同じ世界で一緒に歩こう それから


君を愛す


 
   

 


で、フォーマルデザインルームのミーティングがあった日だ。
大事な話だから社長も参加して、立ち上げの予定日とそのお披露目のショーまでに発表する服を選抜した。
大量に売れる服じゃないけど50着は作って発表するんだそうで、社長と室長で選んだデザインが採用になる。
やっぱり半分以上は社長のデザインで、さらに半分は室長とベテランの人ので、またさらに半分が若手のデザインで、その中の2着がオレので。

1着はワインのCMで使ったやつだ。フォーマル初の完成品だからトップで出る。ちなみにショーでそれを着るのは由比子ちゃんらしい。

もう1着は黒地に白糸とシルバーのビーズで刺繍をいっぱい入れたワンピースで、スカートのバックはアヒルみたいに上がった裾になったパターンが難しかったやつだ。
デザインをパタンナーに渡して型紙を作ってもらって、それから実際の布に刺繍をして、その後で仮縫いをし、問題がなければソーイングルームでキレイに縫ってもらう。
刺繍は一応オレが考えてデザインしたけど、刺繍をするのはそういう業者があってパソコンに柄を入力すると機械がやってくれる。
ビーズ部分はハンドメイドだそうだ。

そのミーティングが終わった時に社長がオレに話しかけた。

「仰木くん、痴漢に遭ったんだって?」
「……なんで知ってるんですか?」
「社内じゅうの噂になってるから」

みんな裏切り者だったのか!!広めるなって言ったじゃねえか!!

「直江に聞いたらあいつバカみたいに怒ってたよ。毒殺したいとか何とか」
「あいつは……」
「ハハハ、大変だったね。ま、直江が殺人犯にならないようにしっかり見張っておいてくれ」
「はい……」

痴漢の噂が会社じゅうに知れ渡っててもちょっと恥ずかしいぐらいで済むけど、直江が社長に毒殺したいと愚痴ったのはものすごい恥ずかしい。
なんてゆうか、オレが直江にどのぐらい愛されてるのかを知られたみたいで。
社長は笑ってたけど本音ではオレたちのことキモいって思ってるかも。

帰ったらシメる……!!

直江になんて言おうか考えながら自宅マンションに。
コンシェルジュの皆さんに挨拶してから郵便受けに行って開けてみたら、オレあての手紙とハガキが来てた。
誰からかと差出人を見るとネクタイのお礼をした人たちから。
律儀なんだな〜。

まだ直江が帰って来てないリビングで読んだ。
ハガキの人は簡単な挨拶とお礼が。女の人の字っぽいから奥さんに代筆してもらったんだろう。
手紙の人も挨拶とお礼と、あと警察と話したことなんかが書いてあって、また電車内で会ったら挨拶します、と締めくくられてた。

確かに毎日同じ車両に乗り合わせてもおかしくない。満員電車だから近くにいないとわからないけど、探してみればたぶん会える。
でも『痴漢された人』として印象に残るのはなんか複雑な気分だ。

「ただいま、高耶さん」

お、直江が帰ってきた。
一応出迎える。でもチューはさせない。
寄って来た直江をよけたら怪訝な顔をした。

「……なんですか?」

どう怒ろうかと思ってたら顔色が青くなった。モトハルさんに余計なこと言った自覚はあったってことか?

「もしかして……」
「わかってんのか?」
「今度は痴漢に犯されたんですか?!」
「はあ?!」

なんか勘違いしてるようだ。違うって言おうとしたら勢いよくギューっとされた。
苦しい……。

「なにをされても私の高耶さんですから!あなたを愛してますから!」
「違う!!」
「違いません!!」

もう変な妄想の海にはまり込んだようだ。いつもこれがめんどくさい。

「いいから離せ!痴漢に襲われてないっつーの!」
「……本当に?」
「本当だ!」
「じゃあおかえりのキスを」
「今日はなし」

でかい体を押して直江から離れた。疑問と不満が混ざったような顔をしてる。
直江ってたまにモデルやってちゃいけない人間に見えるんだよな〜。

「なんでですか」
「おまえ、モトハルさんに毒殺の話をしただろ」
「ええ、撮影があった時に少しだけ」
「痴漢の話で怒るのはいい。でも直江がオレのことどのぐらい好きかどうかわかるような話はするな」
「ダメなんですか?」
「千秋やねーさんや譲とか、オレも直江も親しい人ならいいんだ。けどモトハルさんはオレの社長なんだから聞かれたくない。恥ずかしいから」

