同じ世界で一緒に歩こう それから


似た者夫婦


 
   

 


朝から晩まで仕事を詰めて働いて、早く高耶さんの顔を見て癒されたいと自宅のドアを開けた。

「ただいま帰りました」

玄関で明りのついた廊下の奥にあるリビングに向けて声をかけるとスリッパのパタパタという音が聞こえる。

「おっかえりー!」

小走りで迎えに出てくれた高耶さん。満面の笑顔だ。なんて可愛らしいのだろう。
ニヤける顔を戻す前に私に抱きついてきた。

「夕飯作ったぞ!」

ああ、今日は高耶さんの手作り夕飯だ。ここ数日間、高耶さんの仕事が忙しくて帰りが深夜だったためひとり寂しく自作のカレーを食べたり、外食をしたりしていたが、今日こそは高耶さんのおいしいご飯が食べられる!
嬉しさのあまり強く抱きしめて高耶さんの体を振り回すぐらいブンブン揺らした。

「なんだよ、おい〜」
「高耶さん!」

恒例のチューとギューをしてから手を繋いでリビングへ。続きになっているダイニングには高耶さんが用意したテーブルセットが。
ランチョンマットの上には箸の他にナイフとスプーンとフォークが並んでいる。洋食だろうか。

「今日の夕飯はなんですか?」
「超おいしいやつだ」
「楽しみです」

着替えて来いと言われてベッドルームに向かい、部屋着に着替えて戻るとテーブルに丸いコロッケとサラダとワイングラスが置いてあった。
コロッケは揚げたてのようでまだ油の音がしている。

「手ェ洗ってこい。そろそろ完成するから」
「はい」

ウキウキして鼻歌を歌いながら手を洗い、この小さくて暖かい幸せをかみしめる。
就職をしても私の夕飯を作ってくれる高耶さん。しかも嬉しそうに私を迎えに来て。

「洗ってきました!」
「よし、食おう!」

コロッケとサラダの他にスープパスタがテーブルに乗っている。

「ボンゴレロッソをスープパスタにしてみたんだけどどうかな?」
「おいしそうですね。こっちのコロッケは?」
「まあ食べてみろ」
「ではいただきます」

手を合わせていただきますをして、まずはスープパスタを。
トマトの酸味と魚介のうまみが絶妙なハーモニーを醸し出している。

「おいしいですね。スープも高耶さんが作ったんですか?」
「がんばって煮込んだんだ〜。時間あったしさ、直江と久しぶりの夕飯で手抜きしたくなかったから」
「くっ……ありがとうございます……!」

涙が出そうだ。私との夕飯ごときでも手抜きをしない高耶さんの優しさに。

コロッケをナイフで切ってみると、ひき肉でゆで卵を包んだスコッチエッグだった。これも高耶さんの手作り。
こんな手間暇がかかるメニューを帰ってきて作るなんて!

「本当に幸せです」
「うん。だから直江もカレー以外のメニューをマスターしような?」
「がんばります」

この高耶さんの愛情料理に私の腕が追い付くのはいつになるのかわからないが。
というか自信はまったくないが。

おいしい夕飯とワインで満足した後はリビングのソファでイチャイチャタイムだ。
私が淹れたカフェオレをローテーブルに置いて話をしながらくっついてキスをしたり。

「そうだ、直江。来週の土日は休みだよな?」
「ええ、高耶さんに合わせて休みにしました」
「土曜の夜なんだけどさ、矢崎が働いてるとこのショーがあるんだって」

ええと、矢崎くんというと、確か高耶さんの同級生で……。

「ナントカカフェっていう原宿にある変なカフェが閉店後に店を貸し切ってショーやるらしいんだ。そこに矢崎の師匠がデザインして作った服も出るらしくて」
「師匠?」
「うん。あいつ最初はギャル系のメーカーに入ったんだけど、師匠に出会ってすぐそっちにバイトで転職したんだ」
「なんの師匠なんですか?」
「えーと、ラテックス?の、服を作ってる人らしい。ラテックスってなんだっけ?」
「……コンドームの素材です」
「ゴムか!!」

ラテックスの服といえば……ヨーロッパに住んでいる時に知ったアレか……?

