同じ世界で一緒に歩こう それから


スクープ


 
   

 


しかし嫉妬は翌週になっても収まらなかった。高耶さんが女優とペアルックなのかと思うと……。
もちろん高耶さんは必要以上にユイコさんの話をしないし、毎日キスもしてくれるし、極上の笑顔を見せてくれる。
愛されている自信も自覚もあるが、嫉妬を抑えることで精一杯だ。
なんとなく高耶さんもそれを感じているのか目で訴えてくる。でもそんなことを言えばケンカになりそうだ。
一人でモヤモヤと考えて、消化しきれないでいる。

ところが、まったく予想もしていなかったことが起きた。
仕事中に綾子から電話があり、帰りに事務所に寄りなさい、という指示があった。珍しいことではないので何も考えずに行くと、綾子が待ち構えていた。

「なにか急用か?」
「……ユイコちゃんと出かけた?」
「ああ、なんで知ってるんだ?」

これよ、と言いながら綾子が一枚の用紙を出した。
モノクロで明瞭ではない写真。ファクスから出てきたらしく印字がされていた。
そこに写っていたのはゼニアとバーバリーの袋を提げた私と、小さいバッグを持ったユイコさんだった。

「なんだ、これは」
「明日の週刊誌にこれが載るってさっき出版社から電話がきたの」
「週刊誌……」
「スクープ写真のね」

なるほど。確かにこの写真だとユイコさんと私がデートしているように見える。
しかし。

「足しか写ってないが、このロークのローファーは高耶さんだ」
「それならいいけど……」
「電話ではなんと言ったんだ?」
「タチバナとユイコさんはCMで共演してからスタッフも含めて友人関係なだけです、って答えたわよ。ユイコちゃんの事務所にも電話してこう言ってあるから。それが事実よね?」

事実ではあるが……。

「事実は……ユイコさんが高耶さんを好きになって、デートに誘われたから俺が邪魔しに入った。が正しい」
「その事実じゃ困るのよ、タチバナヨシアキさん。でも本当に直江は付き合ってないんだから事務所からのコメントは『タチバナとユイコさんはCMで共演しただけの交友関係です』って言っておけばいいわね?」
「ああ」

そこに鮎川も来て、高耶さんと3人で出かけたんだと詳しく説明した。
CM撮影で仲良くなったユイコさんから高耶さんが誘われて私もついて行ったんだ、と。

「高耶さん?ああ、仰木くんな」
「この足が高耶くんなんですってよ」
「ふーん。そういうことか。捏造されたわけだな」

鮎川も信じてくれた。
が、その直後にユイコさんの事務所から電話がかかってきた。事実確認をしたいと。大変ご立腹な様子だ。
旬の女優に手を出したと思われていた。ユイコさんも「違う」と説明したらしいが、相手が女遊びで有名だったタチバナなので疑っているらしい。
鮎川は何度も何度も説明しているのだが信じて貰えない。

手近にあったメモ用紙に『タチバナは別の人と同棲中だと言え』と書いて見せると、頷いてからそれを話した。
しかし二股かもしれないなどと言われているようで、鮎川も困ってしまった。

「ではタチバナと直接会って説明ということでよろしいでしょうか」

は?!俺がユイコさんの事務所の人間と直接?!

「はい、はい、ではまたご連絡いたします」

そして電話を切った。どういうことだ。

「なんで俺が直接なんだ」
「おまえが女遊びばっかりしてるから俺の言葉じゃ信用できないって言われたんだよ!」
「女遊びは過去のことだろう」
「それでも世間はそう思ってるんだ!」

失礼な話だ。もうここ3年ほどは高耶さん一筋なのに。だがもし私が由比子さんの事務所の社長だったら、同じくタチバナの餌食になったと思ってしまうだろう。
自分で自分を呪いたい。

「上杉社長に相談しておく。それまで大人しくしてろよ」
「ああ」

先行き不安だ。

 

 

 

その夜は帰ってから高耶さんに写真のことを話しておいた。
驚いて「そんな話になってんのか?!」と裏返った声を出して、すぐにユイコさんに謝罪のメールを送っていた。
しかし返事はなく、もしかしたら行動を制限されているのでは、と2人で考えた。

