同じ世界で一緒に歩こう それから


高耶の苦情


 
   

 


家庭教師最終日。明日からロンドンに行く直江は夜8時ぐらいに帰ってきた。
玄関まで行ってお帰りのチューをした。

「今日は家庭教師やらないのか?」
「明日の準備がありますから今日はなしです。もう家庭教師も終了ですよ」

これでヤツと直江との縁が切れたわけだからちょっと危険は減ったかもしれない。

「襲われてないか?」
「そんな暇も場所もありません。高耶さんにのため裂く時間はありますけどね」

笑ってギュッと抱きしめてからまたチューしてきた。
愛されてるんだな〜、オレ。

「一週間イギリスですから今夜はよろしくお願いします」
「何時に起きるんだ?」
「朝9時ぐらいですからちょっとだけ」
「いいよ」

夕飯食って風呂入って準備していざって時に直江の携帯に電話が。

「無視しましょう」
「仕事の電話かもしれないだろ。見てみろよ」

超不機嫌で携帯を見て苦虫を噛み潰したような顔をした。

「イアンです」
「マジで?だったら無視しろ」
「ですね」

でも何度も何度もかけてくる。せっかくのラブラブな時間が!!

「電源切れ!!」
「当然です!!」

やっぱ今夜はこうなるだろうってのを見越して電話攻撃かよ。よっぽど直江に惚れたんだな。
でも絶対渡さない。
明日は普通に出勤だけど今夜は直江を超メロメロにするに決定だ!!

 

 

 

イギリスに滞在中の直江から写真つきのメールが入った。
衣装合わせの時に撮ったスーツ姿を送ってきた。ヤバイ、超かっこいい。惚れ直した。

仕事の性質上、時間に余裕もあるらしく、お土産を買ったり夜はホテルでぐっすり寝たりしてるようだ。
体を壊さないかが心配だったから安心した〜。

さすがに商品である新車の写真はまだ極秘で見られなかったけど、それ以外の写真がたくさん来た。
ロンドン橋だとか、ハロッズだとか、黒くて長い帽子の兵隊の写真だとか。もちろんあのセビルロウの街並みも。

何か困ったことはないかと返事を出したら、高耶さんがいなくて寂しくて困ってるって。
これ冗談じゃなくて本気で言ってるところが直江らしくてバカだ。
でももうひとつ、困ってることがあるそうだ。

『イアンから毎日メールが来てて、なんだかあからさまに誘ってくるようになりました。ちょっと困ってます。まさかとは思いますがイギリスに来たりはしませんよね』

だそうだ。
オレもまさかとは思うけど、そう言い切れないのが怖い。
何かわかるかもしれないからねーさんに電話してみた。

『また苦情?』
「いや、苦情じゃない。直江の家庭教師の男って普段は何してんの?」
『大学の講師やったり翻訳したり通訳したりするフリーランスの人だけど、どうして?』

ということは都合さえ合えばイギリスに行くのも可能ってことか……。

「直江があいつに狙われてんだよ」
『は〜?まっさか〜!』
「マジで。もしあいつが今イギリス行ってたらどうしたらいいと思う?」
『大丈夫よ。直江の腕力なら勝てるでしょ?』

ねーさん、わかってない。

「今から苦情電話だ。オレの彼氏におかしな家庭教師つけやがって、もし襲われたらねーさんを訴えるからな」
『……あんた本気ね……。わかったわよ。直江からどうにかしろって連絡が来たら対処するわよ』
「すぐしてよ」
『直江本人から言われない限り、こっちから何かアクションできないでしょ』
「……そうだけど……」

とりあえずは付き添いで行ってる一蔵さんを直江に貼り付かせるからそれで我慢してくれってことだ。
少しでも直江の危険回避が出来るならそれでいいとしよう。
あー、なんかいつも直江がオレを心配してる気持ちがわかったよ。

 

 

そして直江が帰国。

「ただいま帰りました!!」
「おかえりっ!」

玄関で抱きついてチューして久しぶりの直江を味わった。
いつもの匂いがするとやっと直江が帰ってきたんだって思えて安心する。
直江も嬉しそうにオレをギュッと抱きしめた。
忙しかったり海外に行ってたりイアンの野郎が毎日家に来たりしたから、こうして玄関でのお迎えは希少価値があるような気がする。