「ゴムで服ってどういうことだ?直江、知ってる?」
「ええ、まあ。日本ではまだ馴染みがありませんが、ヨーロッパではメジャーになりつつありますね」

この話は高耶さんにしても大丈夫だろうか?もしかしたら過去の素行がバレる可能性が。
いやもう素行はバレているが、なんとなく言いだしにくい。

「どんなの?」

目をキラキラさせて私を見る。流行にはあまり興味がなく可愛らしくてきれいな服を作る高耶さんの目が。

「先に言っておきますが、知っているだけで着たことはありませんし、詳しくはないです」
「うん、いいよ」

仕方ない、話すか。

「いわゆるフェティッシュファッションです」
「……エッチで変態っぽい服ってことか」
「はい」

ボンテージやらSMやらのセクシーな場面で着るファッションをフェティッシュファッションと呼ぶ。
その中にラテックスファッションというものがあり、薄いゴム生地で作られた服を着ることに執着しているのがそれだ。
ダイビングのウェットスーツのような首から爪先までピッタリしたゴムで作られたものを「キャットスーツ」と言い、それが基本になり色々なデザインが展開されている。
ゴムの服に専用のローションを塗ってテカテカヌルヌルにして触りあい興奮するのが元々の目的である。

かいつまんで話すと高耶さんは納得した。

「アレか。前に映画で見た全身タイツの人がスベスベするやつに似てるな」
「ああ、そういう感じですね。ですがラテックスは海外のミュージシャンがステージ衣装で着たりドレスにしていますからハイブランド化してきているそうです」
「さすがモデルだな〜。よく知ってるな〜」
「日本でもそういうメーカーがあるんですねえ」
「ちょっと面白そうだな。矢崎に誘われてるから行ってみたいんだけど……直江は?」
「高耶さんと一緒ならどこへでも行きますよ」

ギュッと抱きしめて頬ずりした。楽しそうなクスクス笑いが耳元で聞こえる。
フェティッシュファッションの現場に高耶さんを連れて行くのは不安だが私がずっとそばにいればいいだろう。

 

 

そしてその当日が来た。
カフェの閉店が夜8時なので9時からスタートだった。
いまどきの女の子が好きそうな内装のカフェに入ると暗めの照明になっていて、すでに人がたくさんいた。

「矢崎が席を確保してくれてるはずなんだけど。直江も行くって言ったら立ち見はさせないって息巻いてたし」

ありがとう、矢崎くん。立ち見をして目立つのも高耶さんが変な人に触られるのも避けたい。

「おーぎー!!」

入り口でキョロキョロしていた高耶さんを見つけた矢崎くんが奥から走ってきた。

「おお、久しぶり!呼んでくれてサンキューな!」
「お久しぶりです、矢崎くん」
「タチバナさん、ようこそ!!」

なぜか固い握手をして席に通された。見回してみると意外なことに私よりも年上の人が多い。
若者のファッションかと思っていたが、そうでもないらしい。中にはタレントもちらほら。

「日本中のラテックス作家やファンが作ったイベントなんで、楽しんでってください。ショータイムが終わったら師匠に紹介しますよ」
「あ、ええ、よろしくお願いします……」

矢崎くんに師匠を紹介すると言われてもな。どうしたらいいんだ。
じゃあ、と手を振って矢崎くんはまた奥に戻ってしまった。
とりあえずカフェなので飲み物を注文して高耶さんと話す。

「来る前にラテックスでネット検索してみたんだけどさ、有名な歌手やモデルがけっこう着てるんだな」
「海外では多いみたいですね。日本だとこの規模が限界なんでしょうかね?」
「かもな〜」

海外にはフェティッシュクラブというものがあり、そういうファッションの人々が集まる専門のクラブがある。
売っている店もたくさんある。海外生活の間に付き合いで何回か行ったことがあるが思ったより健全だった。
ただ裏では何をしているのか知らないし、知りたくもなかったので詳しくはない。
日本ではイベント止まりなのだろう。

しばらくすると会場内にアナウンスが響いた。
まずはラテックスファンの人たちが自慢のファッションで登場するらしい。

「うわ〜、ゴムの匂いがする〜」

さっそく会場にゴムの匂いが充満する。懐かしい匂いだ。

「ゴムの匂いだけで興奮する人もいるってネットで見た」
「ファッションでは終わらない人がそういう感じなんでしょうね」

ゴム=性的興奮、らしい。

最初は真っ赤なワンピースドレスとハイヒールのセクシーな女性だった。
そして次は黒いキャットスーツの上に重ね着のコート、ゴム製ガスマスクの体格のいい男性。
さらに飴色の透けたゴムのドレスの女性はそれを脱ぐとツートーンのワンピース、さらに脱ぐとキャットスーツという具合に、続々とラテックスを着た人が出てきて客席の間を歩く。
イギリスの警察官のデザインを真似た凝ったラテックスの人もいた。
中には白人もいて、黒い袖のないTシャツと3分丈のパンツにブーツといったシンプルなものも。

……高耶さんに着せるとしたら……どんなラテックスがセクシーなのか……
はっ!いかん!ついうっかり変態的なことを!!

