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同じ世界で一緒に歩こう それから


私の好きな高耶さん


 
   

 


いつものように高耶さんとソファに並んで座って食後のコーヒーを楽しんでいた。
もう店舗勤務期間は終わったらしく、毎日本社へ通勤してデザイン業務などをしているそうで、週の半分は定時で帰ってくるようになった。
そのため高耶さんの手作りの夕飯を食べられる日が増えた。そんな幸せを満喫しているところだ。

「明日は雑誌の撮影なんだろ?」
「ええ」

私のスケジュールはすべて高耶さんに伝えてある。事務所で作られたスケジュールのプリントをいつも2枚もらって高耶さんに渡すようにしている。
それを高耶さんに把握してもらっているのは夫婦のようでなんだか嬉しい。

「どこで?都内?」
「赤坂プリンスホテルの旧館で。冬物スーツラインです」
「へ~、見るの楽しみだな~」

明日の撮影カメラマンは武藤だったな、と思い出した。
武藤といえば……。

「高耶さん、武藤が写真集出すの知ってましたか?」
「え!知らない!マジで?!」
「ええ。来月発売らしいですよ」
「なんで直江が知ってんの?」

数週間前、武藤と出版社のスタッフが私の所属しているモデル事務所に来た。
所長の鮎川と、全体をまとめている綾子と、チーフマネージャーのマリコさんと、私で武藤の話を聞いた。
武藤からは前もって綾子に打診があり、その話を正式に契約しようということだった。

内容はというと、夏にアイスランドに行った際に武藤が撮った私の写真をその写真集に入れたい、というものだった。
もちろんそれは出版社が発行したムック本のための写真だ。
それを違う出版社から武藤が出す写真集に載せたい、ということで、出版社同士ではすでに了解を得ているそうなので、あとはうちの事務所にその説明と許可を得るための話だった。

「前に武藤が半年間海外で撮ってきた写真の個展を見たでしょう?あの時のような人物写真や、他に各所で撮影したものをまとめて1冊にするそうです」
「すごいじゃん!」
「すごいですよね」

完成したら事務所に私宛で送ってくれるそうだ。

「明日武藤に会ったら楽しみにしてるからって伝えておいて」
「はい」

個人的に「仰木の写真載せていいですか?」と先に聞かれていたことは黙っておこう。
私がそんなこと賛成するわけがないだろう。高耶さんの写っているものは全部独り占めに決まっている。

 

 

翌日、赤坂プリンスホテルのロビーで集合した。
ほとんどのスタッフが顔見知りなので親しく挨拶を交わし、雑誌の編集者と広報が仕切って旧館に移動し、ホテルのスタッフに手伝ってもらいながら撮影のために館内の照明やインテリアなどの準備が始まった。

旧館はレストランになっていて、個室もいくつかあったのでその1室をフィッティングルームとして使う。
どの個室もいい雰囲気で、フィッティングルームにするのがもったいないほどだった。
今度高耶さんと食事しに来てみよう。

まず最初の服に着替えて武藤の前に出るといつものように的確な指示が出た。
他のカメラマンと違うところは『ファッション雑誌に載せる写真』を撮るのではなく、『自分の写真』を撮っているところだと私は思う。

半年間の海外放浪に行ってから武藤の写真は確実に変わった。
それ以前はモデルからいい表情を引き出すためにリラックスさせたり話しかけたりしながら撮影していたのだが、今ではいい表情を作らせるためにわざとリラックスさせない気がする。
そのせいか武藤を使う女性ファッション雑誌は少ない。メンズ雑誌やモード系の写真としてはよく使われているから仕事がまったくファッション雑誌に向いていないことはないだろう。
ただ武藤のようなカメラマンを必要としているのはモトハルを始め、写真自体がアートだという気持ちで制作していくメーカーしかないので、需要はそんなに多くはない。

それでも武藤を使うのだからモトハルも雑誌社もずいぶん気に入ったんだな。

少し休憩が入った。撮った写真をモニターで見ながらの休憩をしている武藤のそばに行くと、何か悩んでいるようだった。

「どうかしましたか?」
「ああ、タチバナさん。なんだかちょっと照明が明るくて腑に落ちないんですよね~。スーツって陰影がはっきりしてる方が素材の感じがよく出るような気がしてて……。でもそうするとタチバナさんの顔が怖くなりそうな気が……」
「表情の指示を出してもらえばやりますから、武藤さんの思うように撮ってみてください。どうしようもなくなったら私のことは無視して服だけを撮ってください」
「うーん、じゃあそれでやってみようかな~……」