「もう高耶さんに会いたくて会いたくてたまりませんでした。高耶さんがいないと元気が出ませんよ」
「じゃあ今日からは元気だな。ちょっとゆっくり休め。な?」

一緒に荷物を持ってリビングに行って、コーヒーを淹れるから座って待たせた。

「飛行機はファーストクラスで快適でしたけど、やっぱり家が一番リラックス出来ますね。高耶さんの顔を見ただけでも疲れが吹き飛びます」
「オレも直江がいると安心するよ。あ、そういえばイアンはどうなった?」

イアンがイギリスに突撃してないことは知ってたけど、やっぱりメール攻撃は継続してたそうだ。

「いい加減頭にきて全部のメールを無視したら、ちょっと前からメールも来なくなりました。もう大丈夫でしょう」

甘い!!
直江はわかってない!!

「おまえはオレのアパートの前で何日も待っただろうが」
「……はい」

もうあの時は直江のこと好きだったからストーカーだとは思わなかったけど、今になって考えるとものすごいストーカー具合だったと思う。
イアンの場合はマンションの前で待ってたとしても、1階にコンシェルジュがいるから部屋までは来られないし、不審人物として警察が持ち帰ってくれるだろうから大丈夫だろうけど。

「もし直江に何かあったらねーさんと一蔵さんを訴えるって言ってあるからな。だから直江も色々と気をつけろよ?」
「はい」

そんな話をした後で、直江からイギリスのお土産を貰った。紅茶に刺繍見本帳、高級ブランドの服、若者向けの人気アクセサリー屋のピンバッジ、その他色々。

「高耶さんと一緒に行く機会があったらセビルロウでスーツをオーダーしましょう」
「うん!」

直江は個人的にスーツとコートをオーダーして帰ってきたそうで、出来上がったら航空便で送られてくる
そうだ。
スーツとコートだといくらぐらいかかるんだろうか?間違いなく高いよな。
いつか行くまでに貯金をしておかなきゃ。

「高耶さんとロンドンですか……霧の中に佇む高耶さんなんてさぞかし魅力的なんでしょうね……」

霧の中のオレよりも直江の方がずっと様になっててかっこいいんじゃないかと思う。
今度の新車の広告も絶対にかっこいいんだろうな〜。

「で、仕事はうまくいったのか?」
「あ、はい。スムーズでした。撮影は日本とあまり変わらないので楽でしたよ。ナレーションが微妙ですが。何度も首を傾げられたりして録音し直しましたけど、最終的にはグッドを貰いました」
「そっかー。良かったな」

直江は努力の人だなあ。いつもいつも尊敬するよ。
毎日ちょっとアホだけど、仕事に関してだけは手抜きしないからかっこいい。
ちょっと甘えたくなって抱きついた。

「う〜、直江だ〜」

直江の匂いと感触がする。やっぱりオレも直江がいないと元気が出ない。

「直江、チューする」
「はい」

もう今日は直江を独り占めだ。携帯の電源を消して、ずっと直江とチューしてた。

 

 

 

今日は直江にとって3週間ぶりの休日だ。オレも土曜日だから休み。
となりで寝てる直江はまだ夢の中だ。もうちょっと眠らせてやろう。
寝顔を横でじーっと見た。うん、やっぱり超男前だ。寝ててもかっこいい。

何度かその顔にチューして唇に辿り着いたとき、いきなり抱きこまれて押し倒された。

「起きてたのか!」
「寝てましたよ。でもキスされて目が覚めました」

今度は直江がチューしてきて、朝だっていうのにやばい雰囲気に。

「やめとけよ」
「どうして?」
「昨日途中で疲れて寝たくせに」

昨夜はエッチするつもりだったのに直江は途中で寝た。
全然起きないからオレは火照った体を持て余してムカムカしながら眠るしかなかった。

「すみません……」
「今度は寝ないならしてもいいよ」
「……なんとなく自信がないのでやめておきます」

でもベッドでチューして甘えたりしてオレとしては最高にいい朝だ。1時間ぐらいそうしてイチャイチャ
してからベッドから出た。
服を着てたら直江が大きな溜息をついた。

「なに?」
「……着信ですよ」

携帯の電源を入れたら電話とメールが10件ずつあったそうだ。イアンから。
直江が日本に帰ってるのを知ってて、オレとラブラブな時間を過ごしてるのも知ってて、わざとやってんのがよーくわかった。