「直江だったらさっきの白人さんみたいなのが似合うかもな」
「え?!」
「あー、でも微妙にキモく見えるか」

まあまあ失礼な気もするが聞き流そう。

ファンのウォーキングが終わるとまたしばらく高耶さんと話した。
さっきスポットライトを浴びていたラテックスファンの皆さんが客席で話している姿が見える。

「あのガスマスクみたいなのって会話できるのかな?」
「さあ?」
「ちょっと見せてもらってくる」
「え」

立ち上がって高耶さんはさっきのガスマスクの男性に話しかけに行ってしまった。
私はひとり取り残され……どうしたらいいんだ……。
アレ、タチバナじゃない?などという声も聞こえてきた。恥ずかしくはないが居心地は良くない。
高耶さん、早く帰ってきてください!!

そんなこんなでラストの矢崎くんの師匠が作った服のショーになった。
矢崎くんも制作に加わったらしいと高耶さんが教えてくれた。

「あ、なんかさっきのと違ってすげーカラフル」
「ですねえ」

フェティッシュではないのではなかろうか、というほどにファッション性の高いアートな作品がたくさん出てくる。
和服をモチーフにしたもの、細かい柄を切り絵にして作ったレースをあしらったもの、ふんわりしたスカートのメイドのようなもの、シリーズとして統一した色のもの、雰囲気が違ってとても楽しめた。
ゴムで出来ているとは思えないほどだ。

「面白いな!」
「新しいですね」
「なんか創作意欲が湧いてきた!」

不安もあったが来て良かった。高耶さんの仕事に繋がるなら。
横で笑顔でいてくれるなら私はそれだけで嬉しい。

 

ショーが終わってから矢崎くんの師匠と挨拶をして帰った。
ついでに名刺交換もした。

家に着く前に高耶さんが小腹が減ったと言うのでコンビニで甘いものを買って、暗い道をゆっくり歩きながら今日のことを話す。

「あんまり変態っぽくなかったな。すげーエロいのがあったらどうしようかと思って構えてたんだけど」
「構えた?」
「直江がエロい女の人見て興奮するかなーとか」
「まさか。私は高耶さん一筋ですよ」
「知ってる〜」

アハハと笑って腕を組んできた。こんな公共の道路で珍しい。独占欲か?

「直江といると勉強になること多いけど、そうじゃなくて普通に楽しくて嬉しい。あと、幸せ」
「え?」
「ファッションのこと教えてくれたりさ、するだろ?でもやっぱり安心してああいう所に行けたり、一緒にいるって思うだけでオレって幸せ者なんだな〜って思うわけ」

なんだか似たようなことを思っていたのか。

「私もさっきそんなふうに思いましたよ。あなたが私の隣にいるだけでいいって」
「似た者夫婦ってやつか」
「ふっ……」

夫婦!!
まさか高耶さんからそんな言葉が出るとは!!
嬉しすぎて死にそうだ!!

「急いで帰りましょう!」
「はあ?」
「急いで帰ってイチャイチャしましょう!!さっき買ったプリンもエクレアもあーんして食べさせてあげますから!」
「バカか!!」

笑いながら早足で歩いて帰った。マンションのエントランスにいたコンシェルジュの挨拶も聞こえないぐらいに。
エレベーターの防犯カメラが鬱陶しく思えるほど早くキスがしたくて。
やっとドアが閉まった玄関で今日一番の甘いキスをした。

「どうしよう。オレ、直江のこと好きすぎて頭おかしくなったみたい」
「たぶん私の方がもっと頭おかしくなってますよ」
「直江〜!」

プリンを冷蔵庫に入れもしないままリビングでずっとキスをした。明日は休みだ。もっとキスしよう。
せっかく高耶さんがこんなに甘えてくれているのだから。
今夜はずっと離さないでいよう。

 

 

それから数カ月後、矢崎くんの師匠にオーダーした高耶さん用キャットスーツが届いて怒られたのは言うまでもない。
でもほっぺを真っ赤にして着てくれた姿は一生忘れない。

 

 

 

おわり

 

 

   
   
   
     

久しぶりすぎてリハビリ
みたいなものだと思って
許してください。

     
   
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