ようやく納得したらしく、怒られた犬みたいに寂しそうに謝った。

「すみませんでした……」
「もうやるなよ」
「はい」

しょんぼり小さくなった直江が可哀想になったから手を繋いで部屋の中に連れてった。テーブルに置きっぱなしだったハガキを見て、直江に何かと聞かれたからネクタイのお礼状だって答えた。

「この人、オレと同じで奥さんに代筆してもらったみたいだよ。な?女の字だろ?」
「ええ……」

ハガキを見せたらなぜかさっきよりもしょんぼりした。なんなんだろう?
この落ち込みようはオレに怒られたからだけじゃなさそうだ。

「なんだ?なんでそんな顔してんだよ」
「なんでもないです」
「……嘘つくな」
「本当になんでもないですよ。反省してるだけです」

ちょっと笑顔を作ってからオレの手を離して寝室に着替えに行っちゃった。
反省してるだけならいいけど、もしかしてオレが何か傷付けるようなこと言ったのかも。
ああいう時の直江は絶対に理由を言わないからしつこく聞いても無駄だろうし、もうちょっと時間が経たないとダメだろう。

とりあえず一緒に夕飯を作って食ってから探ってみるか。

でも直江は全然教えてくれなかった。というかその話に触れさせても貰えなかった。
痴漢の件でもなく、毒殺の件でもなく、もうちょっと直江の心の内側に近い気持ちが傷ついてて、それがなんでなのかオレにバレたらいけないような感じ。
たぶん直江のことだから自分でそれを納得しない限りは言わない。もしくはずっと我慢するか。

夕飯が終わって直江が風呂に入って、その後でオレが入って、出てくるとリビングにいなかった。
いつもならオレの髪の毛を拭こうとしてバスタオル持って待ち構えてるのに。
寝室かな〜と思って見てもいない。
リビングを見回したらカーテンが揺れてた。窓が開いてるってことはバルコニーかな?

カーテンを少し開けて見てみたら、寒いのに薄着のまんま手摺に腕を預けて夜景を見てた。
片手にはブランデーグラス。
オレが見てるとは気付かないで小さな溜息をついた。

やっぱりなんか考え込んでんだな。そんでひとりで落ち込んで。
いつも直江に愛されてても、みんなが知らない本当の直江を知ってても、直江の心の奥まではわからない。
隠し事はしない約束してたって、オレに全部を話してくれるわけでもない。
けどそんなのは誰でも同じだろうから教えろって言うわけにもいかない。

とにかく今は薄着の直江を室内に入れないと風邪引かせちまう。

「直江、風邪引くぞ」
「あ、はい。タバコ吸ったら戻ります」

いい理由だよな、タバコって。怪しまれずにバルコニーで考え事できるんだもんな。
5分ぐらいしてから直江がリビングに戻った。
ブランデー飲んでるんだからその味を邪魔しちゃいけないと思って、香りのいい紅茶にブランデーを入れたやつを作って待ってたら、嬉しそうな顔でオレのそばに座った。

「寒かったんだろ」
「ええ、ありがとうございます」

冷たい唇でチューしてから紅茶を飲んだ。
何日か経ってもまだこんな顔をしてるようだったら聞き出すしかないか。

 

 