「どうすんだ?これってけっこうな迷惑行為だと思うんだけど」
「はっきりと迷惑だって言うべきですよね」
「うん」

オレがブランチを作ってる間に直江はねーさんに電話してた。
こんなことになってるなんて思わなかったからねーさんから鮎川さんに相談するって。
作り終わって食べながら聞いたら、事務所の方で注意勧告することにしたそうだが。

「直江の携帯ナンバーやメアド知ってんだから注意したところで終わるとも思えないけど……」
「鮎川から本気で注意されれば頭も冷えますよ。どうせ彼は私に恋愛感情ないですから。体目当てです」
「なんでそんなことわかるの?」
「メールや電話の内容がそんな感じなんです」

オレにメールを見せなかったのは忙しいこともあるけど、と前置きをしてから見せてくれた。
2通読んでもう嫌になった。
オブラートに包んである感じではあったけど、エッチしようよ的な内容だった。

「なんでそんな気持ち悪いメール保存してんだ?」
「証拠は残さないと」
「ふーん」

もっと証拠を残すために携帯の電源は入れておくんだって。でも音がしない設定にしてた。

「今日はずっと高耶さんと過ごすわけですから、携帯なんか使いませんしね」

だそうだ。本気で言ってるんだとしたら直江の携帯はオレ専用で、他の人はどうでもいいことになる。
気持ちは嬉しいけど直江ってそのへんが頭おかしいよな……。

「ねーさんや鮎川さんが電話してきたら?」
「家の電話にかけてくるでしょうから問題ありません」
「ああ、そうか」

てことは一日中家の中にいるってことか。

「久々に高耶さんと過ごせる休日なんですから、ずっと隣りにいてください」
「うん。じゃあロンドンの話聞きたい」
「はい」

今日は面倒臭いこと全部忘れて直江と過ごそう。

 

 

やっと直江の仕事が落ち着いた今日この頃。
以前と同じ仕事量だけど怒涛の1ヶ月間と比べたらマシだってさ。それでもやっぱり忙しそうではあるけど。
仕事の帰りにデートしようってことになって、午後7時に直江のモデル事務所の1階にあるカフェで待ち合わせた。

なんだかこのカフェに来るの久しぶりな気がする。店内に入ると奥の席で直江が待ってた。

「悪い、遅れたか?」
「ちょうどですよ」

座ってアイスカフェオレを注文して、お互いに今日の出来事なんかを話してたら千秋とねーさんが来た。
ここで夕飯がてら打ち合わせらしい。

「テーブル一緒にいい?」

オレが着いた途端に満席になった店内。直江はあからさまに嫌そうな顔してたけど、まあ仕方がない。

「せっかくの高耶さんとのデートなのに。気が利かないやつらだ」
「ケチね〜」
「心が狭いんだよ」

どっちもどっちだ。それにしても直江って親しい人には遠慮なく物事言うよな。オレ以外には。
ねーさんと千秋はいつもこの調子だけど。

「ついでに直江に報告があったんだからいいじゃない」
「報告?」
「家庭教師のこと」
「ああ、そういえばここ2、3日はメールも来ないな。何かしたのか?」
「したわよ」

ロンドンから帰ってきてすぐに、ねーさんが最初の警告をしたらしい。電話をして「タチバナが困っていますのでご遠慮ください」とハッキリ言った。
それでもメールは続いて、露骨な表現なんかも混ざって来たから、そのメールを鮎川さんに転送した。