こうして誰もが自分の仕事をより良くするために悩みと挑戦を繰り返す。
そうやって作っていくものなのだから、最終的には最上のものができたりする。

「そういえば高耶さんが写真集を楽しみにしているそうですよ」
「あ、アレですか。本当は仰木の写真も欲しかったんですけどねえ」
「それは私が許しませんから」
「……ハハハ」

なぜか乾いた笑いをされた。

そして武藤は先程の照明を自分なりにちょうどいいところまで落として撮影を再開した。
最初よりも表情に指示が来たのは武藤が全力を出しているのだと私にもわかった。

そうして1日が過ぎた。
朝から晩までかかってようやく終わりだ。

「タチバナさん、お疲れ様でした」
「満足のいく写真になりましたか?」
「ええ、なんとかって感じですけど。雑誌に載せられる程度には」

機材を片付けながら思い出したのか、ちょっと待っててください、と言って自分のカバンから封筒を出した。

「これ、タチバナさんに。ネガも一緒に入ってますから」
「なんですか?」
「アイスランドの時の写真です。望遠で撮ったから少し荒い画像ですけど、フィルム写真のいいところが風景や人物に反映されてて、俺の中では上出来すぎる写真です。でもやっぱりタチバナさんが持ってた方がいいかな、と思って持ってきました」

開けようとしたら。

「家に帰ってからまず一人で見て、それから仰木と相談して飾るなり捨てるなりしてください」

と言われた。
意味がよくわからないがお礼を言い、折り曲がらないようにファイルに挟んでカバンに入れた。
どんな理由でそう言ったのかはわからなかったが、武藤が言うならその方がいいと思って帰りのタクシーの中で見たいのを我慢して家まで持ち帰った。

今日は高耶さんはまだ帰っていない。
帰宅が午後7時を過ぎた場合は残業の時が多い。今日もそうだろうと思って着替えてからリビングで武藤に貰った封筒を開けてみた。

「…………なぜ……いつのまに…………」

それは私と高耶さんのキスシーンだった。
あの時は高耶さんの誕生日でもあり、海外という場所で少し浮かれていたのもあり、さらにレイキャビクのような都市以外は極端に人が少なく無人と言っていいほどの場所だったのもあり、何度か外でキスをした。
その何度かの一度を撮られたわけだ。

よく見ると背景には空と山しか写っておらず、服装は私も私服だったから温泉施設での撮影の後だろう。
そういえばあの時は高耶さんは少し酔っていたから開放感もあったのだろう。

写真には武藤からの手紙が添えられていた。

『盗み撮りしたつもりはなくて、単に望遠レンズの調整のためにカメラでタチバナさんたちを見ていたら、仰木がやけにいい顔したので撮ったら思いがけずこのシーンになってしまいました。誰にも見せられないのでタチバナさんに差し上げます』

驚いたには驚いたが、よく見るととてもいい写真だ。
まったく気が付かずにキスをしていたのに、まるで武藤に撮られることを知っていたのではないかと思えるほどのいい表情だ。
光の加減や背景の美しさが私と高耶さんの幸福感を現しているかのようだ。

私としては武藤がこうして写真に収めてくれたことをありがたいと思う。いや、むしろこちらからお願いしたかったぐらいだ。
ただ高耶さんがこれを見たら……やっぱり恥ずかしがって怒るような気がする。

「隠すか……」

封筒に入れなおして自分の部屋に持って行った。一応書斎と呼ばれているが、パソコンを使ったり本棚を置いたりしているだけの部屋だ。アルバムなどもこの部屋にある。
高耶さんのことだから勝手に机の引き出しを開けて探すような真似はしないだろうから、色々な書類が入っている引き出しに紛れ込ませた。

これで安心だ。
たまに取り出して一人でニヤニヤしながら見よう。

 

 

その数週間後、武藤の写真集の発売日が近づいてきたころ、事務所宛に2冊ほど完成品が献本され、1冊持ち帰ることになった。
自分が載っている雑誌は切抜きだけを事務所が保管しているが、メーカーのカタログやムック本はそのまま保管される。
今回は雑誌でもムック本でもなく3000円もする本格的な写真集なので殊更大事に保管されるそうだ。

