同じ世界で一緒に歩こう それから


番外編

ポジティブシンキング

 
   

 


おう、また会ったな。人気急上昇中の長秀こと千秋修平だ!
モデル直江は俺にとっちゃ目の上のタンコブぐらい邪魔な存在だ。でもこのタンコブを追い越さないと絶対に後悔するから誰よりも仕事を真剣にやってるつもりだ。
だけどこう直江の実力を見せられると自己嫌悪になるぐらい完璧でムカつくんだ。自分に!

 

 

今日はモトハルの秋冬のファッションショーだ。
広告塔とも言える直江がいるのは当然。でも俺はモトハルのショーなんていう大舞台は初めてだから緊張している。

ギャルなブランドが集まって大きなショーをするやつになら出たことある。タレントや俳優と一緒に出るやつ。どっちかってゆうと一般人向けの企業宣伝のショーだ。

でも俺が今から出る舞台は世界的に有名で、銀座にでかい店を構えてる、外国人も押しかけるメーカーのモトハルだ。規模はガールズコレクションには負けるけど、見にきてるのは「服を着る客」じゃなくて「服を売る側の仕事人たち」だ。一般客は一人もいない。ファッションを「アート」だって言う人ばっかりのショーだ。

「直江……」
「なんだ?」
「吐きそうなんだけど……」
「……トイレへ行け」

フィッティングルーム(楽屋のもっと広いバージョンだ)で髪の毛をセットされてる最中だってのに、緊張が重く背中にのしかかってくる。
だってモトハルのショーに出るってことはさ、世界中に発信されるわけだろ?
世界中に見られるってことは俺が印象に残るモデルだとしたら世界中のショーに出られるかもしれなくて。

「なんで直江は落ち着き払ってんだよ」
「慣れてるからな。長秀、おまえモトハルのショーだからって意気込んでるが、自分の役目を忘れるな」
「役目?」
「俺たちは『服に着られる』仕事じゃなく、『服を着る』仕事をしているんだ。お客は俺たちの顔や体型ではなく、服を見にくる。その服を自分たちが着て、服が持っているすべてを引き出してやる。それがショーモデルだ」

言いたいことはわかってるさ。俺だって馬鹿じゃねーんだから。
おもしろーい、たのしー!だけのショーとは違うぐらいわかってる。

「まあ、おまえが緊張する気持ちはわからなくもないが、自然体でいいんだ。長秀の持ち味を活かして歩けばいい」
「……持ち味?」
「覇気があって傲慢な持ち味」
「おまえな……」

そりゃ直江は色っぽさも持ってるし、顔だって超いいし、体格だって最高レベルだ。
見下した態度のない雰囲気が誰からも好かれる反面、こいつに追いつけるわけがないと思ってるモデルも多い。
そこらへんの雑誌モデルと比べたら、直江なんか手の届かない場所にいる神様みたいなもんだ。

「あんまり真剣になると長秀らしさがなくなるから、いつものように『俺様天才』な気持ちでやっておけ」
「う〜」
「おまえがつまらないモデルだとしたらモトハルも最初からオファーしてこないさ」

慰められちゃってるよ、俺!!直江に!!高耶といるとバカになる直江に!!
その高耶は今日のショーの誘導係をやっていた。
まだフォーマル部門は公式に作られたわけじゃないから、ショーにドレスすら出さないらしい。
完成品はこの前のロゼワインのドレスしかないからって言ってた。

「そーいや高耶がロビーにいたの知ってるか?」
「え?知らないが……」
「インカムつけて忙しく動き回ってたぜ」
「……一蔵に写真を撮れと指令を出すしかないな」

どんな高耶さんでも見てみたい〜ってか。

「一蔵じゃなくて綾子に指令出したら?」
「そうだな」

さっそく直江は携帯で綾子と連絡を取り、インカムとスーツで動き回る高耶を撮影しておけとメールしてた。
バッチリよ!ってメールが入ったもんだから、今度は直江がニヤニヤ。

「そんな顔してっとタチバナのオーラが見えなくなるぞ〜」
「ああ、そうか……まずいまずい」

そしてショーが始まり、直江が一番で出ると「おおおおおお」って客からの声が響いた。
まずはスーツで出るんだが、そのスーツが玉虫色で派手すぎて、誰が着るかで最後まで揉めた服だった。
試しに直江に着せたら下品ではなく、逆に大人の遊びスーツって感じで映えた。

「直江はかっこいいよな〜」

さてと、そろそろ俺か。持ち味活かして頑張るぜ!!

