高耶さんは17歳


第12話  感冒とオレ 
 
         
 

ゲホゲホ。風邪引いた。
毎年一度はこうゆうすっげーつらい風邪を引くんだよな。
健康の尊さを思い知らされるね。

 

 

それは昨日の朝のこと。

「……なんか、喉が痛い」
「風邪ですか?熱は?」
「うーん、熱はないみたいだけど。カラオケで歌いまくってたからかも」
「学校、行きますか?」
「うん」

雨が降ってたからチャリで学校に行けないんで、直江と時間をずらして家を出た。
ウチはバス停とバス停の間にあって、直江はいつも学校寄りのバス停から乗ってる。
オレは雨の日は直江が乗るバス停より1個前のとこから乗るようにしてるんだ。そうするとバスの中で直江に会えるわけ。

で、今日も入り口のそばに立ってたら直江が乗ってきた。

「おはようございます。仰木くん」
「せんせー、おはよーございまーす」

コレが楽しみだったりするんだな。

「橘先生、おはようございまぁす!」

だけど敵が多い。学校に行くバスなわけだから、直江ファンの女生徒だとか女教師だとかも狙って乗ってくるんだ。
そんでオレと直江の間に入って邪魔したりすんだ。ムカつく。

今日もそうやって女生徒がオレと直江の間に割り込んだ。
オレがちょーヤキモチやくのを知ってる直江は困った顔をするんだけど、生徒を無碍には扱えないからって笑顔で先生らしくしてる。

「ゲホゲホ」
「お、仰木くん、風邪ですか?」
「そーかも」
「ひどいようだったら保健室に行くんですよ。いいですね?」
「はーい」

わざとじゃないけど咳が出た。それをいい機会だと思ったのか、直江は女生徒を交えて3人で会話をしようとする。
まー、そのぐらいだったら許してやるか。

学校に着くと先生用の玄関へと行ってしまった。オレはひとりで傘を差して昇降口から教室へ。
ホームルームの間も、授業中も咳が出た。時間が経つにつれてどんどんひどくなる。

「高耶、早退したほうがいいんじゃない?」

3時間目に譲にそういわれた。喉だけじゃなくて熱も出てきたっぽい。

「とりあえず保健室に行ってくる。薬飲んで寝てようかな〜」
「うん、先生には俺から言っておくから」
「頼む」

保健室で薬を貰ってベッドに寝かせてもらった。保健室の先生に「怪我じゃないなんて珍しいわね」なんて言われつつ。

「担任は橘先生だっけ?ちゃんと言ってきたの?」
「言ってないけど、譲に頼んだ」
「そう。じゃあ先生からも言っておくわ」

内線で直江に連絡してくれた。オレはとにかくだるくて眠くてすぐに眠った。

 

 

「高耶さん」
「ん〜」
「大丈夫?」
「……なおえ……?」

直江に起こされてここどこだっけ?って思いながら目を覚ました。保健室だっけ。

「もう放課後ですよ。一緒に帰りましょう?」
「放課後?そんなに寝てたのか?」
「ええ。昼休みにも様子を見に来たんですけど、ぐっすり眠ってたので起こさなかったんです。ひとりで帰すのも心配で、放課後を待って一緒に帰ろうと思って」

そうだったのか……。

「保健の先生に『橘先生は生徒思いですね』って言われちゃいましたよ」
「うん……」
「奥さん思いって言ってもらえると良かったんですけどね」

さあ起きて、って言われて立ち上がったんだけど、フラフラになってた。
そんでタクシーを呼んでもらうことになった。担任が病気の生徒を家まで送って帰る、ってことで誰も疑わないわけだ。
だけど本当は家じゃなくて病院に連れて行かれたんだけど。

病院で薬をもらってからまたタクシーに乗って家に帰った。
直江はずっとついててくれて、ベッドの中に入って寝るまでそばにいてくれた。

「あとでおかゆを持ってきますから、それから薬を飲んで、またゆっくり寝てください」
「うん。ごめんな」
「いいんですよ。奥さんの看病ってしてみたかったんですから」

直江のおかゆはレトルトだったけど、あったかくてうまかった。
それにショウガをおろして入れた昆布茶も作ってくれて、おかげで体がポカポカになった。
だけど。

「もしつらいようだったら実家に帰ってもいいですよ?」
「やだ!絶対やだ!」
「でも明日は学校には行けないでしょう?ひとりで寝てるなんて、ご飯や着替えはどうするんです?」
「それでも嫌だ!」

なんで熱が出るとこんなに悲しくなるんだろう?ポロポロ涙が出てきた。

「あああああ!泣かないで!すいません!」
「邪魔だから追い出すつもりなんだ〜!」
「違いますってば。わかりましたよ、ここにいてください」
「う〜」
「じゃあ、お母さんに来てもらいましょう。それならいいですよね?」
「うん」