綾子から連絡があったので仕事帰りに事務所に寄って見た。
その場で見てみると、高耶さんが「これ一番いい写真だな」と言ってくれたものが美しく装丁されて載っていた。
沈む前の夕陽のもとで、一面の緑の苔に覆われた大地を背景に立っている自分。横型の画面の中央でカメラを見据える。
上半身しか写っていないが、夕陽のオレンジと背景の深緑色のコントラストが着ている白い服を鮮やかにするインパクトの強い写真だ。
武藤が鮮やかな写真を得意としているのが手に取るようにわかる。
他のページも同様で、色と影を強調したものや、原色が多い写真が主立っていた。

「この武藤ってのすげーな」

背後から長秀が見ていたらしい。他人に感心している長秀というのは珍しい。

「まだ会ったことないのか?」
「ないね~。いつか撮ってもらいたいとは思うけど。それにしても直江の写真マジでいいな。直江らしくなくて」
「らしくなくて?」
「直江って普段の写真だと嫌味がない感じなんだけど、これはすっごい嫌味っぽくていい」

褒められたのか、けなされたのか。
聞こうとしたら綾子が割って入ってきた。

「それわかる~。目つきとか嫌味っぽいわね~。世界一かっこいいのは自分だって言ってるみたいで新鮮」
「だろ?全身からそういうの発してるよな。なんてゆうの?直江の本性が滲み出てるような?」
「褒めてるのかけなしてるのか教えてくれ」
「褒めてんだよ」
「褒めてるのよ~」

言葉だけ聞いているとけなされている気がするが、顔を見たら本当に褒めているような顔になっていた。
帰ってから高耶さんにも聞いてみよう。

 

 

写真集を持ち帰ったら高耶さんもすでに帰ってきていて夕飯の支度をしていた。

「ただいま」
「おかえり!」

玄関に出てきて迎えてくれた高耶さんとキスをして家に入った。
働き出してからも以前と変わらずお帰りのキスをしてくれるなんて本当に高耶さんは可愛らしい。愛されているなあとしみじみ思う。

「今日は直江の実家から送ってもらったマツタケでマツタケご飯にした」
「どうりでいい匂いがしてるわけですね」
「もう少しで炊けるから着替えてこい」
「はい」

持っていたカバンをリビングに置いてから寝室で着替えて戻り、武藤の写真集をテーブルに乗せた。
あとで高耶さんと見ようと思って。
封筒に入ったままの本を高耶さんが見つけて何かと聞いてきたので、武藤の写真集だと言うと今すぐ見たいと言い出した。

「夕飯済ませてからにしましょう」
「え~」

武藤の写真集よりも高耶さんの手料理の方が大事に決まっている。早く食べたくて仕方がない。

「じゃあ早く食おうぜ」
「はい」

でもせっかくのマツタケご飯だからと味わって食べていた。
一緒に暮らし始めてからも高耶さんの貧乏性というか経済観念は変わらずで、食材も生活必需品もなるべく安いものを探して買っているため、マツタケなど絶対に買わない一品だ。
実家から送ってきたものでなければ今年はマツタケなんぞ食べられなかっただろう。

「6年ぶりかも……」
「マツタケですか?」
「6年前ぐらいだと思うけど、団地のお向かいさんに1本だけおすそ分けで貰ってな、薄っぺらく切っってお吸い物とマツタケご飯を作ってさあ……美弥にも食わせてやりたいな~」
「高耶さんのご実家にも送ったそうですから美弥さんも食べてますよ、きっと」
「そうなのか?!じゃあオレお礼の電話もう一回しなきゃ!!」

食べ終わってから電話をかけるらしい。私が電話しますよと言っても気が済まないそうだ。

しっかりと味わって食べて満腹した高耶さんはすぐに私の実家に電話をした。
いつの間にか母とも父とも仲良くなっていて、電話で楽しそうに談笑している。なんとなく疎外感だ。
もう15分も喋っていて長電話になりつつある。実家と仲良くしてくれるのはいいのだが、放置されているようで面白くない。

