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同じ世界で一緒に歩こう それから


番外編

いつかおまえを

 
   

 


久しぶり。俺は世界一かっこいい天才モデルの千秋修平だ。待たせたな。
ちょっと前に直江から「うちのマンションがコンシェルジュ制度を取り入れた」って聞いた。
そんなマンションにはまだ入ったことがねえ。モデル仲間にそういうの住んでるヤツはいるけど、行ったことはないからな。

これはちょっと見せてもらわなきゃな~と思ってたら、直江が土日月で2泊の上海のショーに出ることになったから高耶がひとりぼっちになる、ついては一緒に夕飯でも食ってやってくれ、って言って来た。

「別にいいじゃん、一人でも」
「いや、それが……最近また高耶さんを狙う男が現れて……心配で外泊なんかしたくないんだが、仕事だからな……」

相変わらず甘やかしてる。そんなんで高耶はイヤにならないのかな……って、なるわけねーか。
あいつはどうしょもない甘ったれだ。直江以外のヤツが高耶を甘やかしたって、高耶にとっては物足りないぐらいなんだろう。

「頼んだぞ」
「直江んちのヴィンテージワイン飲んでもいいなら」
「……1本ならいい」
「よっしゃ」

そんで俺は成田を誘って土曜の夜に高耶と3人で直江んちでメシを食う約束を取り付けた。ついでに成田と泊まる。
高耶が引っ越してから初めて行くが、何度も訪ねてる家だから新婚ぽいピンクなイメージがあってもどうにか耐えられるんじゃないかと思う。

成田と食材を買ってから直江んち……というか高耶んちへ。

「おじゃましまーす」
「おう、入れ入れ」

久しぶりに来た直江んちは全然変わってなくて、本当に高耶が引っ越してきたのかと思うほどだった。

「おまえ、マジで住んでんの?」
「へ?なんで?」
「いや、なんつーか、全然そんな雰囲気ないし。もっと新婚家庭みたいになってるか、おまえの物が散乱してるかと思ったんだけど」
「し、新婚てなんだよ!んなわけあるか!」

いまさら恥ずかしがられてもなあ……高耶以外の人間は絶対に新婚だと思ってるはずなんだが?

「ねえねえ、高耶の部屋は?」
「あ、こっち。見る?」
「見る」

成田が話しかけると高耶はちょっと落ち着く。これは長年の親友のなせる業だろう。直江はこんなところにも嫉妬すんのかもしれないな~。

高耶の部屋は6畳で、大きなデスクと本棚、一人用ソファと小さいテーブルがあった。
客間にあったベッドは直江の実家に貰われて行ったそうで、この部屋にはベッドはない。ケンカした時はどうすんだ?
って聞いたら、直江を寝室から追い出して和室の布団で寝かせてるんだそうだ。
家主は誰だよって話だが、直江は高耶には逆らえないから仕方が無いのか。

「てゆーか、おまえの部屋はアパート時代と同じで散らかってんな~」
「アレコレやってるとつい……」
「これじゃ直江も入れないだろ?」
「いや、たまに入ってくる。すぐ出てくけど」

そーだろな。もしこの部屋で何か踏んだりしたら大目玉喰らいそうだ。足元の紙だってきっと服の製図だろうし、デザイン画のアイデア用紙だって散らばってるし。

「なあ、そろそろ夕飯準備しよーぜ。譲、今日は何食うんだ?」
「今日はお好み焼きだよ」
「マジで?!オレ、お好み焼き好き~♪」
「じゃあ早く準備しよっか」
「おう!」

成田と高耶でさっそくキッチンに行ってしまった。俺様は料理なんぞ出来ないから任せるか~。
あ、そうだ。

「なあ、高耶。風呂入らせて」
「いいよ。そこのボタン押すと風呂沸くから」

高耶が指差したキッチンの壁にはパネルがついてて、それで風呂の操作が出来る。俺んちにもあるがここの家のはボタンが多くてスピーカーがでかい。
水を溜めて沸かすっぽい絵が描いてあるボタンを押してから、リビングで一服した。直江の灰皿があるってことはどうやらリビングは禁煙じゃないらしい。

