直江と同居して初めてのお正月がもうすぐやってくる。
毎年毎年直江と過ごしてたから新鮮さはないけど、だからってつまらないわけじゃない。でもな〜。
「お正月どうする〜?」
「どうしましょうか。またお互いの実家でも行きますか?」
「……本気で?」
「冗談ですよ。そんなことしたら高耶さんと二人きりで過ごす時間がなくなるじゃないですか」
思った通りの答えが返ってきた。
直江が言う「二人きりで」は主にエッチする時間のことを差す。たぶん。
「私は高耶さんと家でのんびりしたいんですが」
毎年こう言う。言わない年はない。
さすがに去年は同居の挨拶しに松本と宇都宮に行ったから忙しかったけど、それでも直江は言うだけは言った。
「ちょっとぐらいは出かけようぜ」
「モトハルの新年パーティーとか、ですか」
「いや、今回は新年パーティーないんだ。社長は南国でトロピカルな正月を過ごすらしいから。そーだな〜。新年会するってのはどう?千秋やねーさんと」
「……うわばみと過ごす正月なんて嫌です」
うわばみか……言われてみれば確かにそうだ。
「高耶さんと二人っきりでいたんです。正月ぐらいは」
「じゃあそれでいいよ……は〜、どっか行きたかったなあ」
最後のオレの嫌味にも耳を貸さずに直江は風呂に行ってしまった。
今は家に帰ればオレと二人きりで過ごしてるんだから、正月だからってそれに固執する必要ないんだけどな。
まー、直江の『高耶さん病』は一生治らないらしいから仕方がないのかも。
オレの会社が冬休みになったのは12月29日から。
大晦日までの3日間で大掃除と正月料理の準備を済ませないといけないけど、直江は30日まで仕事。普通の企業は休みに入ってるから取材も撮影もないけど、直江が企画で参加してる
雑誌のことで編集さんとのやり取りがあったり、上杉社長からの呼び出しでお世話になってる人を集めたパーティーに参加したり。
だから大掃除も正月の準備も全部オレの役目。
そんな感じで29日と30日の2日間、色々とやったオレは張り切りすぎて疲れて、一人で夕飯食べてからリビングでうたた寝をした。
目を覚ましたのはドアが乱暴に閉まって誰かが玄関で喚いた声がしたからだ。
「直江?」
「おう、高耶。わんばんこ」
「…………」
おかしな挨拶をしたのは千秋だ。その千秋に支えられて直江が膝から崩れようとしてた。
「どうしたんだ?」
「悪酔いしたらしい。上杉社長んとこのパーティーで飲まされたんだよ」
でかい男を支えて連れ帰ってくれた千秋に感謝しないとな。
「ごめんな。大変だっただろ。とりあえず千秋も入ってくれ。ちょっとあったまってって」
「トーゼンだろ。超疲れたっつーの」
千秋と二人で直江を支えながらリビングへ。こんなに酔っ払った直江を見るのは初めてだ。
ここが自分の家だってゆー認識もないぐらいグデングデンだ。
ソファに寝かせてお茶を淹れながら千秋に何があったのか聞いたら。
「俺はパーティーで直江と合流したからよく知らないんだけど、パーティーの前にどこかの忘年会に行ってたらしいんだ。そこでけっこう飲まされて、それからパーティーでも飲まされて、で、この有様だ」
「あ〜あ。まったく何をしてるんだか」
「無理矢理飲まされてたから叱ったりすんなよ?」
「うん」
千秋もたくさん飲んだらしいけど、なにせうわばみだからしっかりとしたもんだった。
直江も飲める方だったんだけど、仕事でダイエットしたり、家ではほとんど飲まないオレに付き合ったりして酒量が減ったせいか、たくさんは飲めなくなってたんだな。
「じゃあ俺は帰る。また来年な。良いお年を〜」
「ありがとう、またな」
玄関で千秋を送ってから直江の元へ。顔色悪くして唸ってた。
「大丈夫か、おい。水飲むか?」
「飲みます……」
グラスに水を入れて持っていったけど起き上がれないから飲めない。
どうしよう……こういう時はアレか?口移しか?やったことないからわかんないな。
やっぱり起こそう。
「直江、ちょっとでいいから起きろ。水だけ飲め」
「はい……」
どうにか起きて飲んだけど、まだここがどこなのかすらわかってないっぽい。
「すみません。見ず知らずの人にご迷惑をかけて……」
「……オレが誰かわかるか?目を開けてよく見ろ」
「……高耶さん……どうしてここに?」
「いや、ここ、オレとおまえの家だから」
「そうですか」
またズルズルと崩れ落ちてソファに寝てしまった。
仕方がない、毛布でもかけておくか。
しかし直江がこんなに酔っ払うとはな〜。珍しいこともあるもんだよな〜。
毛布をかけてからしばらくそばにいたら、聞き取れないものもあったけどうわごとを何度か言った。
「疲れました」とか「もう飲めません」とか。そしたら。
「痛いです……」
どこか怪我でもしてるんじゃないかと驚いたんだけど、そうじゃなかった。
「胸が……高耶さんを好きすぎて痛いです……」
最初はちょっと嬉しくて、でも酔ってるせいで言ってるわけだから複雑な心境になって、ちょっと悩んだ後にもしかしたら今のを誰かに聞かれてるかもしれないって心配になり……。
もう酔っ払いの直江を野放しにしちゃいけないな……いや、もうすでに誰か聞いてたら大問題だ。
「二度と泥酔すんじゃねえぞ、直江」
「高耶さ〜ん……」
半目を開いてオレを見てから腕を伸ばして引き寄せられてチューされた。
酒臭いなあ!本当にもう絶対こんなになるまで飲むの禁止だ!!