「高耶さん、写真集見るんでしょう?」

わざと電話の邪魔をしてみた。そうしたらわかってくれたのか、挨拶をしてから切った。

「子供みたいなことすんなよ。おまえの声が聞こえたってお母さん笑ってたぞ」
「私の高耶さんを15分も独占してたんだからいいでしょう」
「……アホか」

テーブルに置いてあった写真集を手にして高耶さんが私の隣に座る。いつものように。

「モデルやってるとは思えないぐらいアホだよな、直江は」
「そうですよ」

パラパラとページをめくって最初に私の写真を見た。こういう所にまた愛を感じる。

「お、この写真、オレが好きなやつだ」
「……なんで好きなんですか?」

もしかしたら高耶さんも……。

「直江の本性がよく写ってる写真だからな」
「本性とは……?」
「なんかイヤなヤツって雰囲気?」

やっぱり高耶さんもそう思ってたのか。自分で自分が嫌いになりそうだ。

「いつもの写真はかっこいいタチバナとか、優しそうなタチバナとか、すましてるとか、そんな感じ。でもこれはそーゆうところが全然なくて……だからって冷たい感じとかじゃなくて、なんてゆうか、人間らしさとか体温がある生々しさとか、そういうのが伝わってくる」

ということは、人間らしい私はイヤなヤツということになるのではないか。

「ま、誰にだってイヤなところがあるんだからいいんだけど。むしろオレはイヤなところがない人ってのは信用できないからこういう直江は好きだな」
「……なるほど、そういうことですか」
「ん?」
「綾子と長秀に『嫌味っぽくていい』って言われたものですから。褒められたらしいんですけどけなされた気もしなくもないという感じだったんです。たぶん人間味があっていいってことですね」
「たぶんな」

以前、長秀と高耶さんから陰険だといわれたことがある。その陰険さも嫌味っぽさも含めた私を高耶さんも長秀も、それに綾子も、信頼して好きになってくれているのだろう。
だったら素直に褒め言葉として受け取っておこう。

「やっぱこれ一番いい写真だな」
「ありがとうございます」
「オレだけの直江を撮られたようで悔しいけど、超いい写真だ」

笑いながらキスをしてくれた。嬉しくて暖かくて泣けてきた。

「な、なんで泣くんだよ!褒めてるのに!」
「高耶さんに褒めてもらったからですよ」
「なんで褒めると泣くんだ?!」
「嬉しいからに決まってるじゃないですか」

抱き寄せてもう一回キスをして、落ち着くまで抱いてもらった。残りのページも見ようと言われたのでまた並んで座って写真集を見ていた。
どの写真も最初に見た時より素晴らしいと思えたのは、武藤が被写体の表面にある美しいものだけではなく、内側のすべてを写そうとしている懸命さがわかったからだろう。

 

 

夜遅くなってしまったが、武藤に感想を言う!と、高耶さんは張り切ってメールを送った。
仕事柄、深夜まで起きていることが多いのか、メールの返事はすぐに返ってきた。

「直江にもありがとうって言ってくれって」
「こちらこそありがとうと言いたいですよ」
「あと直江に写真見ましたか?って書いてあるけど……なんの写真?」

なんの写真て、あの写真だろう。キスシーンの。
武藤め……余計なことを……。

「…………なんの写真だ?」
「たぶんこの写真集の写真のことですよ!」
「そんなことわざわざ直江に言うのか?変なの」

それ以上言葉が出なくて詰まっていたら高耶さんが本気で怪しみ始めた。
まずい……。

「なんか写真貰ったんだな?!なんの写真貰ったんだ!女の写真か?!」
「違いますよ!そんなもの貰うわけないじゃないですか!高耶さんの写真さえあれば私は満足なのに!」
「じゃあオレの写真だな?!見せろ!」

なんで高耶さんはこう勘がいいんだろうか。
だがあの世界で一番大事な写真を取り上げられたらショックで10歳ほど老けてしまうかもしれない!