 

 

俺らしさって?俺様って?覇気があって傲慢な持ち味って?
転んだとか失敗したってわけじゃない。ただ緊張していつもの自分と同じような動きができなかっただけだ。
でも俺ってホントは全然イケてないんじゃないかと思うわけで。

「だからってなんでウチに来るんだ」

直江の家に来てしまった。直江の機嫌ちょー悪いのに。
ショーでうまくやれなかった俺は久々に落ち込んで、そんな俺にかまってくれたのが高耶だけだったからだ。

『わかる!わかるよ!千秋!オレだって同じように落ち込んだことある!』

なんて言ってくれて、楽屋裏でしゃがんで座ってたオレを慰めてくれた。
そんな時に高耶の声が聞こえたらしき直江がすっ飛んできて、「高耶さんもいたんですね!見てくれましたか?!」とか言ったら高耶は「ずっとロビー整理や楽屋裏で服のチェックをしてたから見てない」と答えて直江をへこませ、さらに「千秋が落ち込んでるからウチに呼んで夕飯食わせるから連れて帰っておいて」とまで言い、ものすごく迷惑そうな直江に向かって「先に帰って千秋の話聞いてやれよ?」と勧告した。

そんなわけで機嫌の悪い直江と車でマンションまでやってきた。
地下駐車場の直江スペースに見たことないBMWがあったから誰のか聞いたら高耶のだって。
オレだってまだ外車乗れるほど収入ねえのに……そうだよ、俺はまだ大舞台に今日一回しか立ったことのないそのへんのモデルだよ!!

で、直江んちで勝手に落ち込んでるわけだ。
当の直江は俺の話を聞いてくれる様子も無く、眉間にシワをよせてコーヒーだけ作ってくれた。

「話ぐらい聞いてくれたっていいじゃん」
「おまえに興味がないから右耳から入って左耳から出て行くだけだがいいのか?」
「直江って陰険だよな……なんで高耶が付き合ってんのかわかんねえ」
「どういう意味だ!」
「直江みたいな陰険なヤツとどうして付き合えるのか、高耶の心の広さに敬服するっつってんだよ!」

出てけ出てけと言う直江としばらく揉み合ってたら高耶が帰ってきた。

「なんで千秋をいじめてるんだよ!!」
「そーだそーだ!」
「いじめてなんかいませんよ!」

どうにか俺から直江を剥がして助けてくれた。おまえ、本当にいいヤツだよな。

「千秋が仕事のことで落ち込んでるんだから、直江は先輩だしちゃんと相談聞いてやんなきゃダメだろ!」
「私のことを陰険だとか高耶さんに相応しくないとか言うヤツが後輩だなんて冗談じゃありません!」
「だってしょうがないだろ!直江が陰険なの、高耶もわかってるよな?!」
「え、まあ……わかってるけど」

その一言で直江が真っ青になって魂抜けたみたいな顔になった。陰険って思われてることを知らなかったのか。

「高耶さんにとって私はそんなに陰険なんですか?すごく嫌な男みたいじゃないですか」
「すごく嫌じゃないけど、直江は陰険なとこあるんだから仕方ないだろ」

はっきり肯定されてしまって益々悲惨な顔に。これが今日のショーで客を沸かせたタチバナか?
なんでこいつは高耶といるとバカになるんだろう?

「ケンカするんだったら夕飯作るの直江がやれ。オレが千秋の話聞くから」
「そんな!高耶さんを奪われるのにさらに夕飯まで私が?!」
「じゃあどうすんだ」

蛇に睨まれたカエルみたいになった直江。直江をこんなふうにいじれるのは高耶だけか。

「相談に乗りますよ……」
「じゃあちゃんと聞いてやれ!」
「はい……」

命令どおり直江は相談を聞いてくれたんだけど、俺がステージ歩いてる姿を見てるわけじゃないからわからないって。
見てたのはテンパって着替えてた時ぐらいだけど……。

「直江はさ〜、初めてああいうショーに出た時、どうだった?」
「どうって……」

最初は上杉社長に気に入られてモデル事務所に入った。二十歳前だったそうだ。
初めての仕事はアルバイト感覚で、先輩モデルの代役でファッション雑誌に出たらしい。レッスンが嫌いなのはこういうことも影響してるんだろう。

その雑誌に出たのが人気を呼んで、ありとあらゆるファッション誌からオファーがきた。直江はもちろん
面倒臭いと思いながらも小遣い稼ぎをしたいから全部に出た。
そうしたら3ヶ月もしないうちに東京コレクションからオファーが。

「3ヶ月?」
「3ヶ月だ」

短くねえか?
俺はもう4年もやってて、直江みたいなオファーじゃなくてオーディション受けて仕事もらってんだぜ?
どれだけ直江が突出してたのかがよくわかる話じゃんか。

