山本先生は3ン歳


第21話  番外  橘先生と私

 
         
 

教師になってン年。女に年齢なんか聞くものじゃないわよ。
私がこの学校へ赴任したその日、職員室での朝礼で生まれてこのかた見たこともないような男性に巡り合った。
これは運命ね!
本気でそう思ったのよ。
その男性の名は橘義明教諭。私より2歳年下の歴史の教諭だった。

濃い琥珀色の瞳、キメの細かい肌、スラリと伸びた長い足、厚い胸板、そして整った顔立ち。黄金率に則ったまるでアポロンのような顔立ちだった。
あなたにあったその日から恋の奴隷になりました〜♪(古い歌ね)

それ以来、私は橘先生にアタックしまくり、デートにまで漕ぎつけた。
映画のチケットを貰ったと嘘をつき、良かったら一緒に行きませんかと誘った。

橘先生は歴史の教諭だから歴史同好会とやらの顧問をしていて、日曜日は同好会で日曜研究と称して出かけることがあるためなかなか日にちが合わなかったのだけれど、誘い続けて数ヶ月、ようやく約束を取り付けることができた。

午後に待ち合わせて映画館へ行き、終わった後で軽く食事。
まさかないだろうとは思ったけど、やっぱり橘先生は映画館で手を握るでもなく、食事へ行っていいムードになるでもなく、別れ際に告白があるでもなく、単なる映画鑑賞で終わってしまった。

しかもたまに上の空になることもあり、私はなんとなく寂しい思いをしたっけね。

そんなある日、橘先生が『結婚指輪』を学校にしてきた。
どうしたんですか、急にご結婚なさったんですか、と聞いてみたところ、女生徒が橘先生の勝手な取り合いでケンカ騒ぎを起こして停学処分になり、その理由について疑った教頭が橘先生にひどいお説教をしたという。
普段は温和な橘先生が教頭に「だったら明日から結婚指輪をしてカモフラージュします!」と啖呵を切って、それで指輪をしてきたそうだ。

私は橘先生が結婚しなくて良かったわ〜vなんて思ったのだけど、ホワイトデーのお返しがなんと「婚約者の手作り」のクッキーだったのよ〜〜!!

な、な、なんですって〜〜!!婚約者?!いつのまに!出し抜かれたわ!!

だけど教師山本、めげないわ!!
今度の研修旅行で橘先生のハートをゲッチュー!!してみせようじゃないの!!

 

 

 

「橘先生、どうぞ」

初日の夜は懇親会があって大広間での宴会が催される。数校の教師が集まって宴会場は賑わっている。
もちろん我が校から出席している教師4人は固まって座っていた。
他の先生方とは違ってキッチリ着こなした浴衣姿も板に付いた橘先生の隣りを首尾よく奪ってビールを注ぐ。
ああ、奥さんみたいじゃない、わ☆た☆し☆

「あ、すいません。いただきます」
「お互いに受験生の担任なんて頑張らないといけませんね〜」
「……ええ、クラスの子が全員合格するようにしっかりと指導しなくては。あの、ところで山本先生」
「はい?」

橘先生は言いにくそうにしながら私を見つめた。なんて男前なのかしら!!
眉間にシワを寄せるお顔もステキです〜!!

「うちのクラスの仰木くんなんですけど、山本先生の授業はちゃんと受けてますか?」
「え?ええ、まあ普通に」
「そうですか、安心しました」

な!なんて生徒思いの先生なのかしら!!
あのちょっと不出来の仰木くんの心配をするなんて!!
まさか彼が進学コースになるなんて考えもしなかったに違いないのに、彼の希望を受け入れるその広い心!
やっぱり橘先生ってステキだわ!!