直江が寂しそうにし始めてからの週末。
直江もオレも休みが同じだったから一緒に代官山に行ってショッピング。今日はあんまり落ち込んだ顔を見せなかったから、そろそろ聞き出してもいいかな〜なんて、休憩で入ったカフェで考えてた時、たまに雑誌で見かける美人モデルが直江に話しかけた。

「ヨシアキ、久しぶり」

やっぱ知り合いだよな。モデルなんだし。

「前に会ったのは去年の夏だったか」
「うん、コレクションの時ね」

ファッション業界では夏に冬物のショーをする。モデルがたくさん集まるちょっとしたお祭りみたいな感じだって綾子ねーさんが言ってた。
その時に一緒だったそうだ。
オレの方を見た美人さんはオレを新人モデルだと思ったらしく、直江と同じ事務所なのかって聞いてきた。

「いや、この人はモトハルのデザイナーで、彼が学生の時からの……知り合いだ」
「そうなの?私もモトハルのショーにたまに出てるからよろしくね」

感じのいい人で直江のモデル仲間なのかな、と思ってたら。

「来週あたりまた二人でどこか行かない?」
「え……ああ……ちょっと無理だな。……スケジュールがけっこう詰まってて」

『また二人で』ってことはこのモデルは何度か直江とデートしてて、そういう関係だったってことか。
今さら昔の女が出てきたってあんまり気にしないけど……いや、そりゃちょっとは気にするけど……えーと、正直なところすごい気にしてるんだけど、昔のことだから目を瞑るしかない。

「じゃあまたね。メールするから」

そう言って美人さんは別の席に。
受け答えからしてドライな関係だったんだろうなっていうのはわかった。
でも……。

「知り合い?」
「何がですか?」
「オレ。直江の知り合いなんだ?」
「違いますよ」
「スケジュールが詰まってなかったらデートも無理じゃなかった?」
「……違います」

いつもの直江だったらオレのことを「知り合い」なんて言わないで「親しい人」ぐらいなことを言う。
誘われたのだって「恋人がいるから」ってニッコリして断るはずなのに。
なんかやっぱり最近の直江はおかしい。
落ち込んでたのと今の態度は絶対繋がってる。
それにいつもの直江なら女がいなくなったすぐ後でオレに言い訳をするはずなのにそれもない。

「行きましょうか。さっき高耶さんが気に入ってたジャケット買いましょう」
「うん。でもそれ買ったら帰るぞ」
「はい……」

とっとと諦めて全部ぶちまけやがれ。

 

でも直江はやっぱり言わなかった。こうと決めたら絶対に譲らない頑固さだ。
さっきのも『差し障りがないことを言ったまで』と理由をつけて、本当のことを言わない。
じゃあやっぱりそれだけなのかな?なんて考えてみたけど、オレの勘がそうじゃないって答えを出す。
ここまでかたくなに言わないってことは、オレが怒るような内容なんだろう。

「絶対に怒らないから言え」
「だから深い理由はありませんよ。カフェでのことだって適当に口から出ただけです」

絶対違う。
なんでそんなに誤魔化そうとするんだよ。オレがそんなに信用できないのかよ。
ちくしょう、こっちが泣きたいよ。

「じゃあもういい。聞かない。おまえも言わなくていい」
「高耶さん……」
「直江のそういうところ、大っ嫌いだ」

腹が立ってしょうがなかったからオレの部屋に鍵をかけて引き篭った。今日は直江と話したくない。
明日も、あさっても、話したくない。
けどこのままでいたら直江のことだからキレるか誰かに迷惑かけるほど落ち込むか、どっちかな気がする。
だからこそちゃんと話をして欲しいのに。

「あー、本当にオレが怒るような内容なんだろうな〜……」

直江が話さないのはオレのため、か。
バカヤロウ。

2時間ばかり引き篭もってから嫌いだって言ったことを謝ろうと思って部屋から出た。
リビングには直江の姿がない。
もしかしてまたバルコニーか?
覗いてみたらバルコニーにあるテーブルセットの椅子に座ってタバコを吸ってた。
背中を向けてるけどたぶんオレが出てきてここにいるのに気が付いてる。

