直江は本当に、オレがいなくなったらダメになる。ダメになって本物の地獄に行く。たぶんそれはオレも同じだ。 「直江と来られてよかったよ」 いつもみたいに直江と過ごしてる静かな時間だった。たまに何か思いついたことを話したり、ただ景色を見ていたり、そばにいるだけで満足な、そんな静かな時間。 それから残りの日を二人で色んなところに行って過ごした。でもそこにあったのは自然と空と直江だけ。 「必要なのはあなただけです」 火山の岩の上で、手を繋ぎながらだった。
日本に帰ってからは旅行中と正反対で忙しくて、その場その場でのことしか考えられないような毎日に戻った。 そんな時に、直江が例のムック本をもらって帰ってきた。ページをめくるといつもと違うタチバナがいた。 「なんだろうな〜」 直江の本領が発揮されてるのはオレでもわかった。でもいつもと違うところは特にない。 「うーん」 黙らせたら拗ねたらしくてクッションを抱えてむくれてる。 ページを何度もめくってるうちに気が付いた。今回の写真はモデルじゃなくて、生身のタチバナが出てるって。 「はー、そうかー」 教えろって迫られたけど、教えたらきっともう二度とこんなタチバナは見られないだろう。 「直江、誕生日プレゼントありがとな」 何を言ってるのかわからないって拗ねて、そっぽを向いたけど、背中にくっついてホッペにチューしてみたら機嫌が直った。 「オレは直江の全部が好きだよ」 ずっとずっと甘いチューをして、今日やっとオレの誕生日が終わったみたいだった。 「愛しています」 目を閉じれば今も白夜だ。直江がくれたプレゼントは、直江自身てことだよ。
おわり
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お粗末様でした。 なんでアイスランド?と 思われたでしょう。 なんでかというと なんとなくです。 |
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