「早く出せ!どこに隠したんだ!」
「いえ、隠してなんかいません。全然隠していません」
「どこにあるんだ!」
「だから隠してなんかいませんっ」

書斎の引き出しに隠したなんて絶対に言えない。

「書斎だな……?」
「な……」
「直江の考えてることなんかお見通しなんだよ」

私の視線の泳ぎ方でわかってしまったらしい。
急ぎ足で書斎に行ってしまった。ああ、写真はビリビリ、ネガも細かく切られてしまう……。
後を追って部屋に入るとまさにビンゴの引き出しを開けていた。さすが高耶さんだ。私のすべてを把握している。
引き出しに鍵を掛けておくべきだったか……。

「ああ、私の宝物が……」
「この封筒だな」
「あ、開けてもいいですけど絶対に危害を加えないでください!」
「危害って誰にだよ。おまえにか?」
「その中身に」

ますます怪しいと言いながらとうとう封筒を開けてしまった。
丁寧に封筒から出してそれを見た高耶さんは硬直した。私ですら驚いたのだから、高耶さんにとっては倍以上の衝撃だろう。
そして私と違ってその写真を「嬉しい」とは思わないはずだ。

「……なんだこれ……」
「武藤が……レンズの調整をしていて偶然撮ってしまったそうで……」
「……本当だな?おまえが隠し撮りさせたんじゃないんだな?」
「武藤に直接聞いてみてください……」

声が低い。高耶さんは相当怒っているのだろう。写真はシュレッダー行きになるのだろうか……。

「大事にしまっておけ」
「は?破かないんですか?シュレッダーには……」

少しだけ赤くなりながら高耶さんが写真を返してきた。怒っていたのではなく驚いただけ、か?

「超いい写真だからもったいないし!一枚ぐらいはそうゆうのあってもいいと思ってたし!」
「……そう、なんですか?捨てなくていいんですか?」
「誰にも見られないならな。持ち出し禁止だぞ。焼き増しもコピーも厳禁だ」

まさか高耶さんが大事にしろと言うわけがないと思っていた。
いくらいい写真でも恥ずかしくてたまらないから捨てろと言われると思っていたのに。

「じゃあ誰にも入らせませんから私の部屋でフォトフレームに入れて飾っておいてもいいですか?!」
「飾るのはナシだ!しまっておけって言っただろ!」
「毎日見るのは?!」
「しまえって言っただろ!!」

そうなのか……毎日見てはいけないのか……残念だが仕方がない。

「カメラマンが武藤で良かったよ……」
「良き理解者ですからね」
「それもあるけどさ。んーと、武藤は人間撮るのが好きって言ってたから。偶然撮れた写真だとしても、そういう人に撮られたなら嬉しいだろ?」

まだ顔を赤くしているが、優しい声で嬉しいと言ってくれた。

「……ええ、そうですね」

高耶さんは誰かが「好き」という行動に対して絶対に否定しない。
武藤が人間を撮るのが好きならば、その武藤の「好き」を高耶さんも好きになる。誰に対してでもそうだ。
私がモデルという仕事が「好き」と言えば、モデルをしている私を好きになる。
今までに会ったことのない、心地いい好意を持っている人だと改めて思う。

「じゃあ誰にも見られないように金庫に入れておきます」
「うん、それなら安心する」

高耶さんの手料理を食べるのが好きだ、と私が言えば、作る自分のことも好きになってくれるのだろう。
そんな高耶さんを一生愛していきたいと思う。

 

 

「また見てる!!」

高耶さんが会社から帰って来たことに気付かず寝室にいた。
何をしているかってあの写真を見ていたのだ。毎日毎日毎日毎日、金庫から出して見ている。
高耶さんは金庫に入れておけばさすがに毎日は見ないだろう、と思っていたそうだ。
しかし私は毎日見ている。

「見たいんですよ!一人っきりで見ているんですからいいじゃないですか!」
「恥ずかしいからやめろ!」
「でも!!」
「毎日チューしてやってんだからいいだろ!写真見るぐらいならオレにチューする時間を作れ!!」

…………そうか。そうだな。

「じゃあ」

写真を金庫に戻して立ち上がり、「オレもしかして恥ずかしいこと言った?」という顔をしている高耶さんを抱き寄せてキスをした。

「せっかくですから夕飯の時間を削ってキスすることにしました」
「はあ?」
「今日は外食です。高耶さんとキスするの大好きですから」

呆れ笑いをしながら「いいよ」と言ってくれた。
きっと高耶さんにキスをするのが好きな私を好きになってくれているんだろう。 

 

 

おわり

 

 

   
   
   
     

武藤がどんな写真を
撮ったのか、という
だけの話です。

その写真を頂きました。by桜さん
チュー写真

     
   
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