もしかしたら3人でいたことを鮎川に高耶さんから説明してもらうかもしれないと話すと、当たり前だろと笑ってくれた。
やはり高耶さん以上に美しい笑顔をする人はいないな。

翌日、私は普段と同じく仕事をした。
芸能記者にはノーコメントで通せと鮎川と綾子に厳しく言われていたので言いつけ通りに無言で通した。
私ですら5人の記者に囲まれたのだからユイコさんは5倍ぐらいに囲まれているだろう。気の毒に。

午後になってすぐに鮎川から電話が入った。綾子ではなく鮎川なのが嫌な予感を起こさせた。

『今日の午後7時から、ユイコちゃんの事務所の社長とマネージャーと、おまえと俺と綾子で食事会だ。食事会というよりも謝罪だがな』
「何もしていないのになぜ一方的な謝罪なんだ」
『一緒に出かけたこと自体が迷惑なんだ。そのぐらい理解しろ』

気は進まないが鮎川の言う通りかもしれない。
今日は遅くなると高耶さんにメールしなくては。

『なんで遅くなるんだ?もしかしてユイコちゃんの件で?』

どうやら高耶さんは私以上に心配していたようだ。
その通りです、と返事をしたら『オレ、証明しに行くから連れてって』と来た。
高耶さんを連れて行った方が信憑性がある。もしまだ疑われるようなら高耶さんの携帯メールに証拠が残っているのだから
来てもらうことにした。
鮎川にもそれを伝えて食事会の人数を増やしてもらうために電話を入れると、向こう側の事務所も人数を一人増やしたい
と言ってきたそうだ。もう一人、ユイコさんだ。ユイコさんも高耶さんと同じで証明したいから行きたいと言ったらしい。

気持ちは複雑だろう。
誘ってきたのはユイコさんで、しかも高耶さんを誘った。
しかし思惑通りにはならずタチバナもついてきた。
好きな高耶さんと写真を撮られたのなら、自分ひとりで被害が済むはずだった。しかし撮られたのはタチバナと。
自分の行動で関係のない私に迷惑をかけたと反省しているのかもしれない。

仕事が終わって7時に食事会の場所であるペニンシュラホテルのレストランに入った。個室が取れる場所となると限りがあるため、ここしか残っていなかったのだろうか。
個室には鮎川と綾子しか来ていない。

「ずいぶん豪勢な食事会だな」
「上杉社長がこうしろって言ったんだ。下手にランクの低い場所でやれば機嫌を損ねるし、パパラッチが絶対に入って来られない場所っていうとグレードの高いホテルのレストランしかない、と。人柄や人脈はさすがだな。上杉社長の偉大さを思い知らされるよ」

携帯にメールが入ったのを伝える音がした。高耶さんだった。
『ホテルの入り口がわからん!』と来たので迎えに出た。
道路でウロウロしているあのスーツ姿の背中は高耶さんだ。

「高耶さん」
「あ、直江」
「こちらです」

車が入るようなところではなく、裏にある立派なドアの方に行き、例の最高級レストランに続くエレベーターに乗った。
鮎川たちと合流して、今回の成り行きを高耶さんが説明した。高耶さんが悪いわけではないのに鮎川に謝っていた。
責任は高耶さんにはないと鮎川が言ったが、それでもやっぱり責任は自分にあると言い張った。

そんなところが高耶さんらしい。

4人で個室の入り口近くで立って待っていると、案内係にドアを開けられて、社長さん、マネージャー、ユイコさんが登場した。
この中で高耶さんを知っているのは鮎川、綾子、私、ユイコさんだ。他の人は初めて会う人ばかりだろう。
ユイコさんが申し訳なさそうに私に頭を下げ、高耶さんに救って欲しいらしき目配せをした。高耶さんに甘えられる女性という立場が少し羨ましい。