「放せ!どうせ明日になれば憶えてないくせに!オレはそんなの許さないぞ!」
「高耶さん高耶さん高耶さん」
「もー!!」
酔ってるくせに力はありやがる。なかなか放してくれない。あーもう酒臭いのイヤなんだよ〜。
「高耶さん、超ラブです」
「オレも超ラブだけど今はとにかく放せ!!」
「嫌です」
さらに強く抱かれてまたチューされて、もがいたら今度はシャツの中に手が入ってきた。
あっちこっち撫でられてくすぐったいけど全然嬉しくない。
逃げようとしたら直江も一緒に床に落ちて、今度は全体重をかけられて潰された。重い……!
「苦しいって!重たいんだよ、おまえは!バカ!どけ!」
「高耶さん……今日もいい匂いです……」
いつものクセというか、何度も繰り返してる行為だからか、この体勢になったとたんにジーンズの上から股間を触られた。
このバカが〜!!
「今すぐどかないとオレは正月実家に帰るぞ!それでもいいのか?!」
「それは……!」
「だから触るなって〜!!こんな直江は嫌いだ!!」
「ううっ」
嫌いと聞いて悲しそうな顔をしたのに、なぜか手は触るのをやめない。
だから酔っ払いはイヤなんだ!!世界一好きな直江でも酔っ払ったら好きじゃない!!
「放せって!放せ!どけ!!」
思いっきり突き飛ばしたらやっと離れた。それでも縋ってくるから我慢できなくてついビンタを……。
いやその、モデルの顔をビンタなんて絶対にしちゃいけないってのはわかってるんだけど……つい……。
往復ビンタしちゃったわけだよ、うっかりだよ。
「痛い……」
今度は胸も痛いが顔も痛いらしく、ちょっと涙声で蹲ってしまった。
やりすぎたか……。
「直江?ゴメンな?」
寝てた。謝って損した。もう謝るもんか。
大晦日、直江は昼過ぎまで寝てた。二日酔いでベッドから出られないみたいだ。
昨夜はあの後、オレは一人で寝た。直江はリビングに放置。けど朝になったら直江が横にいたから夜中に起き出してちゃんと着替えてベッドに入ったらしい。
午前中は食料の買い物をして、マックで自分だけ昼飯を食べてから帰った。
その後でおせち料理を作ってたらやっと直江が起きてきた。頭と胃を押さえてたから頭痛と胃痛か。
「今頃起きたか」
「……すみません……」
顔を見たら両方のほっぺたに赤い手形があった。うーん、強く叩きすぎたか。でも今日からしばらくは仕事も休みなんだからその間に治るだろう。
「全然記憶がないんですけど、昨日は何時に帰ってきたんでしょうか……?」
「12時過ぎかな。千秋が連れて帰ってくれた」
思い出そうとしてるけどダメみたいで、どうやらパーティーの途中からついさっきまでのことを全く憶えてないらしい。
「とりあえず顔洗ってきたら?」
「はい」
洗面所から戻った直江はさっきよりも顔色悪くなってた。やっと気がついたのか。
「両頬の手形は高耶さんがつけたんですか……?」
「なんでつけられたか憶えてないか?」
「憶えてないです……」
だけど自分が何かやらかしたせいなのは想像できたようだ。
キッチンにいるオレの横に立って頭を下げて聞いてきた。
「何をしたのか教えてください」
「自分自身を嫌いになるかもしれないけど、それでも聞きたいか?」
「そんなに大変なことしたんですか……だったら尚更知りたいです。教えてください。お願いします」
ここで「聞きたくない」って言わないところが直江の長所なんだよな。オレに対しては素直なところ。
他の人に対しては素直じゃないだろうけど。
おせち料理の手を止めてリビングに連れて行って昨日のことを事細かに話した。
「最悪ですね……」
「最悪だな」
「ごめんなさい……」
やっと顔の手形の意味がわかったそうだ。
床に正座して背中を丸めてタチバナとは思えないぐらい小さくなってる。
謝ったし反省してるんだから許してやろう。
「もういいよ。でもこれからは深酒するな。勧められても上手に断れるようになれ。わかったな」
「はい。よくわかりました」
「あと千秋にありがとうってメールしとけ」
「……はい」
いつもなら千秋にありがとうなんて絶対に言わないだろうけど、今回はさすがに言わないわけにはいかないってゆーのがわかってるらしい。
チマチマと携帯電話でメールをしてた。
「初めてですよ、長秀にメールするのは」
「今まで一回もメールしたことないのか?」
「用事がありませんから。電話も掛かってきたことはあってもこっちからはしてないはずです」
すげえ事実が発覚……。千秋が気の毒になってきた。
