高耶さんは18歳


第1話 

夏休みとオレ

 
         
 

ザ☆夏休みだ!ワンダホー!マーベラス!サマーホリデー!!
旦那さんと旅行できるぞ〜!いっぱい遊べるぞ〜!

「ダメですよ」
「ええええ?!」

そんな!結婚1年目の夏休みだってぇのにどうして旅行しないんだ!

「受験生でしょう、高耶さんは。もう夏期講習の申し込みしてありますから」
「勝手に?!」
「勝手にではありません。ご両親の許可を得てです。高耶さんは8月の月曜から金曜まで毎日講習会です」
「マジかよ!」
「マジです」

直江の話は延々と続いた。毎日朝から昼過ぎまで受験のための講習会に参加しなきゃいけないらしい。
場所は駅前の予備校だ。

「……旅行、したかったのに」
「旅行は来年までガマンしてください。進学コースなんですから受験までにしっかりお勉強してください」

直江のクラスになりたいばっかりに3学年を進学コースにしたオレの甘さがここで出たのか。
だからって就職コースにして直江との学校での接点がなくなるのは嫌だったんだ。
ああ、オレって頭いいのかバカなのかわかんねえ。

「頑張ってくださいね?」
「…………おう」

うがー!!

 

 

そんな8月。
オレは毎日直江に見送りされながら夏期講習に出かけていく。
そんで昼過ぎに帰ってきてお昼ご飯を作って直江と食べて、それから家事をやって直江の指導で講習のおさらいをして夕飯の買い物をジャスコに2人でしに行って、夕飯を作って……普段と変わりない生活を送る。
夏休みなのに。

雨が降ったある日、講習に行くために傘を出して靴を履いた。
玄関のドアを開けるとなんだか悲しくなってきて、振り返って見送りの直江を見た。

「どうしたんですか?」

直江はいいのかな?オレと夏休みを満喫しなくても。
もしかしたらオレと旅行になんか行きたくないとか?新婚旅行でケンカしたりしたし?
それともオレにはそんな価値もないとでも?釣った魚にエサはやらない、ってことだとか?

「早くしないと遅刻しますよ?」
「……うん、行ってきます」
「いってらっしゃい」

雨の中をトボトボと駅前に向かって歩き出した。
予備校に着いて教室でカバンをあさってペンケースとかテキストを出してたら、後ろから声をかけられた。

「仰木くん」
「ん?」

予備校で友達なんか出来てないのに誰だ?と思ったら新発田タマミだった。
3年間同じクラスで、今は同じ委員をやってるから女子の中ではけっこう仲のいいやつだ。
校内新聞のランキングで『お嫁さんにしたい女生徒ナンバーワン』になった才色兼備のクラスメイト。

「なんでここにいんだ?」
「知らなかった?私もここの予備校に通ってるの。仰木くんとコースは違うから教室も違うけど」
「そうだったのか」

このまえ、新発田から告白めいたことを言われた。彼女はいるのかって。
オレは彼女じゃなくて婚約者がいるって答えた。その後は新発田から何も言われてないけど、いまだにオレを気にしてるのは知ってる。

確かに新発田は可愛いし、美人だし、頭もいいし、性格もいいし、話してると楽しいから気も許せる。
もし直江がいなかったら新発田と付き合いたいと思ったかもしれない。

「仰木くんのコースはお昼まででしょ?じゃあ一緒にお昼ご飯食べない?」
「あ、うん。いいけど」

たまには直江の昼飯作らないでもいいか。毎日講習会と主婦業じゃ滅入っちまう。

「じゃあロビーで待ち合わせね」
「おう、またな」

講習が始まる前に直江にメールした。昼飯は予備校の友達と食って帰るから、って。

 

 

講習が終わって新発田と待ち合わせのロビーに行ってみたけど、まだ来てなかった。
携帯を出してメールをチェックしたら直江から来てた。

『たまにはゆっくり楽しんでらっしゃい。私のことは心配しなくてもいいですよ』って。

心配なんかいたしませんよ。どうせ直江はオレが勉強してりゃ満足なんだろうが。
こっちの気も知らないでさ、ふん。

「お待たせ!行こうか!」

新発田は元気良く走ってきた。二人で雨の中を傘をさして出て、駅前の繁華街を店を探しながら歩いた。
よく考えたら女の子と昼飯なんか美弥以外とは初めてだ。何を食べたらいいんだろう?
男友達と行くような牛丼屋やラーメン屋なんか、新発田が入るとは思えないし、だからってマックってのもなあ。

「仰木くんは何が食べたい?」
「ええと、新発田に任せる」
「じゃあね〜……一度入ってみたいお店があったんだけど、そこでいい?」
「いいよ」

並んで歩いてたら人ごみの中で傘がガンガンぶつかって、新発田が何度かよろけた。
だから合理性を重んじてこう提案してみたんだ。

「オレの傘、でかいから二人で入るか?」
「え?」
「さっきから何度も新発田の傘が人にぶつかってるだろ?だから」
「……うん」

新発田は女らしいデザインの傘を閉じて、オレの傘の中に入ってきた。これでぶつからなくて安心だ。
ちょっと歩いて馴染みのある店の前で立ち止まった。ここが新発田の入りたい店らしい。

「ここ?……マジで?」
「うん。一度入ってみたかったの」

牛丼屋だった。お嫁さんにしたい女生徒ナンバーワンが入りたい店ってここなのか?