鮎川さんの判断で内容証明を作って、メールをプリントした紙と、内容証明をコピーした紙と、あと鮎川さん直筆の手紙を入れてイアンに送った。
内容証明の中身を簡単に言うと「迷惑行為と判断して警察に被害届を出します」ってこと。
でもそれを最初から送りつけて通報した場合、逆ギレされて直江が危ないことになるかもしれないから、「私たちはこのような準備しています。通報されたくなければ直江から手を引いてください」という警告として、法的には効力のないコピーした書類を送ったそうだ。

「それで?」
「それでメールが来なくなったでしょ?警告が効いたんじゃない?」
「そういうことか……」
「あたしたちに感謝しなさいよね」
「やって当然の仕事をして感謝しろと言われてもな……」

ひどい言い草だな〜。やってもらって当たり前だと思ってやがる。
だから陰険とか言われちゃうんだよ。
ねーさんも千秋もムカムカしてるじゃん。

「直江、こういう時はちゃんとありがとうって感謝しろよ。オレまで恥ずかしくなってくる」
「そうよ、あんた感謝しなさいよ。この子に苦情言われて色々考えたあたしと所長に!」
「高耶さんが?苦情?」

あれ?ねーさんから聞いてないのか?

「しかも2回も!」
「本当ですか、高耶さん。苦情入れたんですか?」
「うん。2回」
「ああ、もしかして綾子と一蔵を訴えるって話ですか?」
「そうよ!」

それを聞いて直江はほんのちょっと驚いてからねーさんに「ありがとう」と普通に言った。
ねーさんも千秋もキョトンとして、言われた意味がやっとわかったら顔が真っ青に。

「うわ、直江が素直に感謝してる。不気味すぎ」
「一緒に働きだしてから1回もありがとうなんて言われたことないわ。やっぱりいい。気持ち悪いから感謝しなくていいわ」

それもひどい言い草だよ……。直江だってたまには素直になったっていいじゃんか。

「失礼なやつらだ」
「オレもそう思う」

今度はオレが標的に。こんな男をかばうなんて信じられないって。
よくこんな男を好きになれたもんだって。

「じゃあ今度同じことがあったら訴えるからな!絶対に訴える!内容証明送ってやる!」
「いいわよ、送ってみなさいよ。その前に直江を過労死させてやるわ」
「直江!もう行こう!なんだよ、直江がいなかったら事務所倒産するくせに!」

恥ずかしいからやめてくれって直江がオレを引きずって外に出た。外に出て冷たい空気に当たったらいつもと逆だと気づいた。

「ちょっとヒートアップしちゃった……ごめん……」
「まあ、珍しいものが見られましたからいいですよ」
「珍しいもの?」
「高耶さんがあんなにかばってくれたの、初めてですから」

く〜、あの直江に笑われてるよ〜。失敗した〜。

「でも2回も苦情入れてたなんて知りませんでした。自分で思うより高耶さんに愛されてると思っていいんですよね?」
「……いいけど……」
「けど?」

直江が思うより、ってゆーか、たぶん直江が思ってる以上にすごく直江を愛してると思う。
でもこれは言わない。言わなくたってわかってくれるはずだから。

カフェから早く離れようって言って直江が六本木ヒルズの方向に歩き出した。
ねーさんや千秋だけじゃなく、店の人もお客さんも見てたからとっとと姿を消したい。

「今日は何を食べますか?」
「直江が食べたいものでいいよ」
「じゃあ……天麩羅でも食べましょうか」
「うん」

やっぱり何度考えてもオレにとっては世界一かっこよくて頼りがいあって優しい彼氏だ。
他の人がどう思おうが、そんなのどうでもいい。オレだけしか知らない直江でいい。

「今度から苦情は私に言ってくださいね」
「なんで?」
「高耶さんがそんなふうに思ってたって、一番最初に知りたいですから」
「じゃあそうする。今夜はみっちり苦情言うから覚悟しとけ」
「…………はい」

本当は苦情なんかないけど、それを理由に甘えよう。
いつも直江が隣りにいないと寂しい、とか言って。

 

 

おわり

 

 

   
   
   
     

アストンマーティン様
申し訳ありませぬ。
でもぜひ直江を使って
ください。いい仕事
しまっせ〜。

     
   
ブラウザで戻ってください