「直江」

近寄って行って座ってる直江の背後から抱きついた。

「ごめん、嫌いなんて言って」
「……いいんです。本当に嫌われてるとは思ってないですから」
「うん……」

しばらくそのまま抱きついてたら腕を外されて直江が振り向いた。
やっぱりどこか悲しそうな顔だ。

「愛してます」
「うん」
「キスしていいですか?」
「うん」

チューしてたら泣けてきた。
直江が言ってくれないのが寂しいのと、オレじゃやっぱり直江の相手は無理なのかと思って。

「高耶さんが泣くことないでしょう」
「だって」
「……泣かせるぐらいなら話しますよ。部屋に入りましょう」

直江に手を引かれて部屋に入った。直江がソファに座って手を引っ張ったからそのままオレも倒れこむようにして寄り添った。手を解かれたらすぐに直江の腕がオレをグッと抱きしめた。

「本当にくだらないことですよ?聞いたら呆れると思います」
「でも直江には大事なことなんだろ?」
「まあ……そうですね……」
「だったら聞く」

オレも直江の背中を強く抱いてもっと甘えるようにして聞いた。

「私がどのぐらい高耶さんを好きなのか、親しい間柄の人以外には言うな、って怒られたでしょう?」
「うん」
「高耶さんのその気持ちは私もわかりましたよ。反省してます。でも、男女のカップルだったら同棲するなり結婚するなりして、強く愛していることを他人に主張できる。でも私たちはそれを家族と少人数の人にしか主張できない。そうするしかないのはわかってますし、それでいいと思ってたんです。でも高耶さんが痴漢にあったりしてるのに、公然と怒るわけにもいかない。もしこれがもっとひどい被害だったとしても、私が怒ったり、悲しんでいいのはたった数人の前だけなのか、と思ったら……なんだかひどく孤独になった気がして……」

そういうことか。それはオレも考えたことある。
直江が言うように孤独が襲ってきたような感じになった。

「高耶さんを紹介するときも、親密な関係だと思われたらきっと高耶さんは嫌がるのだと思って、つい知り合いなんて言い方をして、誘いを断るのにも俺には大事な人がいるんだと言えば高耶さんは恥ずかしがって困るかもしれないとか、色々と考えて……」

やっぱり全部オレのためだったのか。
確かにオレはそんなところがある。恥ずかしいからやめろとか、ばれたら困るとか、そんなことばっかり言ってたような気がする。

「もうそんなの考えなくていい。恥ずかしいし困るけど、そんなのたいしたことじゃない。直江がオレと一緒にいて幸せなら、そういう顔していいし、誰かに言いたい時は言っていいから」
「でも恥ずかしいし困るんでしょう?」
「……もっと自分を優先させろ」
「高耶さんが困っても?」
「直江に愛されてるんなら何でもいいよ」
「高耶さん……」

やっと声が元に戻って、いつものあの安心感を与えてくれる声になった。
顔もきっと笑ってるんだろう。寂しそうな笑顔じゃなく。

「オレは直江が恥ずかしい行動するよりも、オレを怒らせないために隠し事する方がずっと怒る」
「ありがとう」

仲直りのチューして笑いあっていつもと同じ直江になった。
いや、同じじゃないか。
オレにとってはもっと大好きな直江になった。

 

 

 

それからオレと直江はもっとラブラブになったわけだ。
日増しにラブラブになれるってのがオレたちのいいところだよな。
鼻歌なんか歌いながら会社でデザインを描いてたら、モトハル社長がオレんとこに来て、小さい声でこう言った。

「このまえ直江に大嫌いだとか言ってケンカしたんだって?」
「うっ」
「仲直りできてよかったな」

直江め……帰ったらシメる!!!

 

 

おわり

 

 

   
   
   
     

高耶さんに痴漢なんて
私がしたいわ!
うらやましい!

     
   
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