「あの、橘先生?」
「はい?あ、ちょっとすいません」

思い切って婚約者との進展を聞こうかと思ったのに、橘先生の携帯電話が鳴ってしまった。

「あ、はい。今ですか?懇親会の最中ですよ。心配しなくても浮気なんかしませんてば」

どうやら相手は婚約者。
橘先生は席を立って宴会場の外へ行ってしまった。

……そうだ。ちょっと意地悪してやろうかしら。うふふ。

婚約者に聞こえるように「橘せんせ〜ぇ」って呼んでやろうと私もコッソリ外へ出たら。

「わかってます。大丈夫。私が愛してるのはあなただけですから。本当に心配しないで。あなたこそ気をつけてくださいよ?言い寄られても無視してくださいね。もし何かあったら飛んで帰ります」

ラブラブなのね……。ああ、憎い。橘先生の婚約者が憎い〜〜!!
あんないい男を独り占めなんて天が許してもこの山本が許しませんわ!なーんてね。

「部屋ですか?シングルですけど……ええ、もちろん約束は守りますよ。明日、ね」

明日?明日何をするのかしら?
もしかして婚約者がコッソリ会いに来るとか?!

「ダメですよ。学校はちゃんと行かないと。そんなこと言わないで」

あら?もしかして橘先生の婚約者って女子大生なの?じゃあ大学卒業したら結婚てこと?
まあ、そんな子供と結婚したってうまくいくはずがないじゃないの、橘先生ったら。
オトナの魅力のこの私こそがあなたにピッタリの結婚相手のはずなのよ。

「愛してますよ。……心の底から。だからいい子にしてて」

もう聞いていられない!!

「橘せんせ〜ぇ」
「ぅわ!」

甘ったるい声で呼んだら慌てて携帯の通話口を押さえた。聞かれたら子供の婚約者のこと。
嫉妬丸出して泣き喚いてしまうんじゃないかしら?オホホホホ。

「山本先生……」
「皆さんお待ちですよ。さ、戻ってくださいな」
「は、はい……」

また携帯を耳に当てて、橘先生は婚約者とやらに別れを告げた。

「じゃあ、呼ばれているようなので切りますね。え?違いますよ。ええ、愛してます。おやすみなさい」

チ。最後までソレなのね。ふん。

「ささ、戻りましょ」
「はあ……」

今はアナタの婚約者じゃなくて、教師としての橘先生なんですからね!!
負けないわよ!!

 

 

 

ところが橘先生はその懇親会以来、夜は部屋に閉じこもって研修のおさらいばかりしているらしかった。
同僚や他校の先生に食事を誘われても「申し訳ないんですが」の一言で終わり。
私以外の女教師も橘先生を狙ってたから都合いいっちゃいいんだけど、私もチャンスを逃してるってことになるのよね。

チャンスを伺って抜け駆けをしたり、何度か艶っぽくお誘いをしてみたものの、やっぱり先生は出てこない。
研修最終日の打ち上げで、何人もの女教師が橘先生に言い寄って色気全開で誘ったりしていたけれど、橘先生はうまくかわして全く相手にしていなかった。
唯一私にだけ学校の話をする。ま、私だけは特別ってことかしら?

ところが橘先生は携帯にメールが入ったとたん、そわそわし始めた。
もしかしてまたあの忌々しい婚約者かしら?

チラッと覗いてみたら……。

『明日、帰ってきたら思いっきり甘えるから。裸で待ってるぞ

ですって〜〜〜!!!
何、何!!裸って!!
近頃の女子大生ってなんてふしだらなのかしら!!最低ね!!そんな女が橘先生の婚約者だなんて!!

「どうしたんですか、橘先生?」
「い、いえ。何でもありません。ちょっと失礼します」

また女に電話かしら?と、思ってコッソリあとをつけると自分の部屋に入ってしまった。
はしたないとは思いつつ、聞き耳を立ててみると。

「あんなメール寄越すなんて、あなたもオトナになりましたね……そんなに上手に誘って、私をドキドキさせて。早く帰りたいですよ。あなたの中に……。待ちきれないの?じゃあ……」

そこから先は聞こえなかったけど、卑猥な話をしてるってことは確かね。
ああ、もう!!本当に憎いわ!!
いつか婚約者に会ったら目の前で告白してやろうかしら!!

諦めないわよ、私は!!
なんたってこれで最後の恋になるかもしれないんだから!!
教師山本、三十路を越えてもまだ女!!

橘先生!いつか振り向かせてみせるわ!!

 

 

END

 

 
   

あとがき

ライバル山本先生。
たまには面白意地悪な
人が出てきてもいいかな、と。
直江と高耶さんの
ラブっぷりをみせつけられて
可哀想だけど(笑)

   
   
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