同じ世界で一緒に歩こう それから |
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朝から晩まで仕事を詰めて働いて、早く高耶さんの顔を見て癒されたいと自宅のドアを開けた。 「ただいま帰りました」 玄関で明りのついた廊下の奥にあるリビングに向けて声をかけるとスリッパのパタパタという音が聞こえる。 「おっかえりー!」 小走りで迎えに出てくれた高耶さん。満面の笑顔だ。なんて可愛らしいのだろう。 「夕飯作ったぞ!」 ああ、今日は高耶さんの手作り夕飯だ。ここ数日間、高耶さんの仕事が忙しくて帰りが深夜だったためひとり寂しく自作のカレーを食べたり、外食をしたりしていたが、今日こそは高耶さんのおいしいご飯が食べられる! 「なんだよ、おい〜」 恒例のチューとギューをしてから手を繋いでリビングへ。続きになっているダイニングには高耶さんが用意したテーブルセットが。 「今日の夕飯はなんですか?」 着替えて来いと言われてベッドルームに向かい、部屋着に着替えて戻るとテーブルに丸いコロッケとサラダとワイングラスが置いてあった。 「手ェ洗ってこい。そろそろ完成するから」 ウキウキして鼻歌を歌いながら手を洗い、この小さくて暖かい幸せをかみしめる。 「洗ってきました!」 コロッケとサラダの他にスープパスタがテーブルに乗っている。 「ボンゴレロッソをスープパスタにしてみたんだけどどうかな?」 手を合わせていただきますをして、まずはスープパスタを。 「おいしいですね。スープも高耶さんが作ったんですか?」 涙が出そうだ。私との夕飯ごときでも手抜きをしない高耶さんの優しさに。 コロッケをナイフで切ってみると、ひき肉でゆで卵を包んだスコッチエッグだった。これも高耶さんの手作り。 「本当に幸せです」 この高耶さんの愛情料理に私の腕が追い付くのはいつになるのかわからないが。 おいしい夕飯とワインで満足した後はリビングのソファでイチャイチャタイムだ。 「そうだ、直江。来週の土日は休みだよな?」 ええと、矢崎くんというと、確か高耶さんの同級生で……。 「ナントカカフェっていう原宿にある変なカフェが閉店後に店を貸し切ってショーやるらしいんだ。そこに矢崎の師匠がデザインして作った服も出るらしくて」 ラテックスの服といえば……ヨーロッパに住んでいる時に知ったアレか……? 「ゴムで服ってどういうことだ?直江、知ってる?」 この話は高耶さんにしても大丈夫だろうか?もしかしたら過去の素行がバレる可能性が。 「どんなの?」 目をキラキラさせて私を見る。流行にはあまり興味がなく可愛らしくてきれいな服を作る高耶さんの目が。 「先に言っておきますが、知っているだけで着たことはありませんし、詳しくはないです」 仕方ない、話すか。 「いわゆるフェティッシュファッションです」 ボンテージやらSMやらのセクシーな場面で着るファッションをフェティッシュファッションと呼ぶ。 かいつまんで話すと高耶さんは納得した。 「アレか。前に映画で見た全身タイツの人がスベスベするやつに似てるな」 ギュッと抱きしめて頬ずりした。楽しそうなクスクス笑いが耳元で聞こえる。
そしてその当日が来た。 「矢崎が席を確保してくれてるはずなんだけど。直江も行くって言ったら立ち見はさせないって息巻いてたし」 ありがとう、矢崎くん。立ち見をして目立つのも高耶さんが変な人に触られるのも避けたい。 「おーぎー!!」 入り口でキョロキョロしていた高耶さんを見つけた矢崎くんが奥から走ってきた。 「おお、久しぶり!呼んでくれてサンキューな!」 なぜか固い握手をして席に通された。見回してみると意外なことに私よりも年上の人が多い。 「日本中のラテックス作家やファンが作ったイベントなんで、楽しんでってください。ショータイムが終わったら師匠に紹介しますよ」 矢崎くんに師匠を紹介すると言われてもな。どうしたらいいんだ。 「来る前にラテックスでネット検索してみたんだけどさ、有名な歌手やモデルがけっこう着てるんだな」 海外にはフェティッシュクラブというものがあり、そういうファッションの人々が集まる専門のクラブがある。 しばらくすると会場内にアナウンスが響いた。 「うわ〜、ゴムの匂いがする〜」 さっそく会場にゴムの匂いが充満する。懐かしい匂いだ。 「ゴムの匂いだけで興奮する人もいるってネットで見た」 ゴム=性的興奮、らしい。 最初は真っ赤なワンピースドレスとハイヒールのセクシーな女性だった。 ……高耶さんに着せるとしたら……どんなラテックスがセクシーなのか…… 「直江だったらさっきの白人さんみたいなのが似合うかもな」 まあまあ失礼な気もするが聞き流そう。 ファンのウォーキングが終わるとまたしばらく高耶さんと話した。 「あのガスマスクみたいなのって会話できるのかな?」 立ち上がって高耶さんはさっきのガスマスクの男性に話しかけに行ってしまった。 そんなこんなでラストの矢崎くんの師匠が作った服のショーになった。 「あ、なんかさっきのと違ってすげーカラフル」 フェティッシュではないのではなかろうか、というほどにファッション性の高いアートな作品がたくさん出てくる。 「面白いな!」 不安もあったが来て良かった。高耶さんの仕事に繋がるなら。
ショーが終わってから矢崎くんの師匠と挨拶をして帰った。 家に着く前に高耶さんが小腹が減ったと言うのでコンビニで甘いものを買って、暗い道をゆっくり歩きながら今日のことを話す。 「あんまり変態っぽくなかったな。すげーエロいのがあったらどうしようかと思って構えてたんだけど」 アハハと笑って腕を組んできた。こんな公共の道路で珍しい。独占欲か? 「直江といると勉強になること多いけど、そうじゃなくて普通に楽しくて嬉しい。あと、幸せ」 なんだか似たようなことを思っていたのか。 「私もさっきそんなふうに思いましたよ。あなたが私の隣にいるだけでいいって」 夫婦!! 「急いで帰りましょう!」 笑いながら早足で歩いて帰った。マンションのエントランスにいたコンシェルジュの挨拶も聞こえないぐらいに。 「どうしよう。オレ、直江のこと好きすぎて頭おかしくなったみたい」 プリンを冷蔵庫に入れもしないままリビングでずっとキスをした。明日は休みだ。もっとキスしよう。
それから数カ月後、矢崎くんの師匠にオーダーした高耶さん用キャットスーツが届いて怒られたのは言うまでもない。
おわり
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久しぶりすぎてリハビリ
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