実家に電話してくるって言っていなくなった。ところが母さんは明日、近所の奥さんたちと日帰り旅行だそうだ。
父さんは仕事で遅くなるんだって。

「いないんじゃしょうがないですね。じゃあとにかく今日はゆっくり寝て、明日は少しでも良くなるんですよ?」
「は〜い」
「ついててあげられなくてすいません」
「いいよ。先生なんだもん。しょうがないよ」

その夜は直江が湯たんぽみたいにあったかいヤツ(『ゆたぽん』とかいうヤツだ)を薬局で買ってきて足元に入れてくれたり、何度も汗で濡れたパジャマを着替えさせてくれたり、タオルで体を拭いてくれたり、胸にヴィックスヴェポラッブを塗ってくれたり、アイスノンを枕に置いてくれたり、冷えピタをおでこや脇の下に貼ってくれたり、ハチミツレモンを作って夜中に飲ませてくれたりした。

やっぱしいい旦那さんだな〜。

 

 

で、今日になった。
直江は早起きをして朝ご飯と、オレの昼ごはんの用意をした。動けるようならキッチンでうどんを作りなさいって、乾麺のうどんを茹でてどんぶりに入れて、鍋にうどんの汁を作ったんだって。

そんで朝ご飯は寝室で直江に食べさせてもらった。
レンゲにおかゆをすくって、フーフーやってからオレの口に運んでくれる。

「今日は暖かくして寝てなきゃダメですよ。薬も決まった時間に飲みなさい」
「はーい」
「着替えのパジャマと、体を拭くタオルは椅子の上に出してありますから、汗をかいたら着替えるんですよ」
「うん」
「眠れなかったらマンガ読んでてもいいですけど、絶対に暖かくしてなきゃダメですからね」
「わかった」
「いい子にしてるんですよ?」
「わかったってば」

寝室のエアコンをつけて、加湿器の水を満タンにして、チューして出て行った。
急に寂しくなったから薬が効いてるうちに眠っちゃえと思って、直江の匂いが残るベッドで眠った。

 

 

昼頃にカタカタって音がして目が覚めた。一階から音がしたから、泥棒かと思ってパジャマの上にフリースを着てフローリング掃除用のクイックルワイパーを武器に下りて行った。
リビングの奥のキッチンから音がしてる。
そっと顔を覗かせたら直江がキッチンにいた。

「直江?」
「あ、高耶さん。どうしたんですか、クイックルワイパーなんか持って。大丈夫なんですか?」
「……怪しい音がしたから下りてきたんだよ」
「あ、すいません。起こしちゃったんですね。お昼ご飯を作りに戻ってきたんです」
「へ?」
「きっと高耶さんのことだからお昼食べないで寝てるだろうと思って。一緒に食べましょうね」

戻ってきたって……。

「授業は?」
「5時間目は私の受け持ちはありませんよ」
「じゃあ昼休み返上して?」
「大事な奥さんのためなら」

なんつー優しい旦那さんだ!!
学校を抜け出すのはどうかと思うけど、でもオレのために戻ってきてご飯作ってくれるなんて!!

「なおえー!」
「すぐ出来ますよ」

嬉しくて大好きすぎて直江に貼りついてスリスリした。

「どうしたんですか、甘えん坊さんですね」
「ちょー好き!大好き!」
「はいはい」
「チューしたい!直江にうつったら看病してやるからチューしろ!」
「ええ、ぜひとも」

学校抜け出して奥さんとチューしてる先生なんか直江ぐらいしかいないんじゃないか?
でもいいんだ!それが直江だ!

「じゃあお昼食べたらまた寝ててくださいね」
「うん」
「私が帰ってくるまでの辛抱ですから」
「うん」
「愛してますよ」
「うん!」

直江のうどんはうまかった。かき玉にして片栗粉でとろみをつけて、おろしショウガを薬味にしてある。
汗までかいて全部食べて、ポカポカのまま寝室に。
直江はまた加湿器を満タンにして、ゆたぽんをレンジであっためて、パジャマを着替えさせてくれて(それをやってる時に首にチューされたけど)から学校に戻って行った。

 

 

夕方、ちょっと良くなってきたころに喉が渇いてキッチンに行った。
その時ピンポンが鳴って玄関に行ったら美弥だった。

「どうしたんだ?」
「義明さんがメールくれたんだ。お兄ちゃんが風邪で寝込んでるからお見舞いに来てくれって」
「ふーん。ちょうど良かった。夕飯作ってくんねえ?」
「え〜」
「いいじゃんか。オレは風邪で寝込んでるんだぞ」
「寝込んでないじゃん。起きてるじゃん」

文句を言いながら美弥はリビングまで勝手に行ってソファにどっかり座った。

「おまえ、見舞いに来たんじゃねーのかよ」
「そーだけどさ、お兄ちゃん元気みたいだし。あ、はちみつレモンだ。美弥にも作って〜」
「……おい……」

伝染してやる!!美弥なんぞ優しい旦那さんがいないんだから、風邪引いたらさぞつらかろうて!!
わざとゲホゲホしながらはちみつレモン作ってやる!!