「禁煙じゃねえの?ここの家」
「いくらオレが越してきたからって直江に禁煙しろなんて言えねーよ。ここ直江んちだし」
「……そうだよな……直江の買った家だもんな……。てことはさ、別れたらおまえどうすんの?」
「別れない」

ちょっとムッとした返事が返ってきた。そりゃそうか、こんな話。

「でも高耶、俺もそれ考えたんだよ。もしだよ。万が一だよ。直江さんと高耶がダメになった時、この家は直江さんのものだから高耶が出て行くことになるよね?新しくアパート借りたりしなきゃいけないだろうけど、高耶は4年間は美弥ちゃんの学資の仕送りと奨学金の返済で貯金もできないだろ?身包み剥がされたまま出てくってこと?」
「…………たぶん」
「それダメだよ!仕事も出来なくなるって!直江さんがいくらいい人でも、別れた相手にまで優しいとは限らないんだからね!今のうちに何か契約とかしないと!」

契約って言葉に高耶は少し沈んだ表情になった。こいつは社会人になっても甘ちゃんで、直江との恋愛に契約だの法律だのを入れたくないらしい。

「いいか、高耶。今の世の中、結婚も契約のひとつなんだよ。おまえと直江は男女じゃないけど事実婚をしてるのと変わらないんだ。男女だったら事実婚でも結婚とみなされて、別れた時は慰謝料だの何だのとあるんだよ。だからおまえらみたいなカップルは法律的に有効な契約書を取り交わした方がいいっつってんの」
「でも……直江とは金目当てで付き合ってるわけじゃないし……」
「それはみんなわかってるって。単におまえがこの家から出てくとなったらどうすんだって話だろ」

キャベツを切ってた手を止めて、高耶が唸りながら考え出した。
この高耶の世間知らずな部分とか、甘ちゃんなところとか、そういうのを直江はたまらなく可愛いと思ってんだろうけど、もし直江がそんな高耶を放り出したら高耶は破滅の一途を辿ると思うんだ。
俺としてもそれは気の毒だから、今日みたいに直江がいないうちに知恵をつけておいてやりたい。

「別れる時は財産分与した方がいいよ?」
「財産分与って……直江の年収とオレの年収を足して半分こ、てこと?」
「それが基本的だと思う」
「……それちょっと莫大すぎて貰えない……」

莫大?!直江の年収ってどんだけあんだ?!俺よりギャラが高くて仕事がたくさんあるのは知ってるけど、そんなビビるほどあんのか?!
やべー!俺こんなとこでのんびりしてる場合じゃないんじゃねーの?!

「じゃあ高耶が無理せず1人暮らしを始められるだけの資金を払ってもらうってことでもいいと思う。契約書を作って証人立てたら?」
「……考えてみる」

そこまで話したら風呂が沸いたサインのアラームが鳴った。
いいタイミングだ。

「タオルは洗面所の脇の棚に入ってるから」
「サンキュー」

風呂入ってスッキリしてさっきの直江のギャラのことは忘れよう。直江とオレじゃ年齢も経験も違うんだ。
ギャラが高くたって仕事が多くたって当たり前だと思わないと。
でも負けっぱなしは悔しいから絶対追い越してやるけどな!!

 

 

 

風呂入ってお好み焼き食ってビール飲んで。
夕飯が終わってからはダラダラしながら酒だ。直江のヴィンテージワインを高耶に開けさせて、最高級のベネチアングラスで飲んだ。青と金の装飾のグラスは直江んちとは似つかわしくなくて、どうしてこんな派手なグラスがあるのか聞いてみた。

「それは直江の実家からのお土産。イタリアに行った時に買ってきたんだって」
「息子にベネチアングラスのお土産?こんなベルサイユのばらみたいな雰囲気の?」
「……直江の……事実婚祝いだって」
「てことは?直江の親もおまえたちが結婚したって意味でいるってことか?」
「さあ……?」