それから直江にお粥を作って食わせてるうちにおせち料理が完成。あとは夕飯で年越しそばを作るだけだ。
「何から何までやってもらってすみません」
「オレが好きでやってるんだからいいんだよ。それより初詣行けそう?まだ頭痛とかしてる?」
「少しはしますけど、初詣は夜中でしょう?それまでには治りますよ」
お茶を飲みながらしばらく休憩だ。昨日のパーティーのことなんかを聞かせてもらった。
上杉社長のパーティーってのはすごいらしくて、セレブがたくさん集まるそうだ。有名な企業の社長だとか政治家とか。イベント会社だからいろんなツテがあるんだって。
「いつもだったら呼ばれないんですけどね。今年は大きな仕事が成功したから見世物にされたんですよ。もう何人から全裸の話をされたのかわかりません。そのせいでたくさん飲まされて愛想笑いして悪酔いです」
「そうゆうことか」
「来年は長秀を一番売り込みたいらしくて私と一緒に参加になったわけです」
「ふーん。千秋って意外とすごいんだな」
「ええ。意外とすごいみたいです」
千秋が売れるかもしれない来年が楽しみになってきた。売れたらいきなり遊んでくれなくなったりするのかな。
それはちょっと嫌かも。
「直江は来年大きな仕事ないの?」
「一応あるんですけど日本国内ではないから話題にはならないでしょうね」
のんびり喋ったりテレビ見てるうちに夕飯の時間になった。
そろそろ年越しそばの用意するか。いいな、こういうまったりした感じ。年越しならではだな。
頭痛が治った直江と近所の神社に初詣に行った。着いた頃に太鼓の音が聞こえてちょうど元日になったところだった。
「あけましておめでとう」
「あ、はい。おめでとうございます。本年もよろしくお願いします」
立ち止まって直江と挨拶してから参拝の列に並んだ。最後尾は100メートルぐらい後ろだったから、寒い中を長時間並ぶことに。
お参りが終わってオレたちは早足で帰ったぐらい寒かった。
マンションに戻って今日もフロントにいる開崎さんにおめでとうって挨拶してから部屋に帰った。
「寒かった〜!」
「部屋が暖まるまでお風呂入ってきたらいいですよ」
「そーする!お先に!」
出かける前に沸かしておいた風呂で1時間ぐらいかけて温まった。生き返るね、こりゃ。
この風呂に入る時は直江が金持ちでよかったと思うよ。広いしジェットバスだし気持ちいいったらないね。
初風呂を堪能してから出て直江と交代した。
リビングもあったかくなってて快適だった。ほうじ茶を飲みながらテレビを見てたら直江も戻ってきて並んで座って抱きついてチューしてあとは寝るだけ。
「直江、眠い?」
「いいえ。昼過ぎまで寝てましたから。先に寝てていいですよ」
「…………」
エッチしなくていいのかな……?
「じゃあ先に寝る。おやすみ」
「はい、おやすみなさい」
ひとりで寝室に行ってベッドサイドのランプをつけたら手紙を発見した。
直江の字で『高耶さんへ』って書いてある。
なんだろ?読んでいいんだよな?
「えーと……」
『昨夜はごめんなさい。記憶はありませんが迷惑をかけたのは本当だと思うので心から謝ります。それと私が無体なことをして高耶さんを傷つけてしまったかもしれないとも思っています。もしそれでも許してくれるのであれば眠る前にキスをしに来てください』
つまり昨日の夜に酔って襲ったことを反省してるから、エッチしたくないわけじゃないならチューしろって意味か。
直江は直江なりに深く後悔してるんだな。
手紙を持ってリビングに戻ったら直江はちょっと警戒した。バカめ。
「読んだ」
「……許してくれますか?」
「あたりまえだろ。許すに決まってるじゃん」
直江の膝の上に乗ってチューした。
それで直江の箍も外れて強く抱きしめられて、テレビも電灯もつけっぱなしにしたまま寝室に連れて行かれた。
エコじゃないけど今は直江に夢中だから地球には後で謝ろう。
毎年似たようなお正月を迎えるわけだけど、毎年ちょっと違うのは去年の正月よりも直江のことをもっと好きになってるってところだと思う。
直江のダメな部分やムカつく部分をどんどん発見するけど、それをはるかに上回っていいところを発見する。
だから年を重ねるたびに直江を好きになってるんだろう。
「直江、オレのこと去年より好きか?」
「もちろんです!!」
ギューギュー抱かれてその言葉が本当なのを心に刻む。
あ〜、お正月っていいなぁ。今年も直江を大事にしなきゃ。
「オレも去年より好き」
「高耶さん!!」
今年もよろしく、直江。
おわり