まずは挨拶をして名刺の交換があり、こちら側全員で頭を下げて謝罪をしてから席に着いた。
ユイコさん側は、社長がひどく怒っているようで、マネージャーやユイコさんは、私たちではなく社長に対して緊張しているらしい。
料理は説明が終わった後で運ばれてくるらしく、食前酒だけが出ていた。当然だが誰もが食前酒に一切を手をつけずにいる。
鮎川が仕切って話を始めた。

「えー、今回のあの写真ですが。タチバナが言うにはもう一人男性がいました。写真に少しだけ写りこんでいる足の主がその一人の男性です。仰木くん、そうだよね?」
「あ、はい」

高耶さんの履いていたロークのローファー。今これを履いている人は少ないからすぐに高耶さんだとわかる。

「この3名で出かけていて、2人きりではなかったことを証明できたと思います。タチバナたちが入った店でも3名で入ったのは証明してもらえます」
「3名で出かけていたことが知りたいんじゃない。タチバナさんがユイコに手を出していないかを知りたいんだ」

ユイコさんの事務所の社長が知りたいことはもっともだと思うが、それはどう証明すればいいのだろうか。

「マスコミには『違います』と言えばいいわけだが、事務所としてはそれだけではねえ。大事にしていたユイコを女癖の悪いタチバナさんと噂されてしまったわけですから。何か目に見える証明が欲しいんだ」

女癖が悪いなんてよく本人を目の前にして言えるものだ。高耶さんだっているのに。
それにわざわざこの男へのプレゼントを買ったせいでユイコさんが写真を撮られたというのに。大事な女優なのはわかるがこちら側に対してあまりにも不遜だ。

「あの〜」

嫌味のひとつでも言ってやろうかと思っていたら高耶さんが小さく手を上げた。何を言うつもりなのか……。

「社長さんのご懸念もよくわかりますが……ええと、僕はユイコさんとの交際はあくまでも友人で、別にちゃんとした交際相手がいます」
「仰木くんの交際関係じゃユイコの疑いは晴れないんだよ。ここでの話はユイコとタチバナさんであって」

高耶さんは小さい声で「言っていい?」と聞いてきた。私は鮎川を見た。鮎川も高耶さんと私が付き合っていることを知っている。
アイコンタクトで「言っていいか?」を聞いたらOKサインが出た。
高耶さんと鮎川がゴーと言うのなら俺もどんなことでもやってみせようじゃないか。
自分が言います、と隣りに座っている高耶さんを手で制した。

「ユイコさんと私はまったく関係はゼロと言っていいぐらいなんです。お互いの電話番号もアドレスも知りません。でもこの仰木高耶さんはユイコさんの友人で、電話もアドレスも交換しあっています。そうすると今度はユイコさんと高耶さんが疑われることになりますよね?」
「そりゃそうだ。歳も近いし交際しててもおかしくない」
「でもそれは絶対にないんです。私と高耶さんは今流行っているルームメイトってことになっていますが……いますが、それは真実ではありますが……高耶さんの恋人は……私です。タチバナです」

こちら側の人間はすでに知っていたのでリアクションはないが、向こう側の皆さんは目を丸くして無言になった。

「最近は親しい人にはこうしてカミングアウトをしていますが、私はともかく会社員の高耶さんには不利な情報ですから、皆さんにも黙っていて欲しいんです。これでユイコさんの交際に関する心配はなくなったと思いますが、……みなさん、どうでしょうか?」

絶句とはこういう状態を言うのだろう。何から言えばいいのかもわからないようなこの状態を。
ユイコさん側が何も言えないでいるのを見て、高耶さんは少し心配になったのか私と鮎川と綾子の顔を見た。
大丈夫、とでも言いたげに、綾子の手が高耶さんの膝を2回優しく叩いた。鮎川も私の腕を肘で小突いた。
私たちは友人に恵まれているらしい。

「あの……その……申し訳ありませんでした」

さっきとは打って変わった面持ちで社長さんが頭を下げた。

「こちらにも責任の一端はあるところを、一方的に謝罪させてしまい……それにタチバナさんの一番プライベートな話をさせてしまって……」

私はどうだっていい。高耶さんが一番嫌がることだったのだ。そのぐらい重く考えてもらわないと困る。
ユイコさんを見てみると泣きそうな顔だった。高耶さんにもう恋人がいて、しかもそれがタチバナだとわかってかなりのショックを受けているようだ。