「やっぱ緊張した?」
「別に。歩いて行って帰ってくるのを繰り返すだけだろう?」
「そうだけどさ〜。お客さんが何百人といて、それでロクにレッスンもしない男が緊張もしないわけ?」
「当時はバイトだと思っていたし、客は俺を見に来てるわけでもなし。緊張するより面倒だと思いながらやってたな」

そんな気持ちでやってても人気が出て、周りから認められるなんて。
直江ってモデルやるために生まれてきたんだろう。天職ってやつか。天才モデルって直江のことだ。

「直江じゃ相談になんね〜」
「バカにするな。これでも苦労は重ねてるんだ」

んで直江は大学在学中に世界中のショーに出てようやく「ちょっと面白い」と思えてきたんだそうだ。
これは海外旅行にタダで行けるみたいで、って意味。

で、大学在学中にでかい企業に就職の内定が決まってたんだけど、初任給とモデルの1ヶ月のギャラと比べたらギャラの方が何倍か高くて、別に就職先も好きにはなれないだろうからって蹴ってしまった。
卒業してしばらく経ってから上杉社長の薦めでロンドンに住むようになり、半年後にパリに引っ越してモデル活動を。その頃もモデルをやってるのが楽しいわけじゃなかったけど、仕事の意味を覚えて行ったそうだ。

ホームシックになって日本に帰ってきたら突然自分が大物モデルとして扱われるようになり、変なファンがついて、家まで押しかけられたり尾行されたり出待ちされたりして困っていたら、それと比例してモデル仲間との関係も戦々恐々になり、仕事の意味は理解しているけど、自分を見る周りの目が今までと違うことに疑問を持った。

もうそろそろ引退かと思った矢先にそれを覆す出来事があったそうだ。

「なに、その出来事って」
「高耶さんとの出会いだ」

なんか、…………ずっと直江の苦労話を聞かされてたのに、結局最後はそこに辿りつくわけ?

「俺もあの当時は『しっかりやろう』とは思っているんだが、楽しもうと思ってなかった。実際楽しくなかったしな。でも高耶さんがモデルは好きな仕事かって聞いてきたから、好きか嫌いかで考えてみたら好きだとわかった。好きなら続ければいい、と言われてやっと自分の疑問が全部解けた。周りの目なんか関係ない。自分が仕事を好きならいくらでもやってやろう、と思ったんだ」

……そうか。そうなのか。だから直江は高耶に惚れたのか。
モデルって面じゃなく、仕事で苦悩してる直江という男をしっかり見てくれたから。

「長秀も好きでやってる仕事なんだろう?」
「そりゃそうだ。自分で上杉社長に売り込みに行ったんだから」
「じゃあ一回や二回の失敗だとか、自分らしさがなんなのか、そんな小さいことで悩むことないだろう」

そうです、その通り!やっぱ直江はすげえ!
ムカつくぐらいすげえ!!
てゆーか直江をこういう人間にした高耶が一番すげえ!!

「夕飯できたぞ〜。今日はカレイの煮付け。簡単なので申し訳ないけど」
「高耶!!」
「ん〜?」
「おまえはデザイナーとしては天才じゃないけど、直江に関しては天才だな!」
「それ褒められてんの?」
「褒めてんだよ!!」

直江よりも先に立ち上がって高耶の作った夕飯が並ぶテーブルについた。

「相談終わったのか?」
「まあまあな。落ち込みからは脱した」
「よかったな。直江もアレで頼りになるヤツだから」

それは肯定できねえけどな。
もし直江が高耶と出会ってなかったら、俺の相談なんか聞かなかったに違いない。

「さーてと、吹っ切れたら腹が減ってきた。いっただっきまーす」

直江に「俺より先に食うな!」とか言われたけど食うもんね。やっぱ俺って超ポジティブ。
高耶のメシもうまいし、直江の酒もうまいし、落ち込んでたのがバカバカしくなってくる。

「あ」
「どした?」

わかった。俺らしさって。常に前向きってことだ。それが傲慢に見えても何でも前向きならどうにかなる。
そういうことか!

「いや、なんでもねえよ。今日は泊まってくからな!直江、酒付き合えよ!」
「いいな、それ!」

俺と高耶からそう言われたら直江も「嫌だ」なんて言えないだろうと思って直江を見た。
鼻で笑ってやろうとしたら直江が俺には滅多に見せない笑顔をしてた。なんだかんだ言って俺のこと心配してたんじゃん。
それも高耶がいるからだよな。
いつまでもこの二人にはバカップルでいてもらわないないといけないな。

こうゆう時ってなんて言えばいいんだろう。ありがとう、かな?
でも言わない。直江たちに「らしくない」って言われそうだから。
でも、ありがとうな、バカップルども。

 

 

おわり

 

 

   
   
   
     
直江モデルへの道のり。
みたいな。
     
   
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