そう思ってキッチンに行った時に直江が帰ってきた。そしたら美弥はダッシュでキッチンに来た。

「ただいま。美弥さん来てるんですか?」
「あ、おかえりなさ〜い。今、お兄ちゃんのはちみつレモン作ってるんです〜」

嘘つけ!!この要領の良さは誰に似たんだ!!

「すいません、美弥さん。ご迷惑をおかけして」
「とんでもないです〜」
「あとでお寿司でも取りますから、夕ご飯食べて行ってくださいね」

寿司?!

「高耶さんは寝てなきゃダメですよ?」
「オレも寿司〜」
「あなたには雑炊を作ろうと思って材料買ってきましたから」
「寿司〜」
「また今度ね」

たしなめられて黙った。寿司が……オレの大好物の寿司が……。

「じゃあ高耶さんは寝ててください。出来上がったら呼びますからね。美弥さん、すいませんけど高耶さんを寝室に連れて行ってあげてください」
「は〜い」

そんでオレは美弥に強制寝室連行だ。
くそ、美弥め。絶対に風邪うつしてやる!!

「ふ〜ん、ここが寝室なんだ〜。なかなかいいんじゃないの?」
「生意気言いやがって」
「ダブルベッドね〜。なに、なに、お兄ちゃん。やっぱここでエッチとかしちゃってんの?」
「バ!バカじゃねえのか!」
「新婚なんだから当たり前でしょ?へー、幸せなんだね〜」

そりゃ幸せだけど!妹に夫婦生活のことなんか教えられっか!

「週に何回ぐらいするもんなの?ねえねえ、教えてよ〜」
「うるせえ!」
「赤くなっちゃって可愛いんだから〜!キャッ、もうお兄ちゃんたら!」
「とっとと出てけー!!」

美弥を追い出してベッドに潜った。ああもう!なんてこと聞きやがる!カッカしてきちゃったじゃんかよ!
恥ずかしくて頭を抱えてたら直江が来た。

「高耶さん、土鍋ってどこにあるんでしたっけ?……おや?顔が赤くなってますね。熱が上がったんじゃないですか?ちょっとすいません」

おでこくっつけて熱を計られた。う、オレこーゆーのして貰うの好きかも。
直江の顔が目の前にある。相変わらず男前だ。恥ずかしいけど嬉しい。

「無理したんじゃないでしょうね?まったく目を離すとすぐにこれだから」
「ちゃんと寝てたよ」
「いい子にしてるって約束でしょう?」
「寝てたってば。美弥が……」
「美弥さんのせいにしちゃいけません。キスしてあげますから、おとなしく寝てて」

うーん、誤解されてるけどまあいいか。チューもしてくれるし、甘やかしてくれるし。
風邪バンザイってとこだな。

その時ピロリ〜ンてゆう能天気な音がした。オレも直江もなんだろう?って思って唇を離したら。
なんと美弥が携帯で写真を撮ってた!!チューしてるとこを!!

「てめえ、美弥!!」
「美弥さん!」
「撮っちゃった♪じゃあ義明さん、美弥帰ります!お寿司は食べたいけど、写真をお母さんとお父さんに見せるから!じゃあまたね〜!お兄ちゃん、早く良くなってね!」

さすがオレの妹なだけあって逃げ足は天下一だ。
直江が追いかけたんだけど捕まらなかったらしい。

「……やられましたね……」
「くそ〜」
「高耶さんの実家に行くのが怖いです……」
「忘れた頃に行こうな……」

で、オレはまた熱が上がって結局3日間も学校を休んだ。橘先生の授業があった曜日だってのにさ。
でも家に優しい旦那さんが帰ってきてくれるから、風邪もそんなに悪くないなって思った。
なんてったって至れり尽くせりだから。大好きな橘先生に、な。

 

 

その後、チューの写真を撮られたのを忘れた頃に実家に夫婦揃って行ったんだけど、現実はそう甘くなかった。
だってオレと直江がチューしてる写真が台所の冷蔵庫に貼ってあったんだもん。
誰かに見られたらどーすんだっての。って、そんな話じゃなくて!!
実家では毎日毎日コレを見て笑ってるそうだ。
母さんはご飯を作る時に。
父さんは冷蔵庫からビールを出す時に。
美弥はわざわざ用もないのに冷蔵庫まで来て見てるらしい。

「……直江……とんでもない家族でゴメン……」
「もう慣れました……」
「二度と美弥を家に入れないから……」
「いいんですよ……もう、諦めましたから……」

いつか美弥のキスシーンも盗撮して町内中にバラまいてやる!!
もう二度と風邪引かねーぞ!!!

 

 

END

 

 
   

あとがき

風邪を引いてる皆さんと
これから引きそうな方と
引いてない方に捧げます。
(全員じゃん!)
ここまで至れり尽くせりの
旦那さんが欲しいですね。

   
         
   
12へススム
   
         
   
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