さあって言ってるけど、その顔には「その通り」と書いてある。
この様子じゃ高耶の親もそのつもりなんだろう。どっちの親も苦労するが、それでも祝ってるんだから変わり者なのかもしれない。

「ま、いいか。飲め」
「偉そうに言うな。直江のワインだろ」
「その直江が飲んでいいって言ったんだから、俺様のワインだ」
「……変な理屈」

ワインの他に持ってきたビールや日本酒をあけた。高耶も成田も酒にはあんまり強くなくて、俺がまだほろ酔いなのに二人でグデングデンになった。

「おいおい」
「千秋~、俺眠くなってきた~。ねえ、高耶、俺はどこで寝たらいいの~?」
「和室に布団ある~」
「千秋、敷いて~」

こいつらと酒飲む時は世話係にならなきゃいけないのかよ。めんどくせーなー。
だから酒の弱いやつと飲むのはイヤなんだ。直江と綾子だったら強いから面白いんだけどなあ。

「じゃあ敷いてやっから待ってろ」
「さんきゅ~、千秋カッコイイ~」
「嘘くせえお世辞はいらん」

和室に布団を敷いて戻ると、成田も高耶もグースカ寝てた。布団を敷いた俺の立場はどうなるんだよ。

「おい、起きろよ。起きろって。寝るなら布団に入れ」
「めんどーい」
「敷けってゆーから敷いたんだろうが!」

まず成田を引きずって和室の布団に放り出した。モゾモゾ動いて枕を発見して、それに頭を乗せて本格的に眠りだした。
くそー、もう一匹重たいのがいるのかよ~……。

「高耶、おまえは寝室で寝るんだろ?」
「うん……」

トロトロした目を開けて俺を見た。あくびをしながら首を仰け反らせて深呼吸をした。
それを見て、俺は無性に腹が立った。
なんでかって?こんなに色っぽい男を見たのは初めてだからだ。

直江はギャラも高いし仕事も多い。それは直江の努力の賜物で、やりたくもない仕事でも一所懸命やって、難しい仕事でも結果を出す努力を惜しまないからだ。
それについては俺だって反論できないし、純粋に尊敬もできる。だから直江は俺の目標でもありライバルでもある。

でも、高耶はモデルじゃないし、芸能人でもないし、誰かに見られる仕事をしてるわけでもない。
なのに俺より、いや、ヌードの直江よりも色っぽさがある。俺の人生でこんなに色気のある男は今までいない。
俺や直江がどんなに努力したってコレは天性のものだから手に入れることは出来ない。絶対。

それが本気で悔しい。

「てめー、俺様が起こしてやってんのにだなあ!」

鼻をつまんで引っ張った。高耶は右手で猫みたいに顔をグジグジやったけど、まともに起きる気配はない。
直江のヤツはいっつもこんな高耶を相手にしてるのか。そりゃ可愛くてたまらねーだろうよ。
俺はゲイじゃないし、高耶を恋愛対象として見られないから、直江と同じ気持ちになることは皆無だけど、直江の気持ちはよくわかる。

「なおえ~、だっこ~」

……はあ?今なんつった?だっこ?
このバカップルはいったいどうゆう会話して、どうゆう生活してんだ?甘えすぎだろ?

「いい加減にしろ。起きないならこのまま放置しておくぞ」
「……だっこ」
「俺は直江じゃねえよ。千秋だ。いくら酔ったからっておまえを抱っこなんぞしたら直江に殺される」
「ふ~」

小さく溜息をついて、高耶は目を開けた。
たぶん、今のこの顔は、世界中の人間を釘付けにするんだと思う。たかが素朴が売りのイナカ出身のサラリーマンに俺が嫉妬してるなんて思いもよらないだろうな。
俺だって高耶がここまで化けるとは思ってなかった。
こんなに色っぽく成長するんだったら、モデルかタレントにスカウトすればよかったって綾子は言うかもしれない。