「いえ。こちらも軽率でした。今後はそのようなことのないよう気をつけます」
「すみませでした……」

どうやら話は終わったらしい。さすがにこの事実はデリケート過ぎる。良識のある大人だったらこれ以上は突っ込めないはずだ。
が、今度は私と高耶さんは社長にもマネージャーにも話し掛けられなかった。男同士で恋愛していることが信じられない、というよりも、どう接していいかがわからないように見える。
でもユイコさんが少し高耶さんと話してくれた。私とは話せなくても、高耶さんが傷つかないのであればどうでもいい。

夕食会は気まずい空気が流れていたが無事に済んだ。最後にそれぞれが深々と頭を下げて解散した。
場所を変えて飲みに行くかと鮎川に誘われたが、高耶さんがもう帰りたい様子だったので断り、タクシーに乗って帰った。

家に着くとすぐに玄関で高耶さんが抱きついてきた。やはり他人には知られたくない話だったらしく不安だそうだ。
自己を犠牲にしてまで私のためにしてくれたのかと思うと、感謝の言葉も出ないほど申し訳なく、でもとても嬉しく感じた。

「直江がホモだってバラされるかな?」
「大丈夫でしょう。芸能事務所なんですから、一人ぐらいは所属してるかもしれませんよ。それにそんなことをしたら信用を失うだけです」
「そうか……」

キスをしてから中に入り、スーツを着替えて手を繋いでリビングへ。
紅茶を作ってもらって一息入れ、高耶さんを隣りに座らせて肩を抱いた。ゆっくり寄せてしっかり抱き、髪を撫でながら自分の思いを話した。

「私はあなたが傷つかずに済むならなんでもします。一人で全部背負います」
「……そう言ってくれるのは嬉しいんだけど、オレの代わりに直江が傷つくのはイヤだ。なんでも半分こしよう」
「高耶さん……」

嬉しくて涙が出た。高耶さんに愛されるというのはこういうことなのだろう。

「だから半分、おまえも傷つけ。直江がユイコちゃんに『タチバナさんが一緒でよかった』って言われた時、オレは嫉妬したんだからな。オレの直江に何言ってんだ、って。なのに直江は家で見せるような怒った顔もしないで優しくエスコートしやがって。おまえの女癖の悪さを思い出して超傷ついた」
「……すみません……」

これも高耶さんに愛されるということなのだ。敢えて受け止めるしかない。
でもそんな嫉妬をされるのは悪い気分ではない。高耶さんには言えないが。

 

 

翌日にはユイコさんの事務所が交際を完全に否定し、ユイコに恋人が出来たらお知らせします、という社長さんのコメントが各関係者に伝えられた。
私の方はこれですっきりと芸能記者に追われなくなった。高耶さんもまったく気にしていない様子だから本当にこれで終わりなのだろう。

しかし。

ユイコさんが映画の舞台挨拶で着ていた服は高耶さんの選んだもので、ユイコさんがファッション誌で私物として着ていたコートは高耶さんとお揃いなわけで。
もしかしたらユイコさんは高耶さんを諦めないかもしれない……と不安がよぎった。

「ユイコさんは美人だからなあ……高耶さんをいつか奪われるかもしれない……」

リビングでそのファッション誌を見ながら、つい。うっかり。そんなつもりはなかったのに。なぜか。口に出した。

「しつけえ!!」

高耶さんはしつこい男が嫌いなので私の背中を勢いよく叩いた。これはDVじゃないだろうか。
でも高耶さんに叩かれた理由が少し嬉しかった。そんな自分が好きだ。

明日は冬に着るコートを高耶さんとお揃いで買ってこようと決めた。
また背中を叩かれるかもしれないが。

 

 

おわり

 

 

   
   
   
     
直江のライバルがまた
一人消されてしまいました・・・
でもライバルは限りなく
現れるでしょう。
がんばれー(棒読み)
     
   
ブラウザで戻ってください