「だってなかなか入る機会がないんだもん。男子とじゃなきゃ絶対に無理でしょ?」
「確かにな……、まいいか。入るか」

新発田は食券の販売機の前でどれにしようかとガキのように悩み、生タマゴをかけたオレの牛丼に目を輝かせてまた販売機でタマゴの食券を買って追加し、目の前に置いてある紅ショウガをおどおどしながらケースから取り出して丼に入れたりして面白かった。
学校の人気者の女子が牛丼屋で楽しそうに食ってる。たぶん新発田はこういうところが好かれるんだろうな。

「おいしかった!」
「だろ?バカにしたもんじゃねーだろ」
「うん!」

それから駅までまた一緒の傘に入って、新発田は電車に、オレは歩いて家まで帰った。

 

 

「ただいま〜」
「……おかえりなさい」

リビングには直江が食べたらしきコンビニ弁当が置いてあった。旦那さんにコンビニ弁当なんか食わせちまって申し訳なかったかな。

「今日はちゃんと講習に行ったんですか?」
「は?なんで?普通に行ったけど」
「……本当に?」
「なんだよ」

どうも怒ってるらしい。なんでだ?メールで楽しんでこいって言ったのは直江のくせに。

「それで、牛丼は美味しかったんですか?」
「なんで直江が知ってるんだ?」
「駅前で見かけましたから」
「ふーん。声かけてくれりゃ良かったのに」
「相合傘をしてるカップルに声をかけるほど無粋じゃないんですよ」

……あいあいがさ?カップル?

「あ、そっか。新発田といたの見たんだ?」
「ええ。仲睦まじくしているところをね。どうして新発田さんといたんです?」

それで怒ってるのか。くだらない。オレが浮気なんかするわけないってどうしてわからないんだろう?

「同じ予備校だったんだ。帰りに一緒にメシ食ったっておかしかないだろ?」
「おかしくはありませんが。だからって相合傘ですか?」
「悪いかよ」
「悪いですね。私とは一度もしてくれないのに」

バッカじゃねーの?!そんなので怒ってるのか?!アホくせえ!!

「あはははは!なーんだ、そんなことか!」
「笑いごとじゃないでしょう!これは私にとっては大問題なんですよ!」
「大問題って、仕方ねーじゃん、直江とは外で相合傘なんか無理なんだからさ」
「でも!」

そうだ。いいこと思いついた!

「じゃあもう夏期講習行かなくてもいいんだったら直江と相合傘してやるぞ?」
「はい?」
「一石二鳥じゃね?相合傘はできるし、新発田とも会わせなくて済むし」
「う……」
「どうする?」
「……どうしましょう……」

旦那さんは頭を抱えて悩み出した。
でかい図体で悶絶しながら考えてる姿はどことなく可愛らしい。

「夏期講習がなくなればオレは愛する旦那さんとラブでメロウでエロな夏休みを過ごせるな〜。それに旅行にも行けるかも〜。ビーチで旦那さんの背中に日焼け止めを塗ったり、夕焼けの海岸でチューしたり、天の川の下で寄り添って歩いたり、ホテルのベッドであんなことやこんなことしたり……。ま、直江がダメだって言うならオレは毎日新発田と同じ予備校でお勉強ってこったな。どうする?」
「もう夏期講習なんかやめちゃいましょう!!!」

やった♪

 

 

そんなわけで今オレと直江は沖縄にいる。
なるべくイチャイチャできるように沖縄本島は避けて西表島にした。
直江の知り合いがツテを使って民宿を確保してくれたんだ。ちなみに民宿って言ってもちょっとグレードの高いスイートルームって呼ばれてる部屋だ。リビングと寝室とキッチンがついてる。

「今日は滝を見に行くぞ!」
「……滝、ですか……」
「そうだ、ジャングルを分け入って滝だ!レッツゴー!!」

西表島に来てから4日目。初日は海でシュノーケリング三昧。2日目は体験ダイビング&水牛に乗って由布島へ。
3日目はカヌーで川のぼり&シュノーケリング。ヘトヘトになるまで遊んで毎晩グッスリ。
部屋にいる時間なんか寝るぐらいしかないほどだ。

「あの……」
「ん?」
「ビーチで日焼け止めとか、夕焼けを見ながらチューとか、天の川の下で寄り添う話はどうなったんでしょうか?」
「ああ、それな。ま、いいじゃん。遊ぼうぜ!」
「相合傘は?ラブでメロウでエロな夜は?」
「最終日にまとめてしてやるから!ほら、早く行かないと滝が逃げる!」
「……はあ……」

なんて楽しい夏休み!新発田、ありがとう!!
受験なんか知ったことか!旦那さんとの夏休みのためならオレは受験を棒に振ってもいいね!

「早くしろってば、直江!」
「はいはいはい」

でも可哀想だから部屋の玄関でチューしてやった。
ついでにお尻も触らせた。

「な?夏休みは楽しむもんだろ?」
「そうですね」

やっぱ楽しい夏休み!ワンダホー!マーベラス!サマーホリデー!!

 

 

 

END

 

 
   

あとがき

終わったと見せかけて続いています。
沖縄行きたいな〜。
潜りたいな〜。

   
         
   
   
         
   
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