「千秋、寝室まで肩貸して」
「はいはい」

高耶に肩を貸して寝室に運んだ。寝室に入るのは初めてだな。
優しいデザインのでっかいベッド。真っ白いシーツと布団カバー。作りつけの腰までの高さの棚が二人のドレッサーの代わりになってるようで、鏡だのアクセサリーだのが置いてある。底の浅い引き出しが少し開いてて、中に直江の腕時計が見えた。

「もう大丈夫。寝る」

俺の劣等感はマンション、部屋の中、直江の腕時計、高耶の色気で絶賛大増幅中だ。
でも俺はいつだってポジティブシンキングだ。こんなマンションのひとつやふたつ、いつか手に入れてみせる。
直江より高い腕時計も買ってやる。
高耶より色っぽい美女を嫁さんにもらってやる。いつか、絶対。

「見てろよ、直江。追い越してやっからな」

高耶の寝顔を見ながら宣言した。この幸せそうな寝顔より、ずっと幸せになってやるんだ。

 

 

 

「おい、長秀」
「ああ?」

事務所で会ったのは俺が追い越すと決めた男、直江だった。

「土産だ」

高耶と成田の世話をしてくれた礼だと言って、上海の土産を渡された。
小さい箱は思ったより重くて、いったい何が入ってるんだと開けてみたら、ヒスイの印鑑が入ってた。

「……なにこれ……」
「実印にどうかと思って買ってきた。そろそろ大きい仕事がもらえるらしいから、マンションや車を買うのに実印が立派じゃないとみっともないだろう?」

俺の実印が銀行印だってこと知ってやがったか。
て、今、なんて?

「大きい仕事って言ったか?」
「聞いてないのか?おまえにモトハルからの仕事が来てると綾子が言ってたが」

モトハルのショーは東京コレクションへの登竜門で、東コレをうまくこなせばパリコレの仕事だって入ってくる。
そうなれば海外の雑誌でもモデル登用される。仕事が倍に増える。

「マジ、で?」
「ああ、上海に行く前に直接綾子に聞いたから確かだ」
「……やったー!!」

これで俺もコンシェルジュがいるマンションに住めるかもしれない!
色っぽい美女を嫁さんにできるかもしれない!

「あー、それでだ。ひとつ聞きたいんだがいいか?」
「なんだ?今の俺なら性癖から貯金の額まで教えてやるぞ?」
「そんなものは聞きたくない。高耶さんのことだ。おまえ、高耶さんに何か入れ知恵しただろう?」

ん?もしかして契約書のことかな?

「ああ、したけど」
「上海から帰って高耶さんにもお土産の実印を渡したんだが……2日後に契約書を渡された」
「事実婚のだろ?」
「私があの人を見捨てるわけがないのに、別れた時のことなんかが契約書に書かれていて……聞いたらおまえから入れ知恵されたと言ってたんだ。まさか本当とはな」

実印を渡して2日後に、その実印を使って契約書にハンコを押されて渡されたそうだ。

「高耶のためじゃん。おまえ、高耶のためを思うならそういうこともしなきゃダメだっての。本当におまえらカップルは呆れるほど惚れてて気持ちが悪いな~」
「気持ち悪くは無い。それよりもおまえが……」
「俺がどう言おうが、考えたのは高耶なんだろ?大事にしてるなら言うとおりにしてやれよ。どうせ無効になるんだしさ」

俺が「無効になる」って言った意味がわかったらしく、直江は顔の左側だけで笑って俺を見た。

「よくわかってるじゃないか」
「だろ?」

さすがは売れっ子モデルとでも言うべきか、優雅に身体を翻して直江は去った。まるで流れるような動作だ。
仕事でなくてもこういう動作ができるのは直江が普段から仕事を意識して動いてるってことになる。
俺も見習わないとな。
でも高耶のことになるとダメ男になるところは絶対に見習ったらいけない。

「明日はオフだし、印鑑登録でもしに区役所行くか」

いつか見てろ、直江。おまえを追い越してこの実印でコンシェルジュのいるマンションに住んでやるからな!!

 

 

おわり

 

 

   
 
がんばれ、千秋!
いつか直江を追い越すのだ!
 
     
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